第102話 臥毘とグラの加入



 ――――レイフ城・執務室




「…………まさか、ルーベルト殿程の男が捕まっていようとはな」



「……色々とあってな」



「…………」



 俺の前には現在、臥毘がび、グラ、ルーベルトの3名が立っている。

 特に拘束などはしていないが、俺の後ろにも近衛に加え、部隊長全てが揃っており、睨みを利かせている状態だ。



「……さて、一応確認するけど3人はこれからどうしたい? 俺としては、できれば全員に部隊長を任せたいと思っているんだけど……」



「断る。俺はお前の下に付く気はない」



 ルーベルトが即答する。

 まあ、そうなるよな。



「元々俺は、北でも幹部として扱われていたが、行動に縛りはなく、好きに動いていた」



「ルーベルト殿の言っていることは本当だ。我々の力はルーベルト殿に遥かに及ばない。故に、敵対しないことを条件に幹部としての席を用意し、行動の束縛は一切せず、自由に動いてもらっていたのだ」



 成程な。確かに、ルーベルトと敵対するなんてのは無謀としか思えない。

 幹部待遇で自陣に迎え入れ、敵対しないようにするというのは理に適っているだろう。

 ルーベルトも実力で勝っているとはいえ、北の勢力全てを相手にするのは面倒だろうし、組織の一部に居た方が動きやすいというメリットがあったから、その条件を呑んだのだろう。



「……だが安心しろ。俺はあの兄妹と契約を交わしている。その親であるお前や、この城の者達に手を出す気はない。あの子らに危険が及ぶような状況になれば、力だって貸してやる。……ただし、指図は受けない。俺は俺で自由にやらせてもらう」



 ……まあ、その辺が妥当な所だろう。


 一体どういった流れでそうなったか詳しくは聞いていないが、コルト達はルーベルトに師事する契約を取り付けたらしい。

 契約内容についてはコルトから聞いているが、戦闘技術の伝授と、自分達とその家族に対して危害を加えない、という内容なのだそうだ。


 契約というのは口約束というレベルではなく、自身の精霊同士を用いた契約だ。

 つまり、破った場合は自身にもそれ相応のリスクが生じる。

 そんな契約をルーベルトが交わすとは俄かには信じ難かったが、恐らく同族であるエステルに何か感じることがあったのだろう。

 それが同情なのか、それとも別の感情なのかはわからないが……


 はっきり言って、俺自身はルーベルトのことをそこまで信用していない。

 だから正直、非常に心配ではあるのだが……

 何か憑き物が落ちたような、今のルーベルトの表情を見ていると、それも考え過ぎかと思えてくる。



「……わかった。それで構わない。ルーベルトさんは客人として扱わせてもらうよ、城への出入りも自由だ。客室を一つ空けておくから、泊まるときはそこを自由に使ってもらって構わない。それでいいかな?」



 後ろで全員が何か言いたそうな顔をしているが、口を出してはこなかった。

 それは俺への信頼、というワケではなく、単純にこの男の場合、出入りを禁じようが何しようが、全てを無視できるだけの力があるということを理解しているからだろう。


 とはいえ、俺だって何も対策をしていないワケではない。

 今はレイフの力も十全に機能しているし、妨害対策も導入済みだ。

 ルーベルトが本気になればどうなるかわからないが、先日のような事態にはならないだろう。

 というか、させない。



「……ああ。それで構わん」



「じゃあ、臥毘がびは……」



「俺の答えは既に決まっている。俺は一族の長として、戦いを挑み、そして敗れたのだ。俺達ジグル一族はトーヤ殿に忠誠を誓う。好きに使ってくれて構わない」



「まあ、そんな重く考えないで欲しいんだけどな。とりあえず、よろしく頼むよ。それで、何か希望とかはないか?」



「……ジグル一族は52名。内22名は女子供を中心に、戦士ではない者達になる。その者達は、できれば戦いに参加させたくないのだが……」



「それは全く問題ないよ。さっき他の連中にも言ったが、俺は徴兵の類をするつもりはないし、戦うことを強制する気もない」



 一応俺は『荒神』の幹部でもあるので、戦力はあるに越したことないのだけど、この地を守る以上の力は今は必須じゃないと思っている。



「……ありがたい。俺から望むことはそれだけだ。ただ、一つ謝っておきたいことがある」



 んん? なんだ? なんだ? 改まって。



「まず、トーヤ殿を含め、ここの者達に吐いた暴言についてだ。すまなかった! 俺は北で幹部になってから、ずっと調子に乗っていた! 高々18年生きた程度の若造が、あのようなおぞましい発言を……。どうか、許してくれ!」



 そう言って頭を下げる臥毘がび

 そういえば、最初に城外に現れた時は、完全にチンピラみたいな態度だったのを思い出す。

 今と比べると、言葉遣いも大分ちが……、ん……?



