第61話 地竜討伐②



「シュウ! リンカ! 正面で攪乱してくれ! 他の獣人達は側面から牽制を!」



 指示を出しながら、俺自身も周囲を駆ける。



「ゾノとアンネちゃんは引き続き足元を狙ってくれ! ガウ! 隙を見せたら全力で脚を攻撃だ! 防御は考えないでいい! 代わりに防御はガラが全力で対応してくれ!」



「あ、ああ!」



 速度と技術に秀でたリンカとシュウが、防御不能の爪と牙に対応する。

 攻撃が届くギリギリの所でヒットアンドアウェイを繰り返す二人の動きは、流石としか言いようがない。

 尻尾による範囲攻撃も、他の獣人達の牽制により、リンカとシュウまでは届かない。



「トーヤ様、何をする気なのですか?」



「ん、ああ、俺にできることは補助だけなんでね。精々嫌がらせをしてやるつもりだよ」



 そう言いながら、木の根元に生えるキノコを引き抜く。

 お馴染み、強い臭気を誇るクソテングダケである。

 どれ程の効果があるかはわからないが、試してみる価値はある。


 T.レックスは非常に優れた嗅覚を持っていた、という説を信じるのであれば、それなりの効果は期待できる筈だ。

 もっとも、味方へ被害を出しては不味いので、調整は必要になるが……



「アンナ、鼻を塞いで」



 俺は出来るだけ離れた場所でクソテングダケをへし折り、地竜の反応を伺う。



「トーヤ様」



「ああ、少しこっちに意識を向けたな。どうやら、鼻は結構利くらしい」



 反応したのは地竜だけでは無い、一瞬だが何人かの獣人も同じようにこちらを意識した。

 十分な効果は期待できそうだが、味方の被害も考えるとやはり取り扱いは難しいかもしれない。



「状況的に、嗅覚を潰すのは難しそうだな……」



 観察した限りでは、聴覚はあまり発達していないようである。

 嗅覚を潰せれば大きなアドバンテージになるのだろうが、実践するにはリスクが高過ぎる。

 現段階で、ハイリスクハイリターンな選択を取るのは早計だろう。



「足元を崩してみては?」



「もう試したよ。……でも駄目だった。どうもアイツ、土への干渉もしているらしい。まあ、あの巨体を支えるには安定した地盤が必要だろうからな……」



 何故かゾノが土玉を中心に術を放っているから不思議に思っていたのだが、自分でやってみて理解した。

 地竜の足元の土はこちらの干渉を受け付けない……。つまり、既に仮契約済の状態ということだ。


 外精法の仮契約は、原則早い者勝ちである。

 意識してか無意識かは不明だが、恐らく地竜は自身の巨体を支える強固な地盤を形成する為、自分の周囲の土に常時干渉しているのだろう。

 その状態では、足元を崩すことは不可能である。



「ってことで頼みます。レイフさん」



『やれやれ、いきなり呼ばれたと思えば、面倒ごとを押し付けてくるとは……。しかし、アレを放っておくとロクなことがなさそうなのは確かである』



 その瞬間、周囲の木々が騒めく。

 俺の予想を遥かに超える規模の大きさであった。



『アレに纏わりついている獣人共を退かせてくれ。巻き添えを喰らいたくなければな?』



「っ!? 皆! 一旦地竜から距離を取ってくれ!」



 慌てて声をかけたが、各位の反応は早かった。

 意図を伝えてもいないにも関わらず、迷いなく指示に従ってくれたことに少し驚きを覚える


 そして皆が距離を取った瞬間、周囲の植物全てから、大小様々な枝や蔦が地竜に襲い掛かった。



「これは、トーヤがあの時使った……?」



 ガウは目の前の光景を見て、思わずといった感じで呟く。

 ガウからしてみれば、以前俺と対峙した際に自ら食らった術である。

 しかし、今回のコレはあの時とは規模が明らかに違っていた。


 数百に迫る量の蔦や枝が、地竜に次々と襲い掛かり、絡みついていく。

 その一本一本は大した強度を持たないだろうが、これだけの数が揃えば恐ろしいほどの強度となるハズ。

 地竜の膂力は凄まじいものがあるが、あれ程の量から抜け出すのは至難と言えるだろう。



「ガウ! 今だ! 渾身の一撃をそいつの脚に!」



 ガウは応じるように、岩の大剣を水平に構えた。

 本当に全魔力を注ぎ込んでいるのか、彼の巨体が更に一回り近く大きく見える。



「オオォォォォ!!!!」



 渾身の一撃が放たれる。

 その一撃に耐えきれなかった岩の大剣が、粉々に砕け散ってしまった。



「ギィィィィッ!?」



 しかし、砕けたのは岩の大剣だけではない。

 これまで余裕を見せていた地竜が、初めて苦悶の悲鳴を上げた。

 バランスを崩した地竜が蔦の引く力に負け、地面に引きずり降ろされる。



「今だ! スイセンさん!」



「はい!」



 スイセンが跳躍する。

 狙うのは地竜の額……

 地に押さえつけられた地竜が、再び悲鳴を上げる。



「ギィィィィッ!」



 スイセンはそれに怯む事なく接近し、額目掛けて軽く跳躍する。

 そしてスイセンの掌が触れる瞬間、思いもよらないことが起こった。



「グッ!?」



 突如巻き起こった突風に、スイセンの身が刻まれる。



「スイセンさん!?」



 そのまま吹き飛ばされるように地面に落下するスイセン。

 俺はそれに慌てて駆け寄り、容体を確認する。

 幸いなことに、致命傷では無さそうであった。



「大丈夫ですか!?」



「グッ……、はい……、傷は深くありません。ですが……」



 視線が地竜に向けられる。

 先程の突風が渦巻くように地竜を包み、身を縛っていた蔦が次々に切り裂かれていく。



「まさか、風術まで使うとはな……」



 そう、この地竜は、風の外精法まで使ってきたのである。

