惚気じゃないんだ、慎悟以外の男には興味ないんだ。

冒頭が三人称視点、その後笑視点へと戻ります。

ーーーーーーーーーーーーー


「英学院の女子ってレベル高いよな」

「ていうかあの人可愛くない? 3年の…二階堂さんだっけ?」


 少年らの視線は、ストレッチしている女子部員たちに向かっていた。なにやら品定めしている様子である。

 この時期はとにかく暑い。体育館に冷房はついているものの、それでも運動する部員らの熱気でジメジメ暑い。なのでみんな薄着で練習している。

 年頃の男子なので、薄着である女子の身体に興味が湧くのは仕方のないことだろう。だが、あまりにもあからさまで、その視線に気づいた女子たちが嫌がっている事に彼らは気づいていないようだ。


「いやいや、二階堂グループの娘だよ? 俺たち庶民には高嶺の花だって!」

「それに彼氏いるみたいだぜ? すげーイケメンらしいぜ。狙うつもりかよ」


 その中でも一際美しい女子生徒に視線は集中し、彼女の噂話を始めた。彼女の話題を持ち出してきた人物は友人の発言を聞くなり、軽く鼻で笑った。

 

「相手はお坊ちゃんだろ? ああいうお嬢様は箱入りで育ちが良すぎるから、簡単に引っかかるんだって。簡単だって」

「じゃあ賭けるか? お嬢様を誰が落とすか」

「えー…」

「上手くいえば逆玉? いいじゃん、楽しそうじゃん」

 

 どこからその自信が湧くのか、1年坊主達は賭けを始めた。誰があの令嬢を落とすかという、ゲームに似た賭けを。

 相手を誰だと思っているのか……無謀な賭けをはじめたのだ。


「お前ら、くっちゃべってる暇があればランニングしてこい!」 


 練習もストレッチもせずに、不真面目にたむろっている1年に上級生が檄を飛ばす。それから逃れるように体育館を飛び出した1年坊主達はランニングせずに、その辺りでサボり始めた。端からやる気が無いらしい。


 英学院バレー部はここ数年で急成長を見せ、全国大会の常連になりつつある。今年もスポーツ推薦で優秀な生徒を入部させることが出来た。当然ながら一般枠で入部してくる生徒もいる。

 特待生達に負けぬようにと努力することなく、心折れて腐る生徒も少なくない。彼らはそのうちの一部であった。

 やる気がない、それでも部活を辞めない彼らはバレー部内で浮いていた。


「…ん? あれなんだ? 先生の車?」


 グラウンドに向かって歩いていた少年達の内1人が、グラウンドを囲むフェンスの向こう、ぼうぼうに茂った草木の影に白いワンボックスカーが隠れているのを見つけた。

 他の少年たちも訝しげにその車を観察する。


「違うだろ。うちの顧問も女子バレーの顧問もワンボックスカーじゃなかった」

「…雑誌の記者とか?」


 もうすぐインターハイだ。その直前取材か何かじゃないかと1人が呟く。

 少年たちが好奇心でその車に近づいていくと、そのワンボックスカーが急発進してその場を離れてしまった。まるで、逃げるかのように。


「何だありゃ」

「知らね」


 めちゃくちゃ不自然で怪しいが、追いかけるほど興味はなかった彼らは、去っていった車を静かに見送った。

 ジーワジーワと、蝉の鳴き声が辺りに響き渡った。日陰を選んで歩いているのだが、夏の湿気混じりの熱が彼らを襲う。彼らは暑さに目を細め、ぼんやりしていた。

 

「……さっきの話だけどさぁ、あの人殺人事件の関係者だったり、婚約破棄とかスキャンダル多すぎない?」

 

 彼らの関心はすぐに高嶺の花を射止める賭けの話にもどった。その中のひとりは、例のスキャンダルが引っかかっているらしく、微妙な顔をしていた。


「気が乗らないなら、お前は混じらなくていいよ。強制じゃないし」


 彼らの目的は“二階堂エリカ”を落とすこと。


 本来はバレーボールに燃える青春を送るために入部したはずの1年坊主達は実力差に心折れ、勝手に腐っていた。

 その上、英学院という独自の校風に馴染めずにセレブ生に反感も買っていた。女子バレー部の元反乱児達と同様に。


 だから、セレブ生の二階堂エリカをターゲットに絞った。

 それは“暇つぶし”なのか。それとも“憂さ晴らし”なのか。


 真実はわからないが、彼らの遊びはスタートしたのである。




■□■□■



 現在女子バレー部のマネージャーは1人である。なので女子部員全員が分担して協力している。1人で回すのはけっこう大変なのだ。


「広島ちゃん、荷物これ?」

「そうですー! すいません二階堂先輩、マネの仕事手伝っていただいちゃって」

「いいのいいの。ちゃっちゃと夕飯作っちゃわないとね。今晩の炊事は佐々木さんが手伝ってくれるからね」


 顧問の車で買い出しに行っていたマネージャーの荷物を持つのを手伝っていた私は、スーパーのレジ袋に入った食料を持ち上げようと腕に力を入れた。


「それ持ちますよ、二階堂先輩」

「え? …あぁ、ありがとう」


 だけど持ち上げる手前で袋を取り上げられてしまった。持ち上げた相手は男子だ。身長は高いがまだ中学生らしさが抜けない、今年入学してきた1年生の男子部員。

 2・3年であれば名前も顔も覚えているが、1年生男子部員はまだまだ曖昧だ。スポーツ特待生として入ってきた子であればかろうじて覚えているのだが……この子は誰であろうか。

