第78話 戦うすべ
コンコン
そんな3人の言い争いを止めたのは、ドアをノックする音だった。
開け放たれたドアの方に視線を向けると、そこにはいつの間にやらライが立っていた。
「何やら騒がしいようだけど、大丈夫かな?」
「……大丈夫に見えるか?」
「あまり見えないけど、とりあえずそちらの3人は落ち着いてくれたようだよ?」
ライの登場により、流石に少し落ち着きを取り戻す3人。
特にスイセンは、年長者ということもあってか自分の行動に少し恥じらいを感じているようであった。
「……えーっと、ひとまずライには待ってもらうとして、3人共、まずは俺の話を聞いてくれないか?」
俺がそう切り出すと、3人はおずおずといった感じで頷いてくる。
「……じゃあ、まず最初に言っておくが、俺はアンナが2年経ったら大人として扱って欲しいという発言に対し肯定はしたけど、妻とか奥さんとかそういう話をしたワケじゃない。これはいいな?」
「……はい。ですが、私を子供としてではなく、女として見てくれるのですよね……?」
「……女として、という部分に関しては正直わからないよ。二年後、俺もアンナもどうなってるかなんてわからないしね。ただ、少なくとも大人として扱うことは約束するよ」
「……それは、私やコルト達も同じだと思っても良いですよね?」
アンナに対する回答に対し、アンネが確認を入れてくる。
「勿論だ。元々俺は、君達の面倒を見るのは大人になるまでと決めていたしね」
これについては、子供達を引き取った時から決めていたことであった。
彼等もいずれは大人になり、自立する時が来る。
その時に備え、一人で生き抜くための術を学んで貰うつもりではあったが、決してここで暮らす事や軍属を強要するつもりはなかった。
俺としては、今まで辛い思いをしてきた彼らだからこそ、自分の意思で進むべき道を選んで欲しいという思いが強いのである。
「最終的には、ここで暮らすのも出ていくのも、君達の意思に任せようと思っている。だから、2年も先の約束をここでするつもりは無いよ。その時になってから、もう一度自分の意思を俺に聞かせて欲しい」
「……私は、絶対に出ていきません。ですから2年後、もう一度同じ要求をさせて頂きます」
……やれやれ。しかし、ここが落としどころかな。
「……わかった。2年後、アンナの気持ちが変わっていなければ、そうすると良い」
彼女たちの過去から考えれば、まともな生活を与えられたり、優しくされたりするのは非常に希少な経験であった筈だ。
だからこそ、俺に対する恩だとかそういった感情を、好意だと勘違いしているのだろう。
恐らく2年もすれば、それが勘違いだったと気づく筈だ。
「ちょっ!? トーヤ様!? 迂闊にそんなことを言っては……」
「……? 別に俺は迂闊な判断をしたつもりは無いけど……」
ようやく話がまとまったと思った所、意外にもスイセンがらつっこみが入る。
「だ、だって……、それって2年後なら、彼女を受け入れる可能性があるってこと……、ですよね?」
「あ、ああ……、あくまで可能性はあるというだけだが……」
俺の予測では、アンナの気持ちはこのまま風化する可能性が高いと思っている。
いくら愛情や憎しみといった強い感情でも、時間が経つとその強さは思いのほか薄れるものである。
俺の頭の中にある統計情報でも、長い期間実らない恋愛感情が続く可能性は限りなく低いとされていた。
また、仮に続いたとしても、俺がアンナの思いを受け入れることは恐らく無いだろう。
いくら魔界における成人が14歳からだとは言っても、俺から見ればやはり子供と言わざるを得ないからだ。
「……もしかして、わからないのですか?」
「わ、わからない? 何がだ?」
「だって、2年もすれば、彼女は間違いなく……」
スイセンは、言いかけた言葉を途中で飲み込む。
間違いなく、なんなのだろうか?
