第48話 唯花の様子がなんか変④

唯花ゆいかの変化を紐解くカギ、それは――伊織への手紙だ!」


 俺は名探偵気分のキメ顔で宣言。

 恋人握りで両手をにぎにぎされてて格好つかないが、もうこの際それはいい。


 今はとにかく唯花がなんか変になっている原因を突き止めなくてはならない。

 伊織が言っていたことによると、一昨日の夜、唯花は手紙を書き、扉の下からすっと入れる形で、伊織に手紙を渡している。


 内容は俺の性癖を聞く、というなんとも残念なものなんだが、その辺りから唯花の変化は始まっていたと考えられる。

 つまり鍵はあの手紙だ。我ながら見事な推理である。

 ……と思ったんだが、当の唯花は目をぱちくりした。


「え、違うよ?」

「違うのかーっ!」


 見事にバッサリだった。

 名探偵気分で宣言したのに恥ずかしい……。

 唯花は少し照れた感じで自分の髪をくるくるといじる。恋人繋ぎ状態なので、俺の手も付き合わされている。


「あの手紙はほら、前の日に奏太が……キュンとするようなこと言うから」

「え? なんか言ったっけか?」

「ほら……あ、あたしのこと、一生守るって……」

「ああ」


 確かに言ったな。

 なんでそんな当たり前のことでキュンとくるのかは、いまいちピンとこないが。


「だからあたしももうちょっとだけ……ちゃんとしようかなと思って、先々のことを見据えて情報収集を……」

「先々のことを見据えた結果、なんで弟に俺の性癖を聞くことになるのかを小一時間ほど問い詰めたい」


「そ、それはもちろん心の準備っていうか、ちゃんと知っておきたくて……あたし、たぶんМだから奏太に強く迫られたら拒めないだろうし」

「唯花、Мなのか!?」

「やっ、確証はないけど! ぜんぜんないんだけど! でも……」


 へにゃっ、とした感じの微妙なヘタレ感で仰る、唯花さん。


「……奏太がドSだから最終的にМにさせられてしまう気がしております」

「待て待て待て、誰がドSだっ。発言の撤回を要求する」

「あ、やっぱり自覚ないんだ」


「ないわ! なんか伊織もそんな感じのこと言ってたが、俺は至ってノーマルな青少年だぞ」

「ははは、こやつめ」

「なんか笑われた!?」


 誠に遺憾である。納得いかないものを感じていると、笑顔から一転、唯花はジト目を向けてきた。


「っていうか、なんで奏太が手紙のこと知ってるの?」

「む」

「返事来ないなぁ、ひょっとして調査に手間取ってるのかなぁ、って思ってたんだけど、その様子だと……奏太が止めたのね?」

「止めるだろ。そりゃ当然のごとく止めるだろ」


「なんでよーっ。どうせ奏太が持ってるんでしょ? 返してっ。あたし宛の返事なんだから、かーえーしーてー!」

「あんな世界ふしぎ発見な手紙は、確かに我が手のなかにボッシュートしたが、断固拒否する」


「ひどいっ。一年半ぶりの姉弟の交流を引き裂くっていうの!?」

「ひどいのはそこに俺の性癖巻き込んでるお前らだからね!? だいたい交流っていっても手紙の直後にすぐ顔合わせてるだろ、お前ら!」

「う……っ」


 小さく息をのんだかと思うと、途端に唯花の顔色が青ざめだした。


「……あれはびっくりした。本当にびっくりした。久しぶりに伊織のカワイイ顔見られて嬉しかったけど、いきなり過ぎて気絶しちゃうかと思った……」


 そのまま本当にふらっと倒れそうになったので、慌てて両手を引っ張る。


「うわっ、思い出して体調おかしくなっちゃったか!? すまん、俺が軽率だった! しっかりしろ、傷は浅いぞ!?」

「奏太、なんか気がまぎれることして。楽しいこと、もしくは面白い話を余は所望する……」

「また無茶ぶりを! ええと、そうだな……」


 いきなり言われても、すぐには思いつかない。

 しかし必死に頭をまわし、苦肉の策を口にした。


「じゃあ、今日も耳かきしてやろうか?」

「み――っ!?」


 ボンッと爆発みたいに顔が赤くなった。

 あれ? なんか顔色良くなったぞ? ちゃんと気がまぎれたらしい。

 唯花はあたふたと目を泳がせる。


「み、耳かきっ、そう、耳かきね。えっと、うーん、悪くない案かもしれないけど、そ、それはどうなのかなぁ……?」

「……いや、お前の顔色見てると、もうここはやる流れに思えるが?」

「あ、あたしがどうのとかは関係ないでしょ!? ま、まあ、奏太がどうしてもって言うなら付き合ってあげなくもないけどね! 本当、しょうがないなぁ、奏太はえっちなんだから!」

「えっち? なに言ってんだ、耳かきのどこが……」


 と、言いかけて……はて、と思った。

 伊織への手紙近辺にきっかけがないとすれば、唯花が妙に積極的になった理由として、めぼしいイベントはもはや昨日の耳かきぐらいしかない。


 まさか耳かき程度がきっかけにはならないだろうと思っていたんだが、唯花のこの反応、もしや…………いやいやまさかな、そりゃ耳が敏感過ぎるようなタイプもいるにはいると聞くが、こんな身近にそんな逸材いるわけが……。


「なあ、唯花」

「な、なに?」

「耳好きか?」

「そっ、そんなわけないでしょ! ぜんぜんだよっ、ぜんぜんっ!」


 すげえ真っ赤な顔でぶんぶん首を振り、力いっぱい否定された。

 半信半疑だったのに、この過剰なリアクションである。え、マジで? いやでもそんなまさか……うーむ、確かめてみる価値はある、か。


「分かった。ちょっと横向いてみてくれ」

「横っ!? な、なんで?」

「いいから。ほれ、右向けー、右!」

「で、でもぉ……」

「右ー」

「い、いえっさー……」


 軍隊式の号令を受け、唯花はおずおずと右を向く。

 両手は恋人繋ぎで塞がってしまっている。仕方ないので、俺は顔を唯花の耳に近づけていく。

 途端、気配に気づいて細い肩がピクッと反応した。


「な、なにするの!? えっ、もしかして耳にっ!? それはダメ、ダメだから許してぇ……っ」

「静かに」

「ああもうっ、こういう時許してくれないとこがドSなの! それは絶対まずいやつなのにーっ」


 何か言ってるがとりあえずスルーして、俺は唯花の耳へ、ふーっと息を――。



 ……つづく。

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