4 ルルのライフル
「ねえねえ、屋上行こうよ。ルルのライフルを見せてあげるからぁ」
「え、ルルのライフル? ライフル銃?」
「そうだよ」ルルは目を輝かせてヨリトモの脚をゆする。「どうしてヨリトモは銃を持ってないの?」
「え? 普通持ってないでしょ」
日本と外国の文化は多少ちがうが、さがに惑星ナヴァロンともなると、かなり違ってきているようだ。
「えー、持ってるよ。じゃあヨリトモは、毎年お誕生日にもらう銃をどうしてるの?」
「そこがちがう」
とヨリトモは口の中でつぶやいた。
そのままヨリトモはルルに要塞セスカの屋上まで引っぱっていかれた。
要塞セスカは山脈をくりぬいて造られたため、屋上といっても山頂部分を削って平らにした広場でしかない。
左右を見上げるとツインピークスと呼ばれるふたつの山の頂が風に乗って走る霧の中にときどき姿を現し、その山腹に2基の巨大な可動砲台ナヴァロン砲がレールで固定されている。
屋上広場の端まで寄れば、要塞正面に広がる荒涼たる岩砂漠が見渡せ、いまゆっくり傾き始めたナヴァロンの赤みがかった太陽がまっすぐな地平線に近づいていく様を眺めることができた。
太陽に焼かれた砂漠を渡った熱風は、ナヴァロンの胸壁をなめてこの屋上広場がある高度に達するころにはすっかり冷めて水のような冷風になっており、さらに高度をあげてツインピークスに達するころには白い霧を吹いている。
自転周期の長いナヴァロンは地球にくらべて1日が長い。そのため1日の温度差も激しく、昼間は真夏のように暑くても、夕方から急激に冷え込んで、深夜には雪が降ることもあるらしい。
太陽はまだ地平線よりかなり高いところにあるが、すでに夕焼けを起こして屋上広場を赤く染めている。ヨリトモは石煉瓦がびっしり敷き詰められた広場を、ルルに手を引かれて歩くと、少し先にモーツァルトがしゃがんで何かしている姿を発見した。
ときどき要塞の対空機銃がばりばりと曳光弾を空に吐き出して、上空を舞うカーニヴァル・エンジンを威嚇する。スラスター噴射で退避した巨大な鉄の騎士が、狙い澄ました対消滅兵器の一撃で激しい爆炎をあげ、ダメージを重ねてやむなく撤退していくのが見える。
広場を歩くヨリトモたちの頭上を何度か、分子分解砲のプラズマ力場弾が超音速で走っていき、その度にヨリトモは思わず首をすくめたが、ルルは平気な顔で彼の手をモーツァルトのところまで引っぱっていった。
モーツァルトは細長いジュラルミン・ケースの蓋を開いて地面に広げ、その前にしゃがみこんでケースの中身を難しい顔で吟味していた。
ケースの中にはウレタン・クッションが敷かれ、その上に銀色の銃身をもつライフル銃が置かれている。ぴかぴかに光る銃身と木製の黒い銃床、つや消しのブラックで塗装された光学スコープ式の照準器。ふたつある紙箱の中には金色の銃弾がびっしり詰まっていた。
「これがルルのライフル?」
ヨリトモがたずねると、モーツァルトが顔をあげた。
「おう、来たか、オガサワラ。これは先週ルルの誕生日にあたしが作ってやった銃で、試し撃ちとサイトの調整をしてやる約束だったんだが、なかなか時間がなくてね」
「い、いまはあるの?」
ちょっと引き攣った笑いでつぶやくヨリトモの身体を、砲塔から発射されたプラズマ火球の照り返しが赤く染める。プラズマ火球は空を裂いて飛んでいき、ウォール・シールドの手前でカーニヴァル・エンジンに命中して、派手な爆炎をあげていた。
「よし、ルル。1発目は暴発して銃が爆発する危険があるから、一応製造者であるあたしが責任を持って発射してみる。たぶんだいじょうぶだと思うけど、銃が分解したらごめんね」
モーツァルトはルルのライフルを取り上げた。
「モーツァルトの作った銃が爆発なんてするはずないよ」
ルルは楽しそうに笑ってモーツァルトの脇にしゃがみこむ。
モーツァルトは流れるような動作でボルトのレバーをぱきんとはね上げ、ロックを解除すると、かしゃっという滑らかな金属の滑る音をたててボルトを後退させた。
排莢口が、金庫を開いたときみたいなふしゅっという風の音をたてて口をあける。モーツァルトは排莢口から薬室をのぞきこんで中を一応確認し、紙箱から一発の銃弾をとりだして、直接薬室に装填してボルトを閉鎖する。
「カートリッジに弾は入れないの?」
ヨリトモは興味深げに横からのぞきこんで質問した。
「カートリッジなら全部ブレットとくっついてるぞ」
モーツァルトは怪訝な顔をした。質問の意味が分からないらしい。
「いや、そこのカートリッジは使わないのかなと思って」
ヨリトモはケースの上に並べられている弾倉を指さした。
「ああ」モーツァルトは口をとがらせた。「カートリッジっていうから分からなかった。これは弾倉、マガジンという名前だ。カートリッジとはこれ、薬莢のことをさす。いまは1発しか撃たないから使わないけど、このあと連射するから、ルル、オガサワラに入れ方を教えて二人で弾を詰めておいてくれ」
モーァルトはルルのライフルを持って立ち上がると、少し離れた場所で腰をおろし、片膝をついた。
銃床を肩にあて、スコープをのぞき込むと、引き金に指を触れる。
一瞬モーツァルトの身体が、時間がとまったかのように静止し、次の瞬間彼女の腕の中でルルのライフルがぶるっと身を震わせて暴れた。銃口から火花とともに銃声がとどろき、付近の山に木霊する。
モーツァルトはライフルのボルトを後退させて排莢させると、薬室を開放したままのライフルを手にして、身じろぎもせずに見つめているルルとヨリトモのところにもどってきた。
「弾ごめ終わった?」にっこり笑ってたずねる。
終わっていない。二人ともモーツァルトを見ていたので、手は止まっていた。
ヨリトモはルルの説明通り、弾丸の方向を間違えないように弾倉に1発ずつ実包を装填していく。ルルが小さい手で見本を見せてくれて、その通りにやる。銃弾のお尻をマガジン・リップに引っ掛け、スプリングを指で押して銃弾を押し込んでゆく。
大型の弾丸は、ルルのもみじみたいな手で掴まれると、まるで鉛筆のように大きい。それでも彼女はヨリトモより速く器用に弾をこめてゆく。
二人がふたつの弾倉に5発ずつ、計10発の弾丸を装填したマガジンを渡すと、モーツァルトはもう一度さっきの位置にもどる。
今度はルルとヨリトモもついていった。
モーツァルトは再び片膝をついた姿勢でしゃがみこみ、弾倉を入れるとボルトを閉鎖し、50メートルほど離れたところにある石ころを狙って引き金を引いた。
銃声が響き、石ころの右4センチのところに着弾する。
「おしい」ヨリトモがちいさく声をだす。
「まだ照準が合ってないから」ルルが囁きかえす。
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