第79話 威厳の無い父親デビュー



 闘仙流の修行を始めてから、一週間が経過した。

 最初は戸惑いを見せていた子供達も、今ではしっかりとトレーニングメニューをこなしている。



(それにしても、やはりアンナの才能は凄まじいな……)



 子供達はどの子も呑み込みが早く優秀と言えたが、中でもアンナ達姉妹――特に姉の方は異常とも言える習熟度を見せていた。

 元々素質があったとはいえ、既に俺なんかは抜かされそうな勢いである。

 末恐ろしいとは、正に彼女のような存在に使う言葉なのだろうな……



「トーヤ様! 走り込み20本、終わりました!」



 指示していた走り込みが終わり、コルト達がこちらに駆けてくる。

 基礎体力を付けるための単調なトレーニングなのだが、皆不満も漏らさず、むしろ楽しそうにしていた。

 どうやら、ならした土の上を走るのが初めてらしく、その快適さを面白いと感じているらしい。



(わざわざ土をならした甲斐があったな……)



 午後の訓練は早朝とは異なり、地下訓練場で行っている。

 これは、主にアンナ達の体質を考慮した結果であった。

 紫外線対策をしているとはいえ、完全に防げるものでは無いし、汗をかけば紫外線対策のオイルも効果を落としてしまう。

 その為、日中の訓練については基本的に地下で行うつもりだった。



「お疲れ様。それじゃあ休憩ついでに、みんなにはこれを渡しておこうかな」



 そう言って、俺は子供達に準備しておいた黒い帯を渡していく。



「親父殿、これは一体?」



 コルトが訝し気に尋ねてくる。

 ちなみに、『親父殿』とは俺のことである。

 そう呼ばれるようになったのには、勿論理由があった。


 数日前、俺は今後、彼らに生きるのに必要な技術を学んで貰うつもりだと説明を行った。

 その際に、改めて一人一人自己紹介をして貰ったのだが……





 ……………………………………………………



 ……………………………………



 ………………………





「……コルトです。鉱族とエルフの混血で、年齢は12。少しですが、土術を扱えます。……あの、こんな感じで良いでしょうか?」



「ああ、問題ないよ。君達のことを良く知った上で、今後の教育方針を決めて行くつもりだから、他にも何か要望とかがあれば遠慮なく言って欲しい。もちろん、言いたくないことがあれば言わなくても構わないからね」



 俺がそう言うと、コルトは複雑そうな表情を浮かべて黙ってしまった。

 警戒しているといった感じでは無いようだが、まだまだ遠慮があるようだ。



「アンナです。年齢はコルトと同じ12で、一応純正のエルフみたいです。風や空術を扱えます。隠形も得意です」



 それに対し、アンナからは全く遠慮は感じられなかった。

 色々と打ち解けたお陰とも言えるが、例の『告白』以降、より積極性が増したように見える。

 その様子にコルト達は若干戸惑っているようだが、元々彼女は結構大胆な性格をしているらしく、変な目で見られたりはしていないようだ。



「……アンネです。知っての通りと思いますが、アンナ姉さんとは双子の姉妹です。姉ほど上手くありませんが、私も風や空術を扱えます」



 コルト、アンナ姉妹と年長組が続けて自己紹介したことで、他の子供達も年齢順に続いていく。



「ロニーです! 獣人とエルフの混血で、歳は11です! 木登りとか偵察が得意です! 出来れば将来はここで雇って貰いたいと思っています!」



「ハ、ハロルドです。7歳です。あ、獣人と、エルフの子、らしいです……。よろしくお願いします……」



「……マリク、です。6歳です。自分も獣人とエルフの子です。特技は、ありません……。お願い、します……」



 ……うーむ、ロニーは元気いっぱいという感じだが、ハロルドとマリクは少し緊張しているのか、やや表情が硬いな。



「ヘンリクです……。歳は11です。両親は二人とも獣人だったけど、ゴブリンの血が入っているせいか小柄で、小人族として生活していました。特技は、少し土術が使えるくらいです……」



