私のPrince Charming
『やぁエリカ、御機嫌いかが?』
『お陰様で。…そこ通りたいからどいてくれる?』
借りている部屋に帰ろうと地下鉄乗り場に行こうとしたらその手前で足止めを喰らった。入り口を塞ぐかのように壁ドン……アメリカン青春ドラマみたいな通せんぼの仕方やめて。
私は男の白い顔を半眼で見上げて、鬱陶しいという態度を隠さなかった。
私の通う語学学校にはいろんな国籍の人がいる。当然のことみんな英語圏ではない。アジア圏からヨーロッパ圏、ロシアやアフリカ勢も幅広くいる。文化の違う人達との交流はとても為になるし、面白いと思う。
だけど、こうして絡まれるのは勘弁願いたい。
私が今住んでいる近辺ではそこまで人種差別はひどくない。
だけど完全にないわけではない。
私の勝手なる偏見だが、一部の白人・黒人の人は根っこの部分にアジア人蔑視な部分があるなぁと。全員が全員じゃないけどね。
今起きているのは日本人である私に対するナンパ行為だ。
日本人女性は異性から言い寄られたり、褒められたりする機会があまりないから、ちょっと甘い言葉を囁くとフラッと行くという認識があるらしい。つまりナメられてるんだよね。
そんなわけで、私は遊び相手として声を掛けられることがよくあるのだ。無論その全てをキッパリお断りしてるんだけど、押せばいつかなびくと思い込むしつこい男もいるわけで……
『そんなつれないこと言わないでよ。お茶行かない? 新しく出来たカフェに連れて行ってあげるよ』
そう言って肩を抱いたりベタベタしてくるのは隣のクラスの…どっか…東欧人かな。この間からしつこいのだ。
あまりにも酷いときは笙鈴や他の友人が追い払ってくれるが、今日は私一人。帰宅時を狙って絡まれたのである。
『やめて、離して。何度も言ってるけど、私には婚約者がいるの』
腕を振り払ってあしらうと、相手は肩を竦めて、こちらを馬鹿にするように半笑いしていた。
『お茶に行くだけだよ。…せっかく可愛いのに、男一人だけでいいの? もっといろんな経験したほうがいいと思うな……』
サワッ…と髪の毛を触られ、私は悪寒を感じた。上杉みたいなことするな…! 一瞬フラッシュバックしたじゃないのよ!
『結構です。私は婚約者ただ一人と決めているの』
『えぇ…? 君の婚約者ってそんなにいい男なの?』
小馬鹿にするかのような言い方に私はピキッと来た。お前、慎悟を知らないだろう…! あの慎悟を見たら度肝を抜くぞ…!
『私の婚約者はとってもとってもいい男だよ。顔は国宝級にいいし、頭も良くて、とても優しい人。表現するなら最高級和牛のような男…! 常日頃は気位の高い高級猫みたいだけど、私の側ではか弱い子猫ちゃんになるの!』
地下鉄駅前で私は婚約者を讃えた。
『すごく努力家で、ロマンチストな部分もあって、ヤキモチ屋なの。私のことを沢山愛してくれて…すごくかっこいいし、なによりも可愛いの!』
言葉じゃ表現しきれない。
私に語彙がないせいだな。とにかく私は慎悟が大好きなんだ、愛しているんだ! つまり、あんたはお呼びじゃないのだ!
「……勘弁してくれ……」
「あっ慎悟!」
迎えに来てくれたのだろうか。
5m先くらいで慎悟が顔を手のひらで隠してうなだれていた。その顔は耳まで赤くなっている。
私はナンパ男をその場に放置して、慎悟に飛びついた。学校帰りだろうか。いつも慎悟が乗っている車が側に停車している。
『…その人がエリカの婚約者? …ふーん…』
『そう。女遊びがしたいなら他あたって? 私のクラスのミケイラがあんたのこといいなってぼやいてたよ?』
『あいにく赤毛の女は気が強いのが多いから苦手なんだ……退屈になったらいつでも相手してあげるよエリカ』
なんだかなぁ…上杉みたいだなぁこいつ。東欧の上杉って二つ名を付けてやろうか。
私は虫を追い払うかのようにシッシッと手で振り払うと、彼はいけ好かない笑みを浮かべ、軽く手を上げるとどこかに立ち去っていった。
「あーぁもうしつこかった。あいつ上杉に似てると思わない?」
「…あんたさぁ…」
「あっ、浮気を疑ってるならそれは誤解だよ! 私は慎悟一筋だよ!」
顔を赤らめた慎悟が弱々しく口を開いていたので、私は先に弁解しておく。
何度も言うが、私は面食いではない。そして西洋人コンプレックスでもない。あのようなチャラい東欧人にクラッと行くことはないよ!
