第72話 今後のレイフ軍と自分のことについて
――――執務室
「トーヤ様、お茶を入れてまいりました」
「あ、ああ、ありがとう」
ヒナゲシが出してくれたお茶を、俺はぎこちない手つきで受け取る。
実は、この部屋を使うのは今日が初めてで、なんとなく緊張してしまっているのだ。
今後の職務は基本ここで行うことになるので、早く慣れる必要があるのだが……
(無駄に広くて、何となく落ち着かないんだよなぁ……)
結局俺はじっと座っておれず、部屋の中央を行ったり来たりしながら今後の課題について考察することにした。
「うーむ。どうしたものかな……」
課題はてんこ盛りだ。
中でも急を要するのは森の北部への対抗手段である。
バラクルのアジトを襲撃した際、リンカ達は当然森の北部に侵入している。
監視が付いていたことは知っていたが、事が事だった為に無視せざるを得なかったのだ。
無断で侵入しただけでも十分に喧嘩を売っているというのに、さらに幹部と思われるバラクルのアジト襲撃までしているので、間違いなく目を付けられているだろう。
つまり、いつ北の連中から襲撃があったとしてもおかしくない状況なのである。
目下その対策の為、ザルアとソクには堀と城壁の作成を進めてもらっているが、その間に襲撃が無いことを祈るばかりだ。
また、それとは別に軍の編成についても考えなくてはならない。
現在の状況は……
まずは俺含むトーヤ隊が、近衛兵2名を合わせて3名。
3名じゃ隊も何もあったもんじゃないが、便宜上1部隊としてカウントしている。
他は、
・ガウ率いるトロール隊9名
・リンカ率いる獣人隊10名
・ゾノ率いるレッサーゴブリン隊12名
・ソク率いるオーク隊30名
・ザルアを代表とする術士隊8名
これに加え、ガラとサンガ、森の西部から15名程の志願者がいる。
全員が戦闘可能かどうかは未確認だが、志願するくらいだから恐らく問題無いだろう。
また、前回の戦闘で砂漠蚯蚓に食われた獣人のサンジだが、大怪我を負ったものの生きて救出されている。
酸による火傷が酷かったが、良くぞ生きていてくれたと思う。
それからジュラに関してだが、俺の予想では今後戦いに参加させるのは厳しいと思っている。
あとで本人には確認するつもりだが、恐らくは……
(さて、どう振り分けたものか……)
ザルア達術士は特殊な立場なので、あまり編成を弄りたくない。
リンカの所もシュウは抜けるが、基本的に彼女の近衛兵で編成されている為、これから編成を変更するのは微妙な所だ。
となると、オーク隊から数名を各隊に分けるようにするのが無難か……
・ガウ隊:8(ジュラ欠員)名 + オーク2名
・リンカ隊:8(サンジ欠員)名 + オーク2名
・ゾノ隊:12名 + オーク3名
・シュウ隊:シュウ + 西部の志願者8名 + オー2二名
・ガラ隊:ガラ、サンガ + 西部の志願者7名 + オーク2名
・ザルア隊:ザルア含むレッサーゴブリンの術士8名 + オークの術士3名
・ソク隊:オーク16名
こんな所か……
戦闘に特化した者が少ないゾノとソクの隊を、若干人数を厚めにしている。
シュウとガラには、西部の志願者の選定と練兵を行うよう指示を出しておこう。
ソクには各隊に派遣するオークの選定と、各隊の隊長にその受け入れ体制を整えるよう指示も出さねば。
続いて考えなければならないのが、俺自身の戦闘能力についてだ。
はっきり言って、今のままではマズイと思っている。
指揮官に徹していればそこまで気にすることも無いかもしれないが、未だ100人にも満たないレイフ軍ではそうも言っていられない。
自身を戦力に組み込んだ戦略でないと、とてもじゃないが手が足りないのである。
……しかし、前回の地竜戦で俺自身の脆さという弱みが浮き彫りになってしまった。
特に俺の認識が甘かった点は、『剛体』に対する過信である。
『剛体』は使われる側から見ても、使う側から見ても、非常に優れた防御性能を誇っている。
魔力量が若干心もとない俺でも、上手いこと省エネして運用していれば、最低でも命を守ることは容易い。そう思っていた。
しかし、地竜の爪や牙といった『剛体』を無効化する存在、俺しか扱えぬと思っていた発勁(仮)、酸などの有害物質など、『剛体』では防ぎきれないものなどいくらでも存在している。