「イーナです! 9歳です! ヘンリクお兄ちゃんの妹です! 特技は……、走るのがお兄ちゃんより速い? です! 夢は……、世界中の魔獣を……、皆殺しにしたいです」



「っ!? イーナ!?」



「う、嘘です! 他にはないです!」



 ヘンリクとイーナは、小人族の生き残りだ。

 小人族の集落は、バラクルの使役した魔獣達により滅ぼされており、その際に二人の両親も命を落としている。

 その為、二人は精神的に随分と参っていたのだが、兄のヘンリクについては少しずつ落ち着きを取り戻しているようであった。

 ただ、妹のイーナに関しては、少々精神的な危うさを感じさせる兆候がある。

 普段は物静かなのに、急に明るくなったり、また沈んだりと、躁鬱に近い症状が見て取れるのだ。

 二人のケアについてはシアに協力して貰っているが、俺も少し注意した方が良いかもしれない。



「……とりあえず、全員終わったかな……って、まだエステルちゃんがいたか」



 全員の自己紹介が終わったかと思ったが、コルトの妹であるエステルがまだのようであった。



「エステル……。ほら、ちゃんと挨拶しよう」



「……コルト兄ちゃん、駄目だよ、私じゃ、また……」



「……大丈夫。トーヤ様なら、きっと平気だよ」



 二人の反応を見る限り、どうやら何か言いたくないことでもあるようだ。



「……えーっとエステルちゃん。さっきも言ったけど、言いたくないことは無理に言わなくていいからね? 君達はまだこの城に来て間もないんだし、色々と警戒するのもわかるからさ。年齢くらいは知っておきたい所ではあるけど、それだって強制じゃない」



「トーヤ様……」



 俺が目線を合わせるように腰を下ろし、笑顔を作ると、コルトは申し訳なさそうに俯いてしまう。

 その反応に、何か失敗してしまったかと内心で焦る。



「……っく、ぇぐ……ごめんな、さい……」



 そしてさらに、エステルは泣き出してしまった。

 し、しまった、やはり俺、何か不味いことを言ってしまったのだろうか……

 もしかして、今の俺の言葉が逆に強迫的に聞こえてしまったとか?



「ご、ごめん! 俺、別に強要するつもりとかはなくて……」



「っ! ち、違います! そうじゃなくて……。お、大人に、こんな風に優しく接して貰えたの、初めてで……」



 それは感極まって泣いてしまったということだろうか?

 このくらいのことでそんな風に感激されると、彼女達のこれまでの生活を想像してしまい、逆に悲しくなってくる。

 そんな感情を誤魔化すように、俺はエステルの頭を優しく撫でた。



「っ!?」



「エステルちゃん。心配しなくても、ここには君達を疎外したり、虐げる人はいないよ。もう俺は、君達のことを家族だと思っているから、どんなことを聞いたとしても決して放り出したりしない。俺の命に代えてもね」



