褒められると嬉しいけど、照れる。ニヤける顔が抑えられないの。
「とてもお綺麗ですよ、エリカさん」
「ありがとうございます」
いつの間にか退店していたお祖父さんが西園寺さんと一緒に再来店した時は驚いた。
なんたって西園寺さんはお祖父さんお墨付きの元お見合い相手だ。お祖父さんの一声で未来の結婚相手になる可能性があったはずなのだ。そんな彼と一緒に来るとは思わなかった。
西園寺さんと私は友達でいられているけど、ちょっとだけ気まずい。
西園寺さんにオプション撮影を頼まれたので2人で並んで撮影してると、別の人の接客をしている慎悟がこっちをチラチラ気にしていた。さっきあれだけ好きだと伝えたのに心配性め。私は大丈夫だとこっそり合図を送った。
お祖父さんは多分、孫娘の嫌がることはしない人だと思うから大丈夫だよ。
「加納君もよくお似合いですね。浅葱色の直衣…あれは夕霧ですか?」
「よくおわかりになりましたね」
「小学生の時に夏休みの自由研究で源氏物語について調べたことがありまして」
小学生で源氏物語って…西園寺さん、なんでその話を選択したの。他にもあったでしょうよ。それこそ平家物語でしょうよ。お坊ちゃんの自由研究って動植物の成長日記とか科学実験じゃないんだね…
私とお祖父さんと西園寺さんは特に変わった会話はせずに、のんびりお茶をした。お祖父さんは彼のことを本当に気に入ってるんだな。私よりも西園寺さんの方が孫っぽいぞ。
時計を確認すると交代時間が迫っていた。2人のおもてなしが終わったらそのまま、もうひとりの紫の上である菅谷君と交代とするかな。
慎悟と同様に女装を嫌がっていた菅谷君だが、今度みんな誘って焼肉に行こうと声を掛けたら「がんばります!」とやる気を出していた。
焼肉系男子は気合を入れてお客さんをおもてなししてくれるに違いない。
「この後エリカさんはバレーの試合があるそうで」
「そうなんです」
「僕も応援したかったのですが、用事がありまして…頑張って下さいね」
「ありがとうございます」
西園寺さんは相変わらずさわやかであった。
バレーの試合に参加するために上がりの時間を迎えた私が西園寺さんとお祖父さんのお見送りをしていたら、後ろで「えぇーっ! 朱雀帝変わるのー!?」「あの人が接客すると思ったから並んでたのに!」と女性客の不満が飛んできた。
もうひとりの朱雀帝は男子なのだが、イケメンすぎる朱雀帝ぴかりんと比べられたら可哀想になる。いや、彼もそれなりに格好いいんだけどね? ぴかりんの男装を見てしまった後は……南無。彼女はこの短時間でかなり売上に貢献してくれたよ…女性人気が凄まじかった…。
ぴかりんが着用してる着物の裾を引っ張って引き止めようとする女性客が出てきたりして少し騒ぎになったけど何とか抜け出せた。
後は頼んだぞ、頑張れ。
■□■
私としては2年ぶりの姉妹校との試合。
当然のことながら、こちらもあちらもメンバーがガラリと入れ替わっている。そして私もこの身体での戦い方を見出したので、2年前のように足を引っ張ることはない。
ぴかりんの上げたトスを追いかけて私が飛び上がると、相手チームのブロッカーがガードしようと手を伸ばした。当然ながら私よりも頭一個分背が高い。今の私の届かない範囲まで手の届く彼女たち。私はそれに恐怖したこともあるが、今はもう大丈夫だ。ネットすれすれのタイミングで、誰もいない方向に向けてスパイクを打ち込んだ。
それに今年は珠ちゃんという秘蔵っ子が入部したのだ。彼女の成長は目覚ましい。私が思わず嫉妬して泣いてしまうくらいには凄まじい。
バレーに限らずスポーツというのは、体格や運もあるけど、才能というものも大きいと思うんだ。
日本のスポーツ界は熱血根性な部分があるが、この英学院のコーチはスポーツ科学に基づいた指導を実践している。それもあってか、この小柄でバレーに向いていない身体でもここまで戦えるようになった。
バレーに適した体格を持ち、才能を秘めている珠ちゃんがその指導を受けたら…どうなるか想像付くでしょう?