 まぁ、持ってくれるのであればお言葉に甘えよう。


「じゃあ炊事場まで運んでくれる? 広島ちゃん、片方持つよ」


 両手が塞がっているマネージャーの広島ちゃんの荷物を片方受け取ると、私は彼女とお喋りしながら炊事場に戻った。

 大荷物を持っている女子たちの姿を見かけて手伝ってくれたのだな。同じ3年の男子部員が「今年の1年、扱いが難しい」とボヤいていたが、気が利く生徒もいるじゃないかと私は感心していた。



「ありがとう、助かった」


 炊事場まで荷物を運んでもらった時に改めて1年男子にお礼を伝えた。


「あの、俺1年の西川っていいます」

「え? あぁ…どうも二階堂です」


 お礼を言ったら自己紹介されたので私は頭を軽く下げた。私がこの人誰だろうと思っていたのがバレてしまったのであろうか。


「…なんで西川がココにいるの?」


 ここで炊事場に入ってきた佐々木さんが訝しげに西川君を見ていた。佐々木さんも西川君も背が高いなぁ……2人共これからぐんぐん伸びるんだろうなと思うと切なくなる。高校1年生は技術も身長も伸び盛りだもんね…あー、羨ましい。 

 それはそうと、彼らは同じ1年同士。顔見知りか。


「荷物運ぶの手伝ってくれたんだ」

「えぇ…?」


 彼にお手伝いしてもらったことを佐々木さんに説明すると、彼女の顔は余計に困惑していた。胡散臭いモノを見つめるようなその目。どうしたの佐々木さん。


「ていうかあんた、練習は?」

「うるせーなぁ…お前には関係ないだろ」


 彼の先程までの感じの良さが吹っ飛んでいった。佐々木さんの指摘に対して西川君はぞんざいな返事をしていた。


「…二階堂先輩のこと狙ってるなら無駄だよー? 先輩には彼氏がいるんだもん」 


 佐々木さんは彼の返事には元から興味がなかったようだ。マネージャーが作成した今日の夕飯メニューが書かれているレシピのノートに目を向けながら西川君に指摘していた。

 私の彼氏というのは慎悟のこと……あれ、これはもしかして私はアプローチされていたのかな? 荷物持ってポイント稼ぎか……

 会話したこともない相手に好意を抱かれる。恐るべし、エリカちゃんの美貌。


「先輩も相手にする必要ないですよ。こいつ下心だけで近づいただけでしょうし」

「余計なこと言うんじゃねーよ佐々木!」

「本当のことでしょ。…炊事場そんなに広くないんだから、用がないなら出てって邪魔」


 どうやら佐々木さんの言っていることは図星らしい。

 西川君はイラッとした様子で佐々木さんを睨みつけていたが、私に目を向けると「また後で話しましょうね、二階堂先輩!」と言葉を投げかけてきた。私はそれに苦笑いを返すのみである。

 去年までは合宿中にこんなことはなかったので全く身構えていなかった。

 考えてみればそうだよね、たとえ中の人が私でも、このエリカちゃんの美貌で男が寄ってこないわけがないのだ。なんたって美少女なんだもの。


 …間違いは起きないと思うけど、気をつけよう。





 練習場に戻ったあとに、ぴかりんと阿南さんにこんな事があった、びっくりしたと説明したら呆れた目を向けられた。


「そりゃ、今まで二宮先輩が気にかけてくれてたもん。先輩が卒業してそれが無くなったから下心抱いた男子が寄ってきているんでしょうが」


 去年度卒業した元男子バレー部の二宮さんの名前が出てきて私は困惑した。なぜ彼の名前が出てくるんだ。

 二宮さんが気にかけていただと?

 

「え…そうだったの?」

「二階堂様は鈍感でいらっしゃいますものね。去年の合宿でも二宮先輩が陰ながら守ってくださっていたのですよ?」


 阿南さんも困ったように微笑んでいて、知らなかったのは私だけらしい。

 私が気にしている身長のことでからかってくるだけではなかったのか。精神的には同い年のはずなのに、妙に妹扱いされてるなと思ったら知らぬ間に防波堤になってくれていたのか。


 …確かに二宮さんは一昨年の合宿でも色々助けてくれていたしなぁ。スキャンダルに巻き込まれた二階堂エリカ、セレブ生の二階堂エリカって色眼鏡で見ない珍しい人だった。クリスマスパーティでもさり気なくガードしてくれていたみたいだし…色々と知らなかったわ。

 今度会ったらお礼言っておこう。


「それにここには加納君もいないじゃない。隙あらばって奴も出てくるでしょ。あんたはなるべく1人にならないようにね」

「それは女子全員に言えることでしょ」


 不審者だって出没してるんだ。危ないのは私だけではないはずである。

 そもそも年下は恋愛対象範囲外なのだ。彼氏である慎悟が例外なだけで、私の元々のタイプは年上だ。何も心配することがないのだ。

 図体だけはでかい1年坊主に迫られたとしても、戸惑いしか生まれないってものである。実の弟と同い年だからその時点で困惑する。


「なにかトチ狂っても、私が慎悟以外の男に心揺れることはないよ?」

「はいはい、惚気ごちそうさま」

「惚気じゃないよ!? 本当のことなんだよ!?」

「二階堂様が加納様を想うお気持ちは十分理解しておりますよ。さぁさぁ、練習に戻りましょうね」


 2人には惚気ていると片付けられたが、本音なんだ。そんな簡単に流さなくてもいいじゃないのよ。

 …とはいえ、強化合宿のさなかだ。今は練習だな。誰が近づいてこようと、私の特別は慎悟だけ。去年は何もなかったんだ。今年だってきっと大丈夫。

 最後のインターハイが待っているんだ。それに集中しなきゃね。


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