第35話 プチ幕間『伊織へ お姉ちゃんより』
俺はいつもクラスメートと多少ダベったりしてから学校を出るのだが、昨日、
住宅街のなかにある、普通の一軒家。ここが如月家。
最近は玄関に入る前に道路から唯花の部屋を見上げる。
何やら毎日俺が来るのを見てるらしいからな。
日によっては手を振ってきたり、口パクで新旧・魔法少女の名台詞クイズを出してきたりするのだが……。
「……んん?」
今日の唯花は目が合うと、わたわたしながら顔を引っ込めた。
妙なリアクションだな。ひょっとして昨日の謎テンションが継続中なのか……?
訝しく思いつつ、門扉を通って玄関のチャイムを鳴らす。
ピンポーンを軽やかな音が響いた。しかし扉が開く気配はない。
「あー、今日は早めにきたから、お袋さん、買い物かなんかに出てるなこりゃ」
唯花は部屋から出ないので、玄関を開けにくることはない。
まあ別に問題はない。俺は以前に唯花の親父さんからもらった合鍵を出し、玄関を開ける。
すると、ちょうどその時、背後から身軽な足音が響いてきた。
同時に俺を呼ぶ声。
「
ちょうど帰宅時間だったらしい。中学の制服にショルダーバッグを下げ、こちらへ駆けてくる。
相変わらず小柄で、唯花そっくりで、女子と言っても通じるぐらい可愛らしい。
「おう、伊織。お前も今帰ったの――くぁ!?」
「奏太兄ちゃん、聞いて聞いて聞いてーっ!」
何やら興奮気味に抱き着いてきて、俺のみぞおちに頭が激突。
そのまま家のなかに倒れ込み、2人で上がり
「あいたー、転んじゃった。ごめんね、奏太兄ちゃん」
「いやいいけどよ……ずいぶん熱烈なタックルだったな。伊織、ラグビー部にでも入ったのか? それとも姉ちゃんのブラをゲットした俺への教育的指導か? ……うん、だったらあと十回ぐらいは食らう覚悟があるぞ」
「違う違う! あのね、そんなこともうどうでもいいんだよっ」
伊織は体を起こすと、玄関先で俺に馬乗りになったまま、ショルダーバックのなかをごそごそと探る。
「奏太兄ちゃんに見てほしいものがあるんだっ」
取り出されたのは、ピンクの便箋。
どっかで見たことある便箋だな……と思っていたら、伊織は予想外のことを言った。
今にも泣きそうなほど、喜びに溢れた瞳で。
「お姉ちゃんが僕にお手紙をくれたんだ!」
「なに? 唯花が……?」
さすがに驚いて俺も体を起こした。
伊織は便箋を抱き締めてぶんぶんと頷く。
「昨日ね、奏太兄ちゃんが帰った後、夜中に部屋の扉と床の間からすっとこれが入ってきたんだ。お姉ちゃんからだってすぐに分かったよ。奏太兄ちゃんとの話し声はいつも聞いてたけど、お姉ちゃんが僕に言葉をくれるのは久しぶりだから、僕、嬉しくて嬉しくて……っ」
俺とは毎日会っているが、唯花は引きこもってからというもの、家族とすら顔を合わせていない。唯花が手紙を書いたとすれば、伊織にとっては実に一年半ぶりの姉からの言葉だ。そんなの嬉しいに決まっている。
「そっか……良かったな、伊織」
「うん……っ」
手を伸ばし、頭を撫でてやる。
すると伊織の瞳からぽろぽろと涙がこぼれた。あっ、と声を漏らし、慌てた様子で涙をぬぐう。
「ご、ごめんね、僕、男の子なのに泣いたりして……っ」
「何言ってんだ、俺はお前の兄貴分だぞ? こんな時ぐらい、好きに泣いていいんだよ」
「奏太兄ちゃん……」
ヒックとしゃくり上げ、伊織はさらに涙をこぼした。
「僕……ううん、僕だけじゃなくてお父さんもお母さんも、それにきっとお姉ちゃんも……奏太兄ちゃんのことずっと信じてたんだ。奏太兄ちゃんならお姉ちゃんを助けてくれるってずっとずっと信じてた。僕たちみんな、間違ってなかったよ……っ!」