私の母校である強豪誠心高校バレー部の指導法をどうこう言うつもりはないが、松戸笑として英学院に入学して、コーチのもとでバレーをしていたら、私は更に上達していたのかな? と夢物語のようなことを考えちゃうんだ。
しかし現実的に考えてみたら、私は勉強よりバレーな人間なので、入試の段階で学力不足で落ちていたと思う。夢は所詮夢ってことだな。それに結局はネームバリューから誠心高校を選んでいただろうなと思う。
よその学校の人と試合をするとやっぱり違う。人それぞれ癖が違うし、学校によって戦い方も違うので勉強になる。
あちらも英学院側の研究をしているのだろう。狙われたところは予選大会で他の対戦相手からもつつかれる可能性がある。後で部員やコーチと話し合いをしなければ。
練習試合を終えて対戦校と挨拶を交わすと、私は2階の観覧席に目を向けた。
観に来ているかなと思って顔を上げると、そこにはお祖父さん、慎悟、そして何故か三浦君が並んで座っていた。どういう組み合わせなんだろうとは思ったけど、それはまぁ良い。三浦君は単に慎悟に会いに来たのだろう。
彼らの死角の席に依里と渉がひっそり座っていた。事前に伝えておいたから多分お祖父さんの目に入らないように気を遣ってくれたんだろう。依里が手を振ってくれたので軽く頷いた。
私は2階の観覧席に登り、お祖父さんたちの元へ近づいた。
「すごい活躍だったぞエリカ。心から楽しんでいるのが見て取れた。英学院バレー部の実力は中々のものだな」
お祖父さんから試合の感想を伝えられた私はニカッと思いっきり笑ってしまった。お祖父さんの前ではお嬢様の仮面を被らないととは思っていたけど、褒められるとやはり嬉しい。
「初心者だったはずのお前がバレーをここまで極めるとは。いい試合だった」
「えへへ…」
この身体でプレイをするには慣れるまで少々時間がかかったけどね。今ではこの身体での戦い方を理解できるようになったよ。
こんなに褒められると照れくさい。私は先程からヘラヘラと笑い続けており、視界の端で三浦君が半笑いでこちらを見ているのがちょっと目障りである。こっち見んな。
「エリカーッ! コーチが招集してるよー」
「あっ! すみません戻らなきゃ。失礼します!」
ぴかりんから大声で呼ばれた。招待試合とはいえ試合は試合。先程の対戦での反省点を言われるんだろう。急いで戻らねば。
私は彼らにことわってチームメイトたちが集まっている場所まで駆けていった。
コーチと顧問の話が終わると部員たちは解散を告げられた。
思ったよりも時間がかかってしまった。私がもう一度上を見上げると、お祖父さんの姿は消えて無くなってしまっていた。席には三浦君と慎悟だけが残っている。
私は彼らのもとに戻って声をかけてみた。
「お祖父さんは?」
「この後用事があるそうで帰られたよ。二階堂の当主様は正門まで俺が見送ってきた」
「そっか、ありがと」
そうなのか。用事があるのに時間を捻出して来てくれたのかお祖父さん。出来る限りおもてなしをしたつもりではあるが、少しでも楽しんでくれただろうか。
「…ところで三浦君はお祖父さんの前で変な発言していないよね?」
「失礼な…あのかしましい3人官女をあしらってやったんだからな俺は。もっと感謝しろよ」
以前まで私を排除しようとしていただろうが。疑われて当然だぞ。
あの後結局加納ガールズが襲来したのか…慎悟のお願いは無駄なことだったのね。慎悟叩かれ損じゃないの。
「そうなんだ…それはありがとう。うちのクラスの店は来たの?」
「見た見た。櫻木がハマり役だったから写真撮ったよ」
「実は仲良しでしょ2人とも」
巻き毛と三浦君、犬猿の仲っぽいのに写真撮影したのか。写真を見せられたが、青筋立てている鬼の形相な巻き毛と呑気にピースしている三浦君が写っていた。
