第97話 北との戦い⑯ ルーベルトとコルト兄妹



 ◇ルーベルト





 ――――レイフ城・執務室




 執務室、か。ここは、あの男の部屋だろうか?

 城郭の内ならどこでもいいとは言ったが、まさか自分の私室に通すとはな……

 何か思惑があるのか、それとも危機管理能力が低いのか、まあ前者だろうがそれはどうでもいい。


 俺は今、手足を拘束された状態で椅子に縛り付けられている。

 この程度の拘束しかされていないのは、俺に対して拘束などあまり意味を成さないことを理解しているからだろう。

 ドアの前にいる見張りは、シュウという半獣化できる小僧だ。

 これから戦争を始めるというのに、この城における最大戦力を惜しげもなく見張りに回す辺り、随分と警戒されたものである。

 ……まあ、采配としては間違っていない。

 いくら俺でも、半獣化を相手にしては全力で集中せざるを得ない。

 小僧が未熟であることを加味しても、時間稼ぎとしては十分だろう。



(それに……)



 机の横に佇む侍女姿の少女。アレは得体の知れない存在だ。

 表情には常に笑顔が浮かんでいるが、この状況で笑顔を作れるというだけでも不気味さを感じさせる。

 こういう手合いは、殺気もなしに攻撃をしてくる可能性があるため、十分に注意した方がいいだろう。


 そしてその隣、机の上に鎮座している幼龍もまた、厄介な存在だ。

 あくびを殺し、愛嬌のある仕草をしているが、あれは擬態……、いや、演技だと思われる。

 この部屋に入った瞬間に感じた鋭い視線は、恐らくあの幼龍のものだろう。決して見た目通りの存在と侮らない方が良い。



(俺に悟られず、まだこれだけの隠し玉を用意しているとは……。やはりあの男は侮れん)



