第101話 北との戦い⑳ 終戦
◇イオ
意識が戻る。
目を開けると、そこは薄暗い穴の底。
どうして私は、こんなところに……、
「……目が覚めたか?」
「……お前は!?」
慌てて跳ね起きようとするが、左手に走る激痛によりそれは失敗に終わる。
(痛っ……、そうか、私は、この男と戦って……)
鋭い痛みで意識が覚醒し、同時に気を失うまでの状況を思い出した。
思い出したが……、この男は何故私にとどめも刺さずに座っているのか。
「…………」
「ふん、そう警戒するな。安心しろ。何もしていないし、何もせん。見張りもいることだしな」
そう言ったグラの視線の先には二人の男が立っていた。
一人はトーヤの近衛であるライ。そしてもう一人は……
「……ライ、どういうことです? その男は?」
薄暗くて顔まではしっかりとはわからないが、輪郭から察するに恐らくはエルフ。
となると、あの男の配下である可能性が高いワケだが……
「この人は……、この前ルーベルトと一緒に侵入してきたミカゲさんだよ。さっきまで戦ってたんだけどね……」
そう言うライは、苦笑いを浮かべながらポリポリと頬をかいている。
どうやら何か事情があるようだが、敵を前にして警戒を解くとは、どうかしている。
私はひとまず、復活している痛覚を遮断し、いつでも剣を抜ける体勢を取る。
「……そのミカゲとやらとライが、どうして一緒に?」
「警戒するな、と言ったろう。全て終わったのだよ。もちろん、お前達の勝ちという結果でな」
そう答えたのはグラだ。
グラは完全に脱力しきっており、戦意はまるで感じられない。
本当に、戦いは終わったということだろうか?
「私はルーベルト様に、「この戦場を荒らせ」と命じられていたのですが、このライ殿に捕まってしまいましてね……。必死に応戦していたのですが、その間に他の部隊が壊滅してしまいまして、じゃあもういいかと降参したワケです」
ミカゲという男は淡々とそう告げた。
ルーベルトの配下というなら実力はあるのだろうが、随分と軽い印象を受ける。
「……娘、イオといったか? その様子だと、やはりお前もルーベルト殿と会ったことがあるのか?」
「聞いていないのですか? 会ったというか、昨日襲撃を受けました」
「……聞いていないな。そこまでお前達を危険視していたとは……。いや、ルーベルト殿のことだ、大方自分のモノにしようと思っていたのだろうな。報告を聞いた限りでは大したことのない能力だと思っていたが、実際に体験したからこそわかる。この能力は危険過ぎる……。こうも簡単に戦場を操られるとは思いもしなかった。……しかし、昨日と言ったな? 先程の動きはルーベルト殿の使う技と同じものだと思ったが、前から知っていたのか……?」
「いいえ。先日あの男が見せた動きをトーヤが解析し、真似ただけです。まだまだ使いこなすのには時間がかかりそうですが……」
「っ!? たった1日であれだけの技を再現したのか!?」
「別に、大したことではありません。解析したのはあくまでもトーヤですし、私は教わるがままに再現したにすぎません」
教わるといっても、『繋がり』を経由した感覚レベルでの共有だ。
はっきり言って、見聞きして学ぶよりも遥かに精度が高く、再現もしやすかった。
「……それでも大したものだ。それにトーヤか……。いや全く、恐れ入ったぞ。いくらそういった技能、技術があるのだとしても、この広い戦場でこれだけ完璧に戦力を分断するには、機を計る嗅覚や、実行に移す判断力、どれも不可欠と言えるだろう。私は随分と、あの男の力量を見誤ったらしいな……」
「トーヤは小細工の類が得意ですからね。真っ向勝負を挑んだ時点で、お前達の敗北は濃厚でした」
思わず自慢げに語ってしまったが、実際の所トーヤの作戦は、私が聞いていてもわからないことだらけであった。
しかし、盤面に描かれた絵空事のような内容は、現実にそのまま再現されている。やはりトーヤは凄い。
「そう、なのかもしれんな……」
「おっと、そのトーヤが戻ってきたみたいだよ?」
◇トーヤ
――――レイフ城・広間
レイフ城の広間には、現在200名以上の亜人種が所狭しとひしめき合っている。
先日の戦に参戦した北の者達だ。
本当はすぐにでも全員を集めたい所だったが、戦後処理などが色々とあった為、日を跨ぐことになり今に至る。
「えー、皆さん、本日はよくぞ集まって下さいました!」
と言った瞬間、横腹をスイセンに突かれる。痛い。
(集会じゃないんですから、もう少し威厳を示してください!)
