最後のインターハイ、目指すは3回戦進出! なのに不穏な空気…


「二階堂先輩…合宿中あまり話せなかったですよね。俺、もっと先輩と親しくなりたかったんですけど…」

「女子と男子は活動内容がちょっと違うもんね」


 部活は仲良しクラブではないから、男女が仲良くなる必要はないと思うんだ。私達学年も異なるし。


「だって先輩は高嶺の花じゃないですか。…こういう機会がないと話しかけづらいと言うか…」

「…そうでもないけどね」


 新入生だから私の性格を知らないのか、二階堂グループのお嬢様という目線で見られているからかはよくわからないが、私は私でしかないので、高嶺の花でいるつもりはない。エリカちゃんは美少女。気後れする気持ちはなんとなくわかるけども。

 しかし今年の合宿は男子、それも1年の子からよく声を掛けられるもんだな。やっぱり逆玉の輿希望者だろうか。野望を抱えてきたのはわかるけど、彼氏がいるから普通に困る。


「本当に先輩って美人ですよねー。俺初めてみた時見惚れちゃったんですよー。こんなに綺麗な人がいるのかって驚きました。英学院に入学できてラッキーでした!」

「うーん、そっかー」


 私は1年君の口説き文句に苦笑いするしか無かった。エリカちゃんは美少女だよね。わかるよ。だけど中の人の私は反応にちょっと困っちゃうよね。

 適当に話を流すと、花火の山からねずみ花火を発掘した。前にも言ったが私はねずみ花火が好きだ。普通の花火も好きだけど、ねずみ花火は特別である。


「俺、可憐そうな女の人が好みで、先輩見た瞬間全身に電気走ったんスよマジで! これって一目惚れですよね!」

「そうかそうかー」


 人に怪我をさせないように人がいない拓けた場所でねずみ花火に着火すると、ブシュウワァと音を立てながら火花をちらしてぐるぐる回りはじめた。

 花火に火をつけたタイミングで1年君が横からなにか話しかけてきたけど、私はねずみ花火に集中していた。花火の命は一瞬なんだ。邪魔しないで欲しい。


「あの…わかってます? 俺、二階堂先輩のこと」

 パーン!


 ん? 今なんと言ったんだ?

 ねずみ花火の破裂音で1年君の言葉を聞き逃してしまった。二階堂先輩の…なんて言ったんだろうか。

 

「ごめん。今なんて言った?」

「…あ…えっと」


 改めて何を言ったのか聞き返したが、1年君は変な顔をしてモゴモゴと口ごもっていた。


「二階堂せんぱーい! 一緒に手持ち花火しましょー! この花火紫色ですごくきれいですよー!」


 私が訝しんで彼を見上げていると、そこへ手持ち花火数本を手に持った珠ちゃんが近寄ってきて、花火を手渡された。そのため私の意識はそちらへと向いた。紫以外にも緑やピンク色の花火があって、そのどれもが綺麗だった。花火の写真を撮って慎悟や幹さんにも思い出をおすそ分けしてあげよう。 


 私が苦手に感じている、生命の始まりから終わりのような線香花火に今回は挑戦したのだが、なんと最後まで落とさずに終わらせることが出来たのであった。

 なんかちょっと縁起がいい気がする。


 高校最後の合宿もいろいろあったけども楽しかったな。大学部のバレー部にも同じような合宿はあるのだろうか?

 


■□■



 ──ジーワ、ジーワ…

 8月。暑い暑い8月となった。蝉の鳴き声も本格的となり、夏の暑さはピークを迎えていた。周りには夏バテ気味の人がちらほら増えてきている。

 うちでは二階堂パパが夏バテ気味らしく、食欲が無いそうだ。夏バテ防止のスープカレーを振る舞ってあげたら喜んでいた。

 具材は豚の挽肉と、細かくした野菜。それに加えて香辛料や薬味を上手く使えば血管拡張されて汗をかき、疲労感がとれるそうだ。普通のカレーは油分が多めなので、スープカレーにすると胃への負担も減らせて尚良しである。

 全国各地でも熱中症の人が続々現れて、救急搬送されたというニュースが毎日流れているため、女子バレー部の生徒たちも夏の暑さで体力消耗しないように各々工夫している。


 合宿が終わって、一週間ほど経過するといよいよ最後のインターハイの日を迎えた。だが…試合会場で私は再びあの視線を感じていた。

 ズッコケ探偵は気配を隠す気が全く無いらしい。この間のことで害意はないとわかったが、集中が途切れそうで困る。多分観客席で私の調査でもしているんだろう。

 素行調査だろうけど……気分は微妙だよ。ゴチャゴチャしそうなので調査主である家の息子である慎悟には言わないでおいた。でもやっばりあのおじさんは探偵向いてないと思う。


 今回も慎悟がわざわざ応援に来てくれているそうだ。ズッコケ探偵とバッタリ遭遇したりして…とか思ったりしたけど、今の私がすべき事は目の前の試合に集中する事である。

 今回は膝も足首も体調もすこぶる好調だ。今回は大丈夫。イケると自分にマインドコントロールをして、試合に臨んだのである。




 1試合目、私は前回の空回りによる失敗を繰り返さぬために、以前よりも仲間への声掛けに力を入れることにした。後衛の仲間たちを頼り、信じるのだ。そしてただ相手コートにスパイクを叩きつけるだけでなく、フェイント攻撃も積極的に行おう。

