第54話 朝日を浴びる気持ちよさを知って欲しい



 アンナ達姉妹を連れ、まずは厨房へと向かう。



「おばちゃん! 頼んでおいたヤツって出来てるかな?」



「ああ、救世主様! こちらに用意してあります。でも、こんなモノ、一体何に使うんですか?」



「だから、救世主様はやめてってば……。何に使うかは……、まあ、見ていて下さい」



 俺はそう言って準備に取り掛かる。

 まずは精霊の力で浄化された、清潔な水を用意する。

 これに先程用意して貰った玉ねぎの皮の煮汁と、少量のハチミツを加え、混ぜる。



「……何か飲み物を作ってるんですか?」



「……まあ、そう思うのも無理ないか。でも、違うよ」



 アンネの疑問に答えながら、俺は戸棚から壺を取り出す。

 壺を開けると、そこには大量の乾燥した花が漬け込まれていた。



「この花は……、もしかして丘の方で生えている?」



「ええ、大量に生えていたので、少し摘ませて貰いました」



 おばちゃんは、どうやらこの花のことを知っていたようだ。

 まあ目立つ花だし、知っていたとしてもおかしい話ではない。



「この花はキンセンカといい、実は傷や粘膜を修復する成分があって、薬草として使えるんですよ」



 キンセンカ……、またはカレンデュラやマリーゴールドとも呼ばれるこの花は、医療や健康面に役立つ様々な効能を持っている。

 切り傷や擦過傷といった怪我にも使えるほか、風邪薬や健康食品にも利用できる、優れた薬草なのである。

 何かの役に立つだろうと摘んでおいたのだが、早速役立つ時が来たようだ。


 俺は先程準備した液体に、キンセンカから抽出したエキスを混ぜてさらに煮込む。

 最後に不純物をろ過し、用意した小瓶に注ぎ込む。



「よし、完成だ。早速だけど、アンナちゃんとアンネちゃんは、これを全身に塗ってもらえるかな?」



「え? え?」



「はい。わかりました」



 困惑する妹を他所に、姉のアンナはいきなり服を脱ぎ始めてしまう。



「ちょ、待て待て待てーーーーっ! ここでいきなり脱ぐな!」



 慌てて止めはしたが、薄着である為、既に色々と見えてしまっている。

 全く……、勘弁して欲しいぞ……



「では、あちらで」



「いやいや、待ちなさいって。……おばちゃん、仕事中に悪いんだけど、ちょっと隣の部屋でこの子達にコレを塗ってあげてくれないか? それから、服もこれに着替えさせて欲しいのだけど……」



 気にした風もなく、今度は部屋の外で着替えようとするアンナを止め、おばちゃんに手伝ってくれるようお願いすることにする。

 仕事中に申し訳ないが、他の女手は現在出払っているので、彼女達に頼るほかないのだ。



「え、ええ、お安い御用ですが、これは一体……?」



「……美容品、かな? 評判が良さそうなら、今度皆さんにも提供しようと思います」



 おばちゃんは俺の説明に対し曖昧に頷きつつ、二人を隣の部屋へと連れて行った。

 扉が閉まるのを確認し、俺は深く息を吐く。



(やれやれだ……、まさかいきなり脱ぎだすとはなぁ……)



 迂闊というか警戒心が薄いというか……、どうにもアンナは、昨日の一件から俺に気を許し過ぎな気がする。

 もちろん、俺に責任があるとは思うのだが、あそこまで緩々ゆるゆるだと少し心配になってくるな……



 どうしたものかと悩んでいると、もう着替え終わったのか、二人を連れておばちゃんが戻ってきた。



(っ!? ……素材が良いとはいえ、まさかここまでとは……)



 戻ってきた彼女達は、首まで覆うタートルネックの、黒いワンピースに身を包んでいた。

 あの服は、飼育していた黒羊の毛を素材とし、裏地にシルクまで使用した俺の最高傑作とも言える代物である。

 裁縫自体はライと生活していた頃にもやっていたが、ここまでの物を作ったのは初めてのことであった。

 おかげで、思わず徹夜してしまったのだが……


 しかし、自分で言うのも何だが、この服は彼女達に似合い過ぎていた。

 肌の露出はほぼ無い為、色気のようなものは一切無いが、その分、それが彼女達の可憐さを際立たせている。

 そういった趣味の人達の気持ちが、少し解ってしまいそうだ……



(もし軍を辞めたら、衣服屋にでもなろうか? ……なんてな)



