3 全員、戦闘開始!


「全員、戦闘開始!」


 ワルツの号令とともに、モーツァルトをのぞいた全員がいっせいに動き出した。各コンソールからの情報が映像盤につぎつぎ投影され、音声による伝達が拡声器から流れ出す。


「ザウエル、あのカーニヴァル・エンジンとまだ連絡はとれないか?」

 ワルツの問いかけに、情報担当のザウエルが、しばらく待てという意味の指信号を送ってくる。


 ふと見下ろすと、モーツァルトの席に小銃子ルル・ルガーがカポーラの乗った皿を運んでいくのが見える。

 ルルは今年四つになったばかりの幼児だが、狙撃姫モーツァルト・ジュゼルの直属を勤め、その上さらに小銃子の称号を授けられるほど才能を持った子だ。ただしまだまだ四つの子供。トウモロコシの粉をこねて薄く焼いたパンに肉と野菜をはさんでケチャップをかけたカポーラという料理をモーツァルトの席にえっちら運んだあとは、モーツァルトに頭をなでてもらって抱っこされ、そのまま狙撃姫の膝の上にのっている。


 こうしてみると、モーツァルトとルルは上官と部下というより、若い母親と幼い娘、あるいは年の離れた姉と妹という風情だ。

 もっとも今朝方モーツァルトとルルは朝食のギャヴァ・ジュースを奪い合って本気で喧嘩していたから、本人同士はちがう感覚なのかもしれないが。


 ザウエルが手を上げた。

 『二番でもうすぐ』という意味に指を形作っている。

 あのカーニヴァル・エンジンと回線が繋がるらしい。


 ワルツは了解の意味の指信号を返すと、チャンネルを合わせてマイクを取り上げた。通信パネルに一瞬目を落とし、ふと風の気配を感じて顔を上げると、もの凄い形相をしたモーツァルトがワルツの眼前にジャンピング・タックルをかましてきており、あっと思ったときには体当たりをくらってシートの向こう側まで突き飛ばされていた。

 頭から床に叩き落されたワルツは「ぐえっ」と小さく呻いてモーツァルトを見上げる。


 彼女はワルツのシートの上で、唇のわきのケチャップを戦闘服の袖でぬぐうと、間一髪で奪い取ったマイクを戦利品のように一度たかく掲げてみなに見せ、自慢げに口元へもってゆき、記念すべき第一声を放った。

「おい、そこのカーニヴァル・エンジンのパイロット、おまえ名前は?」





 地上と空を覆いつくすようなカーニヴァル・エンジンの数だった。

 スポイラーを開いた何機もの敵が白い飛行機雲ベイパーを曳いて空を引っかくように飛行している。

 地上をターボユニットで疾走する機体は地平線を覆うような土煙を上げていた。

 何条もの攻撃ビームが大気を引き裂いて要塞セスカのウォール・シールドを打ち鳴らし、地上を疾駆する大型カーニヴァル・エンジンがポッドからつぎつぎとミサイルを放っている。

 打ち出されたミサイルは白煙の尾を立ち上らせて要塞セスカの城壁をめざすが、その手前で要塞から掃射された機関砲弾がばりばりと命中して砕かれる。


 空から迫るカーニヴァル・エンジンを要塞の対消滅兵器が狙い撃つが、高機動型の機体が多いため、なかなか撃墜することができない。かといって、カーニヴァル・エンジンの方も自由に接近できるかというとそうでもなく、的確に足止めされてウォール・シールドの内側まではなかなか踏み込めずにいる。


「ビュート、全機あての全チャンネル放送の用意をしてくれ」

 ヨリトモは周囲を見回しつつ、ベルゼバブを跳躍させた。

 とにかく要塞へ進撃する敵を自分に引き寄せたい。敵が密集してくれればくれるほどこちらとしては戦いやすいのだが、いま敵のパイロットどもは勢い込んで要塞セスカへ群がっている。この流れをなんとか止めたい。