 そして俺は目の前に座る少女を見る。

 少女の隣には、兄だという少年が密着するように座っており、こちらに警戒の視線を向けている。



「あの、おじさんは、ダークエルフ、なんですよね?」



「……そうだ」



 少女がおずおずといった感じで尋ねてくる。



「……私以外で、初めて、見ました」



 それはそうだろう。何せダークエルフへの扱いは通常のハーフエルフとは比較にならないほど酷い。

 基本的には生まれた直後に殺されるか、魔族に兵器として扱われる為、この亜人領でダークエルフが同族と出会うことはまずないだろう。

 300年生きている俺でさえも、言葉を交わすのはこれが初めてだ。



「あの、おじさんは、私に何か聞きたいことがあるの?」



 聞きたいこと……

 改めて問われると自分でもよくわからなくなる。

 話す機会を設けた目的は、一方的に俺の意思を伝える為であり、聞きたいことが有ったというワケではないのだ。

 ただ、そうだな……。俺はこの子達のことを何も知らない。知っておくに越したことはないだろう。



「そうだな……。では、まずお前の母親についてだが……」



「それは……」



「……妹は母親のことを知りません」



 言い淀む少女に助け舟を出すように、隣の少年が答える。



「お前は、この娘の兄らしいな。血の繋がりはあるのか?」



「はい。俺の、俺達の母親は、鉱族領の奴隷でした」



 鉱族領か……。成程、それだけで大体の事情は読めた。


 鉱族領は亜人領、そして不死族領に隣接している。

 不死族は古くから妖精領と敵対関係にある為、エルフの奴隷が多く存在しているのだが、数が増えれば管理は煩雑になり逃亡者も増える。

 大方、逃げ出したエルフの亡命先が鉱族領だったのだろう。

 配下であるミカゲも、同じく不死族領からの亡命者である為、似たような背景があると想像できた。



「……魔族の鉱族狩りに巻き込まれた、というわけか」



「……はい。俺の父は魔族に殺されました。その魔族は奴隷だった母をそのまま自分のモノとし、その時に生まれたのがこの子になります」



 鉱族は、その存在自体が希少な鉱石である場合があり、他種族から狙われることが多い。

 特に、他種族を狩ることを何とも思わない魔族、不死族からの被害は後を絶たないという。


 魔族領は亜人領を越えねば鉱族領には入れない為、一度の狩りは数年単位の遠征となる。

 恐らく、その期間中に父親である鉱族は殺され、母親とこの少年は戦利品として生かされた。

 その間に子を孕んだのだろう。



「狩りの期間が終わり、魔族領へと帰る道中で獣人の盗賊に襲撃され、その魔族と母親は死にました」



 その後、商人に売られ、逃げ出して今に至るというワケか。

 普通であれば捕まった時点で殺されていてもおかしくはないのだが、その獣人達は魔族を襲撃した点から考えても、恐らくダークエルフの商品的価値について知っていたのだろう。

 それを不幸中の幸いと捉えるかは怪しいところだが、そういったいくつもの偶然に助けられ、この少女は今ここにいるということか。



「……ダークエルフがどのような存在かは知っていたのか?」



「……商人の屋敷で知った。でも、そんなのは関係ない。エステルは俺の妹だ。例えどんなに忌み嫌われていようとも、俺は絶対に見捨てないし、守り抜いてみせる……!」



 ……嘘は言っていない、か。

 別に俺は心が読めるわけではないが、目を見れば、その覚悟くらいは感じ取ることができる。



(ああ、そういえばあの時、あの男も同じような目をしていたな……)



 つい先日、俺の一撃を貰って息も絶え絶えだったあの男……、トーヤも同じ目をしていたことを思い出す。

 二人が同じような覚悟を持っていることに疑いようはない。だが……、



「……お前も、お前達を家族だと言うあの男も、嘘は言っていない。それは理解した。しかし、お前達がそうだとしても、他の者達まで同じとは限らない。この地に住む種族が増えれば、この娘の命を脅かす存在が現れるかもしれん。ここは安住の地ではないぞ? 」



 この城の者達が、トーヤの意志に必ず恭順するとは限らない。組織の規模が大きくなれば大きくなるだけ、その可能性は高まる。

 獣人やエルフの中には、過去に数々の事件を引き起こしたダークエルフを忌み嫌っている者も多い。

 そんな者がこの地に居ないとは言い切れないのだ。

 それに、組織という観点で見れば、トーヤは荒神で2番目の地位に過ぎない。上にはまだ魔王という存在がいる。

 仮に魔王に処分を命じられれば、トーヤは従わざるを得ないだろう。



「……大丈夫です。お父さんを、信じています」



 答えたのは少年ではなく、エステルという少女だ。

 ……この娘は、何を根拠にトーヤを信頼しているのだろうか。


 ……いや、そもそも根拠など無いのかもしれない

 10年にも満たない年月しか生きていない少女にとって、自分に愛情を向けてくれる家族という存在は大きい。

 少女の境遇から察するに、そんな存在はこれまで兄しか居なかったのだろう。だからこそ、盲目的に信じているだけという可能性が高かった。

 俺はそれに何も返さず、少年を見る。



「……単刀直入に言う。お前達、俺のもとに来ないか? 俺はこの地の誰よりも強い。お前達二人程度であれば、確実に守ってやる自信もある。お前達が戦う必要も無い。少なくとも現状よりは安全なことを保障するぞ」



「……!?」



 あまりに意外だったのか、少年が驚きの表情を浮かべる。



「そんなの嫌っ、です!」



 妹の方は瞬時に拒否の反応を示した。

 しかし兄の方は、すぐに落ち着きを取り戻し、暫し考えるように沈黙する。

 年齢の割に落ち着きのある、頭の良い少年のようだ。だからこそ、俺の提案が悪い条件で無いことはわかるはず。

 ほんの十数秒の後、少年が口を開く。



「……俺達の安全を考えてくれるのは有難いですが、断ります。……あなたの言っていることは何となく理解できます。俺も親父殿、トーヤ様のことは信じていますが、このまま人が増え続ければ、その可能性が無いとは言い切れない。いつかはここも安全じゃなくなるかもしれない。でも、そんなことは、どこにいたって同じことです」