 そう思わなくも無いが、恐らくそれは無理だろうと思っている。

 それに、ああまで美しく見れるのは、あくまで素材が良かったからに過ぎない。

 俺のデザインセンスなんて、一流の職人と比べればゴミみたいなものだろうからな。



「……サイズの方は平気そうだな。はい、これ帽子」



 彼女達の服には一応ローブのようにフードがついているのだが、羊毛が余ったのでついでに作ったのである。



「帽子、ですか?」



「ああ、これを被ると日よけになる」



「な、成程……」



 黒い麦わら帽子を被った彼女達は、まるで魔法使いの女の子のようであった。



「……さて、これ準備は良し、と。……じゃあ、外に出てみようか」



「………………えぇっ!?」



 アンネは一瞬固まってから、驚きの声を上げた。

 彼女達の体質から考えれば、当然の反応である。

 しかし、



「はい、わかりました」



「ね、姉さん!?」



 アンナは全く動揺せず、平然と受け答えた。

 その反応に、アンネはさらに驚く。

 アンナも、アンネと同様に陽の光を苦手としているからだ。


 アルビノは、先天的にメラニンが欠乏する遺伝子疾患である。

 その特徴は色素欠乏による白い肌、赤い瞳などだ。

 ある種の神秘性と美しさを感じさせるアルビノは、同時に多くの問題も抱えている。

 虹彩の乏しい瞳は、遮光性が不十分で光に非常に弱いし、色素の乏しい皮膚は、紫外線に極端に弱く、様々な障害を引き起こす可能性があるのだ。


 つまり、彼女たちにとって陽光は、自身に害をなす、毒のような存在とも言える。

 だから、俺はその対策として、日焼け止めと、羊毛で編んだ衣服を用意したのである。


 玉ねぎ――、特にその皮は、非常に強力な紫外線抵抗力を持っている。

 これと高い保湿力を持つハチミツ、皮膚の修復力促すキンセンカのエキスを使用した日焼け止めで、紫外線を減衰。

 さらに、天然素材でありながら素晴らしい紫外線カット性能を誇る、羊毛を使用した衣服を着ることで、より強固な紫外線対策をしたのである。

 荒神にはガラスも売っていたし、もしかしたらサングラスのような物も作れるかもしれない。

 もし作れるのであれば、彼女達が日中で活動するための大きな助けになるのは間違いないだろう。


 最初は、少しでも助けになればという軽い気持ちだったが、いざやり始めたら手が止まらなかった。

 ここまで来たら、彼女達にはなんとしてでも陽の元で生活を送れるようになって欲しい。

 一日の最初に浴びる朝日の気持ち良さを、知って貰おうじゃないか。






 俺の案内に従い、アンナ達姉妹が後ろをついてくる。

 初めは目が見えないアンナのために手を引こうかと思ったが、その心配は無さそうだ。

 恐らくこれも、昨晩彼女が言っていた気流を読む能力の一端なのだろう。


 窓の無い地下を抜け、渡り廊下の手前で立ち止まる。

 あと一歩踏み出せば、そこはまばゆい陽の光に照らされた空間が広がっている。



「姉さん……」



 心配そうにアンナの袖を掴むアンネ。

 そんな二人を置いて、俺は一歩踏み出し、手を差し伸べる。



「……大丈夫だ。信じてくれ」



「……はい」



 そしてアンナが俺の手を取り、前へ踏み出そうとする。



「姉さん!」



 しかしその直前で、アンネが腕を引きそれを止めた。

 その目にはやはり、恐怖が浮かんでいる。



「……大丈夫よ、アンネ。トーヤ様を、信じましょう?」



 それでもアンナは、優しく妹の引き離し、迷いなく一歩を踏み出す。



「……どうだ?」



 俺にも、絶対の自信があったワケでは無い。

 もし駄目そうであれば、すぐに日陰に戻すつもりであった。



「温かい、です……。陽の光って、本当は優しいものだったのですね……」



 ……良かった。

 しっかりと効果はあったようだ。



「……それは良かった。でも、過信はしないでくれよ? 完全に防ぐような効果は無いだろうし、長時間効果は続かないだろうからな」



「……わかりました。さあ、アンネ? 貴方も、いらっしゃい」



 そう言って手を差し伸べるアンナ。

 そんなアンナを、アンネは驚きの表情で見ている。



「ほ、本当に? 痛くないの……?」



「ええ、大丈夫よ」



 彼女達が体験した痛みがどれ程のものなのか、俺にはわからない。

 ただ、アンネの中では確かな恐怖として、心に刻まれているのだろう。

 しかしそれでも、彼女は勇気を出して踏み出すことを決意したようだ。



「……う、うん、わかった」



 アンナに腕を引かれ、アンネが最後の一歩踏み出す。



「……っ! 姉さん!」



 淡い光に包まれ、涙を流し笑いあう、二人の少女……

 俺のはそれが、どこか幻想的な光景に見えた。




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