第58話 不条理な取引



 昼に差し掛かる頃、一通の手紙が届いた。



「やはり、バラクルか……」



 差出人の名前はバラクル。

 先日の調査で予想はついていたが、コレで確定だ。


『根絶のバラクル』……


 リンカ達の話によると、このバラクルという者は荒神でも高額の賞金がかかっている、相当な悪党なのだそうだ。

 その姿はほとんど確認されていないが、敵対した組織を文字通り根絶やしにしたことからそう呼ばれるようになったらしい。

 見せしめにされた者達の傷などから、恐らくは魔獣使いであることが推測されている。



「……これを持ってきた者は?」



「はい、後をつけましたが、どうやら西の住人のようです」



「ってことは十中八九、ただの伝令役だな……」



 派手な経歴の割に姿を確認されていないことから、バラクルが慎重な者だということがわかる。

 名前を騙る別人という可能性も無くは無いが、相手が魔獣使いである以上、まず本物と思って間違いないだろう。



「狙いはあの二人か……。できれば伝えたくない内容だが、伏せておくのは難しいだろうな……」



 俺は未だに獣人族の使う文字に慣れていないため、リンカに翻訳してもらった。

 手紙の内容は要約すると、こう書かれていたそうだ。



 小人族の生き残りを確保している。

 取引に応じれば解放することを約束しよう。

 応じなければどうなるかは、俺の名を見て判断すればいい。

 本日、陽が暮れる頃、北部近くの丘に白いエルフの姉妹を連れて来い。

 仲間を何人連れて来ても構わないが、良く考えて動くことだ。



 白いエルフの姉妹とは考えるまでも無く、アンナ達のことだろう。

 俺はアンナから、彼女達の過去について話を聞いている。

 恐らくバラクルの背後には、アンナ達を捕らえていたという商人がいると考えて間違いない。



「……どうするトーヤ殿? まず間違いなく、これは罠だぞ?」



「だろうな。ただ、折角のお誘いだし、乗るとしよう。今朝の工作がさっそく効きそうだしな」



「……確かに」



 文面を見る限り、バラクルは自分の知名度と実力に相当な自信を持っていることが伺える。

 しかしその自信は、同時にバラクル自身の隙にもなっている。

 恐らくバラクルは、自分が罠に嵌められるなど露とも思っていないだろう。。



「しかし、本当に大丈夫なのか?」



「一応検証はしたからね。ただ、念の為に防衛としてイオを残すつもりだ。良いよね、イオ」



「よくわかりませんが、わかりました」



 イオは本当にわかっていなさそうな顔をしながら頷く。

 その様子に若干不安を覚えたが、彼女は何も考えない方が良い方向に働きそうなので、多分平気だろう。



「指定された場所に向かうのは、俺とライ、ゾノ、ガウ……、それからリンカとその近衛兵達にしようと思う。他の皆は、イオと同じく防衛の方をお願いするよ」



「「「「「了解した」」」」」





 ◇





 陽が暮れる頃、わざわざこの時間帯を指定したのは、恐らくこちらのトロール達を警戒しての事だろう。

 完全に夜を指定しなかったのは、アンナ達をしっかり確認するためといったところだろうか?



「よお、お前があの集落の長か?」



「……一応はそういうことになっている」



「あんま強そうには見えねぇなぁ? そんなんでよくトロールだの獣人だのを従わせられるぜ。まあ、俺も人のことは言えはねぇがな」



(……こいつがバラクルか)