 まあ、その通りだろう。

 そういう意味では、少なくとも現状は安全な地と言えるだけ、ここはマシと言えるかもしれない。

 しかし、それが丸々敵になる可能性も無くはないのだ。そうなれば逃げることは困難となる。だからこそ俺は……



「それに、いくら妹と同じ、希少なダークエルフだからといって、あなたのことをそう簡単に信じられるものでもありません……」



「……だが、それはトーヤにも言えることでは無いか? あの男との出会いも数週間程度前のことだろう? この短期間で何故それ程あの男を信用できる?」



「それは……、やはり身を挺して俺達を守ってくれたこともありますが、一番のきっかけは、ただ保護するだけじゃなく、生きるためのすべを与えてくれたことです」



「それはどういう……?」



「俺達は今、親父殿に戦闘技術を学んでいます。それだけじゃない、望めば色々なことを教えてくれているんです。自ら生きていく為の知識や、技術を、俺達に与えてくれているんです。親父殿は別に自信家じゃありません。自分のできることをしっかりと理解しています。自分の手が届かないことを想定し、俺達が自立できるよう考えてくれているんです。俺達のことをそこまで考えていてくれるからこそ、俺達はあの人のことを親として信頼できたんです……」



 ……この答えは少し意外だった。

 あのトーヤという男は、度の過ぎるほどのお人好し、愚か者だと思っていたが、それだけではなく現実的な見解も持っているらしい。


 ……いや、そうか、親とは本来そういう存在なのか。



 まともな親を持たなかった俺は、無意識に親、家族という存在を否定していたのかもしれない。


 自分の傲慢さに少し恥じ入る。

 力も無いくせに保護者気取りの愚か者なんぞより、この俺のもとに来れば、より安全な生活をさせてやれる。その方が幸福になると思っていたのだから。



「……私にはコルト兄ちゃん以外にも家族がいます。でもおじさんは、それを守ってはくれないんでしょ?」



「………………」



 その通りだった。俺はこの兄妹のことしか考えていない。いや、より正確にはダークエルフである少女しか見ていなかった。

 殺されも壊させれもしていない同族。それに自分を重ね、この先に待つ苛酷な人生を助けてやりたいと思ったのだ。


 しかし、この娘は俺とは決定的に違った。兄の存在、ともに生活をした仲間の存在、そしてそれをまとめて家族として迎え入れる存在。

 そういった存在を認めてこなかった俺には、この兄妹を理解してやれるだけの思慮が足りなかった。



「……わかった。先程の発言は忘れてくれ。……俺から話すことはもう無い。聞きたいことがあれば聞け。無ければ出ていくといい」


「あの!」



「なんだ?」



「ダークエルフについて、聞かせてほしいです」



「構わん。何が聞きたい?」



 さっきまでの泣きそうな表情はすぐ消え、真剣な瞳でこちらを見つめてくる。



「あの、ダークエルフは、おじさんの他にも、いるんですか?」



「……いる、と言えばいる。だが、ほとんどは兵器として利用され、自我を持った者は俺も見たことが無かった。エステルと言ったか。会話ができたのは、お前が初めてだよ」



「そう、なんですか……」



 それを聞いて再び泣き出しそうな顔をする。

 コロコロと良く変わる表情だ。やはり俺とは根本から違うのだなと感じる。



「あの、じゃあもう1つ。おじさんは凄く強いけど、それはダークエルフだから?」



「……俺はこう見えて、もう300年以上生きている。戦闘技術という意味では種族は関係ない。年月で培ってきたものだ」



「300年!? おじさん、300歳だったの!?」



「そうだ。だから強さにはダークエルフという種族はあまり関係が無い。だが、ダークエルフにはある特徴がある。それはもう気づいているんじゃないか?」



「…………魔力」



「そう、魔力量だ。ダークエルフの魔力は他種族と比べて遥かに多い。魔力量の多いとされる獣人の10倍以上はあるとされている。それを利用した戦い方をすれば、技術面以上に戦闘を有利に進めることができる」



