第62話 地竜討伐③



 ……リンカ様の近衛となる前、私の軍における評価は最底辺だった――



 魔界が九つの領域に分かたれたのがおよそ150年前。

 荒神という都市が生まれたのはそれから100年後のことで、都市としての歴史は50年余りとあまり古くない。

 軍部が発足されたのもそこからさらに数年後である為、未だ現役という者も少なくはなかった。


 私の父もその口で、発足当初から軍に所属していた。

 そして、私が生まれた頃には、父は幹部である将軍の地位にまで昇りついていたのである。


 当時の私にとって、父は尊敬する人物であり、憧れの存在でもあった。

 そんな父の背中を追うように、私は迷うことなく軍に所属する道を選ぶ。

 ……しかし、現実は厳しかった。

 残念ながら、私には戦士としての才能が無かったのだ。


 母は繊細でか弱く、戦いとは全くの無縁と言っていい人だ。

 そして私は、どうやらその血をより濃く引き継いでしまったらしい。

 そのことが、父を目指す私にとっては大きな枷となった。

 ……ただ、これについては決して文句があるわけでは無い。

 女としての自覚が強くなる頃には、父に似なくて良かったと思うようにもなったからだ。


 とは言え、私が目指すのは依然として父の背中である。

 将として肩を並べるのは難しいかもしれないが、戦士としてであればまだ可能性は残されている。

 その為に私は、毎日欠かさず修練をし、ひたすらに腕を磨き続けた。

 修練にかけた時間が、いつしか私の糧となると信じて……


 そんな日々を過ごす中、私にとっては人生の転換点とも言える、とある出来事が起きる。

 軍における技能を競う、競技大会が行われることになったのだ。

 お祭り好きの魔王様が考えそうなことである。

 一部の者は面倒くさそうにしていたが、私にとってはこれまでの修練を試す良い機会となる。

 興奮と緊張感、それらの入り混じった理想的な精神状態で私はそれに臨んだ。



 結果は、悲惨としか言いようのないものとなった。

 全九種目中、六種目が最下位――


 自分に才能が無いことくらい、とっくに気づいていた。

 だからこそ、それを補うために、私は努力し続けたのである。

 だというのに、その燦燦さんさんたる結果は……、努力など無駄だという事実を突きつけられるようであった。


 この結果は、私に対する評価にも影響を与えることになる。

 当然と言えば当然だが、同僚達からは冷ややかな扱いを受けるようになった。

 直接的な嫌がらせが無かったのは、父が将軍だったお陰だろう。

 その分、陰険な嫌がらせはあったが……


 そんな中私が折れずにやっていけたのは、『魔力操作部門』第二位という好成績のお陰だ。

 私が唯一評価された特技……

 最早私には、これに賭けるしか道は残されていない。

 だから私は、これまで以上に魔力操作の修練を積むようになった。


 少数ながら、そんな私に目をかけてくれる人もいた。

 その内の一人が、リンカ様である。

 両親を除けば、リンカ様こそが私を認めてくれた初めての人と言ってもいいだろう。

 そして近衛兵に抜擢された事により、私に対する嫌がらせも鳴りを潜めた。

 ……全く、リンカ様には感謝してもしきれない。


 ただ、環境が変わっても弱者という私の立ち位置は変わらない。

 選ばれた近衛兵の中でも、やはり私の実力は最下位であった。

 組手においては、リンカ様はもちろんのこと、術士にすら負ける始末である。


 そんな私を、リンカ様や他の近衛兵の皆は決して冷遇などせず、むしろ気遣ってくれるのだ。

 本当に、有り難い話である。

 しかし、皮肉にもその優しさこそが、私に焦りや罪悪感といったものを生じさせることになった。


 笑える話だが、冷遇や嫌がらせに対する反骨心こそが、私を奮い立たせる活力になっていたのだ。

 それが薄れたことで、私は脆くなってしまった。


 何の成果も上げられないままだった私は、戦士としての生き方を諦めようとしていた。

 そんな時、あの人が現れたのだ。





 ◇





「アンナ、降りてくれ。ここからは別行動だ」



「……はい。でも、どうする気ですか?」



「まあ、シュウを見習って少し無茶をな」



 今もなお、地竜を翻弄しているシュウ。

 時折あがる地竜の呻きから、僅かながらも確実にダメージを与えているのだろう。

 このまま続ければ倒せてしまうのでは? とすら思えてくる。

 しかし、シュウ自身が長続きはしないと言っていたので、そうは上手く行かないハズだ。

 であれば、もうひと押しが確実に必要となる。



「無茶はしないで下さいと言おうとしたのに、先に無茶をすると宣言されては、何も言えないじゃありませんか……。トーヤ様……、お願いですから、どうか死なないで……」



 死なないで、か……

 もちろんだが、俺だって死ぬ気なんかない。



「ライ、アンナを守ってくれ。アンナとアンネちゃんは、奴が風術を使ったらスイセンさんに空壁を頼む。……スイセンさん、俺が奴をもう一度叩き伏せます。恐らくそれが最後のチャンスになるので、確実に仕留めてください。……大丈夫、スイセンさんならできますよ」