「いや…うん……あんたは肝心な時に抜けてるんだから男と2人きりになるなよ…」
「なにそれ失礼しちゃう!」
私は慎悟に抱きついて彼の腰に腕を回すと、彼の匂いを吸い込んだ。
うーん。私はてっきり慎悟が使ってる洗剤の匂いが好きなんだと思いこんでいたが、実は慎悟の体臭が好きなのかも。これ慎悟に言ったらドン引きされるかな。
「…帰ろう。車に乗って」
「もうちょっと消毒ー」
もうちょっとだけハグさせてくれ。
いいじゃないかここはアメリカ。私達が抱き合っていてもはしたないと眉をしかめる人はどこにもいないのだ。
慎悟が苦笑いする気配がした。ポンポンと背中を撫でられる。
「…家に帰れば好きなだけ抱きついていいから」
「んー」
私はぐりぐりと顔を押し付け、そのまま上を見上げた。こちらを見下ろしていた慎悟と目がぱっちり合う。彼の頬の赤らみはまだ少し残っている。
私はニカッと笑みを浮かべると、慎悟の腰を掴んで引き寄せた。
「買い物して帰ろう! 今日はパエリアに挑戦したいんだ!」
クラスのスペイン人の友達に教わった家庭的なパエリアを作ってみたい! 私カレーしかレパートリーないから、たまには別のものも振る舞ってあげたいよね!
行こう! と慎悟の手を引っ張っていく。
「行くとしたらアジアンマーケットか?」
「ううん、普通のマーケットで揃うよ。牛乳もないから買わなきゃ」
「……笑さん、もう身長は伸びないからな?」
「うるさいよ」
牛乳を飲む習慣があるから飲んでるんだよ! …身長のことは突っ込んでくれるな。
乗り慣れた慎悟の車の助手席に座ると、シートベルトをする前に身を乗り出して慎悟の頬にキスをした。
慎悟は少しばかり驚いたようで目を丸くしていた。
「…口のほうがいい?」
こんなこと日本では出来ない。
だけどいいのだ。ここはアメリカ。
私は慎悟の首を引き寄せて彼の唇にキスを落とした。
チュッと軽くキスしただけだけど、慎悟は黙ってこちらを見てくるだけだ。
物足りないのかなと思ってもう一度キスすると、慎悟が私を抱き寄せてきたので、私達は少々キスに夢中になりすぎていた。
日本に帰った時同じようにいちゃつかないようにしなきゃな……慎悟も私も少々アメリカナイズされてしまっているし。
無意識に胸を揉んでくる慎悟の手をはたき落とすと、私はシートに深く座ってシートベルトを締めた。
公然わいせつは駄目だぞ。いくら婚約者でも夫婦でもそれは駄目だ。慎悟は叩かれた手を抑えてなにか言いたげに見てくるが、ダメなものはダメなんだよ。
「さぁ、マーケットに向かって出発だ!」
私は慎悟に指図して、車を発信させたのである。
さっきのナンパ男は東欧からの留学生なのだが、彼は程よくモテる。よくカースト上位の女子たちとつるんでいるし、女には不自由しない。
そして西洋人からしてみたら見分けのつかない日本人の私と香港人の笙鈴、他の東アジアからの留学生の中から私をターゲットにしたのは、日本人がナメられているからか、私が二階堂家のお嬢様だからだろうか?
そうだとしても、私には心に決めた人がいる。決して心揺れることはない。
彼も本気じゃないのは透けて見えたし、本当に遊び目的で近づいてるんだろうなとわかっていた。
なのだけど、
見る人によっては認識も異なるのか……
東欧のナンパ男から離れた後に、婚約者の慎悟といちゃついている私を見た人物が大変な誤解をして、後に事件に巻き込まれることをその時の私は予想すらできなかった。
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