ファビュラスでマーベラスな絶世の美女、実は私の彼氏なんです。


「…とても綺麗だね、加納君…いや、藤壺の宮」

むしるぞ上杉」


 貴公子然とした男に褒められた藤壺の宮はその美しい容貌からは想像できない低い声で威嚇していた。


「だめだよ、女性がそんな乱暴な口の聞き方をしたら」

「俺は女じゃない…」


 上杉に脅しは聞かなかったようだ。いっそ毟られたらいいのに。

 平安時代の男性の服装…直衣姿の上杉は十二単を身にまとった慎悟の反応を大方予測した上で、からかいに来ただけらしい。その日は朝からブルーであった慎悟だが、衣装に腕を通してメイクアップすると悲壮な表情にバージョンアップした。

 今は上杉を睨みつけているが、それでも美しさは保っている。憂いのある表情もなかなか…


「…お世辞抜きにして、本当に綺麗だよ、慎悟。嫉妬通り越してまさにファビュラ…マーベラス」


 私はスマホを掲げてパシャパシャパシャと連写モードで藤壺の宮な慎悟を撮影した。永久保存版である。

 慎悟にスマホを奪われそうになったので、私はそれを胸元に押し込んだ。奪われないためにだ。着付けた衣装を乱すわけには行かないし、こんな人前で女の子の胸元に手を突っ込むマネはしないであろう。

 予想通り慎悟は手を伸ばした格好で固まっていた。私はほくそ笑む。


「…あんたな」

「慎悟も撮影していいんだよ? 紫の上なエリ…私も可愛いでしょ?」


 私がほっぺたに手をやって可愛子ぶりっ子していたら、慎悟に胡乱な目つきで見返された。…そんな顔をしても、今日の慎悟は絶世の美女である。世界が嫉妬する美貌が眩しい。


 ──パシャリ

 嫌な予感がした私は素早く横に動いた。その直後にシャッター音が鳴る。音源は直ぐ側でスマホをかざしている上杉である。


「ちょっと、ブレちゃったじゃないの。紫の上はお淑やかな人なんだよ? そんなガサツにしていてはダメだよ」

「黙れ、ロリコンの君」


 誰がお前に撮影を許可しましたか。

 私は裳着前の紫の上コスをしている。成人用の衣装とそう変わらないが、多分大人衣装よりも簡素なものなのだと思う。現に十二単をガッチリ着用している慎悟よりも私の動きが俊敏である。


「失礼だな、僕の役柄は光の君だよ。そもそも紫の上と光の君は8歳差だよ?」

「つまり今の18歳のあんたが、無理やり手篭めにした初恋の人の姪である小学生を、未来の嫁として囲い込むということなんだけどね。その間他の女とも浮気して…最低な野郎じゃないの」


 年の差がある者同士、百歩譲って純愛だとして、光源氏浮名流し過ぎじゃない? その時点でドン引きだわ。

 源氏物語の粗筋をざっと読んだだけだが、読めば読むほど主人公はしょうもないなと幻滅するだけであった。いや、そういう男が好きな女性が存在するのであろうが、少なくとも私はパスである。


「自分色に染め上げるという男のロマンというものだよ」

「気持ち悪い」


 その発言、普通に気持ち悪いよ、何いってんのあんた。私がなるほどーって納得するとでも思ってるの? ロマンとか興味ないから、是非ともその高尚なロマンとやらは自分の腹の中で納めてくれないかな。



 文化祭初日は英学院高等部生だけの開放である。文化祭で喫茶店といえば他のクラスと被りそうな出し物であるが、うちのクラスの店は開始時間直後から満員御礼であった。


「はぁぁん慎悟様ぁ! なんてお美しいの!」

「悔しいですけど負けましたわ!!」

「お写真とってもよろしいですか?」


 加納ガールズもそのうちの一部で、藤壺の宮な慎悟をうっとりと見上げては賛美していた。

 慎悟としてはさっさと注文して欲しいし、さっさと帰ってほしいようだが、私達源氏物語の登場人物に扮する接客側はおもてなしのホストを務める必要があるのだ。

 慎悟は心を殺して接客をしていた。彼には女装を楽しむ余裕がないらしい。

 

「二階堂せんぱーい!」

「うわっ…本格的ですね。すごい」

「珠ちゃん、佐々木さん、来てくれたんだ」


 もう既に順番待ちが出来ているうちの店に、部活の後輩がやってきた。彼女たちは英学院の文化祭は初めてだろう、楽しめているであろうか。

 注文を受けたお茶とお菓子を運んで、2人が座っている席に私も侍った。源氏物語ということで、和風感を出すために床は畳を敷いている。それに内装もどこか平安感がある。


「二階堂先輩の衣装は誰なんですか?」

「紫の上だよ」


 お茶を手にとった珠ちゃんが首を傾げて質問してきたので、紫の上であると教えると「あ、なんか聞いたことあります! 光源氏の奥さんですよね!」と返された。このクラスの中に他にも奥さん役いるけどね。

 教室中を物珍しそうに見渡していた佐々木さんが絶世の美女を見て一言。


「…あんな人いましたっけ…すっごい美人」


 ハァーッ…と感嘆のため息を吐く佐々木さん。私もその視線を追った。視界に入るは十二単姿の絶世の美女だ。お菓子と茶器をなるべくエレガントにお客の前に差し出しているが、その顔は無表情。だがそれが人形らしく見えて、その美貌に凄みが増している気がする。

