サイコパスでも、慎悟にとってはいい競争相手なのかな?


 瑞沢母と女衒おっさんによる拉致未遂事件は、実行犯達が捕まった。

 今は自供を元に、イチから洗い出している最中らしい。あの女衒おじさんは裏組織の下っ端で、予想通り沢山の少女たちを裏世界で売り飛ばして来たそうだ。

 組織の全貌が解明して、一人でも被害者が減ったらいいが…こういうのは中々なくならないよね。


「ごめんなさい! ヒメのママがまたひどいことをして…」

「…親のした事を子供が責任感じる必要はないよ。瑞沢さんが同じことしなければいいだけの話だし、私は大した被害は受けていないから」


 血縁者のしでかしたことは瑞沢嬢の耳に入ってきたようだ。事件翌日の朝に登校してきた私を待ち伏せしていた瑞沢嬢にいきなり平伏されたので、慌てて立ち上がらせた。

 瑞沢嬢の行動のせいで私達は登校途中の生徒たちの注目を浴びてしまった。人目を避けようとグラウンドの用具室裏まで彼女を引っ張ってきた。

 それだけで私は疲れた。昨日の逃走劇もだが、事情聴取やその他諸々で疲れてしまったよ。テストが終わった後に色々あったから倍疲れたんだなきっと。


 ベショベショと顔面透明な液体まみれになっている瑞沢嬢を見たら、目元が赤く腫れていた。ずっと泣いていたのだろうか…

 瑞沢母は、これからもあんな生き方をするのであろうか。その度に娘の瑞沢嬢は、母の罪を自分がしでかしたことのように気に病んで、傷つくのだろうか。


 瑞沢嬢に責任を問うつもりはない。

 今回のことは瑞沢嬢がしたことではない。気になるかもしれないが、自分を追い詰める必要はないと思うんだ。

 あの母親は娘を、金と引き換えに売ったんだ。縁は切れているようなものだと思うのだけど違うのだろうか? …虐待されて、売り飛ばされたとしても血の因果で縁を切れないのであろうか?


「二階堂さん、本当にごめんね。ヒメがママをちゃんと叱っておく。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんも然るべき対応をするって言ってたの、ヒメもっと勉強してケジメをつけるから」

「…そっか」


 いや、瑞沢嬢はちゃんと考えている。

 母親と父親はクズだけど、祖父母がまだまともだとわかったから……彼らに常識や生きる術を教わる気になった瑞沢嬢ならもう大丈夫だろう。

 …瑞沢嬢はゆっくり着実に成長している。以前の彼女よりもちゃんと自分で考えて行動するようになっている。きっと大丈夫。


「ヒメは、大切な人を傷つけるママのことを許せないわ。ヒメもっとちゃんとするから!」


 泣いているだけでなく、状況を改善するために動くと決めた瑞沢嬢は強くなったなと感じる。天真爛漫で無邪気なところは変わらないけど、2年前の彼女とは大違いである。


「自分のためにも頑張れ。…遅刻するからもう教室に入ろう」

「うん!」


 瑞沢嬢は元気よく返事をすると、私の腕に抱きついてニコニコしていた。

 その手を振り払うことも出来た。だけど、昨日の今日で、衝撃的な話を聞かされた彼女もノーダメージなわけじゃない。私は何も言わないでそのままにしておいた。


 宝生氏は現在ヘタレで、瑞沢嬢も平坦な道を歩いているわけでもない。この先2人がどんな道を歩むかは知らないし、関係ないけど…今までがハードモードだった瑞沢嬢が人並みの人生を歩めたら良いなぁと思っている。

 


■□■



 期末テストが終了して数日後。全教科の点数が出て、各学年の掲示板に上位50位までの順位表が貼られた。


「さすがは幹さんですわね。このまま高校卒業までトップ独走出来そうですね」

「えへへ…独走目指して頑張ります」


 相変わらず主席の幹さんの名前が1位の場所に輝いている。しかもまた満点……満点だよ…

 思ったけど幹さんは日本トップレベルの国立大学を目指そうとは思わないのであろうか。高校3年の今から動くのは遅すぎるかもしれないけど、幹さんなら行けそうな気がする。

 でもまだ進学学部を決めていない彼女にはそれどころじゃないかな。

 

「今回は上杉君が次席か。3点の差だから大差ないね」

「3位でも十分すごいけどね…」


 いつも上杉と順位争いをしている慎悟は今回もめっちゃテスト勉強を頑張っていたけども、惜しくも3位という結果であった。

 それだけでもすごいのに、慎悟はあまり嬉しそうじゃなかった。


「ねーねー、そんなに凹むなよぉ。3位でもすごいじゃん」

「…別に凹んでない」

「ちょっと二階堂さん、慎悟様は落ち込んでいらっしゃるのよ! 静かになさいな!」


 教室の席に着いて、配布された成績表を眺めていた慎悟は少し沈んでいた。なので後ろから抱きついて励ましていると、巻き毛に注意されてしまった。

 慎悟は落ち込んでいないと否定しているが、私の目にも巻き毛の目にも落ち込んでいるのは丸わかりである。慎悟って淡々としてそうに見えるけど、結構負けず嫌いなんだよねぇ。


「気晴らしに、夏休みになったら美味しいもの食べに行こう! あっ、それか図書館や本屋さんにデートしに行く?」

「…そうだな」

「ちょっと二階堂さん、私はまだあなたのことを認めたつもりではないのよ!? 何を堂々とデートのお誘いなんか…慎悟様も慎悟様です! こんな女狐に…」


 私がデートに誘っていることで、巻き毛が文句を言ってきているが、ここではスルーした。ネチネチと私の悪口を言っているが無視だ無視。

 

