お付き合い始めました。それによって私の習い事が増えそうです。


 嫌味で辛口、その上リアルハーレム野郎。はじめはいけ好かないと思っていた慎悟。

 だけど関わってく内にあいつの良いところを知っていって……私の重い事情にも理解を示し、力になってくれるあいつはいつの間にか私にとってかけがえのない人になっていた。

 まさか慎悟とお付き合いをすることになるとは驚きである。 


 彼と付き合うとなると、将来を見越したお付き合いになる。そうなると今の私じゃ不十分すぎるであろう。なんたって慎悟もエリカちゃんもセレブ中のセレブ。二階堂エリカとして生きていく私は色んな責務を負うことになるのだ。

 慎悟はちょっとずつでいいとは言うけど、多分それは建前。そもそも周りはそうはいかないと思うんだ。

 …普通のさ、庶民同士ならこんな義務的なものはないのに…セレブっていうのはなんとも…バレーに生きてきた私にはハードモードすぎる。

 

 

■□■

 


 慎悟と付き合うことが決まった翌日の朝、朝食の席に着いた二階堂パパママに交際の報告をした。一応伝えておいたほうが良いよねって事で。

 パパは穏やかに受け止めていたのだけど、ママは…興奮していた。まるで阿南さんとぴかりんのように。


「ならえっちゃん、慎悟君との縁談をまとめるためにも、更に頑張らなきゃね!」

「デスヨネー」


 …改めてそれ言われると胃が重いなぁ。分かってたけどグサッとくる。えぇ…1ヶ月前に習い事セーブする? ってママは言っていたのに前言撤回なの?

 

「楽器系はこの際捨ててしまって、とりあえず華道は追加で習ったほうがいいわね。あと書道も習い事に入れましょうか…香道は必要かしら?」

「香道は要らないんじゃないかな?」

「英語の他にも外国語を習わせたいけど、いきなり詰めるとえっちゃんが潰れちゃうでしょうから、まだしばらくは英語だけにしておきましょうね」


 私を置いてけぼりにして、パパママは新たな習い事のことを話し合っている。書道はともかくやっぱり華道しなきゃいけない? 私がやると生花虐待になるって…

 あと他になにがあるかしらとママがパパに尋ねると、パパがしばし考え込み…

 

「日本舞踊に…乗馬とか?」


 と、つぶやいた。乗馬…馬に乗るってこと!? 風のように駆けるってこと!? 先程まで増えそうな習い事にげんなりしていた私のテンションは上がった。


「乗馬!? なにそれ面白そう!!」


 面白そうな習い事じゃないの! 私それなら喜んでやるよ! 


「…だけど優先順位的に最後じゃないかしら?」


 首を傾げるママの一声でそれが無くなりそうだったが、私の強い希望によって乗馬を習い事リストに入れてもらうことが叶った。だが習い事が増えることは間違いなしだ。

 こんな時瑞沢嬢なら「愛さえあれば!」とか言いそうだけど、現実問題…人には向き不向きがあるよね。どうしよう、ポンコツ過ぎてクーリングオフされたら。 



 その日の朝も普段どおり車で学校にやって来た。私は学校と部活のカバンの他に、コンビニのビニール袋を提げていた。

 今日はホワイトデーだ。私は途中コンビニに寄って、お返しのお菓子を買ってきたのだ。今回は小袋パックのお菓子にしておいた。


「二階堂さぁーん! おはよぉ!」


 入門ゲートを通過して昇降口まで歩いていると、後ろから元気な声で瑞沢嬢が声を掛けてきた。あの事件以降、元通りになってしまった私と瑞沢嬢であるが…私自身も彼女とどうしたらいいのかわからなくて、突き放すことも出来ないでいる。 


「…おはよう。…はいお返し」

「えっ…?」

「バレンタインの時、下駄箱にお菓子入れてくれたでしょ?」

「…二階堂さぁん!」

「うわちょっ!」


 瑞沢嬢は感極まった様子でガバァッと抱きついてきた。…私、なにか感動するようなこと言ったか?


