カーニヴァル・エンジン戦記3「惑星ナヴァロンの狙撃姫」

雲江斬太

プロローグ

0 バクシン


「来たようですね」

 梟眼きょうがんシュバルツ・マイザーがしわぶくような声でつぶやく。


 そのつぶやきをうけ、要塞セスカの中央塔、その最上部にいた全員が声にならないため息をついた。

 日の出からすでに二時間。気温はかなり上昇しており、背後のズブロフ山脈から吹き降ろす冷たい風もむしろ心地よい。

 中央塔から見晴らす2000キロル以上つづく荒地に砂塵はなく、遠くの地溝や峡谷が、視力の弱いワルツ・クエイサーの目にもはっきり見えた。


 しかし、梟眼が「来た」という敵影は、ワルツはもちろん、他の者たちにも見えてはいないようだった。

 偵察次官であるヘックラーは石床の上に設置された監視装置をいらいらと調整して索敵を試みているし、砲撃担当のザイデルはきょろきょろと地平線に視線を泳がせている。

 ワルツは銀縁の眼鏡を直すふりをして、となりに立つ狙撃姫モーツァルト・ジュゼルを盗み見た。


 惑星ナヴァロンに生き残った者たちを統べる最高権力者である狙撃姫。

 栗色の巻き髪をズブロフ山脈の冷風に靡かせて超然と立つ十九歳の女性は、いつものように口をへの字に引き結んで、つまらなそうに空の一点を見つめていた。


 惑星ナヴァロンのナヴァロン人は、かつて自分たちを銀河系で最強で、もっとも誇り高い民族であると本気で信じていた。われわれがその気になれば、人形館などはあっという間に殲滅できると、無邪気に思い込んでいたのだ。

 ところがどうだろう。ある夜、惑星ナヴァロンの周囲を防衛していた18の宇宙要塞と99の監視衛星がわずか45分のあいだに消滅させられた。

 残ったのは軌道から外れかけた不良衛星ドリードローとスレッジハマーだけ。その7分後、人形館の第六艦隊から発進したカーニヴァル・エンジン部隊によって惑星ナヴァロンは夜明けを待たずに滅亡した。


 第六艦隊撤収後、生き残りのナヴァロン人を集め反攻を指揮しようとした長銃王モーガン・ジュゼルは、第六艦隊と入れ違いに投入された掃討艦隊の対人兵器クリーナーの凶弾に倒れ、父親以上の腕前と噂される長女モーツァルトがその遺志をついだ。


 掃討艦隊の攻撃を逃れ、生き残ったナヴァロン人をまとめ上げて、ここ要塞セスカに集結させたのは、他ならぬ狙撃姫モーツァルト・ジュゼルである。


「ねえ、ワルツ。どうしよう?」

 モーツァルトが泣きそうな顔でワルツ・クエイサーを振り返った。

「今朝体重計に乗ったら、また2キロ太ってたのよ。ちょっと今回は、かなり気合いれてダイエットしないと、大変なことになるよ」


 ワルツは肩をすくめただけで、モーツァルトの言葉を無視した。

 掃討艦隊の恐怖。何十日も続く戦闘状態。食料だって切り詰めた分量で配給されている。このきわどい状況で、太れる神経がワルツには理解できない。最高指揮官である狙撃姫といえど、十分な量の食料が与えられていないのは、戦略指揮官であるワルツが一番よく知っている。であるにもかかわらず太るとは? 戦時中にダイエットなんて話、聞いたことがない。


 とにかくモーツァルトは神経が太く、不真面目で、いいかげんな姫さまだった。

 ワルツはこの緊張感のないモーツァルトが大嫌いだったが、この極限状態で、モーツァルトの超然とした神経の太さは、兵士たちの心を落ち着かせる効果があるのは認めていた。


「あーあー。人形館のやつら、あと2日遅く来てくれれば、星間同盟の迎えが間に合って、この惑星から逃げ出すことができたのになー」

 モーツァルトはタコのように口をとがらせた。

「姫さま。そのような顔をなされていると、お嫁のもらいてが無くなりますよ」

 ワルツがたしなめると、モーァルトは得意になってさらに変な顔をしてみせる。ここでワルツが怒ると、さらにつけ上がって、得意の出っ歯ゴリラの顔まねをしだすので、無視して地平線に目をもどす。


