第27話 まだ平和だったクリスマス・イブ
小鳥遊(たかなし)は数100人の女の子達にモテてはいるのだが、肝心の小鳥遊自身はその自覚がない上にその子達の中にヤツが好きな子は1人もいない。
例え、ナンパしている時点ではその子達の事を愛していると感じていても、だ。
その点俺にはたった1人の大事な、大事なカノジョである美由起がいる。
ーーまあ、その美由起ですら実の兄である小鳥遊に執着しているブラコンなんだが。
でも俺はその頃にはもう吹っ切れたのであった。
俺は美由起と、頭を打った小鳥遊を歪んだ状況から救う。
そう覚悟していた。
「雪村、さん? 何か考え事ですか?」
いつもの、パフェを食べココアを飲む喫茶店の中。
目の前に座る美由起がモジモジと尋ねてきた。
「ん? いや、何でもないよ」
「あの……。美由起といる時は、美由起の事だけ考えてくれなきゃイヤです……!」
一人称、『美由起』ときた。
いつもは『私』なのに。
そんなあざとい戦法を誰から習ったんだ、可愛いが。
「……自分を名前呼びするのも新鮮だけど、いつもの『私』にしてくれないかな……」
俺は困惑したふりをして美由起にダメ出ししてみた。
美由起はアワアワと顔を真っ赤にして、ご、ごめんなさい、と小さな声で呟いた。
「最近、学校で自分を名前呼びするのが流行ってるんです……。なんか、それが口に出ちゃいました」
中学生の流行りか。そんな事をして同級生の男共がどんな思いをしているか。
特に美由起はその頃どんどん綺麗になっていっていたし、俺はその男共にすら嫉妬してしまったのである……。
「でも、イブの日に雪村さんと無事デート出来て、すっごく嬉しいです!!」
美由起は本当に嬉しげに笑ってくれた。
今日の美由起は、いつかファッションモールで見た白いモコモコによく似たセーターを着ていて、羊みたいに愛らしい。
あのセーターは値段が高くて手が出せなかったが、その後美由起はあの服によく似た品を見つけて、貯めたお小遣いで買ったという。
「あの、さーー」
俺はちょっと照れくさいが、バッグの中から白い箱を取り出した。
急な申し出に、美由起は大きな目をますます丸くして驚いた様子である。
「一応、さ。クリスマスプレゼントって事で。安物なんだけど」
安物とは言え、貯金をかなり切り崩して買った取って置きのプレゼントだった。
「……え? え? 何ですか、雪村さん」
JCのカノジョはおずおずと箱を受け取り、まるで宝物を見つめるように目を釘付けにしている。
開けてみていいですか、と上目遣いで尋ねる美由起に、恥ずかしいから早く開けてよ、と応える俺。
「ーーわぁーー……素敵……!!」
それは、ビーズをふんだんにあしらった指輪。
プレゼントをあげるのは内緒にしていて、指のサイズも分からなかったからフリーサイズってやつにした。
大きさを調節できるらしい。
美由起はその取って置きの指輪をキラキラした目で見つめ、
「ありがとう……ございます、嬉しい……」
と、今にも泣き出さんばかりであった。
「気に入ってくれた?」
「きれい……! 本当に凄く、嬉しいです!!」
ありがとうございます、ありがとうございますと感謝の言葉を何度も告げる美由起に、俺はますます照れた。
やり慣れない事はするものじゃないなと思いつつ、美由起の最高に嬉しそうな表情を見てやっぱり買ってあげて良かったと思う。
「こんな事は一度きりだぜ」
憎まれ口を叩く俺に、美由起は「えー、ひどいー」と言いながらもフンニャリとする。
「……素敵なプレゼントの後に出すのは、しょぼくて恥ずかしいんですけど、ーー実は私からも雪村さんに贈りたい物があるんです。クリスマスプレゼントです」
「え……」
何だろう。
美由起からのプレゼント?
「これ、私が焼いたんです……」
美由起から差し出された箱を手に取る。
『私が焼いた』って事はーー、手作りのクッキーか、ケーキだろうか。
最近、美由起に付き合って甘い物に慣れてきており、美味しいと思い始めていたから丁度良い。クッキーやケーキなんてクリスマスらしいしな。
ーーところがーー。
箱を開けてみて仰天した。
俺の可愛いカノジョは、兄貴に似てやっぱりちょっと変わっている。
「あのう……。美由起、これ……」
「ハイ! たい焼きと……」
「うん。それにこっちは、たこ焼きだよね……?」
「そうなんです! 母が専用の鉄板を買ってきたので……」
「……美味シソウダネ。アリガトウ……」
指輪と、たい焼きアンドたこ焼き。
どうにもチグハグなプレゼント交換ではあったが、贈った指輪をはめた美由起の小さな手が、ヤケドでいっぱいになっているのを見ると何とも言えなくなったのであった。
だが美由起よ、お前の方向性は間違っている。
美由起からのプレゼントなら何でも嬉しい俺ではあるが。
外に出て、2人して北風に吹かれる。
イルミネーションがそこここに点灯して2人のクリスマスムードを盛り上げてくれる。
美由起はいつものように俺の腕に抱きつき、寒いですね、とギュッと力を込めた。
力を込めた分、当然胸が強く当たる。
今日の俺はご機嫌だから、有り難くそのフニュフニュの感触を楽しむ事にした。
だが美由起自身には色気を出している自覚が無いらしい為、ちょっと罪悪感があったりする。
「気になってたんだけどさ。美由起、それ素足だよね?」
「ハイ! 子どもは風の子ですから」
『風邪』の子になっても知らんぞと思いながら本当に風邪をひかれたら心配だ。
何しろ翌日のクリスマス本番はーー。
美由起にも立ち会って貰わなければならないイベントがあるのだ。
「ーーあのさ、美由起」
「ハイ! 何でしょう」
はめた指輪をイルミネーションの光にかざしながら美由起は元気に応えた。
「ーーいや、何でもない」
「え! 何ですか、気になります!!」
「何でもないって。それより、寒いしもう暗いから送るよ。明日はよろしくな」
すると美由起の顔から笑みが消え、真面目な表情を見せた。
「ーーはい」
本当は、俺は美由起にこう聞きたかったんだ。
『前に君が言ってた、女の子の[嫌い]は本当に[嫌い]なのか』
と。
俺達男にとっては残酷な話であるが、美由起は真実を語っていると思う。
それを信じられない男が殺人も辞さない残酷なストーカー鬼と化す。
その真実を改めて確かめたかったのだが、イブのデートにそぐわないと思い、聞くのをやめた。
「たい焼きとたこ焼き、ぜひ食べてください……。味見して、我ながら美味しかったです……」
美由起の言う通り、2つとも美味しく頂けた。
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