第96話 北との戦い⑮ それぞれの戦い



 ◇グラ





「「「うおおおぉぉぉぉぉっ!!!」」」



 一体どこから現れたのか、獣人を中心とした部隊による襲撃を受ける。


 アギ達と分断されるかたちになった私達は、一旦状況を整えるために退避することを選んだ。

 しかし、実際には退避しようにも自分達が一体どちらの方向に進んでるのかわからず、同じ場所をグルグルと回っているような状態になっていた。

 そんな中での襲撃。まさに謀ったようなタイミングであった。



「グラ様! 奴ら、以前俺達の仲間だった獣人達です!」



 確かに、最前線で戦ったいる男には見覚えがある。確かシオウと言ったか……?

 それなりの実力があったのは知っていたが、臥毘がび達リザードマンと相性が悪く追い出すことになったはずだ。

 しかし戦力としては申し分ないため、いずれは自分の手駒に迎え入れるつもりだったのだが……



(まさか、既に奴らの側についていたとは……)



 まあ、そうなってしまったのであれば仕方がない。惜しいが殲滅させてもらおう。

 この部隊には純正のトロールが5人、俺と同様のハーフのトロールが2人配属されている。

 この薄暗い森の中でも、その回復力は大きな強みであり、獣人相手でも問題なく対処できるハズだ。



狼狽うろたえるな! 真っ向から当たれば人数で勝るこちらが有利! 押し返せ!」



 向こうの狙いは明らかだ。こちらが背にしている沼に押し込む算段なのだろう。

 このまま奴らの攻めに付き合うのは得策ではない。

 少しずつ左右に流れつつ、挟撃のかたちを取るべきだろう。



「グラ様! こちらは地盤がしっかりしております!」



「!? でかした! 案内を頼む! おい! 5名程、私について来い!」



 迂回するには沼を避ける必要がある。

 しかしこの状況で兵士にそれを探らせるのは至難であり、仕方なく自らう回路を探すつもりでいたのだ。

 それを、指示も受けずに行った有能な部下がいたことに少し驚く。



(……いや、待て。本当にそんな有能な兵士が、私の部隊にいただろうか?)



 そう疑問が浮かんだ瞬間、突如として浮遊感に襲われる。

 穴の底に落下するまでの僅かな時間の間に、私は再び罠に嵌められたことを理解した。



(……なんと無様な)



 地上が遠い。随分と深く掘られた穴だ。

 立ち上がり、土埃を落とす。周囲を見渡すといくつかの横穴と、数人の人影が目に入る。



「……成程。突如現れた襲撃部隊の答えがこれか」



「ああ」



 地下を掘って道を作っていたのであれば、あの神出鬼没ぶりも理解できる。



「……何故、こんな真似を?」



「俺達の目的は殲滅じゃない。あくまでもこの地の平定が目的だ。だから、可能な限り犠牲者を出すつもりはない」



「成程。俺のような幹部連中だけ殺せば、組織を丸ごと乗っ取れるというワケか」



 理にかなったやり方である。

 実際、北の軍勢の中には似たようなやり方で集めた兵士も多い。

 特に、ゴブリンやオーク、トロール共は精神的に強者に従う習性がある。

 集落で一番強い者を倒し、利益さえ見せれば乗っ取りは容易かった。



「少し違うな。俺は幹部連中だって基本的に殺す気はない。まあ、あの快楽主義のハイオークとトロールについては、現場の判断に委ねたけどな」



 ……この男はまさか、俺や臥毘がびまで引き込もうとしているのか?