はっきり言って、俺の防御力は『剛体』無しじゃ紙と言っても過言ではないだろう。
戦場に出たらいきなり即死なんてのは洒落にもならないが、現状では十分にあり得る。
そして、その危険性がある戦火は目の前に迫ってきていた。
これについては、早急に対策を練る必要がある。
(一応、構想自体はあるんだがな……)
コンコン
「ん?」
「トーヤ様。スイセンです。本日より、トーヤ様直属の近衛兵として仕えさせて頂きますので、ご挨拶に伺いました」
ああ、そうか。
今日からスイセン、隣の部屋に来ることになったんだったなぁ……
…………ん? でもこれは、中々に良いタイミングなのではないだろうか。
「どうぞ、中に入って下さい」
「失礼します……、と、そんな部屋の真ん中でどうしたのですか?」
「いや、こう部屋が広いと落ち着かなくてね」
「……ふふ、なんだか……、いえ、失礼しました」
言葉を途中で止めるスイセンに、思わず苦笑いを浮かべる。
「はは……、子供みたいだろ?」
「そ、そんなことは……」
「まあ、大目に見てくれると助かる。……さて、今日からスイセンさんは俺の直属になったわけだけど、何かあれば遠慮せずに発言してくれるようお願いするよ。自分でも、色々と足りてない自覚はあるんでね」
「そんな、滅相もございません……」
「まあ、そう畏まらずに。……所で、早速で悪いんだけど、俺の体のどこでも良いんで、一撃入れてみて貰えないかな?」
「…………えぇっ!? ここで攻撃しろってことですか!?」
ああ、新鮮な反応だなぁ……
イオだと、はい分かりましたで間髪入れずに攻撃してくるからね。うん。
「うん。もちろん、加減とかは要らないよ。ちゃんと防ぐから、遠慮せず打ってきてくれ」
スイセンは暫し困惑した表情を見せるが、俺が無言で構えるのを見て諦めたように構えを取る。
「はぁ……。では、行きますね」
そう言った瞬間、スイセンの体が沈み込み、俺の視界から消える。
次の瞬間、脇腹に鈍い痛みが……走らず、風切り音と共に後ろに抜けていく。
「な!?」
スイセンの拳は脇に当たる直前に軌道を逸らされ、俺の背後に抜けていった。
その勢いで抱き付くような姿勢になり、慌てて飛び退く。
「ご、ごめんなさい! でも、今のは……?」
「リンカとの試合は見ていたよね? あの時使った技なんだけど……」
「あ、はい。もちろん覚えてます。『剛体』の出力を調整し、斜に構えて軌道を逸らしたんですよね? ……素晴らしい技術だと思います。ですが、今トーヤ様は間違いなく私を見失っていました。その状態で、よくそんな高度な魔力操作を……。それも攻撃の当たる一か所だけに集中して……」
「ああ、それこそが今回試したかったことだよ。とりあえず、成功はしたようでホッとしている」
「……一体、どういうことでしょうか?」
そう質問してきたスイセンの瞳の奥には、期待と興味が渦巻いていた。
俺は期待通り食いついてくれたことに、内心でほくそ笑む
「……スイセンさん、スイセンさんの使っている技は獣神流、であってるよね?」
「はい。獣人の武術は基本的にそれしかありませんので」
「……ふむ。そうか。ちなみに、他の種族にも武術の流派なんかは存在しているのかな?」
「はい。エルフやリザードマンなどには確か……」
……であれば平気かな?
「……あの、何故そのような事を?」
「……うん。実は、この技術を基本体系とした、新たな流派を設立しようと思っているんだ」
「!?」
「その協力を、是非ともスイセンさんにお願いしたくてね」
「そ、それは、もちろん喜んで! ……ですが、一体何を協力すればよいのでしょうか?」
「良かった……。断られたらどうしようかと思ったよ……」
そう言って俺はスイセンさんの手を取る。
「ではスイセンさん、お願いがあるんだけど、俺と『繋がって』くれないだろうか?」
「……? つなが……?」
………………………………………………。
数秒の沈黙。
そして、スイセンの顔が段々と真っ赤に染まっていく。
「えええええぇぇぇぇぇぇぇっっ!?」
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