3 襲い来る魔術師たち


 まずい、このままだと、たぶん自分はこいつらに殺される。


 くそっ。ヨリトモは一番ちかい白いウィザード・シリーズに走って近づいた。ばちばち放たれる火花はうざったいが、ダメージは大したことない。そのまま強引に飛び込んで斬ってしまえばいい。


 白いウィザード・シリーズ、機体名ウィザード・ドルイドは、ベルゼバブの接近におどろき、逃げ腰になったが、その腹部から突如グリーンの稲妻が飛び出し、ベルゼバブを撃った。やつじゃない。ドルイドが放ったものではなかった。おそらくドルイドの背後にいる別のもう一機が放った攻撃だ。やつらは味方の背後からこちらを攻撃できる。


「ヨリトモさま。注意してください。向こう側にもう1機います。いまの一撃で左肩の関節が破損しました。左アームは使用できません」

「くそっ。ワルツ司令、ヘックラーでもいい。援護できないか! だれか助けてくれ!」

 マイクにむかって叫ぶが返答はない。


 白いドルイドの背後からジャンプして、飛び出してきたオレンジ色の奴。

 長い足、広い肩。宇宙人的なスタイル。オレンジの身体に光を放つ青いラインが走り、関節の継ぎ目や装甲の裏側は紫色の派手な塗装。機体名はバル・バルドス。レア機体の表示がでている。


 バル・バルドスは両手のひらから、細い超高励起プラズマ力場域で構成されたビーム・レイピアを突き出すと、身体を独楽のように回転させて、ベルゼバブに迫った。


 ヨリトモは片手でカスール・ザ・ザウルスを扱い、受け止めるやいなや切り返したが、逃げられる。バル・バルドスはあっさり近接戦闘をあきらめて後方へ引く。ドルイドとソーサラーも飛び退る。


 はっと振り返ったベルゼバブのカメラアイに赤いプラズマの砲弾が迫っていた。辛うじてかわして、もどってくる赤い砲弾を切り落とそうと振り返ると、ベルクター・イオタの放った赤いプラズマ砲弾は反転せずにそのまま直進してゆく。

 しまった! 罠だ。思った瞬間、低い弾道で迫っていたレモン色の砲弾がベルゼバブの手前で急上昇して、カスール・ザ・ザウルスを持つ右腕を吹き飛ばした。

 肘から下が千切れ飛び、右のアームがカスール・ザ・ザウルスごと持っていかれる。


「ああっ」ヨリトモは泣き声にちかい悲鳴をあげる。右腕が無くなった! これで両腕が利かない!

「ダメージ軽微です!」ビュートが強い口調で叫ぶ。「まだやれます! ヨリトモさまっ、あきらめないで! すぐにリカバリーに入ります。今から……」


 ビュートの言葉はウィザード・メイジが近距離から放ったリング・レーザーの直撃で、打ち消される。彼女がいる画面がぶつんと音を立てて消えた。ビュートがいなくなった!


 いくつもの画面が光を失い、正面モニターと左面モニターがそろって消える。コックピットの中が暗くなり闇に包まれる。まるで棺桶の中だ!


「ビュート!」ヨリトモはぎょっとなって叫んだ。暗闇の中、返答はない。「ビュート! ビュート!」


 くそっ、とにかく動け。このままじゃまずい。

 スラスターを噴かしてジャンプしようとした瞬間、背中に強烈な衝撃がきてベルゼバブの機体が前方へ吹き飛ばされた。

 なにが起きたのか知るすべがない。敵の攻撃なのか、主スラスター破損による爆発なのか。ビュートがいないと、そんなことも知ることができないのだ。

 ベルゼバブが地面に倒れこむ。


「くそっ」

 ヨリトモはちいさく毒づく。

 なにがいけなかったんだろう? どこで間違えた? なぜ自分は地面に這いつくばっているんだ!


