12月18日(火) - 14 days to the last day-

文芸部の日常 1/2

「光葉ー、今日も部室に顔を出さないのか?」


 帰りのホームルームが終わり、机の中の教科書を持ち帰ろうか迷っていると、隣のクラスからわざわざやって来た千見寺義男せんけんじよしおに声をかけられた。決めた。教科書は置いていこう。


 千見寺は僕と同じ文芸部の部員だ。


「今日は寒いし。早く帰ってこたつに入らなきゃ」


 窓の外にちらりと目を向けながら答えた。


 薄暗い雲から、しんしんと雪の結晶が舞い降りていた。この雪の降る日に彼女は居るのだろうか――。


「またまたそんなこといって。実際は、ほれ、これなんだろ?」


 千見寺がそういいながら右手の小指を立てて笑っている。お前はいつの時代の高校生だ。名前通りに古くさい。


「馬鹿なことをいうなよ。そもそも、僕はもう原稿を提出したから部室に顔を出す必要も無いだろ?」


 僕が所属する文芸部は、毎年二回、六月三十日と十二月三十一日に文芸誌を発行している。今回の発行は第五十号の節目ではあるものの、気張って特別なことをしようということには今のところなっていない。はずだ。部員が各々書きたいものを持ち寄って、編集して、印刷して、製本して、昇降口の廊下に並べる。ただの自己満足で終わる活動ではあったが、僕は文芸とはそういうものだと特に気にもかけていなかった。美しく聡明そうめいな部長は、そう思っていないかも知れないが。


「そう連れないことをいうなよ。部長が編集にあれこれ口を出すもんだから、こえーのなんの。部室であの冷たい視線にずっと晒されると思うと、進むもんも進まなくなっちまう。な? 顔を出すだけでもいいからさ、頼むよ」


 千見寺は情けない顔をして拝み倒す。


 本なんてかけらも興味がないくせに、クールビューティーな部長に惚れたとかなんとか言って、押しかけ女房みたいに「雑用だけでもさせてください!」と無理やり入部したのはどこのどいつだ。


「わかったわかった。少しだけね」


 僕はやれやれと仕方なく言った。千見寺は調子の良い笑顔を取り戻して、


「サンキューな、光葉」


 嬉しそうに言った。阿呆なこいつは、僕のちょっとした動揺に全く気付いていないようだった。少しほっとした。


「光葉、今日は出るんだ」


 ふいに後ろから声をかけられた。僕は振り返って、


「こいつがどうしてもっていうからさ。遥は? というか、なんでここにいるの」


「千見寺がここに入ってくのが見えたのよ」

 

 遥は機嫌の悪そうな声で答えた。


「部活ならあたしも出るよ。まだ文芸誌の原稿、書き終わってないんだ。描写に悩んでるところがあって相談しようと思ってたのに、なかなか来ないんだもん。あと少しなのに」


 遥はそう言って唇を尖らせた。


 葛城遥かつらぎはるかは千見寺のクラスメイトで同じ文芸部員だ。


 気が強くてハキハキと喋る遥は、ステレオタイプな文芸部員とはちょっと違う。恋愛小説よりもホラーやアクションが好きな、そんな性格。


 手足が長く全体的にすらりとしていて、少し茶色がかった髪は耳を隠すくらいの長さまで短い。はっきり言って文芸部に似つかわしくない。「陸上部で短距離走をやってます」と自己紹介されたほうがよっぽどしっくりくる。


「部長に相談すればいいのに。僕なんかよりよっぽど良いアドバイスをしてくれると思うよ」


「部長の専門は純文学でしょ。部長に相談したら、あたしの小説が耽美小説になっちゃうよ!」


 遥はますますむくれた。


「まあまあ、落ち着けって。今日は出るっていってるんだから、部室で見せてやればいいだろ。な、光葉センセ」


 千見寺が遥をなだめながら僕の肩の上に手をおいた。


「わかったよ遥。ただ、そんなに部室に居るつもりはないから、原稿を印刷して渡してくれるかな。一通りチェックして明日渡すから」


 僕は鞄を片手で肩にかけながら言った。二人を促すようにして教室の扉へ向かう。


「部室で見てくれないんだ」


 背中でつぶやく声を聴いた。隣を見やると今度は千見寺がやれやれと肩をすくめていた。

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