「全機のチャンネルを強制的に開かせましょうか?」

「よし、やろう」

 答えながらもベルゼバブを飛翔させ、スポイラーを開く。左右を見回し、一番コースの近い敵に迫ってカスール・ザ・ザウルスで縦に両断した。縦に裂くと、コックピットと対消滅炉を同時に破壊できる。惑星ナヴァロンの環境汚染を考慮してあえて対消滅炉の破壊はさけていたが、この状況では多少目立つ爆光を上げて周囲の注意をひく必要がある。


「では、全機強制通信スタートします」

 ビュートの声と同時に、正面パネルに全チャンネル全機強制通信のアイコンが点灯した。となりにマスクプロフィールの文字も表示されている。

「うお、すげー」

 ヨリトモが興奮すると、ビュートが、「もうマイクのスイッチ入ってますからね」とささやく。

 おっと、とちいさくつぶやいてヨリトモはひとつ咳払いをし、大きく息を吸い込んで叫んだ。


「この人形館のバァカどもがっ! 銀色のトカゲをとらえたくば、このファントムが駆るベルゼバブを倒してからにしろ。おれを倒さぬ限り要塞は落ちぬし、銀色のトカゲも出現せぬわぁ!」


 ヨリトモの芝居がかった叫びが通信チャンネルを駆け巡り、ベルゼバブのコックピット内にも彼の声がわんわん反響する。


 何機かの敵がコースを変え、放送の主を探すように機体を旋回させはじめる。地上部隊も大半が動きをとめ、銃とカメラアイを左右にふってこちらを探しているようだ。


 ヨリトモはマイクを切って、ビュートに指示する。

「マイクの発信スイッチを右のトリガーに振ってくれ。もう少し派手に暴れて敵を密集させる」

「了解しました」


 ヨリトモは手近の敵に次つぎとおそいかかる。

 カーニヴァル・エンジンはスポイラーを展開しての飛行が可能だが、空戦機動といえるほどの運動性は示せない。元もとは戦闘機乗りであったヨリトモですら、基本は上昇してからの自由落下にスラスター噴射を加えた、失速機動にならざるを得ない。

 とはいえ、苦手な地上戦よりはまだこちらの方がやりやすい。下方への速度ベクトルと高度を確認しながら機動するのは慣れているし、小さめのスポイラーの特性と失速速度を一度把握してしまえば、空戦機動でヨリトモのベルゼバブに追随できる敵はナヴァロンの空にはいない。


「遅い遅い、遅いわぁ!」ヨリトモはのりのりで叫び続ける。「遅すぎてカメがあくびをするぞ。お前たちは、いくらなんでも、遅すぎだぁ!」


 要塞セスカの上空が対消滅炉の爆光で満たされた。

 上空をゆっくり飛行している人形館のカーニヴァル・エンジン部隊に明らかな乱れが見られ、散開したいのか混乱しているのか分からないちょっとしたカオスが生まれはじめた。


 しかしそれでも半分ちかい敵が上空から要塞セスカのウォール・シールドの存在する領域を越えて、ふたつの頂をもつ岩山の麓に建造された要塞へ向けて迫っている。


 ピッという着信音がきた。

「ヨリトモさま、要塞セスカからの通信です」

 ビュートが回線をつなぐ。

「え?」

 ファントムの役になりきっていたヨリトモの反応がすこし遅れた瞬間、マイクから女の声が響いた。

「おい、そこのカーニヴァル・エンジンのパイロット、おまえ名前は?」

「え、あ、お、……小笠原頼朝です」


 思わず本名を名乗ってしまった。うわっ、いまのマイクに流れてないよな、と慌てて画面を確認するヨリトモ。

「だいじょうぶですよ、ヨリトモさま。要塞への通信チャンネルに切り替わってますから」

 まだまだですねえ、という顔でビュートが笑っている。

「オガサワラか」

 女の声が答えた。

「あたしはモーツァルト。モーツァルト・ジュゼルだ。美人でかわいいモーツァルトと呼んでくれてかまわない」

「いまの、笑うところかな?」

 ヨリトモは素でビュートに質問し、それがマイクを通して要塞に筒抜けだったらしい。モーツァルトの背後で、司令室なのか通信室なのかは分からないが、大爆笑のうねるような響きがスピーカーを通して聞こえてきた。


