エピローグ・2 帰郷なう
俯いたままで、その場に立ち尽くして。
ヴェノの街の喧騒が、どこかぼんやりと、遠くに感じられて。
帰れる喜びと、帰りたくない気持ちが、互いにせめぎ合ってはぐるぐると渦を巻いて。
やがてどれ程の時間が経っただろう、いや、それほど経っていなかったかもしれない。
顔を上げて、ジーナの顔を見て。
俺は。
「あの……っ」
そう、口を開いた途端である。
「お~~い待ってくれ~~~~!!」
「オオゼキさん!!」
「マコトさ~~~~ん!!」
「マコト殿ぉぉぉぉ~~~~!!」
俺の後方から、俺を呼ぶ声が、聞き慣れた声が、四つ。
俺がゆっくり後ろを振り返ると、エドマンドを先頭に、イーナ、アリシア、クレマンが、四人揃って俺の前で息を切らせていた。
「皆さん……!なんで、ここに!?」
「なんでもクソもあるか、このっ……このっ、馬鹿野郎っ!!」
往来の真ん中だというのに、未だ息も整っていないエドマンドが大声を上げた。
両手を膝について肩を上下させ、顔を伏せながらも太い声を張り上げる巨漢。その異様な状況に、ルブルーム通りを行く人々がこちらを振り返っている。
顔を上げたエドマンドの目の端にも、その後ろでこちらを見るアリシアとクレマンの目の端にも、きらりと光る涙があった。
「マコトさん、
「オオゼキのオーナーの立場はどうされるんですか!?」
「えー、あー、それは……イーナさん?貴女ですか?」
答えに詰まりながらも、俺は未だ口を開かないイーナを見やった。垂れる前髪と乱れた服の裾を整えた彼女が姿勢を正す。
「勿論、私です。オオゼキさんに手紙を出したのは魔導省ですからね。庁が違うとはいえ情報を得るのは何ということはありません。
ヴォコレとピアンターテさんには私から事情を話し、タサックからヴェノまで連れて来ました。
ニールソンについては道中で行き合っただけですが」
眼鏡をくいと押し上げながら、イーナはきっぱりと言った。
その敏腕速断ぶりは相変わらず一級品だが、それは越権行為というものじゃありませんかね、イーナさん。
「わぁぁぁぁんマコトさん、いかないでくださいよぉぉぉぉぉ」
「マコト殿……マコト殿ぉぉぉぉぉぉ」
その合間にもアリシアとクレマンが俺の身体に縋り付いて、わんわん泣いていた。
昨年末に20歳になったばかりのアリシアさんはともかく、60過ぎたおじいちゃんがそんな大声で泣くものじゃないと思います、クレマンさん。
なんだか締まりがなくなってしまったが、説明したい人々がこうして一堂に会してくれたのは有り難い。
俺は二人に引っ付かれたまま、首を元向いていた方――エドゥアール8世とジーナが立っている方へと向けた。
「ジーナさん、この場で一つ確認したいんですが」
「はいはい。何?」
「俺、
「「「えっ……??」」」
俺を引き留めようとしているアリシアとクレマンが、拳を握ったまま立ち尽くしていたエドマンドが、彼らの後方で行く末を見守っていたイーナまでもが、揃って素っ頓狂な声を上げた。
そこでジーナが、堪えきれなくなったように笑い声を零した。
「ぷっははは……!!誠くんに言った通りよ、
弟曰く、自分が一度行ったことのある場所じゃないと
何ならレイヨンに招いてくれれば、レイヨンの自宅と地球を繋げることだって出来るわよ。今回は手続き上、ここの異局に繋げる必要があったってだけ」
「うわぁ……」
ジーナの発言に俺は度肝を抜かれつつ、ホッと肩の力を抜いた。
ハイスペックだ。あまりにもハイスペックすぎる。だがそれだけハイスペックであればこその、この恵まれた処遇だ。
俺は自分に引っ付いたままのアリシアの頭を、そっと撫でながら微笑んだ。
「だそうですよ、アリシアさんもクレマンさんも。俺、ちゃんと
「う、う、うあぁぁぁぁぁ、よかったです、よかったですぅぅぅぅぅぅ」
「よかったです……ほんとに、ほんとに……!!」
再び大粒の涙をこぼしながら、アリシアとクレマンが改めて俺に抱き着いた。
その様子を後ろで眺めながら、エドゥアール8世は傍らのジーナへと、その顔をほころばせたのだった。
「やれやれ、温泉大臣殿は友人に恵まれているようで何よりだ」
「まぁ、そういう人物じゃないと、私達もわざわざ迎えに来る意味がないですからね」
ジーナが不敵に、にやりと笑った。
「さて、それじゃ今度こそ準備オーケーね?」
「はい。皆さん、行ってきます!!」
服を整えて、鞄を肩にかけなおして。
俺は異局の入り口横の壁際に開かれた
その手の素養が無い俺にもはっきりと分かるくらいに、
後ろを振り返って、晴れやかな笑顔で見送る四人へと手を振ると、皆も満面の笑みで手を振り返してくれた。
「いってらっしゃ~い!!」
「お身体にお気をつけて!」
「土産話に期待してるぞ~!!」
「出来ればお土産も、お願いしますねぇ~!!」
その言葉を背に受けて、俺は思いきり、思いきり一歩足を、前に踏み出した。
薄い膜を通り抜けるような感覚を覚えた次の瞬間。
俺は新宿区役所の3階にいた。
「皆さん、帰ってきましたっ、無事に帰ってきましたよっ!!」
丸っこくて小さいドラゴンが宙を舞いながら声を上げると、万雷の拍手が部屋中に沸き起こった。
拍手を送るその中に、俺の隣に立つジーナとよく似た、レトリバーの犬獣人の青年がいるのに俺は気が付く。
彼が件の、ハイスペックなジーナの弟さんだろうか。
ふっと隣に立つジーナに視線を送ると、意味ありげにウィンクしながら、彼女は俺の肩に手を置いた。
「さ、折角こうして地球に帰ってきたんだ。あっちに帰る前にやることは色々あるだろうが……
まぁ、
パッチリした目を優しく細めて笑うジーナに、俺は同じように目を細めて。
「……はい。
ただいまです、皆さん!」
そう、ハッキリと口にして、頭を下げたのだった。
「ちなみに誠くん、戻ってきたわけだけど何したい?」
「え!?えー……あ、ここ新宿区役所ってことはテルマー湯近いですよね。ひとっ風呂浴びつつ考えるのでもいいですか?」
「全く……寝ても覚めても温泉のことばかりなんだな、君は、本当に」
〜Fin〜
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