「嬉しい! 大切に食べるね!」

「コンビニ菓子だよ。普通に食べて」


 100円程度のものなのにそこまで有り難がられると申し訳なくなるんだけど…。瑞沢嬢のことだ。ハーレムからも貰うんだろうな…


「…そういえば、瑞沢さんはハーレム…いや、いつも仲良くしている男たちにもバレンタインになにかあげたの?」

「うん! 皆喜んでくれたの!」


 未だに彼らは4人で和気あいあいとしているが、彼らはそれでいいのか。いや、その婚約者達は面白くないと思っているようだけども。


「…瑞沢さんの本命って宝生氏だよね?」

「そうだよ?」

「他の2人はキープ君なの? それともただの友達?」

「お友達よ?」


 そうなの? 瑞沢嬢の言っていることが本当なら、残りの2人は片思い状態のまま、両思いの宝生氏と瑞沢嬢の傍にいるのかな? …それは辛くないのだろうか。それとも…愛し合っている2人のそばが居心地いいのだろうか…

 まぁいいか。私には関係ないし……


 左腕に瑞沢嬢をくっつけたまま、私は下駄箱に到着したのだけど、自分の靴箱を明けた瞬間、私は既視感を覚えた。

 中に入っていたのは小さめの紙袋。私はそれを震える指で摘み上げた。軽い。中を覗き込むとこれまた小さな長方形の箱。


「あっ! それ今流行っているリップじゃない? いいなぁ!」


 横から覗き込んだ瑞沢嬢の言葉に私はギクッとした。宛名書いてないけど、絶対アイツだ…バレンタインに何も渡してこないと思ったら次はホワイトデーか!


「これあげるよ」

「えぇ? でも二階堂さんが貰ったものでしょう?」

「私こういうのつけないからさ」


 傍にいた瑞沢嬢に押し付け…あげようとしたけど。瑞沢嬢はなかなか受け取らない。

 どうしようこれ。


「…下駄箱前で何してるんだよ」

「あっ慎悟! おはよう! 慎悟にこれあげるよ!」

「…なんだこれ」

「今若い女の子たちの間で流行しているリップよ♪」


 私に突き出された紙袋に慎悟は眉を顰め、瑞沢嬢に中身はリップと言われて顔全体をしかめてしまった。


「また上杉か…いらない」

「私こんな恐ろしいもの使えないよ!」


 台湾旅行でぴかりんに押し付けられたリップもまだ残ってるし、二階堂ママが買ってくれたものも残っている。


「それ使うと唇がつやつやプルプルするのよ? 二階堂さん、折角なんだし使ったらいいじゃない!」


 瑞沢嬢はそんな事を言ってくるが、そういう問題じゃない。精神的な問題だから。


「……物には罪がないから使ってみたらどうだ?」

「そんな…」


 そんな事言って顔はとても面白くなさそうなんですけど。

 いいの? 私がこれ使っても…


「…わかった。使うよ」


 慎悟の言う通り使うと宣言したら、慎悟のきれいな顔がどんどん渋い表情になっていく。多分本音は嫌だけど、物を粗末にするのが嫌なんだろう。馬鹿だなぁ素直に言えばいいのに。


「というわけで、瑞沢さん使ってね」

「え? でもぉ…」

「慎悟が嫉妬してるから私は使えないんだ。ちゃんと送り主にはハッキリ意思表示しておくから大丈夫」


 私だって逆の立場なら面白く思わないと思うもん。

 瑞沢嬢に無理やり押し付けるようにしてリップを処分すると、私は履き替えていなかった靴を替えて教室に向かった。

 

「…本当に良いのか?」


 私の後ろを着いてくる慎悟が確認してきた。


「嫌そうに顔を歪めてた癖によく言うよ。私が使いたくないからいいの」

「…アイツが何か言ってくるかもしれないのに」

「手紙もカードもないもん、送り主不明よ? 不審物として扱ったと言えばいいでしょ。…それより」

 

