第65話 如月伊織は反抗したい(伊織視点)
僕、
隣には同級生の
一旦、リビングにいき、お母さんに「葵ちゃんが来たよ」と一応報告。昨日も紹介はしたんだけど、今日も今日とてお母さんに根掘り葉掘りの質問責めにあった。
それをなんとか躱し、代わりに山盛りのお菓子を渡されて、ようやく二階へ移動。
ウチには常にたくさんのお菓子が常備されてる。
お母さんがよく買ってきちゃうんだけど、僕は小食だからおやつを食べると夕飯が食べられなくなっちゃうし、
おかげでこうして山盛りになってるわけだけど……うん、これで階段を上るのは危なそう。
「あの、伊織くん……鞄持とうか? クッキーの山が崩れそうだよ?」
「や、大丈夫……と思ったけど、ごめん、やっぱり大惨事になりそう。葵ちゃん、鞄お願いしていい?」
「はい、お願いされます」
お盆のバランスを取りながら、申し訳なく思いつつ、葵ちゃんに鞄を持ってもらった。
「ごめんね」
「ぜんぜんだよ」
僕の鞄を振り、にこやかに笑ってくれた。
学校から直接きたから今の葵ちゃんはブレザーとスカートの制服姿。
髪は栗色でふわふわしていて、優しい葵ちゃんの雰囲気にとても合っている。
そんなふうに雰囲気も性格も優しい葵ちゃんだからこそ、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ついついもう一度、謝ってしまう。
「ごめんね、僕の家族の事情に巻き込んじゃって……」
「それもぜんぜんだよ。だってわたしから提案したことだもの。『お姉さんと奏太兄ちゃんさんをくっつけるために、わたしたちで付き合うフリをしてみたらどうかな』って」
そう、昨日の告白も、これから僕たちが付き合うことも、フリ――演技だ。
夕暮れの河原で奏太兄ちゃんに反抗期宣言をした後。
僕はその足で商店街の手芸屋さんにいった。
昔からのクセなのだけど、ちゃんと考え事をしたい時、僕は本屋さんで本の列を眺めるか、アニメショップでDVDの棚を眺めるか、手芸屋さんで布束の棚を眺める。
あの日、河原から一番近かったのが手芸屋さんだった。
そして、そこは葵ちゃんの家。
小学校から一緒なので、葵ちゃんは僕のクセも知っていて、お店の手伝いをしながらたまに話を聞いてくれる。
お姉ちゃんや奏太兄ちゃんのことも、ずいぶん前から葵ちゃんには話していた。
友達のなかでも、たぶん葵ちゃんが一番僕の現状を知ってくれてると思う。
河原からいった時も、ちょうど葵ちゃんはお店の手伝いをしていて、相談に乗ってくれた。
――反抗期宣言をした僕の目的は、奏太兄ちゃんとお姉ちゃんをお付き合いさせちゃうこと。
たぶん不可能じゃないと思う。
僕には2人の行動パターンが手に取るように分かるから。
なんたって、毎日毎日毎日毎日毎日毎日……イチャイチャを聞かされてきたからね! 油断すると夢にみるぐらいだからね! もう魂にまで刻まれてるよ!
というわけで、シミュレーションの結果、2人が恋人になるパターンを142種類ほど算出できた。
どうせなら一番確率の高い戦法を使いたい。
精査してみると、成功パターンの上位50種は奏太兄ちゃんからの働きかけによるもので、次の50種はお姉ちゃんからの働きかけによるものだった。
だから僕が使えるのは、両者を引いた残り42種のパターンということになる。
そこではたと困ってしまった。
なぜなら。
奏太兄ちゃんでもなく、お姉ちゃんでもない、つまりは外部からの影響で2人が恋人になるパターン――そのトップは、僕に恋人ができること、だったから。
これはさすがに難しい。ちょっと不可能かもしれない。
すると、布束を見つめながら悩んでいる僕に、葵ちゃんが言ってくれた。
若干、引いた顔で。
『……ひ、久しぶりに見たよ、如月くんの謎能力……。でもずっと聞いてる限り、お姉さんたちに関する如月くんの予想ってぜんぶ当たるんだよね。……だったら、もし良かったらだけど……』
――わたしたちで付き合うフリをしてみたらどうかな?