巻き毛は美少女なのになんでこんな恐ろしい顔するんだろう。勿体ない。
「…慎悟とは撮らなかったんだ」
「いや、撮れなかった。頼もうと思ったけど、写真待ち人数の多さに負けた」
そうか、あの後写真撮影の行列は途切れなかったのか。ぴかりんもすごかったけど、慎悟もすごかったもんな……ぴかりんがいなくなったからその分慎悟に客が流れていったのかな。
彼らの人気っぷりを思い出していると、観覧席に珠ちゃんが上がってきた。彼女は手にスポーツドリンクらしきペットボトルを持っていた。
「二階堂先輩! これ去年卒業された先輩からの差し入れだそうです」
「ごめんねありがとう珠ちゃん」
わざわざ差し入れを持ってきてくれた珠ちゃんにお礼を述べると、彼女は私の背後を見て顔を顰めていた。
「…何でその人がここにいるんですか?」
珠ちゃんは三浦君を見て嫌そうな顔をしていた。そういえば彼の第一印象は最悪なんだったな。
「この人? 慎悟に会いに来たみたい。今はそこまで害はないと思うから…」
「…私、その人嫌いです」
いつも明朗快活な珠ちゃんが珍しく嫌いという感情を露わにしたことに私は目を丸くさせてしまった。
「努力を無駄だと決めつけたり、私のあこがれの人を大したことないと馬鹿にした人、いくら先輩の彼氏さんの友達でも、許せません!」
珠ちゃんはムッとした顔で三浦君を睨みつけていた。三浦君は視線をさまよわせながら乾いた笑い声をあげている。
まぁ、しゃーない。私のことを抜きにしても、三浦君は人の気に障る発言をしていたからなぁ。自業自得である。
「お前…何したんだ」
「いやー…」
慎悟から冷めた目を向けられ、三浦君は誤魔化し笑いをしているが、あの失言の数々、私だって忘れてはいないんだぞ。
「スカッシュ対決するって決まった時、正門で待ち伏せされたって話したでしょ? その時色々貶されちゃってさ。珠ちゃんも巻き込まれて色々ひどいこと言われたんだよ」
仲良く出来ないのは仕方がない。今の私と三浦君だってよくわからない間柄だし、無理に仲良くする必要はないと考えている。
三浦君は慌てて弁解しているが、慎悟の冷めた目はそのまま。珠ちゃんはぷりぷり怒りながら、二階堂先輩にまた何か言いに来たんですか!? と三浦君を警戒している。
「…お前、この人の後輩にまで迷惑かけるなよ…」
「だからごめんって!!」
三浦君には前科があるので、慎悟の反応はドライだ。
なんとか絶縁は避けられたが、君は結構際どいことをしていたという自覚を持ったほうが良いと思うよ。
「…喧嘩中?」
「依里、渉」
そこへ、こちらの様子を窺いながら依里が声をかけてきた。その後ろには渉の姿も。はるばる観に来てくれたのに放置してしまっていた。
「…小平さん!? うわっ本物だ!! それに…そちらの方はもしかして…!」
珠ちゃんは現れた2人に感激した声を上げていた。依里に憧れの眼差しを向け、その斜め後ろにいる私の弟に視線を向けると、その瞳に涙を浮かべていた。
私によく似た弟の渉をすぐさま松戸笑の実弟だと判断したようだ。珠ちゃんはシュバッと渉の前に飛び出すと、「握手してください!」と手を差し出していた。
渉は引き気味に握手に応えていた。強豪校にいるとはいえ、今はまだ無名の選手の渉は何故握手を求められたのか理解が追いつかないのであろう。
「私、神崎珠と申します。松戸笑選手のファンなんです! 弟さんがいらっしゃるのは存じておりました。お会いできて光栄です!!」
た、珠ちゃぁぁん……!
彼女の自己紹介を受けた渉と依里は視線を私の方に向けてきた。
私は赤くなった頬を手の平で覆い隠して俯いたのである。
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