「……一度失敗している私を、どうしてそこまで信頼できるのですか?」



「……そう改めて言われると、大した根拠は無いんですがね。……ただ、スイセンさんは今も諦めているようには見えないので」



「それは……」



「仲間が諦めていないんだから、俺はそれを信じて頑張るだけですよ。……それじゃあ、行ってきます」



 まだ何か言いたそうなスイセンにそう言い残し、俺は近くにある一番大きな木に向かう。



「レイフさん、すまないけど、この木、貰ってもいいか?」



『…………確かにこの古木は我の一部だが、何故わかった?』



「なんとなく」



 さっきの攻撃といい、レイフはこの周囲一帯の木々にすら干渉する力があるようだ。

 案外、レイフという名乗りの通り、この森を統括するような存在なのかもしれない。



『……まあ問題は無い。好きに使うが良い』



「ありがとうございます……。レンリ、俺の魔力をありったけ持っていっていいから、この木を取りこめるか?」



 俺の声に一拍置き、レンリが呼応するように騒めく。

 棍棒の形状を解除し、根のように俺の腕に絡みつく。

 一瞬、眩暈でぐらりとする程の魔力がごっそりと奪われる。



『ほう……、我が娘をそこまで使いこなすとは』



「使いこなすなんて人聞きの悪い……。助けて貰ってるだけですよ」



 レイフと会話している間に、レンリは目の前の古木と同化を進める。



「……行けるか?」



『はい。主よ』



「……っ!? しゃ、喋れるようになった!?」



 今までも意識のやり取りみたいなことはしていたが、まさか喋りだすとは思わなかったぞ……?



『いや、今までも喋れたはずだぞ? まあ娘は無口なようだがな』



 マジかよ……

 いや、確かに自立しているとは聞いていたけどさ……



「……まあ、今はそれを気にしている場合じゃないか。じゃあ、行くぞレンリ!」



 俺の意思を汲み取り、レンリと一体化した古木が呼応する。

 そして、メキメキと音をたてながら、グングンと成長を始めた。



「なっ!?」



 その光景を見て、ゾノがあんぐりと口を開けている。

 しかし、わかるよその気持ち。

 なんたって、やってる本人ですら驚いているくらいだからな!


 そんなゾノの面白顔も、徐々に遠のき、見えなくなる。

 既に古木の高さは、この前キバ様に吹っ飛ばされた時程まで成長していた。

 自分てやっておいて、その出鱈目さに少し引いてしまう。



「……とりあえず、高さ的にはこの辺でいいか。レンリ、次はありったけのデカさで元の形態に戻ってくれ」



 再び魔力がごっそりと奪われる。



(か、枯れる……)



 そう思う程遠慮のないレンリに、自身が古木のようになる嫌な想像をしてしまった。

 流石にそうはならず、レンリは俺の指示通り、元の棍棒形態に戻る。

 ただし、それは形だけだ。

 実際のサイズは、巨木と言っても良い程の大きさとなっていた。

 俺はその重量に身を任せるように、空中へ身を投げ出す。



「怖っ!?」



 下腹部がぞわぞわする感覚に襲われつつ、落下が開始される。

 狙いは、地竜の頭部……

 松明の光を目印に、俺は巨木と化したレンリの軸を合わせた。


 その異様な光景に、戦っていた者達が一瞬固まったが、流石歴戦の戦士達、すぐに状況を把握して足止めを開始する。

 脚部にダメージを負っている地竜では躱しきれないとは思うが、躱されては元も子もない。

 保険をしっかりとかけてくれる仲間達が大変心強い。



「ギィィィッ」



 どうやら地竜も気づいたようだ。

 反応して風の外精法を使おうとする。



「させるか!」



 それに反応してシュウが地竜の顎を蹴り上げる。



「ギィ!?」



 なんとか不発に止まる、と思いきや漏れ出るような風がレンリに当たるのを感じる。

 どうやら少しは発動していたようだ。

 しかし、この質量に対しそれは、文字通りそよ風程度の効果しかない。



「皆、退け! ゾノ! 俺の体を頼む!」



「っ!?」



 ゾノが理解していなさそうな顔をしているのが視界に入ったが、細かく説明している余裕はない。

 ただ、このままでは文字通り死活問題なので、ゾノに期待するしかないだろう。

 まあ、最後の魔力で剛体を使えば、ギリギリ生き残れる可能性はあるが……



「ギィァァァッ!?」



 巨木と化したレンリが、地竜を胴体ごと叩き潰すように激突する。

 その質量に押しつぶされるように、地竜は地に這いつくばる。

 いくら地竜が強靭と言えど、これだけの質量を高高度から叩きつけられては、流石に無事ではいられないだろう。

 着弾時の衝撃を剛体で弾いた俺は、想定通り空中に投げ出されたが、ゾノがしっかりとキャッチしてくれた。



「相変わらず、無茶をする……」



「助かったよ、ゾノ。……っと、スイセンさん!」



「はい!」



 既に飛び出していたスイセンさんが、一気に地竜へと肉薄する。

 それに対し、地竜は風術で迎撃を測るが……



「「させません!」」



 アンナ達姉妹の空壁により、それは遮られる。

 これで、もう障害は無い!

