第164話 怪しいモノでは……

 天神温泉は、山頂付近にある巨大な露天風呂で有名だ。

 男女混浴の箇所もあるが、水着を着用しなければならない。


 二十代半ばの女性が一人、湯船につかかっていた。

 美人だが、表情は暗く伏し目がちだ。

 左の手首にあるリストカットの痕を苦々しげに見つめていた。


「やァ…、お一人ですか……!?」

 不意に背後から男性に声を掛けられた。


「え……」慌てて、彼女は風呂の中へ左手首を隠した。


 二十代半ばの男性客が笑顔で近寄ってきた。

 長髪で、イケメン ロックミュージシャンのような様相だ。

 しかし女性の方は無視をして、少し距離を置いた。


「あ、決して、怪しいモノではありませんよ! ボクも一人でして……」

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