 強欲と見るべきか、お人好しと見るべきか、悩ましいところだ。



「さて、一応確認するが、上の連中を止め、俺の仲間に加わる気はないか?」



「……笑わせるな。ここまでやり込んでくれた貴様の手腕は認めるが、だからと言って貴様の下につくつもりはない」



「まあ、そうだろうな。……じゃあ、俺は臥毘がびだったか? あっちの交渉に向かうとするよ。アンタのことは元々、このイオに任せるつもりだったからな」



 そう言うと、トーヤの後ろに控えていた人影が前に出てくる。

 微細な発光石の輝きに照らされ、映し出されたのは一人の少女であった。



「イオ、信じてはいるけど、無茶はするなよ?」



「ええ、問題ありませんトーヤ。貴方こそ無茶をしないように。あとで話がありますからね」



「わかった。じゃあ任せた」



 そう言い残し、トーヤと他の人影が横穴の奥に消える。

 残ったのは少女だけだ。



「……その肌、俺と同じトロールの混血種か」



「ええ。同じと一括りにされるのは心外ですが、トロールの混血であることは間違っていません。そしてこの剣はアントニオ。力は弱いですが、鉱族です」



「……!?」



 鉱族、だと?

 この亜人領において、純粋な鉱族は極めて珍しい存在だ。

 それはこの地に、鉱族が活動する為に必要な『餌』が極端に少ないからだと言われている。

 俺のように他の種族との混血種であれば、他の方法で食料や魔力の補給ができるため、大きな問題では無いのだが……


 もしこの少女の言う通り、アントニオと呼ばれる剣が鉱族なのであれば、その存在を維持しているのは少女自身ということになる。

 それは、この少女がこの剣と共に生きてきたという事実を意味していた。



「……そうか。こんな小娘に俺の相手を任せるなど、随分と舐められたものだと思ったが……、そういうことか」



「……? お前が何を納得したかは知りませんが、別に深い理由などありませんよ。単に主従関係を認めさせるには、比較的近しい存在の方がいいだろうという判断です。お堅い鉱族との混血種でも、私のような小娘に叩きのめされれば、少しは頭も冷えて冷静な判断ができるでしょう?」



「……いいだろう。ならば力を示すがいい、小娘! トロールとしても、鉱族としても、どちらが上かを理解させてやろう!」



 面白い。だが舐められるのは嫌いだ。

 その自信に満ちた表情を歪めてやろうではないか……!





 ◇臥毘





「お、お頭ぁ……、このままじゃ俺達……」



「チィッ……、そんなことはわかっている!」



 丘を越え、全軍が森に入った所で、深い霧に包まれた。

 一歩先すら見えぬ程の深い霧、これ程の霧はこの森に居を構えてから初めてだ。

 こんな視界では、とてもでは無いが行軍などできはしない。

 いや、それどころの話ではない。もっと不味い自体が発生していた。



「だ、駄目だ。このままじゃ凍えちまう!」



「お、おい、地中はまだ暖かいぞ!」



「な!? 本当だ! ほ、掘れ! 穴の中に入れば凍えずに済むぞ!」



 まとわりつく霧は肌を湿らせ、低い気温も相まって体温を著しく低下させる。

 竜人種は、竜種と同様に自身である程度の体温を維持することが可能だが、それはあくまである程度である。

 今のように度を過ぎた寒さに曝されれば、身体能力は大幅に制限される。

 そうなると、本能故か、冬眠に通じる行動を取るようになるのだ。

 すなわち、穴を掘るのである。



「やめろ! お前達! こんな所で冬眠なぞしたら一族の名折れだぞ!」



 俺自身、こみ上げる衝動が無いわけでは無い。

 ただ、一族の長である自尊心こそが、その衝動を抑えていた。

 それに寒さのお陰で頭が冷えたのか、冷静に今の状況を分析をすることもできている。



(明らかな作為……。これは間違いなく敵の仕業だ……)