 惑星ナヴァロンの生き残りに対し、星間同盟から救援の申し出がシンクロル通信で入ったのは、第六艦隊のカーニヴァル・エンジン部隊が引き上げてからのことだった。


 3隻の戦艦と護衛の戦力を差し向けて狙撃姫とその一軍を迎え入れるというのだ。要塞セスカに篭城していたナヴァロン人は喜んだ。生き残る希望の光が見えた、と。

 その艦隊の到着はナヴァロンの暦で1日後。


 ところが昨日の深夜、生き残った監視衛星ドリードローが超弦対流能の増大をキャッチし、惑星ナヴァロンの公転軌道のすぐ外側にリニア・ドライブによる超光速飛行で接近してきた一隻の大型艦の反応をとらえた。

 観測データをもとに推測した結果、大型艦は人形館の艦船でおそらくはゲルハルト級。カーニヴァル・エンジンを多数搭載可能な宇宙母艦であろうということだった。


 ゲルハルト級は惑星ナヴァロンの惑星軌道に2時間かけてのり、その後1時間の軌道修正のあと静止衛星軌道に艦体を安定させたのち、すかさずカーニヴァル・エンジンを発進させてきた。

 すでに惑星ナヴァロン上の人間は、すべてこの要塞セスカに集結している。防衛力を残している地上要塞もこのセスカだけだ。

 カーニヴァル・エンジン部隊は一直線にこの要塞セスカを目指しているが、ズブロフの岩山をまるごとくり抜いて建造されたナヴァロン一堅牢なこの要塞は、周囲に1000メールの半径をもつウォール・シールドを展開可能で、ツインピークスには2基の分子分解砲。そしてその下には巨大なナヴァロン砲が2基。他に70を超えるインパルス砲と速射破壊砲、無数の熱線火器にプラズマランチャーを装備している。

 ちょっとやそっとで落とせるようなヤワな要塞ではなかった。


「キャッチしました」ほっとしたように偵察次官のヘックラーが基地司令官であるワルツを振り返る。「カーニヴァル・エンジンが22機。まだまだ後続がありそうです。迎撃しますか?」


「いや」ワルツは首を横にふる。「どうせウォール・シールドの手前で一度止まるだろう。そのままくるようなら、ナヴァロン砲で叩けばいい」


 惑星ナヴァロンのナヴァロン人は射撃の名手でもあるが、それ以上に天才的なガン・デザイナーでもあった。とくに狙撃姫モーツァルト・ジュゼルが設計し、工作した銃砲には独創的で破壊力に優れたものが多かった。

 人形館はそこに目をつけ、彼女にカーニヴァル・エンジン用の銃器を多数設計させた。

 もともとナヴァロン人は狩猟民族である。人形館より接触を受けた当時、すでに惑星ナヴァロン上の野生動物はあらかた狩りつくし、絶滅しかけていた。

 ナヴァロン人に農耕や畜産という文化はない。養殖や動植物保護という考え方すら皆無だ。肉は動物を捕まえて取る物。野菜は生えているものを引っこ抜いて取るもの、なのだ。

 乱獲のすえに、惑星ナヴァロン上では食料となる動植物のほとんどすべてが死滅しようとしていた。ナヴァロン人は生きるために、人形館に武器を売り、食料を得た。


 しかし人形館は一通りの火器を手に入れると、あとは自分たちで造れるとばかりに、ナヴァロンを切り捨てにかかった。カーニヴァル・エンジン部隊を差し向け、ナヴァロン人殲滅へと動き出したのだ。


 わずかに残った人たちすら根絶やしにするために、掃討艦隊を差し向け、惑星ナヴァロンは4日と半日で壊滅した。ところが、その4日と半日の間に、天才モーツァルト・ジュゼルは、まったく新しい銃を開発したのだ。


 ナヴァロン砲。

 射程距離が短い欠点があるが、それを差し引いてもお釣りがくるほどの威力を持った火器だった。そのナヴァロン砲を2基も装備した要塞セスカを、掃討艦隊はどうしても陥落させることができなかった。また、もうひとつ。


 人形館はどうしても、このナヴァロン砲が欲しかった。もしくは、それを造ったモーツァルト・ジュゼルが。

 そこでいま、新たにカーニヴァル・エンジン部隊を搭載した母艦を1隻さしむけてきたのだ。

 ナヴァロン砲そのもの、あるいはその設計図。もしくは、設計者。ナヴァロン砲の残骸か、完全に神経細胞の破壊されていないモーツァルトの脳髄でもいい。いずれかを手に入れるためだ。