 先程の叫びは、苦悶の叫びなどでは無かったということだ。

 あれで周囲の精霊に呼びかけ、外精法を行使したのだろう。



「すみません……。私が決められなかったばかりに……」



「いや、スイセンさんは悪くない。悪いのは奴を甘く見た俺だよ」



 地竜が外精法を使うことは、地面への干渉から考えれば十分に予測できたことだ。

 もし俺がそれに気づいていれば、防ぐ手段はいくらでもあっただろうに……


 全ての蔦を切り裂き、地竜が悠々と起き上がる。

 ただ、脚へのダメージは残っているようで、すぐに襲い掛かっては来る様子はなかった。

 もっとも、回復される可能性がある以上、時間的猶予はあまり無いだろうが……



(……あまり状況は良くないな)



 恐らく、蔦による足止めはもう通用しない。

 それに、文字通り全力を尽くしたガウは、もう同じ一撃を繰り出すことは不可能だろう。

 仮になんとかチャンスを作れたとして、ダメージを負ったスイセンに奴を仕留める一撃が放てるかどうか……



「……おい、スイセン。まだ奴を討てるだけの余力は残っているな?」



 いつの間にか近くまで下がって来ていたシュウが、スイセンに尋ねる。



「……攻撃を放つだけであれば、なんとか。ですが……」



 その状況を作りだすことは困難である。

 それがわかっているからこそ、悔やむようにスイセンは俯いた。



「おいおい、弱音を吐いたりするなよ? またあの頃に逆戻りするつもりか? 折角お前を認めてくれる人が現れたっていうのに、その期待に応えようって気概はないのか?」



「シュウ……」



「……リンカ様も含め、俺達はお前の努力を見てきた。だから、お前ならできると信じている」



 その言葉に、リンカや他の獣人達も頷く。



「お膳立ては俺達がしてやる。お前はコイツを仕留めることだけを考えていろ。竜殺しを成し遂げ、お前を非力と侮る奴らを見返してやれ」



「シュウ……。みんな……」



 その言葉に、再びスイセンの瞳に光が宿る。

 シュウはそれを見て満足そうに笑い、すぐに視線をリンカへと切り替える。



「リンカ様、少し時間を稼いでください。アレをやります」



「っ!? 本気か!? アレはまだ……」



「ここでやらないで、いつやるってんですか?」



「……わかった。術士達は外精法を警戒! 他の者は尾の攻撃を凌げ! 正面は私が対応する!」



 指示を出しつつ、再び地竜に挑むリンカ。

 大将軍の肩書は伊達では無く、その背中には率いる者の強さを感じる。

 それを見送り、シュウが深く息を吸い込む。



「シュウ、一体何を……?」



「……スイセン、これは俺にとっても良い機会なんだよ。……俺の目標がキバ様ってのは知っているよな?」



「え、ええ」



「で、そのキバ様は、かつてあの龍王とも互角に渡り合ったそうじゃないか。……ならば、俺もあんな木っ端みたいな竜に手こずってる場合じゃない。見せてやるよ、俺の努力の成果ってヤツを」



 シュウの全身を覆う体毛が逆立つ。

 そして筋肉が脈動し、発達した犬歯がより際立ってくる。

 変化は見た目だけでは無かった。

 アンナとの『繋がり』により強化された知覚で、俺はシュウの体内を巡る魔力異常を感じとる。


 生物に宿る魔力は、常に全身を巡るように循環されているが、その速度は非常に穏やかで、例え大量に消費することがあってもその流れは常に一定である。

 しかし今、シュウの魔力は普段の倍以上の速度で循環していた。

 一体どうすれば、こんな状態に……?



「ま、まさか!? 半獣化!?」



 シュウはそれに答えず、にやりと笑って見せる。



「……まだ未完成なんでな。余り長くは保たない。次は、しっかりと決めて見せろよ」



 そう言うと同時に、視界からシュウが消える。



「なっ!?」



 凄まじい速度……

 正直、この暗がりでは初動すら捉えることができなかった。

 まさに黒い弾丸と化したシュウの攻撃に、地竜は反撃することすらかなわない。



「スイセンさん、アレは……」



「半獣化……。獣人の戦闘法における、最高峰の技術です」



 技術……ということは、特性などに依存しないという戦闘法なのだろう。

 それはつまり、あんな力を、努力次第では他の獣人達でも使用できる可能性があるということを意味する。

 恐ろしい話だ……

 まあ、その域に到達できる者など、ほんの一握りだけなのだろうけど……



(……凄まじいな)



 地竜を翻弄するシュウからは、以前戦った魔王キバ様と同等のプレッシャーを感じる。

 今のシュウであれば、キバ様とも良い勝負をするのではないだろうか。



「あの技を使えるのは、私の知り得る限りではキバ様とタイガ様のみです。一体、どれ程の修練を積んだのか……」



 魔王とそれに次ぐ実力者のみが使える技術、ね……

 そんな二人に追いつく為に、シュウは恐らくは血のにじむような修練を重ねたに違いない。

 そして、それだけの技術を持ちながらも、どうやらリンカ以外には伝えていなかったらしい。

 理由は分からないが、秘匿するだけの何かがこの技術にはあるのだろう。



「……なら、そんな切り札を見せてくれたシュウの期待にも、応えなきゃな」



「……はい」



 覚悟を決め、再び闘志を燃え上がらせるスイセン。

 その姿からは、もう迷いなど感じられなかった。



「……微力ながら、俺も協力するよ。だから……、決めてくれ、スイセンさん」



「ええ、必ずや、決めてみせます!」



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