第2話 ライ



 挨拶を済ませ、再び二人で倒木に腰かける。

 俺は早速だが、ライに質問をしてみることにした。



「ライ……、君。早速で悪いんだが、まずは状況を把握したい。教えてくれ……、ここはどこなんだ?」



「ライで良いよ。そうだね……、ここは地名で言うとレイフの森。亜人領の端っこに位置する広大な森林地帯だよ」



「ごめん、その亜人領って場所自体に聞き覚えがないんだが……、そもそもここは地球なのか?」



「ああ、そこからなのか……。僕は逆に地球? って地名を聞いたことが無いけど……。えーっとね、この世界全体の呼称は、一般的には魔界と呼ばれているよ」



 魔界……、魔界!?

 地球じゃない可能性は予想していたが、そもそも世界が違うって事か?



「そう呼ばれるようになった発端は、君達人族がそう称したかららしいけどね。それがそのまま定着して、今もそう呼ばれている」



 人族が……、って事は昔の人達はここを見て、主観的にそう感じたという事なのだろう。

 となると、俺の想像した魔界像と、ある程度一致している可能性が高いな。



「ライ、この魔界について詳しく教えてくれ」



 ライの説明によると、やはり俺の予想はある程度当たっていたことがわかる。

 この世界には魔獣もいれば、複数の亜人種もいるらしい。

 アンデット的なものも存在しているようであった。

 説明を続けながら、ライは手近な枝で地面に絵を描いていく。

 どうやら、地図を描いてくれるようだ。



「これがさっき言った亜人領。で、その端の方にあるのがココが、今僕たちのいるレイフの森だ」



 ライが指し示したのは確かに端の方なのだが、随分と広大な広大な森だな……

 何故俺はこんな所に倒れていたのだろうか……

 記憶がないとはいえ、俺の知識にこの場所の情報が無い以上、少なくともこの魔界に住んでいたことは無い筈だ。

 であれば、転移だとか神隠しに巻き込まれた、とか……?



「ちなみに、急に凄い雷が落ちた! とか、謎の光が! とかは無かった?」



「無いね。朝起きて、罠の様子を見に行く途中で君を見つけたんだ。前の日も夕方くらいに通ってるから、君がここに辿り着いたのは、恐らく夜から早朝にかけてだと思うよ。まあ、誰かに運ばれてきた可能性も有ると思うけど」



 自分で辿り着いた、というのは恐らく無いと思われる。

 俺の知識にこの森の情報が無い以上、一人でこんな場所にたどり着けるとも思えない。



「……他に何か気になる点とかは?」



「ん~、気になる点かぁ……」



 ライは顎に指を当てて悩むようなポーズを取る。

 こんなポーズを取る人を実際に見る機会は中々無いと思われるが、ライのような美形がやると、妙に様になる。



「あ! そういえば、こんな布切れが落ちてたよ。精巧な作りだったんで、高く売れないかと思って拾ったんだけど……。って、君の服も凄い精巧に出来ているねぇ……」



「っ!? い、言っておくがやらないからな!」



「はは……、わかってるよ!」



 本当に引っぺがしたりしないだろうな……?

 こちとら一張羅なんだ……

 身包みはぐのだけは、勘弁してほしい。


 それは兎も角として、手渡された布を見てみる。

 刺繍の入った白の布地……、これはハンカチだろうか。



「18……」



 ハンカチには入った刺繍、それは数字であった。

 18……、一体何の数字だろうか。

 年齢とかかな?

 ……まさか、試験体番号とかだったりして?

 この状況が状況だけに、あり得るのが嫌過ぎる……

 年齢だ。そうに違いない。そういう事にしておこう。



「18? それって数字なの?」



「そうだけど……、ってああ、これは人族の文字だからわからないのか……」



 あれ、でも言葉は伝わっているよな?

 良く分からなくなってきたぞ……



「ど、どうしたの?」



「……いや、なんでもない。とりあえず、俺の事はトーヤと呼んでくれ」



「いいけど、何か急に爽やかにならなかった……? まあ、いいか。よろしく、トーヤ」



 再び差し出された手を、今度は迷わず握り返す。



「あと、さっきの数字は多分、年齢なんだと思う。ライの方は年齢的にいくつなんだ?



「僕は18歳だよ。なんだ、同い年だったんだね! もう少し年上かなって思ってたよ」



 実は俺もライの事は年下かな、と思っていた。

 小柄だし、美形なのでなんとなく幼く見えるのだ。



「それで、トーヤ。君はこれからどうするつもりなんだい?」



 どうする……、ね……

 どうすると言われても、どうしようか?

 正直、何もするとか、したいとかは頭に浮かんでこなかった。

 記憶も無いんだし、自分探しの旅でもしてみる、とか?

 でもなぁ……、なんでかわからないけど、探したいと思う程、不安な気持ちとかは無いんだよなぁ……。

 まあ強いて言うなら、この状況を作り出した犯人? を突き止めて何が目的だったかくらい聞いてみたい気もするが……

 でも、正直……



「……めんど」



「ん? なに?」



 ぼそっと呟いた俺の言葉を聞き取れなかったのか、ライが尋ねてくる。

 しかし、こんな独り言を説明する必要は無いだろう。


 少し悪とは思うが、俺はライを放置しつつ、頭の中で情報を整理し始める。

 まず、犯人捜しについて、これは当然の事だが却下だ。

 情報や証拠は一切無いし、この状況では何を探していいかもわからない。

 第一、いくら作為的な状況と言えども、本当に犯人というものが存在しているかさえ怪しいからな。


 そして、それ以前の問題として、現状の俺にそんな余裕があるとは思えない。

 何せ、この魔界には魔獣やら他の害獣もたくさん居るようだしな……

 正直、このままでは生き残れるかすら怪しい気がする……

 いや、気がするってレベルじゃないな……

 間違いなく生き残れないと思う。


 実際、ライの話によると、人族は魔界の過酷さに耐えきれず、絶滅したらしい。

 このままでは、俺も同じ結末を辿ることになりかねない……



「トーヤ?」



「ああ、ごめんごめん、ちょっと考え事をしててね……。ところで相談なんだけど……、俺もここに住んじゃダメかな?」



「え? ……あ、うん、それは全然構わないけど……、トーヤはいいの? 記憶は無くなっちゃったみたいだけど、探せば自分の家とか、他の人族の集落とかみつかるかもしれないよ?」



「いや、いいんだ。正直、あるかどうかもわからないものを探すより、今は生きるすべを学びたいし」



「……まあ、トーヤがそう言うのなら構わないけど。……でも、基本的に自給自足だし、狩りとかもするから危険だよ?」



「ああ、わかっているさ」



 ライはそう言うが、実際は俺一人で生活する方が間違いなく危険だ。

 俺がこの世界で生き残るには、可能な限りこのライという青年を利用しなければならないだろう。

 見たところ、ライは親切な上にお人好しだし、俺を食い物にするような事はしない筈だ。



「……足手まといになるかもしれないが、どうか俺にここで生き残るすべを授けて欲しい。……よろしく頼むよ、ライ」



「……うん。さっきも言ったけど、僕でよければ協力させてもらうよ。よろしく、トーヤ」





 ――――こうして、俺とライの共同生活が始まった。




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