「おい、オガサワラ」

 モーツァルトの声が低く響く。やべえ、怒らせたかも?とビビるヨリトモ。

「おまえなかなかやるな。機動といい、いまの返しのギャグといい。ただ者じゃないぞ」

「イ、イエスサー」

 緊張してこたえるヨリトモ。

 モーツァルト・ジュゼルといえば、惑星ナヴァロンのお姫さまだ。しかもこれは惑星ナヴァロンと地球とのはじめての会話。アリシアとの接触で記念すべき地球人類による異星人とのファーストコンタクトは知らぬまに経験しおえてしまったが、二度目ははっきりそれと分かっているので緊張する。

「か、かわいくて美人のモーツァルトさん」

 ふたたびモーツァルトの背後で爆笑があがる。ぎくりとするヨリトモ。

「オーケー、オガサワラ。ナヴァロン砲を撃つから、高度をさげろ」

 モーツァルトの声が凛と響く。

「え?」

 ヨリトモは反射的にベルゼバブを下方へ反転させていた。



 要塞セスカの両脇ににょっきり突き立ったふたつの山の頂の片方から黒い球体が音速の2倍ちかい速度で撃ちだされ、一直線に空を走ってカーニヴァル・エンジンが密集していた空域を駆け抜けた。かなり距離があるにもかかわらず、ベルゼバブの機体がぶるぶる震え、ライトニング・アーマーがばちばちと放電反応をおこした。


「なんだ?」

 ぎょっと目を見開くヨリトモの視線の先で、黒い球体は自然に崩壊して消えるまでの1秒か2秒のあいだに、周囲にいたカーニヴァル・エンジンをつぎつぎと吸い寄せ、見えない力場によって、書き損じた手紙のようにくしゃりと握り潰していった。


「未確認です」

 ビュートが緊張した声でつげる。

「あんな武器はデータベースにありません。概算で14機のカーニヴァル・エンジンが力場に捉えられ、圧壊しました。現象面では、潜航限界を超えて深海に入り込んだ潜航艇の水圧による圧壊に酷似しています。あれがナヴァロン砲でしょうか? だとすると、ひとつ、ものすごい欠点があります」

「欠点?」

 ナヴァロン砲の威力におされて高度をさげたヨリトモはビュートを振り返る。

「いまの黒い力場砲弾ですが、要塞セスカのウォール・シールドの手前で消滅していました。内側からウォール・シールドを抜けないのではないと思います。おそらく、射程距離が短くて、敵がウォール・シールドの内側に入り込んでくれないと、届かないんだと思います」

「オガサワラ、よく聞け」

 モーツァルトの声がする。

「つぎは左のナヴァロンを撃つ。いまの一撃でもしかしたら気づいたかもしれないが、ナヴァロン砲には射程が短いという欠点がある。もうひとつ、こいつは低い弾道だと惑星の重力場の影響をうけてかなり手前に着弾する。そこでだ。おまえちょっと囮になって、敵を上空におびき寄せてくれ。なるたけ密集させてくれた方が効率がいい」

「いやだ」結構即答だった。「おれに当たったらどうする?」

「射手は一流だし、お互いにタイミングを合わせて離脱すれば平気だろう」

「直撃じゃなくてもカーニヴァル・エンジンが圧壊してたじゃないか」

「それくらい威力のある砲がこちらにあると、人形館のカーニヴァル・エンジン部隊に知らしめたい。ここで痛い一撃を与えて、敵の出鼻をくじきたいのだ。いまがそのタイミングだ。警戒されて散開される前に敵数を撃ち減らしたいのだ」


 ヨリトモは返答に窮した。

 モーツァルトの言っていることは的を射ている。今はミッション開始直後の初日。みなが軽い興奮に勢い込み、ミッションの難易度を計りかねて無理な突撃を繰り返している。ここで要塞セスカのナヴァロン砲とそれに協力するベルゼバブの力を誇示して、敵のカーニヴァル・エンジン部隊の進撃を緩めておきたい。


「わかった。やってみよう。そちらの射手の腕を信じる」

 ヨリトモは答えると、大きな螺旋を描いてベルゼバブを上昇させた。



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