2 ワイルド・ホイール、稼働開始


 ヨシトの乗ったブリザードが強烈なボディーブローを打ち込んできた。

 コックピットの映像盤が明滅し、ビュートがダメージ報告をしてくる。

 ヨリトモは左フックで迎撃に出たが、ブリザードはくるりとかわして右のストレート・パンチをベルゼバブの顔面に叩き込む。はじかれたようにベルゼバブがうしろに吹き飛びダウンする。コックピットのモニターのいくつかが消えた。


「頭部に深刻なダメージ。センサーがいくつかつぶされました。左面モニターにエラー。カメラは無事ですが、映像復旧に時間がかかります」


 ブリザードは倒れたベルゼバブが立ち上がるまで待った。

 ヨリトモはベルゼバブを立ち上がらせ、構えをとるが、こいつとまともにやり合って勝てる見込みがないのは今の一合で理解できた。このまま打ち合うのは危険だ。


「ビュート、カスール・ザ・ザウルスは?」

「あそこに」

 ビュートが、まだ生きている正面モニターに赤いポインターを動かして、落ちているカスール・ザ・ザウルスの位置を表示する。ブリザードの後方だ。素直には取りに行かせてもらえまい。


 ピピピピピと警告音が鳴った。ヨリトモはぎょっとしてベルゼバブを地に伏せさせる。

 赤いプラズマ砲弾が頭上を駆け抜ける。

 あわててヨリトモはベルゼバブを立ち上がらせると、スラスター・ジャンプで後方へ飛び退すさらせる。反転して襲い掛かってくる赤い砲弾をもう一度かわすと、今度は違う角度から分子分解砲の連射を受ける。


「くそっ」

 毒づいてヨリトモはベルゼバブをブリザードに接近させる。受けて立つようにブリザードはファイティングポーズを取ると、ベルゼバブに対峙した。


 ベルゼバブのカメラアイで相手をにらんだまま、コックピットのヨリトモはレーダーを確認する。

「ビュート、敵は接近してこないな」

「陣形を絶対に崩しませんね。1対1を希望なんでしょうか?」

「やっかいだ」ヨリトモは唇を噛む。「密集してくれないと、こっちが不利だ」


「ファントムさんよぉ。ハルキの話じゃあ、あんたも相当な使い手だってことだったが、実際会ってみると大したこと、ねえな!」

 ヨシトがスラスター噴射をともなった膝蹴りを放ってとびこんできた。


 辛うじて両手で受け止めたが、突き刺さるような膝蹴りの圧力に屈してガードがつぶされ、ブリザードのとがった膝がベルゼバブの胸部アーマーをひしゃげさせる。

 ダメージ画面がエマモーターのトラブルを報告してくる。


「まずいです、ヨリトモさま。片方のエマモーターが止まりました。出力がさがります。こういう言い方はしたくありませんが、一時撤退を推奨します」


「同感だ」

 ヨリトモは歯をくいしばった。膝蹴りの圧力に逆らわず後方に飛んで、そこからすかさず低い姿勢で、ブリザードの下半身に抱きつきに行く。


 以前に郷田にちらっと教えられたことだが、打撃系の格闘技者は組み付かれると攻撃ができないため、密着をおそれる。下半身へのタックルなどはその代表であるため、特にその対応は練習をしておくように、と。


 ヨリトモの地を這うようなタックルに対してヨシトは見事に横にさばいてかわしたが、ヨリトモの狙いはタックル自体ではない。ベルゼバブはそのままスラスターを噴射すると、ブリザードの後方に落ちているカスール・ザ・ザウルスにとびついた。


「おいおい、素手じゃかなわねえからって……」すかさずブリザードもスラスター噴射で弾丸のように追撃する。


 ベルゼバブのアームがカスール・ザ・ザウルスを掴んだとき、ヨリトモがバック・モニターを見ると、膝蹴りで飛び込んできたブリザードはすぐ背後にいた。狙いはこちらの可変反物質スラスター・ギミックか。ここをやられるわけにはいかない。


 ヨリトモはベルゼバブを跳躍させ、反重力バーニアの姿勢制御をつかってバック宙を打たせた。下方を入れ違うブリザードの肩口にカスール・ザ・ザウルスの刀身を突き刺し、一瞬の接触でコックピットを貫く。

 飛び込んできたブリザードはそのまま地面に突っ込み、立ち上がることはなかった。


「スプラッシュ。お見事」ビュートが撃墜報告する。「敵反応なし。プラグキャラ削除です」


 が、その声に重なって被ロックオン警報が鳴り響く。赤の三銃士だ。1機倒せば、良心回路のロックが外れて射撃ができる。また円陣の円周が縮んで、左右から新手が2機迫ってくる。


 一気に円周の中心にとびこんで赤の三銃士のリーダーを倒す手もあるが、エマモーターが片方動かない今の状態では出力があがらない。この状況であの強敵ルジェとやりあうのは、危険だ。