 ワルツ・クエイサーはそう睨んでいる。だから、このカーニヴァル・エンジン部隊は無茶な攻撃はしかけてこない。だが……。


「そうですね」

 砲撃担当のザイデルが中央塔の左右を見上げる。そこには甲虫のサナギのように不恰好で、飛行船のように巨大な黒い砲身が、架台の上で前方を照準していた。

「たしかにわれわれにはナヴァロン砲がある。こいつならカーニヴァル・エンジンを一撃で何機も破壊することができるでしょう。しかし、ナヴァロン砲は巨大なくせに射程距離が短い。砲塔回転速度も遅く、カーニヴァル・エンジンのように動きの速い敵には不利です。また装填速度も7秒と致命的に遅い。ワルツ基地指令、本当にこの要塞の火力で、22機ものカーニヴァル・エンジンを防ぎきれるとお考えか?」


 ワルツは答えず、ぐっと奥歯をかみ締めた。

 無理だろう。答えるまでもないことだ。ここにいる全員がそれは分かっているはず。惑星ナヴァロンを蹂躙した人形館のカーニヴァル・エンジンというものが、どれほど恐ろしい兵器であるか知らぬ者などいない。それが一度に22機。


 ワルツは黙って空を見上げた。白い飛行機雲をひいて最初の7機が高度を下げてくる。

 彼らは互いに連絡をとりあっているのだろう。ウォール・シールドの手前に等間隔に着陸すると、銃を構え、一列横隊でゆっくりと進撃してきた。


 ウォール・シールドは対消滅兵器やプラズマ力場域を遮断する効果があるが、反面実弾系のミサイルや砲弾にはまったく効果がない。

 高速で突っ込めば、カーニヴァル・エンジンのライトニング・アーマーに障害がでるが、歩いて越えればなんということはないのだ。


「あいつらデスウィッシュ隊です。胸部アーマーにエンブレムがあります」

 肉眼で静止衛星を視認できると噂される梟眼シュバルツ・マイザーが巨体をこちらに振り向けた。

「強敵ですよ。わたしの指揮した旅団はあいつらのうちのたった3機に全滅させられました」

 シュバルツの灰色の目が怒りと恐怖に燃えていた。


「おい、あれは、なんだ?」

 そのとき砲撃担当のザイデルが空を指さした。


 ワルツたちが目を向けると、青い火の玉が撃ち下ろされた砲弾のようにデスウィッシュ隊の7機に一直線に向かっていた。味方の攻撃のはずがないから、敵の信号弾か何かだろうか? 一瞬ちらっとそんなことを考えた間に、青い火の玉はデスウィッシュ隊のすぐそばで地面に激突するかと思いきや、急にカーブして地表すれすれを走り、デスウィッシュ隊の3機の目前をかすめて飛びぬけた。


 ばらばらと3機のカーニヴァル・エンジンがふたつに割れて地面にこぼれ落ちる。

 青い火の玉は大地を削って土煙をあげ、急減速して強引に着陸すると、そのままスラスター噴射で旋回に移行し、デスウィッシュ隊の残りの4機を切り刻んだ。

 対消滅炉を避けてコックピットを両断する見事な技前。


 ワルツたちは呆気にとられて、デスウィッシュ隊7機を一瞬で全滅させた黒いカーニヴァル・エンジンを見た。


 飾り角も小翼もいっさいないシンプルなデザイン。鍛え抜かれたジャガーの筋肉を思わせる曲線的で複雑に絡み合ったガンメタリックの装甲。身の丈ほどもあろうかという大太刀を手にしたそのカーニヴァル・エンジンは、反物質スラスターを噴かすと低く跳躍して、後続のカーニヴァル・エンジンをさらに5機、たちまちのうちに切り刻んだ。


「滅点ダッシュ・ユニットか……」シュバルツがうめくようにつぶやく。


「あいつ、すごい!」

 モーツァルトが歓声をあげた。

「いまの8秒半の戦闘機動の最中に、狙撃できるポイントがあたしでも3つしか見つけられなかった! あいつは、すごい! すごいぞ! でも……」モーツァルトはすっと目を細めて不機嫌に低くつぶやいた。「あいつ、どうして、銃をもってないんだ?」



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