 バラクルは中肉中背の獣人、のように見える。

 自分で言うように、確かに武に長けている様子は無い。



「さて、細かい話は抜きだ。エルフの姉妹は連れて来ただろうな?」



「……ああ」



 両脇に控えたアンナ達が、日除け代わりに被っていたフードを下ろす。

 バラクルはそれを見て満足そうに笑みを浮かべた。



「よしよし、素直に従うのは賢いぜ? じゃあ早速……」



「その前に、取引の内容についてしっかりと確認したい」



 そのまま事を進めようとするバラクルを制止する。

 流れで条件を有耶無耶にされては、堪ったものではないからだ。



「……まあ、そいつは重要だわな。つっても特に細かい条件はねぇぜ? 俺の狙いはそのエルフの姉妹だ。そいつらを引き渡せ。代わりにこっちで確保した小人族を返してやる」



「……その小人族は、別にお前らのものじゃないだろ?」



「あぁ? 俺が奪ったもんだから俺のものに決まってるだろーが? 言っておくが、こっちはこれでも譲歩してるんだぜ? 俺は別に、いつも通り殲滅しちまってもいいんだ。知っての通り、俺は魔獣使いだし、手駒なんていくらでも用意できる。お前らを殲滅することくらい、ちょっと手駒を放出すりゃ余裕だからな。……ただ、お前らもそれなりには腕がたつみてぇだし、こっちも多少被害が出るとは思ってるんだよ。んで、そうなるとお互い面倒になるだろ? だから、わざわざ取引で手を打とうって言ってんだよ」



「……まあ、こちらとしても被害が減るのは助かる。しかし、お前がその条件を守る保証なんてないだろ?」



「……保証だぁ? 馬鹿か手前ぇ? いいか? お前らに選択出来るのは取引に応じるか、殲滅されるかだけなんだよ!」



 これまでも十分に敵意を剥き出しだったが、この瞬間に一気にそれが噴き出す。

 あれでも抑えていたのだろうが、随分と感情の制御が下手な男だ……



「……はぁ、一応は対話を試みるつもりだったが、無駄な努力だったみたいだな」



「……ああ?」



「『根絶のバラクル』については、調べさせて貰ったよ。敵対した者、姿を見た者は、誰であろうが根絶やしにする……、それがお前のやり方なんだろ? つまり、結局のところ俺達を無事で返するもりは無いってことだ。にも関わらず、お前は取引という話を持ち出した。……当然、それには理由がある」



 俺の言葉を聞いて、バラクルから発せられていた敵意が一瞬消える。



「……言ってみろよ?」



「俺達は先日、お前の駒である魔獣を数十匹狩った。その中にはこの辺ではまず見られない天狗蜘蛛も含まれていた。俺の予測じゃ精々があと一匹、もしくはもういないんじゃないかと予測している」



「……で、それが何だってんだ?」



「天狗蜘蛛は捕獲能力の高い魔獣だ。獲物を無傷で捕らえ、生きたまま巣に持ち帰る習性は、何かを捕らえる上で非常に役立つだろう。しかし、他の魔獣はそうはいかない。魔獣使いがどの程度まで魔獣を操れるかは知らないが、俺の見立てではそこまで高度な命令は受け付けないんじゃないか? 受け付けるとしても、それはその魔獣の知能に依存する可能性が高いと思われる。じゃあお前は、一体どうやってこの子達を捕らえようと思っていたんだ?」



「…………」



「まあ全部俺の想像だけどな。ただ、当たらずとも遠からずってとこなんじゃないか? お前が噂通りの男なら、最初から俺達のことを殲滅していたハズだろ」



 バラクルの目的はこの子達の捕獲だ。

 それも恐らく、無傷での捕らえるように言われているハズだ。

 しかし、捕獲の要であった天狗蜘蛛を失ってしまった……

 そうなると、単純に魔獣をけしかけるワケにはいかなくなる。

 何故ならば、アンナ達に危害が及ぶ可能性があるからだ。

 だからこそ、バラクルは取引でアンナ達を確保しようとしたのである。



「……クックック、お前、中々面白い奴だな? 概ね正解だよ。今回の依頼人は大口の客でな……。そのガキ共がいる以上、俺もなるべく手荒なことはしたくねぇんだよ。……よし、いいぜ、ならこちらも誠意を見せようじゃねぇか。おいガラ!」



「ハッ」



 ガラと呼ばれた男が、一人の小人族を前に押し出す。



「コイツは先に返してやる。その上で、お前らに手を出さないことを約束する。……言っておくが、これ以上の譲歩は無ぇぞ。これで渡す気が無いってなら仕方がない。いつも通り、お前らを殲滅させてもらうぜ」



 そう言って、小人族の少年を差し出してくる。

 俺がそれを受け止めると、少年はせきを切ったように盛大に泣き始めた。

 俺は少年の頭を優しく撫でる。



「もう大丈夫だ」



「うっ、うっ……あり、がとう……」



(トーヤ様……)