「慎悟のことだから3点差が悔しいと思っているんでしょ? わかるよ、ライバルに負けるって悔しいよね。自分のこと責めちゃうのもわかる」

「……」

「慎悟が頑張っているのはよーく知ってるよ。また次頑張ろう」


 今回の試験、私の順位は強制的に設定された目標までは行かなかった。現状維持で慎悟と比べるのもおこがましい順位である。そんな私が上から目線でよく頑張ったというのはおかしい気もするが、褒めてあげた。

 私もバレー関連で同じ気持ちになったことがたくさんあるから気持ちはわかるんだ。


 もしかしたら慎悟には「あんたに言われても…」と辛口返答をいただくかもしれないが、その時はその時である。

 愛犬ペロを褒めるときのように「よーしゃしゃ」と慎悟の頭をナデナデしてあげた。指通りの良い健康的な髪の毛だ。美少年は髪もきれいなんだな。


「ねぇ二階堂さん。僕は次席なんだけど、僕のことは褒めてくれないの?」


 撫ですぎて慎悟の髪がボサボサになってしまった。持っていたつげ櫛で彼の髪型を整えていると、目が笑っていない笑顔の上杉が口を挟んできた。

 私は慎悟の髪を櫛で梳かしながら胡乱に奴を見上げた。


「はいはい、スゴいですね」


 次席すごいね、おめでとう。と続けてお祝いの言葉をかけてあげたが、上杉はそれじゃ不満のようでつまらなそうな顔をしていた。

 褒めてやったのに何だその態度は。


「加納君、今回は残念だったね? …彼女に慰められて少しは元気出たかな?」

「…お陰様で。……今度は負けない」


 慎悟は椅子に座ったまま、上杉を見上げた。上杉は不敵に笑い、慎悟は戦いを挑むような目をしていた。つげ櫛で梳かれた慎悟の髪は天使の輪が輝いており、美麗さに磨きがかかっている。

 …私が関わらなくても、2人は元々ライバル同士だったのだ。高校入学以前…中等部時代は主席と次席を争っていたそうだ。高等部になってからは、我らが幹さんが外部入学して主席をキープし続けているため、彼らの順位が繰り下がってしまったとかなんとか。

 どんなに秀才でも天才には勝てないのか…幹さんつえぇな、流石幹さん。と言うのが私の感想である。


 競争相手がいると張り合いが出ていいよね。相手が上杉だと、なにか企んでそうで怖いけど。でも慎悟なら後れを取ることはないであろう。

 奴はただ単に、慎悟にちょっかいを掛けに来ただけらしい。慎悟と一瞬だけ睨み合いをしていたがすぐに飽きた様子でスッと目を逸らしていた。


「そうだ、ねぇ昨日のお礼でお茶に付き合ってほしいんだけどな」

「はぁ? やだよ。そもそも私は部活があるんだよ」

「1日位サボってもいいじゃない」

「よくないよ。来月インターハイがあるんだよ」


 ターゲットが再び私に戻ったらしい。

 なにがお礼だ。上杉がなにもしてないとは言わないけど、あの警備員さんのほうがお世話になったわ。昨日あの後、二階堂ママが個人的に彼にお礼を告げていたので、私も改めてお礼を言った。

 上杉の家の会社は良い警備員さんを雇っているな。上杉の親がちゃんとしているのか、その部下がちゃんとしているのか……あまり興味ないからどちらでも良いけど。


「また無理して怪我しちゃうんじゃないの?」

「今度は同じ轍を踏まないよ? あんたのそれ、不吉だから話題に出すの止めてくれる?」

「心配してあげているのに」

「それはどうも。でも余計なお世話だよ」


 前回あんたの不穏な予言の後にあんな事があったから…偶然でも怖いんだよ。あんたのせいとは言わないけど、怖いからやめてよ。


「じゃあインターハイが終わった後でもいいよ?」

「ヤダ。ねぇねぇ慎悟、今度ここに行こう? 近くに美味しいお店もあるんだって」


 私は上杉の誘いをお断りすると、慎悟にスマホの画面を見せた。趣味が読書である二階堂家の運転手さんがお休みの日によく遠出して向かうという、図書館を紹介してくれたのだ。

 いつも私の行きたい場所に付き合ってくれているから、たまには慎悟の好きそうな場所に行かなくてはね。

 画面を見ていた慎悟が図書館のホームページを見て、何かに気がついたような顔をしていた。 


「…ここは…」

「行ったことあるの?」

「図書館はない。この近くに友人の通う学校があるんだ」

「あ、例の仲良しの友達?」


 慎悟は「仲良しというわけじゃないけど…」とは言ってきたが、話を聞いている限りでは多分慎悟が一番心を許してる友達だと思うんだよね。


「…もしかして三浦君のこと? 君達連絡取っていたんだ」

「…まぁな」


 中等部まで一緒だと言っていたから、内部生である上杉やそこにいる巻き毛も知っている相手なのだろう。面識のない私は下手なことを喋らないように口を閉ざした。


「君たち仲良かったもんね…いや、三浦君が加納君のことを好き過ぎるだけかな?」

「誤解を招く発言をするなよ」

「本当のことじゃない。思えば…彼って君に過保護だったよね。……よくここの高等部に進学しなかったものだよ」


 上杉の発言に私は目を丸くした。

 慎悟と仲良し、変わり者の三浦君と言う存在は知っていた。

 好き過ぎる? …過保護…!? なにそれ…!

 すぐ側でこの話を聞いていた巻き毛は三浦君の話題に対して嫌そうに顔をしかめていた。…慎悟の友人というくらいだから、すり寄っていたのかと思っていたけど…。

 その反応だと…あまり仲良くはないのかな?


 慎悟の謎の友人が、ますます謎に深まった瞬間であった。


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