第32話 対魔王戦①
魔王が現れたのは、昼に差し掛かるくらいの時間であった。
朝っぱらから攻めてくると思っていたので少し拍子抜けだが、その分準備はしっかりとできている。
「クッハッハッ! 寝坊しちまったぜ! とりあえず、今から行くぞぉ!」
集落からはかなり離れた位置にいるようだが、ここまで聞こえると辺り相当に凄まじい声量である。
わざわざ合図してくれるのは有り難い限りだが。
「ゾノ、準備は出来ているか?」
「ああ、これ以上ないってくらいのを
「よし、じゃあ各自配置についてくれ!」
『応!』
そう応えて各自が散開する。
残ったのは俺とライ、イオ、ガウの4名。
「さて、俺達の出番が来ないでくれるのが一番なんだが……、まあ、無理だよなぁ」
◇
魔王が集落の手前、木々が無い開けた場所に足を踏み入れる。
「今だ!」
合図と共に、数名の術士が地面に手を触れる。
「ん? って……! がーっ! またこれかー!」
魔王の叫びは、ドップラー効果で変質するほどに遠のいていく。
それ程までに深く掘られた落とし穴は、対個人向けとは到底言えない規模のものだ。
しかし、そうでも無ければすぐに這い上がってくる可能性があるため、容赦なく深々と掘ってある。
「よし、土石を流し込め! 一気にだ!」
続いて術士が、準備していた土石を落とし穴に流し込む。
ほとんどはこの落とし穴を掘る際に出たものだが、人一人分程もある岩がゴロゴロしている。
作戦その①は、落とし穴を利用した生き埋めだ
先日、魔王が落とし穴の罠に引っかかっていたことから、一応効果があるものとして用意された作戦である。
魔王が落ちたと同時に、大量に土石を投入する事で圧死に追い込む「押し」を仕掛け、生き埋めにするのが狙いだ。
この作戦を聞いたとき、かつてそれを体験していたゲンは非常に嫌そうな顔をしていた。
しかし、身をもってその効果を知っている故か、特に反対してくることはなかった。
『剛体』を突破するプランはいくつか用意したが、その一つがこの「押し」による質量攻めだ。
通常の攻撃で剛体の突破が容易でないことは、これまでの稽古で嫌という程身に染みている。
しかし、通常とは決して言えない、大質量による物理的エネルギーならばどうだろうか?
「まずは成功、だね……」
「ああ……。ただ、まだ油断は出来ないぞ?」
正直な所、これで剛体を突破できる可能性はそこまで高くないと思っている。
土砂などに生き埋めになった場合、確かに凄まじい圧力がかかるのだが、体勢を変えればある程度は凌ぐことができるからだ。
魔王の身体能力、そして獣人としての空中感覚を持ってすれば、それも十分可能と言えるだろう。
他にも酸素欠乏などの狙いはあるが、スペースを作られるだけでかなりの時間は凌げるため、あまり効果は期待できない。
この作戦の一番の目的は、無限と言われる魔力のすり減らすことにある。
いや……、減るかどうか確認するため、と言った方が正しいか……
埋め立てが完了し、暫しの沈黙が訪れる。
「や、やりましたかね……?」
予定通り俺達の所まで戻ってきたゲツが呟く。
しかし、その手のセリフは吐くと大抵の場合はうまくいってないものだ。
所謂フラグというヤツである。
次の瞬間、蓋をした土石が噴火するように吹き飛ぶ。
土石が周囲に飛び散るが、これは予期していたため、術士部隊には埋め立て完了直後に速やかに離脱をしている。
そして、土石に続いて雄々しい巨漢が宙に舞い上がった。
ここまでは、予想の範疇である。
「作戦②だ! 発射!」
空中にいる魔王に対し、今度は全方位から投網が放たれる。
「これは……、網か!」
網に捕らえられ、そのまま落下する魔王。
それ目がけ次の投擲が行われる。
「ぐおっくしゅっ! な、なんだこりゃっ……ぐしゅっ!」
胡椒のような香辛料の詰め合わせた催涙弾である。
この香辛料は胡椒と同様、その刺激性によりくしゃみが誘発させることができるのだ。
同様に、目に入れば刺激でまともに目を開けていられなくなる。
さらに、
「第2弾も放て!」
今度はお馴染みのクソテングダケのエキスだ。
周囲にまで被害が出ないようある程度薄めているが、嗅覚の鋭い獣人には恐ろしい刺激になるはず。
地面に落ちた魔王の、顔付近にそれが直撃したのを確認し、トロール部隊が走り出す。
「畳みかけろ!」
ガウの直属の配下である、デイとダオを先頭に残り5名が囲いこむように続く。
トロール達だけで行うのは、嗅覚を殺すことでクソテングダケ対策が取れることに加え、単純な攻撃力を意識してのことだ。
7人は魔王を取り囲み、一斉に岩の大剣を振り下ろす。
しかし……
「甘ぇよ!」
同時に弾かれる7本の大剣。
周囲に巻き起こっていた土煙も一気に吹き飛ばされる。
「いやいや、色々やってくるなホントに。事前調査が無かったらやばかったかもな?」
鮮明となった魔王の出で立ちは完全に無傷。
これまでの攻撃がまるで意味を成していないようであった。
魔王は体に纏わりつく網を、ゆっくりと引きちぎっていく。
「事前調査……、ね。クソテングダケの話は兎も角、粉の攻撃は今回初めて行ったんけど……」
「驚いたのは確かだぞ? だが、まあ異臭については聞いていたからな。粉末を一瞬吸い込んだ時点で、すぐ鼻は殺した。目はこれだ」
そう言って、指先からちょろちょろと水を出して見せる。
「汚いと娘に嫌われるんでなぁ。洗浄用に水の外精法はしっかり取得してるんだよ。これで洗っただけだ。しかし、驚いたぜ? あれだけの規模の穴を一晩で掘るたぁ、中々の術士がいるようだなぁ?」
あ、やはり魔王から見てもそうなのか。
俺がザルアを見ると、本人は慌てて取り繕うような仕草で否定をする。
「い、いえ、私などは本当に土いじりが得意なだけでして!」
「だから、それが凄いよねって話だよ。魔王様から見ても、この規模の掘削は凄いみたいじゃないか」
作戦①の落とし穴作成。
その最大の功労者はレッサーゴブリンの長、ザルアであった。
以前、集落の周囲に溝地を作った際も、ザルアはその作業の三割ほどを負担していた。
その時も思ったのだ、この人、本当は凄い術士なんじゃないかと。
本人は所詮土いじりですのでと謙遜していたが、ここまで規模で土を操作するなど、明らかに土いじりの領分を逸脱している。
「なんだ、これをやったのはそのゴブリンなのか? てっきりトーヤ辺りがやったんだと思ったが……。すげぇな……、こんな逸材もいやがったか!」
「わ、私一人でやったわけではありません! トーヤ殿や集落の術士達の協力があってこそで……」
「いやいや、部下の術士がこれと同じことをしようと思ったら、数十人規模の精鋭が必要になるぜ? 謙遜すんなよ?」
「そ、そんな……。そうだったのですか?」
あれだけ盛大に土を操っておきながらコレなのだから、無自覚は怖いものだ……
「ま、この件に関しては置いておくとして、まだ終わりじゃないんだろ? もっと俺を楽しませてみろよ!」
こっちは本当に必死だというのに、勝手な話である。
仕方ない、作戦③、開始だ。
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