「……今、18年生きたって聞こえたけど?」



「あ、ああ、俺の年齢は18歳だ。一族の中でも若い部類に入る」



 ……まじかよ! 18? 見えないわ! って見た目はトカゲだし、わかるワケないか……



「18だと……? 馬鹿な……。いや、確かに言動が妙に……」



 ……どうやらグラも知らかったらしい。というか、隣でルーベルトも一瞬目を見開いていたぞ?

 いや、しかしまあ18か……

 それならばあの態度もまあ頷けるかもしれない? 若気の至りというモノだと思っておこうか……



「……まあ、とりあえずそのことに関しては、俺も含めみんな気にしていないよ。むしろこっちは挑発していたくらいだしね」



「し、しかし、俺は余りにも酷い考えを、見せしめに凌辱するとまで……」



 そんな聞いてもいない心の内を語られてもな……



「戦なんてのは多かれ少なかれ高揚状態になるんだから、悪いことの一つや二つ考えることもあるさ。常日頃からそんな考えだと問題あるが、そうじゃないんだろ?」



「それは、誓って違うと断言する!」



「なら問題ない。ただ、今後は言動にも注意するようにな」



「り、了解した!」



 自分が許せなかったとかそういう理由なのだろうが、余計なことを言うと皆に変な先入観を抱かれるかもしれないので勘弁して欲しかった。これも若さゆえというヤツなのか? ……俺も一応18歳ってことになってるけど。



「……さて、グラ、あんたはどうする?」



 この男は、亜人領の支配者になるなどと大言を吐いていた。

 この城の方針とかけ離れた願望を持っていたハズだが、果たして……



「……私は、今の亜人領が嫌いだ。だからこそ私の力で支配し、変えていきたいと思っていたのだ」



「思っていたってことは、今は違うのか?」



「正直な所、わからない。ただ、先日の戦いや、その後のお前達の行動を見て、違うやり方もあるのかもしれない、とは思い始めている」



 今回の戦で、こちらに死者は出なかったが、残念ながら北の兵士は違う。

 俺はそんな彼らの亡骸を弔うのを最優先とし、遺体を丁重に扱った。

 そんな俺達を見て、北の兵士達も思う所があったのかもしれない。



「……私は、見ての通りの混血種だ。鉱族とトロールの間に生まれた。エルフ程では無いが、この亜人領での混血種の扱いはかなり悪い。私も多分に漏れず、辛い生活を強いられた。この地に住む者であれば、多かれ少なかれそんな経験をしていた者がいるだろう? だから私は、この地を始まりの地として、亜人領の支配を目指したのだ。混血種である我々が力を示し、純血種に劣らないことを知らしめたかった。そして、最終的に差別などない世界を作ろうと思っていたのだ。そうしなければ混血種と純血種は、決して相容れられるものではない、とな」