(わかっている)



 そのまま抱き寄せるようにすると、安心したのか少年は落ち着きを取り戻した。



「さて、どうする? 俺は誠意を見せたぜ?」



 何が誠意だか……

 誠意の押し売り……、いや、これはもはや悪意の押し売りだな。

 そもそも、善意でやっているような口ぶりだが、バラクル側には最初からデメリットが無いのである。

 とんだ茶番であった。



「……断る」



「おいおい、本気か? 集落の長としてその判断は無ぇんじゃねぇか?」



「集落の周囲に魔獣共を忍ばせておきながら、良くそんな台詞を言える……」



 バラクルが少し驚いたような顔をする。



「ほぅ? 気づいていたのか……。でもそいつは勘違いだぜ? 何事も備えってヤツは必要だからな。俺だって保険くらいかけなきゃ、わざわざ姿なんか現さねぇよ」



「では、まず魔獣共を退かせろ。そうでなければ話にならない」



「……お前、こっちが下手に出てるからって、いい気になるなよ?」



 下手……?

 これのどこが下手なのだろうか……



「信用できるワケないだろ? 大方、二人を渡したら襲撃させるつもりだったんじゃないか?」



「…………あ~、もういいや、めんどくせ。やれ! サンガ!」



「…………」



「……あ? おい、サンガ! 何ぼーっとしてんだよ!」



 バラクルが声を荒げるが、サンガとやらの反応は無い。



「サンガってのはこの小人族のことなんだろうが、残念ながら彼は気絶してるよ。幸せそうな寝顔だろ?」



「なっ!? 手前ぇ、気づいてやがったのか!?」



「まあな、お前のような腐った奴が考えそうなことくらい、いくらでも想像がつく」



 なんてな……

 実際はアンナに触れていることで、一時的に他人の感情を読み取りやすくなっていただけである。

 お陰で、この小人族が悪意をもっていることは、姿を現した時点で気づいていた。



「チィッ! 役に立たねぇクソが! だがこうなったらもう取引もくそもねぇ! 魔獣共を集落にけしかけられたくなかったら、大人しくそのガキ共を渡せ!」



「断る」



「頭沸いてんのかてめぇは!?」



「やってみろよ」



 俺はあくまで態度を崩さない。

 それに対し、バラクルの表情には怒りの他に、焦りの感情が浮かんでくる。



「……そっちがその気ならやってやるよ。もう命令は出した。すぐに魔獣共が………………、あぁ?」



 焦りを抑え込むように浮かべた笑みが、凍り付いたように固まる。



「……なんだよこりゃ。なんで魔獣共がコッチに向かってきやがる!?」



「さっき言ってたよな。何事も備えってヤツは必要だと……。保険くらいかけなきゃわざわざ姿は現さないって? ……全く持って同感だよ」



「手前ぇ……、何をしやがった!?」



 最早焦りを隠す余裕も無いバラクル。

 その表情には、恐怖すら混じっていた。



「集落の周囲に魔物を潜ませていることには気付いていたと言っただろ? それで何も対策をしていないとでも思ったのか? 魔獣達は、お前の目が・・機能しない夜の間に、少し弄らせてもらったよ」



「弄らせ……? ま、まさか、お前も魔獣使い!? いや、だとしてもおかしい! 魔獣との契約は早い者勝ちが原則だ! 後から契約を上書きはできねぇはず! 仮に出来たとして、契約が切れれば俺にわからないワケが……」



「ああ、別にお前の契約には何もしてないよ。俺は、もっと好条件で緩い制約を加えただけだ」



「馬鹿な……! 馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な!?」



「喚くな、五月蠅いぞ? 俺は荒事が嫌いなんだよ。だから、この状況だって非常に不愉快なんだ」



 俺は最初から、可能な限り対話で解決したいと思っていた。

 しかし、残念ながらバラクルは予想よりも遥かに下種で、愚かであった。

 このままコイツを生かしておいても、恐らく俺達にとって不利益しかもたらさないだろう。

 だから、容赦するつもりは無い。



「もう少し利口なヤツだと思っていたんだがな。本当に、残念だよ……」



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