第57話 根絶のバラクル
(根絶のバラクル、か……)
各調査報告を終え、俺は執務室で一人、情報の取り纏めを行っている。
昨夜の調査活動にて、敵のアジトの位置、構成人数などについてはある程度把握することができた。
皆には潜入捜査でもしたのかと勘違いされ物凄く怒られたのだが、実際はそこまで危険を冒したワケではない。
敵が潜伏していると思われる、森の北側近辺まで近付きはしたが、直接踏み入るといったことまではしていないからだ。
では、何故そんな詳細な情報を得られたか?
それはアンナの能力が大きく役立ったためである。
彼女の扱う気流を利用した情報収集能力は、広範囲かつ精密な調査を可能としている。
俺も魔力による感知には多少自信があったが、彼女に比べれば児戯に等しいレベルと言っても過言ではないほどだ。
そんな彼女の能力を『繋がり』を経由して共有することにより、俺達は文字通り離れ技で情報を得ることに成功した。
初めはアンナが同行することに反対していたリンカも、『繋がり』で俺と意識を共有すると、流石に何も文句は出なかった。
彼女自身、凄まじい聴力を持ち、情報収集能力に長けているため、アンナの能力がどれ程凄まじいものか、すぐに理解できたのだろう。
そして、その情報から得られた敵の正体……
それこそが『根絶のバラクル』と呼ばれる、第一級の賞金首であった。
◇
「チィッ! また魔犬かよ! クソの役にも立たねぇ!」
「ギャン!」
苛立つ感情の赴くまま、魔犬の腹を蹴り上げる。
この魔犬も貴重な手駒には変わりないのだが、こいつらが嗅ぎ当てるのは専ら同族ばかりだ。
魔犬ばかりが増えるこの状況では、怒りもぶつけたくなる。
幸い、こいつらはそれなりに頑丈なので、この程度で死ぬことはない。
(ったく……、なんでこんなことになりやがる……)
今回の依頼者は相当な金持ちだ。
久しぶりの大口の取引相手である。だからこそ万全を期すために手持ちの駒は惜しみなく使った。
その結果がこのザマである。
俺は駒のほとんど失った上に、ターゲットどころか、戦利品すら届いていないという……
特に手痛かったのが、天狗蜘蛛を失ったことだ。
アレは比較的賢いため、今回のような捕獲を目的とする依頼には欠かさない存在だったのである。
しかも致命的なことに、この森にはほとんど存在しない魔獣であるため、補填することも難しい。
一応探してみてはいるものの、あまり派手には動けないので、見つけられる可能性はほぼ無いと言っていいだろう。
(クソが……!)
苛立ちが募り、その矛先が再び魔犬に向かう。
これだけ痛めつけられているというのに、魔犬には避ける素振りすらない。
それどころか、いくら蹴られても構わないとでも言うように、再び足元に跪いてくる。
(……そうだ、俺の力に問題があるワケじゃない。使えないコイツらに問題があるんだ……)
魔犬は頭が悪いワケでは無いが、使い勝手はあまり良くない。
命令はしっかり聞くが、識別能力が低く、物や人を探したりするのが苦手だ。
それでも数だけはいるので、手勢として考えるのであれば十分ではあるのだが……
実の所、手駒の補充自体はほぼほぼ完了していた。
こちらの手駒は現在魔犬が二十に、シシ豚と復讐者が十、火蜥蜴と虎牙がそれぞれ五体ずつ。
これに加えて特別枠が五体用意してある。
普通の集落が相手であれば、制圧するのには十分な戦力である。
しかし、籠城される可能も考えると足りない可能性があった。
実際、あのガキどもには洞窟に立てこもられて時間を稼がれたし、同じような状況にならないとは限らない。
できればあの集落の外に釣りだしたい所だが……
(……………………っ!?)
「オイ!? サンガの奴を呼べ!」
俺は控えていた部下の尻を蹴り上げ、命令を下す。
部下は何故蹴られたのか解らない様子だったが、特に文句は言わず慌てて部屋を出て行った。
「クックック……、イイことを思いついたぜ……」
情報では、奴らは相当なお人好しという話であった。
それにつけこめば、あのガキ共を釣りだすこと自体は簡単そうである。
そしてあのガキどもさえ手に入れてしまえば、後はどうとでもなるだろう。
(大人しく引き籠っていればいいものを、正義感出して首を突っ込んだこと……、後悔させてやるぜ……!)
奴等の絶望する顔を想像するだけで、自然と酷薄な笑みが浮かんでくる。
今まで蹴散らしてきたゴミ共同様、奴らもきっと良い声で鳴いてくれるだろう。
それを想像するだけで、ゾクゾクしてくる。
もちろん、タダで殺してやるつもりは無かった。
親や子供が目の前で生きたまま食われる姿を見せつけ、女共は全て犯しつくしてやるつもりだ。
売れそうな奴は生かしてもいいが、正直それでは俺の気が済まない。
美しい容姿を、醜くズタズタに引き裂いてやりたかった。
「この『根絶のバラクル』を敵に回したことを、しっかりと後悔させてやるぜ……」
魔犬の頭を踏みつけながら、俺は高らかに笑った。
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