 寒さに震えながらも周囲に声をかけ、同時に警戒も怠らない。

 なんとか動けるオークやゴブリン達にも、同じように警戒するよう促す。



「成程、穴を掘るか。ここまでの効果があるとは思わなかったな」



 その警戒網にわざわざ引っかかるようにして、人影が現れた。



「これはやっぱり、てめぇらの仕業か……」



「流石に気づいていたか。臥毘、だったか? 他の者達があの状態なのに何故お前だけ平気なんだ?」



「俺は一族の長だ! この程度の寒さに屈するか!」



 もちろん強がりである。この寒さは異常だ。湿った空気と合わさることで、完全な後季を超える程に寒く感じる。

 肌は霜で覆われ、ゴブリンやオーク達ですら、行動力を低下させているように見えた。

 それでも、この男を前にして、弱みを見せるわけにはいかない。



「……そうか。正直、感心しているよ。既に霜が降り始めているこの状況は、少なくとも零度を下回っているハズ。やせ我慢だとしても大したものだ」



 ……お見通しか。

 今更ながら後悔する。俺は正直、こいつらのことを侮っていた。


 戦士である俺は、権謀術数に長けていない。頭に血が上りやすく、策に弱い。

 その自覚はあったのだ。

 だからこそグラと手を組み、利用することでそれを補おうとした。そういったことは全てグラ任せだった。


 しかし長けていようといまいと、一族をまとめる長としては、それを守るために一定以上の判断力は必要である。

 そういったことが欠けていた為に、ジグル一族はこんな地まで追いやられたというのに……

 どうやら、ここまで上手くいっていたことが、再び俺の目を曇らせていたらしい。



(いや、それもグラの思惑通りだったのかもな……)



 ここに来て、ようやく自分の立場を理解する。

 一族を守るために協力関係を築いたハズなのに、おだてられ、贅沢を味わい、踊らされていた。

 まさに滑稽である。今度こそ、そうならぬと誓ったはずなのに……

 しかし、今それを悔いても遅い。まずはこの絶体絶命の状況を回避しなくてはならない。



「……トーヤ、と言ったな。お前に一騎打ちを申し込む。お前が勝てば俺達を好きにするがいい。だが、俺が勝てばこの霧は解除してもらう」



「もちろん受けよう。元々そのつもりだった」



「なっ!? トーヤ様!?」



 あっさりと受け入れるトーヤに、傍らに控えていた獣人の女が驚いている。

 副官か何かだろうが、まさかなんの相談もしていなかったのだろうか?



「止められるだろうから皆の前では言わなかったけど、最初からそのつもりだったんだよ。……これは必要なことなんだ。彼らに俺を認めさせるためにはね」



「し、しかし……」



「安心して。スイセン。俺は負けないよ。でも、流石に周りにまで気を使えないから、もしものことがあったら頼むよ」



「周りって……、な!? 霧が!?」



 霧が段々と薄れていく。何故だ……



「一騎打ちが成立した時点で、この霧を解除するように術士達には伝えてあったんだ」



「何故だ! 何故わざわざ敵に塩を送るような真似をする!」



「この霧があったらアンタは全力を出せないだろ? それじゃ意味無いからな」



 この有利な状況を作っておきながら、それを敢えて放棄するだと……?

 まさか、また何か企んでいるのか……?


 ……いや、そんな様子は無い。あの副官の反応を見るからに、本当に聞いていなかったのだろう。

 それに、あの男からは微塵も悪意を感じない。

 俺の問いに対しても、一騎打ちをするのだから、当たり前だろ? とでも言わんばかりの表情を浮かべている……


 本当に自分が愚かしく思う。俺はこんな男を見下していたのか。



「……感謝する。そして詫びよう。お前を薄血種と侮ったこと、そして戦士として見くびっていたことを」



 完全に霧が晴れる。肌を濡らす水滴も完全に蒸発させた。

 他の者達も、徐々にだが身体能力を取り戻しつつあるようだった。



「動ける者も、そうでない者達も聞け! これより行われる一騎打ちには、何人たりとも手出しは無用! もしそんな者がいたら俺直々に首を刎ねてやる!」



 声を張り上げると共に、大剣を振るって見せる。

 その速度は凄まじく。俺が万全だということは十分に伝わっただろう。



「待たせたな、トーヤよ。お前のことはもう侮らない。戦士としても認める。しかし、勝つのは俺だ」



「ああ。それでこそ、こうして俺が出張ってきた意味がある。お前の全力を受け止め、本当の意味で認めさせてやるさ」



 俺が構え、トーヤも構える。

 こんなに滾るたぎるのは久しぶりだ。長の地位を賭けた一騎打ち以来だろうか。

 原点に立ち返れたこと、目の前の戦士と戦えること、それらから湧き上がる感情が、自然と笑みを作らせる。




「行くぞ!!」






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