そう提案してくれた。
正直、すごく悩んだけど、最終的に僕は『力を貸して下さい』とお願いさせてもらった。
そして伊織くん・葵ちゃんと名前呼びにしようと話し合い、次の日には僕の家に来てもらった。
途中、僕が緊張のあまり『ラノベのえっちなシーンのどれが好き?』みたいなことを聞いてしまって、空気がすごいことになったけど、最終的には告白のフリをすることにも成功した。もちろん奏太兄ちゃんとお姉ちゃんが聞いてることは確認済み。
……ちなみに僕たちがすごい空気になってるなか、奏太兄ちゃんがお姉ちゃんのブラジャーがどうのって言いだしてイチャイチャし始めてたけど、あれ全部聞こえてたからね?
おかげでこっちはもっとすごい空気になってたからね? あ、怒ってないよ? 僕、ぜんぜん怒ってないよ? 僕だけならともかく葵ちゃんまで巻き込んでイチャイチャしてたことについて、僕はまったく怒ってないからね?
ともあれ、昨日の告白を受けて、今日はプランの第二段階に入る。
実際、付き合い始めるフリをして、奏太兄ちゃんとお姉ちゃんの熱を高めに高めるんだ。
階段を上り切り、もう二、三歩進めば、お姉ちゃんの部屋まで声が届く距離。
その前に僕は改めて葵ちゃんに向き合った。
「葵ちゃん、本当にありがとう。こんな変なことに力を貸してくれて。全部が終わったら、僕、ちゃんとお礼するから」
「お、お礼なんていいよ。わたしは……伊織くんの役に立てるだけで十分だから」
「え……?」
葵ちゃんは俯いた。僕の鞄を抱き締めながら。
そして消え入りそうな声でつぶやく。
「わたし、決めてるんだ。伊織くんが幸せになるためならなんだってするって」
「葵ちゃん、それは……」
「うん。引っ込み思案で、自分に自信のないわたしのたった一つの願い。伊織くんからお姉さんや奏太兄ちゃんさんの話を聞く度、ずっと思ってたの。わたしは伊織くんの役に立ちたいって。だって、わたしは……っ」
はっとした。
これはいけないと思い、僕はとっさの判断でわざとお盆を床にぶちまけた。袋入りのクッキーとお皿が床に落ち、それとほぼ同時に葵ちゃんが叫ぶ。
とても思い詰めた表情で。
でもきっぱりと宣言するように。
「わたしっ、最終的には伊織くんと奏太兄ちゃんさんがお付き合いするべきだと思うのーっ!」
危機一髪。クッキーとお皿の音で、今の声はお姉ちゃんの部屋までは聞こえなかったはずだ。
……うん、知ってた。
葵ちゃんが僕と奏太兄ちゃんをくっつけたがってるの、僕、知ってたよ。っていうか葵ちゃん、よく言うもんね。まだ付き合わないの? もう付き合っちゃいなよって。
あと葵ちゃんが僕と奏太兄ちゃんをモデルに漫画を描いてるのも知ってるよ。っていうか、いつも読ませてくれるしね。この絡みどう? 本人から見てちゃんとリアリティあるかなって。
……だからこそ、奏太兄ちゃんとお姉ちゃんをくっつけるこの作戦に協力してくれたことに申し訳なさとありがたさを感じてたんだけど……うん、そっか。最終的にはやっぱりそっち狙いか。
「……葵ちゃん」
にこっと笑う。
すごい、目のハイライトが消えてるのが自分で分かる。
「少し……頭冷やそうか?」
作戦開始の前にもう一度ブリーフィングが必要だ。
僕は固く誓う。
負けない。どんな困難があったって、ぜったい負けない。
たとえ唯一の味方がとんでもない刺客だったとしても、負けるもんかーっ。
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