私達の周りはストーカーだらけか。

    

 逆玉狙い女子が起こした騒動は雑な幕の引き方で終わった。あとから話を聞いた友人たちは三者三様の反応をしていた。


「随分お粗末なやり方だね」

「2年の学期末にも同じような人がおりましたが、そちらのほうが巧妙でしたよね。どちらもおつむはよろしくないですけど」

「大事にならずに良かったですね。二階堂様は後輩に恵まれていますね」


 幹さんの言葉に私はなんだか照れくさくなった。

 そうなんだよ。私の濡れ衣を晴らして、名誉挽回してくれた佐々木さんのおかげで話が大きくならずに済んだ。佐々木さんは入部当初私のことを気に入らなかったようだが、今ではなんだかんだ言って仲良く出来ている気がする。

 一度真正面からぶつかって以降彼女は腐ることなく練習に力を入れるようになった。その成長速度は目を見張るものがある。珠ちゃんも彼女に追い越されないように頑張っているし、これからの英学院女子バレー部の成長がますます楽しみだ。



■□■



 お祖父さんから手紙の返事が来た。

 返事の内容は、お祖父さんから見た慎悟の印象であった。

 会って実際に会話した印象は悪くなかった。だが、一度婚約破棄をしたエリカちゃんの心配をして慎重になってしまっているということ、二人の意志を尊重して前向きに考えているとのお言葉を頂いたので、その手紙を慎悟に見せてあげた。

 彼はちょっとだけ安心した様子であった。私も慎悟のその様子を見てホッとした。愛情表現で席に座っている慎悟の背後から抱きついて頬ずりした。


「朝っぱらから暑苦しいよね、君たちって」

「あっ、上杉あんた、二階堂のお祖父さん宛に変なもの送りつけないでくれない!? 私だけでなく、慎悟のことまでストーカーしていたんでしょ!?」


 私は慎悟にくっついたままで、朝から胡散臭い笑顔を浮かべているサイコパスと対峙した。

 お祖父さんがなかなか首を縦に振らないのにはいろいろな訳があった。その中のひとつは写真だ。お祖父さん宛に謎の封書が届き、その中には慎悟の写真が収められていたのだ。

 送り主は上杉。目の前でニコニコ笑うこのサイコパスである。

 ……なにあんた、三浦君みたいなことしてんの!? やっぱり同類なのかあんたたちは!


「しかも慎悟が女子と一緒にいるシーンばかり抜粋して…悪意を感じるんですけど!」

「やだなぁ、僕は善意で報告しただけだよ?」

「あんたよくもまぁいけしゃあしゃあと…」


 お祖父さんがあんなにも頑なだったのには、事情があったのだ。

 それらには慎悟が複数の女子生徒と共に写っていた。慎悟に好意を持つ加納ガールズに囲まれている場面だけでなく、ただ単に用事があるから話している風の写真も含まれる。

 ……善意なんてこれっぽちもないだろうが。

 貰った手紙の中には、その写真も入っていた。まぁうまいことフレーム内に慎悟と女子生徒を納めている。学校のどこで撮影したんだろうなと思ったけど、多分スマホ隠し撮りだな。


 こいつ、私達の婚約話を妨害しようとまた裏でコソコソストーカーしていたんだよ!


「あんた、一度ならず二度も…!」

「こうでもしないと君たちのことを引き裂けないだろうなと思って」

「引き裂かせないよ!? どうせ弱み握った生徒にやらせたんでしょうが! 何度でも言うけどあんただけはないよ!」


 お祖父さんもこれには半信半疑で、自分の目で見極めようと、ああして食事の席を設けて、シッカリ慎悟のことを見極めてくれたようだ。お祖父さんが冷静な人で良かったよ。

 本当、上杉の工作に引っかからなくて良かった…。全くもうこのサイコパスは忘れた頃になにかやらかすんだから…!


「…最近お前が静かだったのはそういうことだったんだな」

「僕は欲しい物を手に入れるためなら、手段は選ばないタイプなんだ」

「この人は物じゃない。…まさかこういう手段に出るとは…俺も油断していたよ。本当に小賢しいなお前」

 

 三浦君に私がされたことと同じことを自分もされて、それをよりによって二階堂のお祖父さんに送りつけられたことに慎悟はショックのようであるが、それよりも怒りが前に出てきているようだ。

 慎悟は上杉を射殺すような目で睨みつけていた。いつものブリザード視線ではなく、噴火しそうな所をなんとか抑え込んでいるような怒りを感じる。

 だが上杉に慎悟の睨みは効かないようで、半笑いでわざとらしく肩をすくめていた。こいつには恐怖という感情が欠如してるのかな? 