 去年の私は念願のインターハイに出場できて感無量であったが、今年の私は違う。

 もっと上へと登りたい。

 誠心高校とはレベルの差が有り余る英学院だが、私が入部した当初よりも明らかに強くなっている。今は無理でも、何年後かには逆転しているかもしれない。ならば今の私達がその足掛かりとならねば。


【ピィーッ】

 試合開始の笛の音が会場に鳴り響き、試合が始まった。相手校にサーブ権が渡ったので、すぐにアタック体勢に入れるように構えていた。 

 私が見つめるのはボールと、対戦相手の動きだ。試合が始まってしまえば、ズッコケ探偵の気配はどうでも良くなった。


 セッターが上げたボールを、他のスパイカーがアタックしようと見せかけてからの、横から飛び出してきた私のスパイク攻撃であったり、二段トスからのバックアタックであったり。

 バックアタックはアタックラインの後方から相手コートに攻撃ボールを打ち込むことである。今の身長でのバックアタックはかなり難易度が高いけど、背が低い選手だからこそ相手を油断させるには十分である。


 それが使えると思った私はコーチやぴかりんに頼んで特訓したんだ。思っていたとおり、相手選手は油断してボールを見逃していた。ネットすれすれを通過したボールは相手コート内に着地してバウンドしていた。

 そのタイミングで英学院側にポイントが入った。私はそれを見て拳を握る。成功してよかった。

 …だが相手も予選を勝ち抜いてインターハイへ進んだチームだ。油断してはならない。


 サーブ権が英学院側に渡った。ボールを軽く床に叩きつけて手に馴染ませると、私はジャンプサーブを放った。


 今回こそ3回戦進出目指すんだ!



■□■



「2回戦進出おめでとう、笑さん」


 彼の言葉が何よりも嬉しい。

 私は笑顔で彼からのお祝いの言葉を受け取った。


「ありがとう! ねぇねぇ観てた? 私の勇姿。惚れ直したかぁ?」


 英学院バレー部の待機場所まで足を運んできてお祝いの言葉を投げかけてくれた慎悟。わざわざ応援に来てくれたのが嬉しくて、私がニコニコしながら問いかけると、呆れた顔をしていた。


「すぐに調子に乗ってそんなこと言って…また怪我するぞ」

「やめてよ縁起でもない。今日はどこも痛くないよ! 膝も心臓も痛くないったら!」

「…今度また不整脈で死にかけたらバレー辞めさせるからな」

「やだよ! 私からバレーを取ってしまったら何も残らなくなるよ!?」

 

 心配なのか脅しなのかわからないけど、怖い事を言ってきた慎悟に元気アピールをしてみたら、更に恐ろしい事を言ってきた。

 そんなこと言われても辞めないよ!? そもそも不整脈は閻魔大王のせいだって何度言えばわかるかな!


「あ、やっぱり慎悟も来てたんだ? 二階堂さん、2回戦進むんだよね、次も頑張ってね」


 慎悟の手を取って強制的に手首の脈を確認させていると、ここにはいないはずの人物の声がした。私が振り返ると、そこには慎悟の親友である三浦君の姿。

 それには私だけでなく、慎悟も訝しげにしていた。


「三浦…? 何故ここに…」

「いやぁ…二階堂さんがどんな人なのか詳しく確かめようと思って。ここ最近調べてもらっていたんだけど……なんだか、俺の知っている二階堂さんとは大分違うなぁと思ってさ」


 その言葉に反応したのは私だけでなく、慎悟もだ。握っていた慎悟の手がピクリと動いたのに気づいた。

 『調べてもらってた』って…それって。……なるほど、そうか。そういうことだったのか。


「そうか…あの探偵、三浦君が依頼してたんだね」

「あ、バレてた?」

「今日もこの会場に潜伏してるよね。三浦君が雇った探偵のせいで、合宿中に警察沙汰になったんだけど知らない?」

「そうだったの?」


 三浦君はヒョコッと器用に眉を動かしていたが、探偵の不手際にはあまり興味はないらしく、反応が薄い。私はてっきり加納家の雇った探偵と思ったのだが…違った。三浦君の仕業か……親友の恋人について調べるのに探偵使うか普通。

 彼が慎悟のことを大好きとは聞いていたが、私はちょっと引いている。私だって、依里やぴかりん、阿南さんや幹さんのこと大好きだけど、その恋人の事を探偵使って調べたりしないよわざわざ。

 …私が慎悟に仇なす存在だと思われているのであろうか? あのとき感じた違和感はやっぱり、そういう事だったのか。私を品定めして、私の動きを監視して…慎悟にふさわしいかどうか探っていたのか……

 私が三浦君を見上げて軽く睨むと、相手も目を細めて見下ろしてきた。


 そっちがその気なら私は一切引いてやらんぞ。


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