「それで、ウチが純血種と混血種がなんの隔たりもなく接してるのを見て、自分のやり方に疑問を持ち始めた、と?」



「……そうかもしれない。私にはまだ納得できないことも多々あるが、少なくともここでは、そのような隔たりはないと感じたのだ」



 グラは、本来ならば冷静な男なのだろう。

 それはシオウなどから得られた情報とも合致している。

 ただ、目の前でおきている差別のせいで、少し目を曇らせたのかもしれない。



「……グラ、一つ訂正しておこう。まず、この亜人領に完全な純血種なんてほとんどいないよ」



「……!? 何を!?」



「だってそうだろ? 他の領の種族ならともかく、この亜人領の半分を占める獣人族って、元は獣族と人族の混血なワケだし」



「そ、それは確かにそうだが……。エルフにしても獣人族にしても一つの種族としてなりたった以上、それはそれで純血種と言えるだろう」



「うん。まあ言いたいことは分かるよ。そういう垣根って結構決めたもん勝ちな所あるし、昔の人がそう言ったんだから、そういうものなのだろうと思いたい気持ちもわかる」



 少し嫌味ったらしい言い方になってしまったが、別にその考え方が間違っていると言うつもりはない。

 そもそも、ある意味では彼らのルーツとも言える種族である俺ですら、遡れば猿人だとか亜人と変わらない存在になるのだ。

 ある程度どこかで区切りをつける必要性があることも、なんとなく理解はしている。



「でも、そもそもな話、この亜人領の魔王であるキバ様は、魔族、竜族、妖精族、それだけじゃないな……。ともかく色々な血が混ざっている、紛れもない混血種だぞ?」



 ………………………………。

 俺の言葉に、グラだけでなく全員が沈黙する。



「……………………は?」



 たっぷりと時間をかけてから、初めに声をあげたのはリンカだった。



「は、はぁ!? トーヤ殿!? な、何を言って!?」



「ん、もしかして、リンカも気づいていなかったのか?」



「あ、当たり前だろう!? おかしいじゃないか! 父様は普通の……」



「いやいや、どう見ても普通じゃないだろ? あの底知れない魔力だけ見ても絶対おかしい。いくらなんでもあの魔力量は異常だろ? 努力でどうにかなるレベルじゃない。そんなことはみんな薄々気づいていただろうに」



「だ、だが、私は……、いやタイガ兄様やソウガにだってそんな影響はないぞ!」



「それは母体が獣人族だからだと俺は思っている。獣人としての血が色濃く引き継がれた結果だな。そもそも母親からしか遺伝しないものもあるし、特徴は母親側から出やすいからな」



 リンカの手が、自然に耳に触れた。

 狐に酷似した彼女の特徴は、キバ様には見られないものだ。

 まず間違いなく、母親から引き継がれている特徴なのだと思う。


 いわゆる母性遺伝というものだ。

 恐らくキバ様は突然変異的に生まれた存在なので、遺伝子としてはかなり弱いのだと思われる。



「キバ様に宿る遺伝子は、多くの種族の特徴を、奇跡的なバランスで配合された結果なのだと思う。まさに神の奇跡と言ってもいい。だからこそ、キバ様の子供にはキバ様の特徴がほとんど表れないのかもしれないね……。ある意味、キバ様は唯一にして1代限りの特殊な種族なのかも」



 実際に遺伝子を見てみないことには確証は取れないが、俺の仮定はほぼ的を射ていると思う。

 確信に至ったのはルーベルト、ダークエルフの特徴を知った時だ。

 あまりに衝撃的な内容だったのか、皆それぞれ驚愕の表情を浮かべたまま固まってしまっている。



「さて、若干話は逸れたけど、グラ、俺が言いたいのはさ、混血種とか純血種とか分けて考えるのは正直無駄だってことなんだよ。そもそも交配ができている時点で根本的には同じ種族なんだぞ? 考え方や食生活の違いだってあるだろうけど、そんなのは同じ種族同士だってあることだ。だから、俺はそんな考え方はするだけ無駄だと思っている。もし心からわかり合える友がいて、そいつが混血種だとわかったら距離をおくのか? おかないだろ?」



「………………」



「だから俺は、グラのように亜人領の支配なんて考えない。それはもちろんこの森についてもだ。どんな相手でも、意思の疎通さえできれば可能な限りわかり合う為の努力をする。結果として分かり合えなかったら関わらないようですればいいだけだし、それもできないならやっぱり戦いになるかもしれないけど、その方がシンプルで、わかりやすいだろ?」



「……お前の言ってることは行き当たりばったりで、具体的な構想もない、夢物語のように聞こえる」



「…………」



「だが、ここでは現状それで上手くいっているのだろう。何より、そうやって生きていけるのなら俺もその夢を追ってみたいと……思ってしまった。トーヤ殿、我々をどうか、あなたの仲間に加えて欲しい」



「ああ、もちろんだとも!」





 ◇スイセン





 コンコン



「失礼します。……トーヤ様?」



 返事がない。隙間から中を覗くと……いた。トーヤ様は机に突っ伏して寝息を立てている。

 どうやら書類整理をしながら眠ってしまったようだ。


 その横の長椅子には幼龍と少女、ヒナゲシが何やら戯れているようだった。

 尋ね人が来たというのに応対もしないのは秘書としてどうかと思うが、彼女はトーヤ様以外の命令を一切聞かない。

 恐らく、あの幼龍と遊んでいるように命じられ、そのままなのだろう。


 そのまま部屋に入り机の前まで近付く。

 初めて見る寝顔。

 こうして見ると、普段から少し幼い顔が、さらに幼く見える。あ、思わず撫でてしまった。

 撫でてる場合ではない。このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。起こさないと……



「…………」



 駄目だ。私にはこの幸せそうな表情で眠るトーヤ様を起こすなんてできない。

 確か棚にひざ掛けが有ったはず……


 やはりあった。私はそれを手に取り、トーヤ様の肩にかける。

 一瞬ピクリと反応したので起きるかとも思ったが、どうやら平気だったようだ。



「…………お疲れさまでした。トーヤ様」



 再び優しく頭を撫でる。



 ゴン!