む……、確かにそうかもしれないが、そもそも俺に威厳なんかないぞ……
まあ、とりあえず空気を読んで偉そうな雰囲気を出してみるか……
「オホン! さて、今日集まってもらったのは、もちろん先日の戦についてだ!」
戦と言っても、別に国同士で争ったワケではないが、小競り合いと言うには少し規模が大きい戦いではあった。
「此度の戦は、我々の勝利で終わった! お前達北の軍勢の幹部であるアギ、ドーラの2名は戦死し、グラ、
俺がそう言うと、一部の兵士達がざわめく。
どうやら、まだしっかりと情報が伝わっていなかったようだ。
「俺達は、今後は同じ森に住む仲間として、北の住人達とも分け隔てない関係を築きたいと思っている! その為に、いくつかのルールを決めたので聞いて欲しい!」
思わずルールという言葉を使ってしまったが、精霊による翻訳がしっかりとできているらしく、疑問を挟む者はいなかった。
「っとその前に、大前提となることを伝えておく! まず、俺達の目的は支配じゃない! 俺達の目的は平定だなんて聞いているかもしれないが、実際はもう少し平和的なものだと言っておく! だから兵を無理やり徴収したり、税を課したりなんてことはしない! 治安維持のために武力を用いることもあるが、それはあくまで外敵や魔獣、悪人にたいしてだけだ! これから話すルールについても強制するつもりはない! ただ、協調できない者がこの森の和を乱すと判断した場合は……、この森を出て行ってもらうか、処罰が下ることもある! ……さて、その上で、ルールについてだが……」
「ま、待ってくれ! 強制しないって言っておきながら、追放や処罰が下るって……、ほとんど脅しじゃないのか!?」
先頭にいたオークの青年が血相を変えて尋ねてくる。
「そう聞こえたかもしれないが、あくまで森の和を乱す者に対してだ。それに、これから話すルールは別に難しいことじゃない。まあ、それがどうしても守れないなんて奴がいれば、和を乱す者と判断せざるを得ないかもしれないが……」
「そのルールってのは……」
「今から説明しよう。よく聞いてくれ! ルールは単純だ! レイフの森に住む者同士の、略奪、強盗、殺傷行為を禁ずる! それだけだ! 殺傷行為に関しては、修行や防衛目的など理由がある場合はその限りじゃないが、前述の2つを目的としていた場合は、容赦しない!」
「……森の外であれば良いと?」
「……良いわけじゃないが、外のことまで管理できるとは思っていないので、そこは良識に任せるしかないな。……ただ、外での禍根が森の平和を脅かすようであれば、厳重な対応を取らせてもらう」
再びガヤガヤと騒々しくなる。
特にオーク達の反応が激しい。まあ、種族の存続に関わるオーク達にとっては無理もない反応か。
「そ、それは、俺達オークに滅べと言っているのか?」
「そうは言っていない。しかし、他種族を襲って子を増やすようなやり方は認めない」
「だ、だが俺達オークは、」
「出産すると高確率で死に至る。だな。しかし、それについては実は解決案を用意している。そのことについては、この集落のオーク達が証明してくれるよ」
「解決案……?」
「ああ。オークの出産による母体の死。その回避方法だ」
「なっ!? そんな方法が!?」
その問いは俺にではなく、傍らに立つソクに向けられた。
ソクが俺に伺うように顔を向けたので、頷いて返す。
同族からの回答の方が説得力があるだろう。
「本当ですよ。その技術の提供もできます」
余程の衝撃だったのか、ざわめきがさらに強まる。
実際、この広場に集まっている半分近くはオークなのだから、その全てが騒ぎだせばこうなるのは必然と言える。
その音量に負けないよう、俺はアンナに空術で声量の強化を頼む。
「オホン! オーク達の件は、後ほど別に時間を取るんで、その際にソク達に確認してくれ! 一応、ルールについては以上だが、この城に相談用の窓口を用意しておく。もし何か不自由なことがあったり、気になることがあれば是非相談して欲しい! 意見が多ければルールの追加についても検討する予定だ! では、この後は各種族ごとに別途説明を行う時間とする! 質問があるものは個別に答えるので残ってくれ! では、解散だ!」
一応の予定通り解散を宣言する。
しかし、まあほとんどの者は残っている訳で、暫くはこの場を離れられそうにない。
恐らく、今日中には結論が出ない者がほとんどだろう。
そういった者達のために、後日また時間を取る予定だ。
(しばらく、休む時間はなさそうだな……)
ただの兵士であれば、戦が終われば休むだけなのだが、俺のように文官を兼任していたり、上の立場だったりすると休まる時間がない。
一刻も早く、俺の片腕となる文官を用意する必要がある……
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