 実際、先日の戦闘でも2回、膨大なの魔力放出を行ったが、あれでもまだ半分以上の余力を残していた。

 もっとも、回復力自体は他のエルフや獣人と大差ない為、完全回復まではあと数時間は必要だが。



「それを利用した戦い方って、私にもできますか?」



「できるが、あまり勧められないな。悪い癖が付く」



 俺自身、当時の無理がたたり、矯正するのにかなりの時間をかけた。

 最終的に100年近くかかったかもしれない。



「お、教えてくれませんか?」



「……先程、俺の誘いを拒否しておきながら、随分都合が良い話だな」



 思わず出た皮肉に、エステルは再び表情を暗くする。

 そんな気はなかったのだが、こういったやり取りには慣れていない為、ついつい本音が漏れてしまう。



(チッ……、やりづらいな……)



「あ、あの、俺からもお願いします。俺にはあなたやエステルのような膨大な魔力はありませんが、戦闘技術はできるだけ身につけたい、です」



「……なんの為に強さを求める。ここでも学んでいるんだろう?」



「うん、でも、それだとお父さん達を超えられないかもしれない」



 お父さんを、超える……?

 トーヤよりも強くなりたい、ということか?



「……わからん。先程の話では自立できるだけの力を身につけられれば良いんじゃないのか? 何故あの男を超える必要がある?」



「お父さんより強くならないと、お父さんや、他の家族を守れないから……」



「っ!?」



「親父殿には1つだけ許せない所があります。それは家族を守る為、自分を平気で犠牲にすることです。……でも、きっとそれは変えられないと思います。だから、俺達が親父殿や他の家族、これから親父殿達が救う他の種族達を守れるだけの力を身につけたいんです」



 ……この少年は本当に10やそこらの年齢なのだろうか。

 もう300年近く前のことで自信は無いが、少なくとも俺がこのくらいの年齢の頃は、どう生き残るか、どう殺すかしか考えていなかったと思う。



「「だから、お願いします」」



 頭を下げる二人に。様々な感情が浮かんでくる。

 怒り、同情、そして羨望。300年生きた俺が、目の前の10やそこらの少年少女にこんな感情を抱くとは思いもしなかった。

 同時にこの兄妹が信頼を寄せるトーヤに対し、複雑な嫉妬心が沸いてくる。



「…………全ては、この戦いで奴が条件を満たしてからだ。それが為されたら、考えてやる」



 我ながら酷く大人げないと思う。

 自分の中では、トーヤが条件を満たすであろうことも勘定に入れているというのに。


 ミカゲは俺が育て上げた中でも1、2を争う程の実力を持つ。

 ミカゲが本気を出せば、トーヤ達が勝つ可能性は限りなく少ない。

 しかし、ヤツは精神、人格を殺していない為、ムラがあるのだ。

 珍しく機嫌が良さそうな奴の態度から考えると、全力を出さぬうちに負けを認める可能性があった。



(チッ……、腹立たしい)



 扉の前に立つ獣人がニヤニヤと笑っているのも、イラつきを増長させる。


 そんな俺に気づいたのか、兄弟は礼だけ言って部屋から出て行ってしまった。

 相変わらず見張りはついているが、最早どうでもよくなってくる。




(ミカゲめ……。何もせず負けて帰ってきたら、不死族でも後悔するほどいたぶってやるぞ……)



 腹いせにそんなことを考えながら、俺は戦が終わるのを待った。




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