 ヨリトモはすかさず、撤退の決意を固めた。

「ワルツ司令。撤退する。こちらはダメージ深刻だ。援護をたのむ」

 ヨリトモの通信に対するワルツの返答は、しかし厳しいものだった。

「こちらの粒子砲の射程外だ。援護はできない。要塞から15キロ圏内まで自力で撤退されよ」


 ナビゲーターをみて、ヨリトモは舌打ちする。敵の円陣を側面から攻撃したために、要塞から離れすぎた。


 ヨリトモはターボ・ユニットを入れて機体をホバーさせると、2機のベルクターに一直線に接近した。円陣が縮む前に、あの2機を片付けて要塞まで一気に逃走する。まだ滅点ダッシュの稼動時間も十分にあるし、エマモーターが片翼でも反物質はタンクにたっぷりある。短時間なら全開戦闘が可能だ。


「ヨリトモさま、注意してください。円陣中央より、4機来ます。この独特なスラスター噴射はおそらくウィザード・シリーズです」

「なんだ、それは?」

 分子分解砲の小うるさい連射をかますベルクター・デルタに、サイド・ステップをまぜた突進を繰り返しながら、ヨリトモはたずねる。


「特殊なカーニヴァル・エンジンで、ハンド・ユニットに内蔵したプラズマ発生器で攻撃してきます。掌からいろんな物を出すんで注意してください」


 ベルクター・デルタが分子分解銃をぱらぱらっと2発撃って、沈黙した。マガジンチェンジの瞬間だ。前回の戦闘でビュートに教えてもらったこいつの欠点。ヨリトモは滅点ダッシュで一気にとびこみ、ベルクター・デルタの胴体を両断した。大地を削ってスケーティングし、反転する。デルタのパイロットにとどめを刺していないが、いまは撤退が優先だ。


 要塞へ向けて全開加速しようとしたヨリトモは、自分の前を、ビームで構成されたウニみたいにトゲトゲの球体が、いくつも横切るのを見て足をとめた。


「なんだ?」球体は一列につらなり、ヨリトモの前をふわふわ横切り、ゆるいカーブを描いていくつもいくつも流れていく。


「フローティング・マインです、注意してください。機雷です! プラズマで構成された爆弾です!」

 ヨリトモは周囲を見回して、はっと息をのんだ。


 いつのまにバラ蒔かれたのか、四方八方がふらふら流れるフローティング・マインで埋め尽くされている。そしてそのマインはゆるやかなカーブを描きながら、ゆっくりとベルゼバブに接近してきている。


 ヨリトモは一瞬考え、ベルゼバブを跳躍させてマインの群れを飛び越えた。そのジャンプを見透かしたように、外からリング状のレーザーが襲い掛かる。


 ダメージ画面はほとんど警告を発しないが、画面自体にばりばりとノイズが走った。ダメージ画面ばかりではない。生きている正面パネルも右面パネルも、激しい干渉をうけて画面が乱れる。ビュートの映った画面さえ、激しいノイズが入って彼女の声が途切れる。


「……注意……ください。リング・レーザーは……ないの…すが、電子回路……しいダメージ…………、システムが破壊……」

「なんだって?」

「システムが破壊されますから、注意して!」

 ビュートが悲鳴のような声をあげている。


 ヨリトモはマインを強引にとびこえて、高度を下げ、リング・レーザーの攻撃圏から逃れた。

 その正面を緑色の機体がふらふらと横切る。機体名にウィザード・ソーサラーと表示されている。動きは遅い。頭巾のような頭部アーマーと、全身をおおうマントのような防護布。その下の装甲も僧衣のように手足を隠している。強烈なステルスがかかっていて、目の前にいるのにレーダーにはっきりと映らない。ソーサラーはゆっくりした反重力ホバーで横に動きながら、手のひらをこちらに向けて、そこから巨大な火の玉を放った。


 ヨリトモはそれをかわしたつもりだったが、火の玉は地上でバウンドしてホーミングし、ベルゼバブの装甲に燃え移った。

 ダメージは低いが、いつまでも炎はまとわり付いて離れない。じわじわと機体温度が上昇してゆく。


 マインの群れの向こうから、ベルクター・イオタが青い砲弾を撃ってくる。それをなんとかかわすが、いつのまにか前方に出現した青いウィザード・シリーズが手のひらからリングレーザーを放ち、ヨリトモの動きを封じてくる。機体名はウィザード・メイジ。


 くそっ、完全に囲まれている。

 しかし、ウィザード・シリーズの動きはにぶい。あの程度なら一瞬で倒せそうだ。ヨリトモはウィザード・メイジのリング・レーザーをかいくぐって、急接近した。あと一歩で青いウィザード・シリーズを斬り裂けるというところで、側面からばちっと火花が走ってベルゼバブの機体を撃った。ベルゼバブはそのまま地面につっこむ。


 白いウィザード・シリーズが手のひらをこちらに向けて、火花を連射してくる。かわそうとするが無理のようだ。ダメージは低めだが、白い奴の放電は確実にヒットする。しかもすべてのウィザード・シリーズの攻撃は、味方が手前にいても発射可能でしかも味方にダメージを与えないようだ。


 まずい。ヨリトモははじめて戦場で恐怖を感じた。このままだと、たぶん自分はこいつらに殺される。ペダルにのせた足ががくがくと震え始める。

「ワルツ司令。なんとか援護はできないか?」


 救援を要請するが、ばりばりという空電音が響くのみ。







 ≪明日は二話公開します≫


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