「えっ?」



 急に聞こえた打撃音。何事?

 ってトーヤ様の顔が近い! 無意識の内に吸い寄せられていた。危なかった……



「……汚いです。それが大人のやり方なんですね」



「え!? アンナ!? いつからそこに!?」



 アンナはドアの横、壁の端の方で膝を抱えて座っていた。

 先程の打撃音は、どうやらアンナが壁を殴った音のようだ。



「ずっとです。トーヤ様がお仕事中も、ずっとここに座っていました」



「……何故?」



「お仕置きです。トーヤ様は同じ部屋にいあながら、話しかけることを禁じ、トイレ以外の一切の移動を禁じました。実に巧妙です……! 体罰やお叱りであれば、喜んで受けたと言うのにこの仕打ちとは……! 実に私のことを理解しています。嬉しいですが……、ですが……!」



 ……この子は大丈夫なのだろうか?

 トーヤ様を慕っているのは当然理解しているが、愛情が一周回って違う方向に向かい始めているのではないかと心配になる。

 体罰を喜んで受けたいという辺り、間違いなく危ない。しかし、そんな倒錯的考えが少し理解できてしまう自分に気付き、思わず恥じ入る。



「……まあ、トーヤ様もこの通りお疲れのようですし、貴方も今日は帰りなさい? トーヤ様には私から伝えておきますので」



「……そうやって私を追い出した後に、トーヤ様に何をする気ですか!」



「な、何もしませんよ? ただ、お伝えすることもありますので、このまま少し待とうかと……」



「信用できません! 先程の、あの頭を撫でながら見せた慈愛に満ちた表情! そしてゆっくりと顔を近づけていくアナタの、スイセンさんの何を信用できるというのでしょうか!」



「シッ! そんなに大きな声を出してはトーヤ様が起きてしまいますよ?」



 などと余裕を見せてみるが、心臓はバクバクである。

 そしてこの少女にそれを隠すのは不可能だ。



「クッ……、そうやって上手いこと話の軸をズラす……。やっぱり大人はずるい……」



「ず、ずるいって……」



「ずるいですよ……。大人ってだけで、トーヤ様に女性として見てもらえるし……」



 そう言った彼女の目には、少し涙が滲んでいた。

 つまりこれは、まごうことなき彼女の本音なのだろう。

 ……なんと一途で可憐なことか。

 こういった部分がまだまだ子供だと感じさせる部分でもあるのだが、ここまで思われては普通クラッといってしまうのではないだろうか。

 女である私ですらそう感じるというのに、トーヤ様はよく堪えていますね……



「失礼しますよトーヤ。ん? トーヤ?」



 と、何故か悶々としていた所に新たな来客が現れる。イオさんだ。



「またしても来ましたね! ライバルその2……!」



「その……2?」



「ええ……。ちなみにその1がスイセン様で、その3がリンカ様です。それとは別に、要注意枠としてアンネやシアさんと言った所でしょうか。最近はヒナゲシ以外の3人も怪しいですが……」



 ヒナゲシ以外の3人って、奴隷の? 一人は男の子だったような気がするのですが……



「なんだ、トーヤは寝ているのですか。ん? スイセンだけでなく、アンナもいたのですね。もしや、アナタたちもトーヤが起きるの待ちですか?」



「え、ええ、まあ」



「では、一緒に待ちましょう。トーヤの寝顔を見て待つのは楽しいのですからね」



 トーヤ様の寝顔を見るのは楽しい? それって、以前も見たことがあるということ?

 いや、その口ぶりからして、一度や二度じゃないような……

 なんとなく、ざわりとした感情がこみ上げてくる。



「……イオさん、待つのは構いませんが、どのような御用でしょうか? 近衛であるスイセンさんならわかりますが、ただの兵士であるアナタが直接トーヤ様に伝えなければならないようなことでも?」



「御用というか、戦が終わったら話をする約束をしていました。私をトーヤの近衛に加えてもらおうと思いまして」




 ………………え?




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