 そう思った瞬間、地竜が想定外の行動に出る。



「なっ!?」



 地竜の弱点は額である。

 地竜の行動から考えれば、その判断は正しかったと言えるだろう。



「馬鹿な……」



 それを裏付けるかの如く、地竜は土術を利用して、土の兜のようなもので頭を覆っていた。

 自らの弱点を、覆い隠すかのように……



(ク……、シュウは!?)



 俺は慌ててシュウを探す。

 しかし、どうやらシュウも先程の一撃で限界だったらしい。

 彼は他の獣人に庇われるように、地面に横たわっていた。



「ライ! リンカ!」



「駄目だ! 風術の規模が大きい! 破る時間が無い!」



 スイセンさんを襲う風術は無効化できたが、周囲には壁を作るかの如く風が吹き荒れている。

 このままでは近付く事さえ困難だ。



(クソ! ここまで来て!)



 あとは暴風の向こう側に居るスイセンに、土兜を破って一撃を加えて貰うことを期待するしかない。

 しかし、ダメージを受けているスイセンに果たしてそれが可能か……



「ギィ! ギィ! ギィ!」



 地竜が嗤うように鳴く。

 凌ぎきったと確信したのか、体を抑え込んでいるレンリをどかそうと動きを再開する。



「……随分と舐められたものです」



 スイセンが土兜に飛びつく。

 そして、掌を額に……



(っ!? 違う、あれは……)



 額に叩きつけられると思われた掌は、軌道を変え、兜に守られていない眼球へと突き刺さる。



「竜鱗の守られていない眼球であれば、非力な私でも攻撃を通すことくらいできます。そして……」



「ッ!? ギィィァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!????」



 一瞬、地竜の体が脈動するように跳ね上がる。

 そして、何度か痙攣するように動いた後、全ての力を失ったかのように、反応が無くなった。



「……仕留めた?」



「……魔力が消え失せています。恐らくは。」



 いつの間にか近くまで駆け寄ってきたアンナが、俺のつぶやきに対しそう返してくる。



「……みたいだな。……よし! みんな! あの地竜を、スイセンさんが見事討ち取ったぞ!!!!!」



 一瞬の沈黙。

 しかし次の瞬間――



「「「「ウオォォォォォォォッッッ!!!!!!」」」」



 この場にいる全ての者が、雄叫びを上げていた。

 普段大人しいライや、元々は敵であったガラ達でさえも、興奮が抑えられない様子であった。



「スイセンさん!」



 大歓声の中、地竜を打倒した当人のスイセンがフラフラとこちらに向かってくる。

 その危うい足取りに、俺は思わず駆け寄ってそれを支える。



「お疲れ様です。スイセンさん。……見事、仕留めましたね」



「ふふ……、トーヤ様の、お陰、ですよ……」



「……そういえば、さっきのアレってまさか?」



「ええ、そうです。貴方が、リンカ様に放った技と原理は同じもの、です。貴方のお陰で、完成しました……」



 スイセンが地竜に放った技――

 威力は桁違いだが、アレはまさに俺がリンカに使用した発勁(仮)と同種のものであった。

 それなりに緻密な魔力操作と、魔力の同調を必要とするこの技は、まだ俺にしか扱えないなんて己惚れていたけど……



(魔力操作において比類なき技術を持つスイセンなら、できてもなんら不思議じゃないか……)



 しかも、彼女の口ぶりからすると、俺が使う以前から似たような構想はあったのかもしれない。

 何の前知識もなく、そこまで辿り着けていたのであれば、本当に凄いことだと思う。

 そして、あの威力……

 あれは並大抵の魔力量では決して出せないだろう。

 竜種をも屠れる威力を出せたのは、文字通り全ての魔力を使用したのと、それを制御しうる緻密な魔力操作があったからこそだ。



「……それにしても、無茶をしますね。いくら魔力操作が得意とは言っても、あれだけの魔力を注げば、最悪命に関わりますよ?」



 そんな俺の発言に、スイセンは笑顔で答える。



「トーヤ様達が、無茶をするからじゃないですか。普段の私であれば、決してしませんよ。……だから、もし何か、後遺症でも残ったら、責任とって、下さいね?」



 そんなことを言いながら、笑顔で俺の胸に体を預けるスイセン。

 不穏な台詞に少し心配になったが、こんな冗談を言えるくらいなら恐らく心配は無いだろう。



(っと……)



 安心したら、俺も急速に力が抜けていくのを感じる。

 結局、俺はスイセンと一緒になってその場にバタリと倒れ込んでしまうのであった。




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