 こう言ってはみたものの、エステルが俺の言葉を簡単に信じられるとは思っていない。

 ただ、命を賭けるという点では、既にアンナ達の件で実証済である。

 汚い話ではあるが、俺の言葉が信じられなくとも、アンナ達の言葉であれば信じてくれるかもしれないという打算があった。



「……っく、トー……様……」



「ん? 父様?」



「あ、えっと、その、違って……、トーヤ様って言おうとして……」



 ああ、俺の名前を呼ぼうとしただけか。

 しかし父様……、父様か……



「……もしエステルちゃんが良ければだけど、そう呼んで貰っても構わないよ。一応俺はエステルちゃん達の保護者でもあるからね」



「……ほ、本当?」



 ハーフエルフの子供は、実の親に捨てられるケースが多いと聞いている。

 望んで生まれる子はほとんど無く、仮に望んで生まれたのだとしても、エルフの集落は基本的に混血を許さないからだそうだ。

 つまり、ハーフエルフは親共々里を追放されるか、子供だけ廃棄されるかの二択しかないのである。

 ……そして、そのほとんどが後者を選ぶのだという。


 非情にも思えるが、冷静に考えればそれは仕方のないこととも言えた。

 エルフは、その整った容姿が災いし、多くのならず者から狙われやすい。

 故に、生き残る為には速やかに別の集落に受け入れて貰う必要があるが……、それにはハーフエルフの子は枷にしかならない。

 親子ともに死ぬ可能性が高いのであれば、最初から子供だけを……というワケである。

 俺としては我が子に対しそのような決断をすることなど到底考えられないが、ここは魔界である。

 俺が持つ倫理観とはかけ離れている可能性がある以上、それを責めるのはお門違いと言えるだろう。


 ……とまあ、そんな背景がある為、ハーフエルフのほとんどが親の存在を知らない者ばかりなのだそうだ。

 結果として、潜在的に親の存在を求める傾向にある……という話をソウガからは聞いていた。



「ああ。まあ、俺も親を名乗れるほどの経験が無いことは自覚してるから、名ばかりの親になってしまうだろうけどね」



 とはいえ、この集落には俺なんかよりしっかりとした大人がいくらでもいる。

 わざわざ俺がそう名乗らなくとも、彼らの親役を務められる者に任せれば良いだろう。

 そんなことを考えていると、何故かいきなりエステルが勢いよく抱き着いてきた。



「エ、エステル?」



 エステルの突然の行動に、俺は思わず尻餅をついてしまう。

 そんな俺の胸に顔を押し付けながら、エステルは「お父さん、お父さん……」と呟きながらむせび泣いていた。

 ソウガからは聞いていたが、まさかここまで劇的な反応を示されるとは……



「トーヤ様! 俺も、親父と呼ばせてもらって良いですか!?」



「「「俺(僕)も!」」」



 追従するようにコルト、それにロニー達までもがそれに乗ってくる。

 同じくハーフエルフである4人もやはり、親という存在に強い執着を持っているようであった。

 俺としてはもっと相応しい者に任せた方が良いだろうと思っていたのだが、こうなってくるともう引っ込みがつかない。



「わ、わかった。みんながそれでいいなら、そう呼んでくれ」





 ……………………………………………………



 ……………………………………



 ………………………





 そんなことがあって、今に至るワケだ。

 あの時は勢いで承諾してしまったけど、冷静に考えてみると全く自信が無い。

 父親になった経験の無い俺に、本当にそんな大役が務まるのだろうか……



「……? 親父殿?」



「ああっと、悪かった。ちょっと考え事をしていてな。……えっと、この黒帯についてだけど、これは目隠しの為のものだ。これまでの訓練で、全員が魔力の流れを把握できたと思う。今度は、その流れを感じ取る訓練に入る」



 実の所、年長のシアだけはまだ感覚が掴めていないようだったが、子供と大人では吸収力に差があるので、仕方ないと言える。

 どんな生物でも、子供の吸収力は大人に比べて遥かに良いのだから。



「それじゃあ、まずは二人組を作ってくれ」



 俺がそう言うと、真っ先に駆け寄ってくる者がいる。



「アンナ……」



「トーヤ様のお相手は、私がやります」



 そう来るだろうとは思っていたが、どうしたものか……

 普通に考えれば相手はアンネが良いと思うのだが、アンナの才能から考えればアンネにはまず勝ち目がない。

 優劣が付くのは仕方がないことだが、圧倒的差が生まれると不満が残る可能性もある。

 とはいえ、アンナ相手だと荷が重いのは俺も同じ条件であった。



「アンナ、悪いが君はスイセンと組んでくれ」



「嫌です! 私はトーヤ様と組みたいです!」



「我儘を言わないでくれ……。スイセンが適役なんだよ……」



 魔力の感知にかけては、スイセンとアンナが一番長けていると言える。

 この二人に敵う者がいない以上、これ以上の組み合わせは存在しない。



「姉さん、トーヤ様を困らせては……」



 慌てて止めに入ろうとしたアンネに対し、アンナはプイっと横を向いて取り合わない。

 子供か……。いや、子供なんだが……



「……アンナさん、ではこういうのはどうでしょう? 私とアンナさん、どちらか勝った方がトーヤ様の相手をすると」



「ちょ!? スイセン!?」



 何故か火に油を注ぐようなことを言い出すスイセン。

 というか、どっちにしても俺じゃ相手としては力不足なんだが……



「っ! それでいいです! 実力で、トーヤ様の相手を勝ち取って見せます!」



 案の定、闘志をメラメラと燃やし始めるアンナ。

 これでは最早止めようがない……



「……アンネ、済まないけど、君はロニーと組んでくれ」



「はい……」



 俺はひとまずライと組むことにし、二人の戦いは意識しないことにするのであった。





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