「俺は何もしてないよ。ただ、毎日唯花とダラダラお喋りしてただけだ」
「それが大事なことだったんだよ、きっと! それでね……奏太兄ちゃん、聞いて。僕、決めたんだっ」
何やら決意を込めて前のめりになる伊織くん。
「奏太兄ちゃんなら成人前だって構わない! もう――ウチのお姉ちゃんのこと好きにしていいからね!」
「待ちたまへ、弟分よ」
「もしも赤ちゃんが出来たって、僕もおじさんとしてちゃんと面倒みるから安心して! 大丈夫! お姉ちゃんがポンコツでも僕と奏太兄ちゃんで力を合わせれば、きっと立派な大人に育てられるよ! お父さんやお母さんだって協力してくれる。みんなで頑張ろう!」
「待て待て待て、生き急ぐな、若人よ。お前にはお前の人生があるんだぞ?」
「今日、早速学校の先生にも相談してきたんだっ。『中学生で赤ちゃんを育てるにはどうすればいいですか』って! 今、緊急職員会議を開いてくれてるから明日には色々教えてもらえることになってるよ!」
「よーし、明日朝一番で謝りにいってやる。俺の出身校でもあるから菓子折り付きで土下座すればきっと許してもらえるはずだ」
くそう、やはりあの姉にして、この弟ありか。
昔からたまに感じてはいたが、唯花同様、伊織も斜め45度に走り出したら、周囲の被害が半端ない。
ここは話題を変えるのが吉だ。
俺はピンクの便箋を指差す。
「それで唯花からの手紙にはなんて書いてあったんだ?」
「あ、そうだったっ。奏太兄ちゃんにも見てもらわないとだねっ」
伊織は我に返った様子で、いそいそと便箋を開く。
よく見てみたら、以前に俺がクラスの男子共からラブレターをもらった時の便箋だった。
そういや唯花の部屋に置きっぱなしだった気がする。唯花はわざわざコンビニや文房具屋へ買いにいくことも出来ないし、あの便箋を流用したのだろう。
「はい! これがお姉ちゃんからのお手紙だよっ」
見て見て、と嬉しそうに伊織が広げてみせたのは、カラーペンでデコレーションされたルーブリーフ。そこには簡潔にこう書かれていた。
『カワイイ伊織へ
奏太の性癖まるっとぜんぶ教えてー!
美人のお姉ちゃんより♪』
「どうっ?」
「…………………………斜め45度だな」
眩暈がしてきて思いきり頭を抱えた。
いや、うん、伊織がいいならいいけどさ……1年半ぶりの感動の手紙がこれってどうなんだ? あとブランクあるわりに仲良いなお前ら。
俺の心のダメージもどこ吹く風で、伊織はショルダーバッグからごそごそと新たな手紙を取り出した。
「それでねそれでねっ、僕、学校でお姉ちゃんへの返事を書いたんだっ」
「返事……だと?」
「僕が知りうる限りの奏太兄ちゃんの性癖まるっとぜんぶ書いといたから! ちゃんと間違いがないかチェックしてほしくて、学校から走って帰ってきたんだっ」
「オッケー。伊織くんや、ちょっとそこにお座んなさい。俺の腹の上じゃなくて、ちゃんと床の上に正座しようか」
「あのね、まず黒髪色白は鉄板でしょ? でも清楚系は範囲外で、ちょっとワガママなくらいがストライクゾーンど真ん中。よく考えたら『これまんまお姉ちゃんだよね?』ってこともちゃんと書いといたから! あとアニメよりは実写派で、コスプレ全般が満遍なくポイントアップ、痴女さん系も嫌いじゃなくて、SMは微妙。それから大事なところでおしっこ関係は――」
「伊織」
ガシッと細い肩を掴んだ。
胃の底から溢れ出るのは、魔法少女の名台詞。
「少し……頭、冷やそうか?」
俺の目つきはDVD修正前のものだったことを強調しておきたい。
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