もしかして、エルフとの婚儀自体に何かあるのだろうか……
「えーっと、アンナ、さっきの話だが、やっぱり……」
「言質は取りました。もう撤回はさせません。もし撤回すると言うなら……、死にます」
し、死ぬって……
流石に条件が重過ぎないでしょうか……
しかも、『繋がり』からワザワザ感情を漏らしている辺り、どうやら本気らしい。
「あの、スイセン師匠……」
俺は助けを求めるようにスイセンに視線を投げる。
「……知りません。あと、今は稽古中じゃありませんので、師匠はやめて頂けますでしょうか」
しかし、スイセンから返ってきたのは冷たい言葉と態度であった。
せめて2年後、アンナに言い寄られる事の何が不味いのかだけでも教えて欲しかったが、この分では答えてくれなさそうである。
「……えーっと、とりあえず、話はまとまったかな?」
「っ!? ああ! もちろん大丈夫だとも!」
気まずい雰囲気を破るように、ライが若干苦笑いをしながら尋ねてくる。
まだ色々と気になることは多いが、ひとまずこの空気から抜け出したかった俺は、食いつくようにライの発言を拾う。
「3人に問題が無ければ、僕の用件を伝えさせてもらっていいかな?」
「私は問題ありませんが……」
そう言いつつスイセンがアンナ達姉妹に視線を送る。
「……あ、そうだ私達、トーヤ様にお願いがあって来たんだった!」
「ん? 俺にお願い?」
アンナが暴走気味に乱入したせいで忘れていたようだが、二人は何か用事があってここに来たらしい。
「あの、トーヤ様……、私達にも、戦い方を教えて頂けないでしょうか」
「…………」
その申し出に、俺は思わず眉を
……俺は彼女達に乞われずとも、子供達全員に護身程度の武術を教えるつもりだった。
だから、彼女達の申し出自体は問題が無いと言える。
ただ、その意図次第では、簡単に請け合うことはできない。
「……さっきも話した通り、俺は君達が大人になるまでここで面倒を見るつもりだ。それは逆に、それまでは子供として扱うということでもある。だから、例え君達に戦い方を教えたとしても、兵として扱うことは絶対にしない。君達が、どんなに望んだとしてもだ」
俺が教えるのは、あくまでも護身の為の武術だ。
兵として、戦に参加する為のすべを学ばせるワケではないのである。
例えどんなに望まれても、子供達にそんな技術を教えるつもりはなかった。
「……わかっています。私達はあくまでも、自分達を守るすべを学びたいと思っているのです。ただ守られるだけの存在には、なりたくないのですよ」
「姉さんの言う通りです。私達はまだ子供ですが、無力なまま、なんの抵抗も出来ずにいるのは耐えられないんです! もう、あの時のようなことは、絶対に避けたいんです!」
あの時のこととは、魔獣達の襲撃のことを言っているのだろう。
彼女達はあの時、苦楽を共にしたかけがえのない仲間を失っている。
「……教えるのは構わないよ。もとから、そのつもりだったしね。ただ、だからと言って全て自分達で何とかしようとか、自分を蔑ろにするような考えを持っているのなら、許可できないぞ?」
彼女達の目には強い意思と共に、少しの危うさが宿っている。
それはどこか、自己犠牲の精神を感じさせるものであった。
「はい。私は、みんなと生きていく為に、戦うすべを学びたいんです。自分や誰かを犠牲にするつもりなんて、最初からありません」
アンネの言葉に偽りは無いように思う。
アンナのように感情全てが読み取れるワケでは無いが、俺の魔力感知からも後ろめたい感情は感じ取れなかった。
「……わかった。まだ完成には程遠い武術になってしまうけど、君達にも学んで貰うことにするよ」
「!? ありがとうございます!」
技術というものは、早く学べばそれだけでアドバンテージを得ることができる。
もちろん、才能の差はどうしたって出てくるものだが、時間はそれを埋める可能性だってあるのだ。
今のうちに学んで貰えば、全員が最低限魔獣から身を守れるくらいには成長する見込みがある。
「……さて、それじゃあ他の子供達にも話をしなきゃな……っと、そういえばライも用件があるんだったな」
何も無ければ用件を伝えようとしていたライは、アンネの発言で待ったがかかった状態になっていた。
「ん~、なんか先を越されちゃった感じだけど、実は僕も同じ用件だったんだ」
「同じ用件?」
「うん。僕も、君とスイセンさんが取り組んでいる武術に興味があってね。学ばせて貰おうとお願いに来たんだよ」
改まって何を言い出すかと思えば、そんなことか……
「はは、何を言っているんだライ。ライは最初から強制参加に決まっているだろ?」
俺がそう言うと、ライは一瞬キョトンとした顔をしてから、すぐに満面の笑みを浮かべた。
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