 私はピタリと立ち止まって振り返った。私が急に振り向いたことに驚いた様子の慎悟に向かって右手を差し出し、期待の眼差しを彼へと送りつける。

 

「慎悟君からのお返しをお姉さんはとても楽しみにしてたんだけどなー?」 

「…ちゃんと持ってきてるよ。あと年上ぶるなっていつも言ってるだろ」

「慎悟それにこだわり過ぎじゃない? 細かいことはいいんだよ。どんなカレーなのか楽しみにして来たんだー」


 輸入商品ってパッケージからしてワクワクしない? 貰ったら早速お昼に食堂のおばちゃんに温めてもらおうと思ってるんだ。


「…教室で渡す」

「やったね」

 

 そういえば、バレンタインにあげるのも、ホワイトデーにお返し貰うのも慎悟が初めてだ。私今までホントにこのイベント無関心だったんだな…


「それってレトルトパウチ? お昼に早速食べようと思うんだけど」

「そうだと思うけど…もう食べるのか?」

「いいじゃないの」


 慎悟の手には学校のカバン以外に、大きな紙袋があった。多分それ全部お返しなんだろうな。慎悟は律儀に3倍返しをするのだろうか、輸入のお菓子をお返しするのであろうか?


「お返し大量だね。慎悟のお小遣い大丈夫? あれだったら春休みのカレー食べに行く約束の日程ずらすけど」

「それは大丈夫」

「そ?」


 私が慎悟と肩を並べて教室に向かていると、それを阻むようにして奴が現れた。待ち伏せでもしていたかのようなタイミングである。

 私はニコニコ笑う奴を胡乱に見上げた。


「おはよう二階堂さん、加納君」

「おはよう変態君」


 下駄箱に劇物(※リップ)を入れられていたので、そのうち接触してくるだろうなとは思っていたけど、上杉は私が慎悟と一緒のところに大胆にも声を掛けてきた。

 コイツの神経は本当に図太いよね。私も神経の図太さには自信があるけど、コイツには負けるわ。


「下駄箱に入れておいたプレゼント気に入ってくれた?」

「不審物だから処分させてもらったよ」

「…ひどいなぁ。女性に人気っていうから君もきっと気にいると思ったのに」


 そんな事言って全然気にしてないくせに。だいたい渡し方が怖いんだよあんたは。それと私はリップよりも、バレー観戦チケットを貰ったほうが喜ぶよ。絶対に教えないけど。


「そうだ報告があるんだ。私、慎悟と付き合うことになったからそこんとこよろしく」


 慎悟と交際を始めたことを言っておけば抑止力になると思ったけど、上杉は微笑んでいた。…不気味である。


「ふふふ、大丈夫。まだチャンスは有るから」

「…ないよ!? あんたのその自信は何処から湧いてくるの? そのポジティブメンタルを別のことに活用できないかな!?」


 ゾッとしたので慎悟の背中に隠れた。怖いコイツ。中の人が56歳のおっさんだって嘘ついても引かないし、幻滅するような行動をとっても執着するし…本当になんなのコイツ。


「上杉…邪魔するなよ。この人に手出しするならただじゃ置かないからな」

「……おぉ怖い。まぁいいや、これからの楽しみが生まれたから。それじゃまたね」


 慎悟に睨まれて牽制されたというのに、鼻歌を歌いそうな雰囲気で上杉は踵を返していった。

 怖い。なんなのそれ宣戦布告なの? あいつは何するつもりなのよ! 慎悟からキツく睨まれているのになぜ笑ってんだよあんたは!

 私は底知れぬ恐怖に慄いていたのだが、とある可能性にハッとした。


「まさか…3年のクラス替えを操作するつもりじゃ…」

「…まさかそんな事するわけがないだろ。…多分」


 慎悟は否定しておきながら、自信なさげな言い方をしていた。やめてよ。頼むから断言して。

 4月になれば私達は3年生に進級だ。またクラス替えがある。

 クラス替えに権力で介入するなんてそんな馬鹿なとは思うけど……あいつならやりかねないなと私は身震いしたのであった。


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