 神経接続は生きている。カメラアイも周囲の光景を彼の脳髄に伝え続けている。しかしダメージ画面は完全に死んでいるため、どこまでベルゼバブのシステムが動いているのかヨリトモにはまったく分からない。

 ためしにペダルを踏んでみるが、主スラスターはうんともすんとも言わない。

 あの狂おしいほどの加速を彼に与えてくれた反物質スラスターはすでに死んでいる。エマモーターは動いているのだろうか? 反物質炉は? どこかで反物質漏れを起こしていて、すぐに処置をしないと爆発するかもしれない。それともその前に、敵がベルゼバブを破壊するのだろうか?


 地に伏して立ち上がろうとしないベルゼバブの前に、バル・バルドスが音もなく着地してきた。


 その横にベルクター・イオタが立つ。二人が秘話回線でなにか会話しているみたいだが、通信システムの死んでいるヨリトモには、たとえそれがオープン・チャンネルの会話だったとしても聞くことができない。


 やがて話がついたらしい。ベルクター・イオタがベルゼバブの正面に立って、ビーム・バズーカを構え、その砲口をこちらに向けた。


 ヨリトモはおずおずとベルゼバブの上体を起こした。

 左腕は動かない。肘から先のない右腕を地について、なんとか起き上がりその場に座り込む。

 もう駄目だった。戦う術がない。

 両腕は動かず、武器もない。宇宙一の加速力を誇るスラスターも破損してしまっている。

 いまのヨリトモに、そしてベルゼバブに、できることはただ一つ、諦めることのみだった。

 必死に戦ってきた。アリシアのためだろうか? 自分の矜持のためだろうか? それは分からない。だがそれもここまで。自分は負けたのだ。ボロボロに破壊され、ろくに動かなくなった機体で、これ以上何ができる? これは、完全なる敗北。ヨリトモの、戦いの終幕だった。


 コックピットの中で目を閉じた。しかしベルゼバブのカメラアイから流れ込む映像は、とめることが出来ない。

 閉じることのできない人型兵器の電子の視界のなかで、ベルクター・イオタがビーム・バズーカの砲口を、こちらの頭部に向け、引き金をゆっくり絞る。

 もう終わりだ……。



 ベルクター・イオタの緑色のカメラアイが、無慈悲な目で冷たくこちらを見下ろしていた。その強化ガラスで被覆されたカメラアイが、突如ぱりんと割れて砕けた。


 とたんにベルクター・イオタががくっと身体をのけ反らせ、その場にどうと倒れる。

 ヨリトモはなにが起こったのか分からず、呆然とその光景を眺める。

 ビーム・バスーカを構えた姿勢で、赤いカーニヴァル・エンジンは、突然スイッチが切れたかのように、後ろへ倒れたのだった。



 おどろいたバル・バルドスがベルクター・イオタに駆け寄る。その左肩にぴんぴんという火花が散る。目を凝らさないと見落とすような小さい火花だった。さらに火花がもうふたつ、バル・バルドスの胸で弾け、そしてさらに三度目のがぴんぴんとカメラアイに当たった。

 ぱりんと強化ガラスが割れて飛び、ベルクター・イオタと同じように、バル・バルドスもその場に沈んだ。


 訳が分からなかった。なにが起こったのか理解できない。びっくりしながら、ヨリトモはベルゼバブを立ち上がらせた。目の前でベルクター・イオタとバル・バルドスが倒れている。2機は完全に機能を停止しており、まるで死んでいるようだった。


 ヨリトモが振り返ると、彼の背後にはウィザード隊の他の3機、メイジ、ソーサラー、ドルイドがそろっていたが、彼らも、なにが起こったか分からず呆然と立ち尽くしている。


 じーじー。


 ヨリトモのクロノグラフが振動した。驚いて文字盤を開くと画像は出なかったが、音声だけは繋がった。


「動くなオガサワラ」


 モーツァルトの声だった。



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