 確かに彼女…いや、彼はかなり目立つ。ここにこんなに可愛い紫の上がいるっていうのに、お客さんの視線を独り占めしているのは藤壺の宮扮する彼であると断言できる。


「あれ私の彼氏」

「えっ」


 ネタバラシをするとふたりとも驚いた顔をしていた。

 

「先輩の彼氏さんなら光源氏を任されそうなのに…いや、似合ってますけど…ある意味ぴったりですけど」

「配役はくじで決まったんだ。…我が彼氏ながら美しいよねぇ…」


 しみじみつぶやきながら、後輩ズと一緒に、離れた席に座っている絶世の美女を眺めていると、慎悟がその視線に気づいたようで視線を上げた。

 私達が観察していると気づいたのか、藤壺からキッと睨まれてしまった。私は「おぉこわい」と肩をすくめて視線をそらした。


「彼氏さんご機嫌斜めですね……よく見たら男の人だってわかりますけど、それでも綺麗ですね」

「今年の後夜祭でミスコンがあるらしいですけど、男でもエントリーされるんですかね」

「珠ちゃん、投票しないであげてね。彼、女装するの不本意らしいから」


 毎年、文化祭の出し物人気投票と、フォークダンスが開催されているのは知っていたが、今年はミスコンがあるのか。

 …この流れでそれは不穏だな。


「わかりました! じゃあ二階堂先輩に投票しますね!」

「う、うーん…ありがとう?」


 珠ちゃんは出された茶菓子をパクパク食べながら、無邪気に笑っていた。

 確かにエリカちゃんは美少女だ。それは認めるけど、私ミスコンとかそういうのあまり興味ないんだよなぁ。バレーの舞台で表彰台に上がるのは大好きなんだけど、ミスコンはなぁ… 


「私達のクラスお化け屋敷なんで後で遊びに来てくださいよ」

「うん、そうする」


 準備段階で内部分裂があったのだと佐々木さんが愚痴っていたけど、クラスに残った生徒と業者さんで準備を頑張ったらしい。思いっきり驚かせるから心してくるようにと告げられた。

 だけど私地獄で色々見ちゃったからグロ耐性あるんだよなぁ。…慎悟は怖いの平気であろうか。


 彼女たちが退店した後もひっきりなしにお客さんがやってきた。私は当たり障りなく接客する。

 紫の上コスをしたら、上杉がなんやかんや言ってくるかなぁと思ったけど、そんな暇がなかった。とにかく忙しかったのだ。私達はホスト。お客さんの側に侍る必要がある。……なので逆に忙しくてよかったのかもしれない。

 今回のお店でも一定の金額以上お支払いしたお客さんには写真サービスが有る。それで藤壺の宮な慎悟は超人気であった。私もチョイチョイ写真を頼まれたが、私の比じゃない。花形の光源氏が霞むほどである。

 撮影中も慎悟は無の境地だったらしい。ずっと無表情。そんな顔も雛人形のように美しかったが、彼にとってこの時間は地獄であったのであろう。


「ちょっと藤壺ー、ちょっと位笑いなよ」

「怒るぞ」


 注文の品を取りに来たタイミングで藤壺慎悟とバッティングしたので、フランクに声を掛けたら睨まれた。怒った顔も美しい。

 慎悟はさ、自分の美貌の自覚があるんだ。もう少し堂々と胸を張っていてもいいと思うんだ。私なんて周りからナルシストキャラに認定されてるんだよ? 中の人は私だからナルシストじゃないってのに、周りからしてみたら自画自賛する痛いナルシストだよ!


「あともうちょっとだよ!」

「…複雑なんだ…あまり俺のこと見ないでくれないか」


 どうやら見られるのが嫌みたいだ。

 私は別に軽蔑してないし、綺麗だなぁと感心している。…慎悟がどんな姿をしていても、私の中ではなにも変わらないけどな。


「…どんな姿カタチでも、慎悟は私にとって1番カッコいい彼氏だよ…」


 私は背伸びすると、彼の耳元でそっと囁いた。その声はしっかり慎悟の耳に入っていたようで、彼は目を丸くして固まっていた。

 着けている平安髪のカツラがズレないように、化粧された慎悟の頬を指でそっと撫でるとその手をギュッと握られた。


「ねぇ見て…」


 女の子たちがこちらを窺い見ながらヒソヒソと何やら話をしている声が耳に入ってきた。

 私がそちらに視線を向けると、私達は注目を浴びていた。目立つ位置で話していたわけではないが、慎悟そのものが目立つということで……


「藤壺の宮と若紫が、叔母と姪の禁断愛してる…」

「えっ…でも片方は男の人でしょう? 悔しいくらいキレイだけど…」


 慎悟のご機嫌が悪いので、慰めも兼ねて声を掛けていただけなのだが、それがお客さんたちには禁断愛劇場に見えたらしい。

 

「……」

「仕事に戻ろうか!」


 慎悟がまた無表情に戻ってしまったので、私は彼の背中を叩いて仕事を境するように促したのであった。


 忙しかったお陰であっという間に時間は過ぎていった。お客さんの回転率をあげるために時間制限を設けたりもしたけど、リピート客がいたりして問題が出てきたため利用回数制限もかける羽目になった。

 後は慣れない衣装を着ているせいで、何人かがお茶をこぼすアクシデントはあったが、その他に大きな問題が起きること無く……上がりの時間になった。


 私はもうひとりの紫の上に後のことを託して衣装を脱ぎ去ると、一足先に上がっていた慎悟と文化祭に繰り出したのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る