第19話 イチャイチャデートの末に

 


  「実はね、今、ミリの好きな人について教えて貰ってたの」


  「お姉ちゃん!!」



  無邪気に報告してきた姉の『ユリたん』に、身長183センチ少女ミリちゃんが怒り出したのである。


  「へえ、ミリちゃん好きな人がいるの? どんな人?」


  美由起もこれまた無邪気にミリちゃんの恋バナに興味津々だった。


  ユリたんとミリちゃんと一緒のテーブルに座った俺達は、もうミリちゃんの恋バナに付き合うしかなくなってしまった。


  ミリちゃんはバナナジュースをストローで掻き回し、頬っぺたを赤くして姉のユリたんをちょっと睨んだ。



  そしておもむろに口を開く。


  その席はテラス席に近い場所だったので秋の風で少し冷えた。

  通りを行き交う人々が思い思いのお洒落をして颯爽と歩いているのが見えた。


  「好きな人っていうか……。少し前に、高校生の男の人に話しかけられて、それで何て言うか……気になっちゃったの」


  「へえ、高校生の男の人に!? ミリちゃん、大人っぽいもんねえ!」


  その、小学生のミリちゃんに話しかけた男が自分の兄である事には気付かず、美由起が感嘆した。


  いくらあの兄でも、小学生をナンパしただなんてさすがに思いもよらなかったらしかった。


  「凄いねえ。ミリちゃんまだ小学生なのに」


  「でも、その男の人、私が小学生だと知って引いちゃったみたい。最後はボーっとしてたし」


  「どんな男の人だったの?」



  美由起よ、それ以上は聞くな。


  不自然でもいいから、俺が話題を変えようと画策していたら、ミリちゃんは既にその高校生男子ーー小鳥遊(たかなし)について説明し始めていた。


  「背は低かったかな。でも、私の身長の事を気にしてくれて、とっても優しかったの。あ、近くの高校のブレザーを着てたよ」



  『近くの高校のブレザー』。そこで、遅かりし、美由起はその高校生男子が自らの兄・小鳥遊勇一である事に気付いてしまったようであった。


  美由起の表情がーー。

  だんだん暗くなっていく。

  そして、ミリちゃんに対して口を開く。


  「ーー高校生でしょ? 背が低くてあんまりカッコよくなかったんでしょ? ミリちゃんはこれから同い年くらいの素敵な男の子に好かれると思うよ」


  美由起が必死だって事くらい俺にだって分かる。

  そこで、僭越ながら俺も会話に割って入った。


  「ーーそうだね。ミリちゃん、君は高校生にナンパされるというビックリ体験と恋を混同してるんだ。美由起の言う通り、同い年の男子に目を向けた方がいいんじゃないかな」


  「うわあ!! 2人とも辛口だねえ、どうしたの?」


  ユリたんが妹をかばったが、どうしたのもこうしたのもない。


  まさか美由起だって、「それ、うちの兄さんかもしれない」なんて言えるはずがない。

  これはもうトップシークレットに入る事案だろう。

  小学生をナンパした兄なんて公開できるはずがないのである。



  「ーーでもね、ミリちゃん」


  運ばれてきたホットココアを飲みながら美由起は言った。


  「そんな若い内に、男の人にナンパされたなんて誇っていいと思うよ。将来の自信になると思うよ」


  これが自分だって若い美由起の、精一杯のミリちゃんに対する謝罪の言葉だった。


  ミリちゃんは、


  「そうかなあ。でも、もう一度あのお兄さんに会いたいなあ」


  等と、まだ諦め切れない様子だったので俺と美由起でしっかりとその『恋心』に釘を刺しておいた。


  お姉ちゃんのユリたんはそこまで言って何でというような不思議そうな顔をしていたが。


  「じゃあ、私達はこれでーー、デートだから」


  「うん! 彼氏さん、今度ゆっくり紹介してね!!」


  ユリたんは、すっかりテンションの下がった俺達に向けて手を振った。



  ※※※



  美由起が、俺と手を繋ぐ事も忘れて落ち込んでいる。


  そりゃそうだ。

  大好きな兄貴が間違いとは言え小学生に声をかけていたなんて。

  おまけにそれが友達の妹だったなんて。


  「ーー雪村さん、知ってたんですか」


  「さっき知った」


  俺はウソをついた。

  美由起に嫌われたくなかったからかもしれない。


  もう日記にも書くつもりは無い。


  「私、今傷付いてます……。ごめんなさい」


  ごめん、だなんて、それは何も出来ない俺の方のセリフだ。


  「…………美由起、俺、どうすればいいかな?」


  すると美由起は、一旦小さく深呼吸をして、


  「キス……して、くれま、せんか……?」


  消え入りそうな声で『お願い』をした。


  「ヤケになるなよ」


  「ヤケ、じゃないです……。ショックな事があった時は、ハッピーなことがあれば打ち消せるって、兄さんも言ってた」

 

  「こんな時でも、兄貴の言葉を信じてるんだな」


  「……ごめんなさい……」


 

  俺は覚悟を決めた。


  黄昏時、人々が帰宅の途に着く為に足速になり、そろそろ夕闇が丁度よく俺達を隠してくれる頃。


 


  俺は美由起に、サッ、と重ねるだけのキスをした。


  「……ありがとう……ございます、嬉しい……」


  ポロポロと流れ落ちそうな涙を隠すように、美由起はけなげに笑顔を作った。



  まさか小鳥遊も、友人の俺と妹がお互いのファーストキスを交換したなんて思ってもいないだろう。


 

  例えそれがどんな理由のキスだったとしても。


 

  俺は小鳥遊より一歩先に進んだという訳だった。



  だってこの日はーー。

  「イチャイチャデート」の日だったのだしな。

 

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