「身から出た錆じゃない? いつも周りに女の子くっつけて、端から見たら女好きにしか見えないよ?」


 それには慎悟も言い返せないようだ。彼の性格上「俺モテるから」と開き直ることもできないだろう。群がってくる女の子のせいにも出来ずに、ただ自分の不甲斐なさに歯噛みしている様子。 


「そうだ! 慎悟は魔性の男すぎるぞ!」

「だから僕のほうが君のことを幸せにできると思うよ? 考え直しなよ」


 上杉の言ってることも一理あるので、一部同意すると、上杉が寝ぼけたこと言ってきた。だがそれは聞かなかったことにする。無視だ無視。

 だってこいつしつこいもん。


「だけど慎悟が好きなのは私だもんねー? …浮気したら往復ビンタ御見舞するからね!」

「…浮気なんかしない」

「ホントー? その言葉確かに聞いたぞ!」


 慎悟の手を握って、念押しするように彼の目をしっかり見つめ返すと、慎悟が指を絡めてきたのでくすぐったくて笑ってしまった。慎悟が私に笑い返したのを見ると、胸がポカポカあたたかくなった。

 …私は慎悟を信じているぞ。


「朝から仲いいね、あんたたちは」

「おはよ。…ぴかりんと小池さんもこんな感じだったよ?」


 登校してきたぴかりんから、とんでもないバカップルを見るかのような目を向けられた。

 …失礼な、彼女だって人のこと言えないぞ。彼氏の在学中はぴかりんだってこんな風にいちゃついていたじゃないの。


「あたしと先輩は人前でベタベタしてないよ。…まぁ、仲がいいのはいい事だけどさ」


 そんなことない。ぴかりんだってイチャイチャベタベタしてたよ。なに自分は違うみたいな反応してるのよ。無自覚の人間ほどタチの悪い存在はないな。

 

「それにしても加納君も難儀よね、押しの強い女子に好かれやすいと言うか、なんと言うか」

「魔性の男だもの、仕方がないよ。慎悟は肉食獣を引き寄せるA5ランク肉みたいな存在なの」


 私としては秀逸な言い回しだと思ったのだが、慎悟はそれが嫌だったのか微妙な顔をしていた。

 なんだよ、ファビュラスって表現しなかったんだからもっと喜んでよ。


「意外とあんた嫉妬しないのね。めちゃくちゃ怒るかと思ったのに」

「これでも嫉妬してるよ? それでも慎悟は私のことが好きだってわかっているから抑えられているんだよ。私は愛されているからね!」

「はいはい、惚気ごちそうさま」

 

 本当のことなのに。惚気じゃないもん。

 慎悟に私のこと好きだよね? と確認すると、彼はほっぺたを赤くして口ごもっていた。何だよ、この間はスルッと好きだって言ってきたのに今更照れて。

 

「エリカ、加納君をいじめすぎないの。教室のど真ん中でそれは恥ずかしいでしょ」

「いじめてないよ、確認しただけだよ」


 失礼な、いじめて反応を見て楽しんでいるわけではないのに。


「二階堂エリカァァ! あなた朝っぱらからなんてはしたない人なの! 慎悟様にそんな顔をさせて…! 憎たらしい!!」

「ちょっと止めなさいよ櫻木」


 そこに遅れて教室に入ってきた巻き毛が乱入してからはもうカオスである。私と慎悟を引き剥がそうと特攻してきた巻き毛だが、ぴかりんが壁となって阻止してくれた。

 女性といえど、上背もあって現役バレー部生であるぴかりんに巻き毛が力で適うわけがない。キィキィと「一般生風情がぁ」と巻き毛が吐き捨てると、ぴかりんが苛ついたのがわかった。

 巻き毛と同じクラスになってから、巻き毛が私に絡んでくる回数が倍以上増えたけど、同時に【ぴかりんVS巻き毛】の口喧嘩も増えた。

 だが内容はいつも「一般庶民が生意気な」という巻き毛の選民思想と「親の七光りが偉そうに」と反抗するぴかりんの叩き上げ根性がぶつかり合う流れである。


 流石に私も止めに入るが、双方に「邪魔をするな」と睨まれ、慎悟にも「危ないから」と止められるいつものパターンである。

 喧嘩するほど仲がいいとは言うが……

 水面下でネチネチ争うよりも、こっちのほうが健全……いや、いつも同じことの繰り返しだ。全く前に進んでないよね。

 …セレブ生と一般生の壁は厚いなぁ。私がぴかりんと仲良くなったのは私が根っからの庶民だから気が合ったのだし、やっぱり元の育ちが……でも阿南さんとは仲がいいから一概に言えないかなぁ。

  

「はいはい、おふたりが相思相愛なのは公認ですからね。もうすぐ先生がいらっしゃいますから席に着きましょうね」


 ぽん。と後ろから肩を叩かれ、阿南さんに席につくように促された。もう始業時間か。よし、今日も一日頑張るか。

 なんだかバレーがしたい。早く放課後にならないかな!


 上杉がお祖父さんに送りつけた隠し撮り写真は、慎悟が責任持ってシュレッダーにかけると言って没収された。


 上杉の怖いところは、陥れようと企んで行動している所を気づかせないところだよね。マジで蛇みたいに細かいとこにすり抜けていって……

 私も油断しないようにしないと。

 高校を卒業しても、こいつと私同じ大学の学部に進む予定なんだもの。あぁ怖い怖い。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る