小話・ 賽の河原と残された子どもたち【三人称視点】
笑が去った後の地獄は以前と変わらない日常が続いていた。
賽の河原では幼い子どもたちが親の供養に塔を建てては鬼に崩されるという報われない作業を延々と続けており、単純作業にいい加減飽きた5歳ほどの男の子が地獄の空を見上げながらつぶやいた。
「笑姉ちゃん元気にしてるかなぁ」
地獄の空は燃えたぎる炎のようにいつも赤い。毎日ここで石を積むという作業を繰り返しているせいか、常時赤い空というのが常識となり、現世で見た青空のことを彼らは忘れ去りそうになっていた。
「大丈夫だよー。笑姉ちゃんなら大好きなバレーでもしてると思うよ」
男の子のボヤキに反応した、同い年くらいのおしゃまな女の子が自信満々に答えた。笑は子どもたちにも、バレーボールが大好きなのだと語っていたようだ。
「僕たち、転生の輪に入れたら笑姉ちゃんにまた会えるかな?」
「そうだね…私、パパとママにもまた会いたいな」
「お父さん、お母さん…」
大好きなお父さんとお母さんのことを思い出してしまった子どもたちはしんみりとしてしまった。
突然現れた年長のお姉さんの意識改革によって、苦しいだけだった石積みを頑張ろうと思えるようになった。
笑は鬼の目を盗んで、水切りの仕方や石の的あての遊びを教えてくれた。短い期間ではあったが、笑のお陰で子どもたちは久々に楽しい時間を過ごせていたのだ。一月ちょっとという時間だけだったが、笑と子どもたちは沢山遊び、沢山お話した。それで周りにいる子どもたちともお話する機会が生まれ、皆仲良しになったのだ。
子どもたちは事故や事件・病気で亡くなった子たちばかりで、頼れる人もいないこの地獄で寂しい思いをしていたが、笑が場を盛り上げてくれたお陰で、寂しさが激減した。
そりゃあ彼らはまだ幼く、親や兄弟、親しい人たちのことが恋しいけれど……もう会えないのだということは幼いながらに理解していたのだ。
だからここで供養塔を積んで、転生の輪に入る順番を待っていたのだ。次の人生を歩むために。いくら何度石の塔を崩されようと、自分たちにはこれを続けるしか道がないとわかっていたのだ。
…いくら辛くてもやるしかないのである。
「あっ、ゴ○ラが来たぜ!」
「逃げろぉぉー!」
地獄で娯楽はないに等しい。だから彼らは笑が編み出した娯楽を体いっぱいで楽しんでいた。最初は供養塔を崩されることが悲しくて虚しかった子どもたちではあったが、今では鬼の姿を見つけるなり皆で鬼ごっこよろしく逃げ回ることがセットになっている。
その時は日頃のストレスを発散する如く、思いっきり叫び、全力で走って逃げているようだ。
ここ最近では鬼も「ゴジ○」呼ばわりされることを諦めており、淡々と自分の任務を遂行していた。
つい先日も「○ジラさぁ…あ、わり間違った」と同僚にまであだ名で呼ばれ、同僚間でも自分がゴジ○と呼ばれていることを知った彼は諦めの境地に至ったらしい。因みに彼らは現世の文化や娯楽も軽くではあるが嗜んでいるので、ゴ○ラがどんなものか把握していたりする。
にぎやかなこの賽の河原。ゴジ○鬼はそのことに諦め半分であった。
…たとえ、この場が元通りの賽の河原の雰囲気を取り戻したとしても、また何十年後かに生を全うした笑がここに戻ってくるのを考えると、歴史が繰り返されそうな気がしてならないようである。
笑が転生の輪に向かった後、生者が地獄に迷い込んで、転生の輪に割り込み入場した事件で地獄では大騒ぎになった。
亡者であるはずの笑が転生キャンセルで現世へと強制送還されたのはついこの間のこと。…別人として生きる事となった笑は大丈夫だろうかと○ジラ鬼は一瞬思ったが、追いかけても怒鳴っても軽く苛責しても、時間が経てばひょっこり現れていた笑だから大丈夫か、と彼はあまり心配していなかった。
生前の自分の行いを改めさせ、反省させるための日本地獄であるが、現在この賽の河原だけは子どもたちの笑い声が絶えない場所に変わっていた。
一部の亡者たちがほっこりした顔で子どもたちの石積みの様子を見ているとの報告も出ている。
地獄の鬼たちとしては格好が付かないと渋い顔をしているが、閻魔大王がそれを良しとしているので、仕方なくそのままにしているようだ。
子どもたちが次に転生する先は不明だ。転生先を選ぶことも出来ないので、自分の両親の元へ生まれ変わる保証もない。幼い子供でも不安はある。だけど彼らは転生することを前向きに考えていた。
笑が地獄にいた時、石を積みながら話してくれたことが子どもたちの心に残っている。
“生きている限り人間には可能性があるの”
“好きなものを見つけたら人生は大きく変わるよ”
彼女の言っていることは子どもである彼らはしっかり理解することは出来なかった。
それでもなんとなくは理解することは出来た。
彼らはまだ幼すぎて、笑のように人生を賭けられるようなものは何もなかった。
だけど大好きな家族だったり、お友達だったり、はたまた夢中になっていたオモチャだったり、大好きな食べ物だったり…形は違えど、現世に何かしらの未練があった子ばかりだ。中にはほのかに抱いた将来の夢を掲げていた子もいた。
それを語る笑の姿は眩しく、同時に羨ましくも思えた。
だから自分たちも早く転生して、もっと長く生きたいと望むようになっていたのだ。
「あっ地蔵菩薩だ!」
今日もまた、転生の輪に入る子どもたちが選出され、長く、苦しかった呵責から解放された。
1人、また1人と賽の河原を卒業していく子どもたち。だけどまた新たに幼くして命を落とした子どもが入ってくる。毎日毎日たくさんの命が生まれ、同時に大勢の命が死んでいく。
そんな中で何故幼くして亡くなった罪なき子どもたちが報われない作業を強制させられるのか…
親より授かった大事な身体、命の大切さを忘れてはならない。だから親より先に逝ってはならない、親より先に逝くのは最大の親不孝なのだ。
親を供養することによって、子どもたちは地蔵菩薩に救われるのだ。
「またねーみんな!」
「長生きしてねー!」
「俺たちもすぐに転生するから先に行って待ってろよ!」
大きく手を振って、地蔵菩薩と賽の河原を後にする子どもに、残された子達は姿が見えなくなるまで声を掛けていた。
「…ほら、石積み再開しろ。お前らも早く転生したいんだろ」
ぶっきらぼうな言い方で供養塔建設の再開を促してきたゴジ○鬼に、子どもの1人が不思議そうな顔をして彼を見上げていた。
「ゴ○ラ鬼さぁ、最近優しいね」
「どうしたの? やっと彼女出来た?」
「うるせぇ! とっとと供養塔作れ!」
おしゃまな女の子の発言が○ジラ鬼の逆鱗に触れたようで、ゴ○ラ鬼が火を吹く勢いで怒鳴ってきた。どうやら未だに彼女が出来ないらしい。現世でも地獄でもその辺りはデリケートな話題のようだ。
「きゃー! 怒ったー!」
「ゴジ○鬼が怒ったー!」
「逃げろー! 呵責されるぞー!」
それを子どもたちは一種のアトラクションのような感じのリアクションを放っていた。なかなか神経の図太い子どもたちである。
それは笑の影響なのかは定かじゃないが、みんな楽しそうにキャッキャと笑っているので、まぁいいんじゃないだろうか。
今日も賽の河原はにぎやかである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。