もしも私がオッサンでも、変わらず好きなの?


 テストの返却が行われ、その結果にホッとした私。補習とか追試とか絶対に嫌だもんね!

 私には初夏のインターハイ予選に向けて引き続き肉体強化とレギュラー入りをするという目標があるのだ。たとえオリンピック選手になれなくても私はバレーを続けたいんだ。

 この間3年が全員引退してしまったので、レギュラーが入れ替えになるんだ。私も油断していたら他のメンバーに追い越されてしまうから頑張らないと。  

 バレーに燃えていた私は、学期末テストの順位表の前を素通りして教室に向かっていた。見ても名前は載ってないから見ない。載っている名前は代わり映えしないし。


「二階堂さん、ちょっといいかな?」

「あ。斎藤君」


 彼はどうやら3組の教室前で待っていたようだ。3年の斎藤君は私を見つけるなりパァッと表情を明るくさせた。…どうしたのだろうか。私に何か用でも…

 

「ちょっと待った。…あんたも簡単に着いて行くなよ…」


 斎藤君に言われるがまま着いて行こうとしたら、慎悟が割って入ってきた。

 着いて行くなって…人聞きが悪いな。斎藤君は誘拐犯じゃないぞ。


「…邪魔すんなよ。ちょっと話すだけだろ」

「なら俺の目の届く所でやってくれませんかね」

「はぁ!? なんでお前に見られながら告白しなきゃならないんだよ!」


 この2人は仲が悪いなぁ。やっぱりはじめの印象が悪かったから……って、斎藤君は今なんと言った?


「えっ、告白!?」


 この状況だと私に告白するみたいな言い方じゃないか。斎藤君はロリ巨乳のことが好きだったよね…?

 私がギョッとした反応を示すと、斎藤君は頬を赤く染めていた。えぇぇ、マジっすか。私のモテ期まだ続いてるんですか…


「…あんた、本当に気づいていなかったんだな」

「えぇっ!? 慎悟知ってたの!?」

 

 そして慎悟はすでに気づいていたらしい。マジか!

 斎藤君、エリカちゃんの美少女っぷりに惚れてしまったのか。…君は本当に面食いだな。しかし困った。私はエリカちゃん本人じゃないからなぁ…


「えぇっと…」

「話を聞いてくれるだけでいいんだ。…二階堂さんは高嶺の花だから、叶うとは思っていない」


 告白だけでもさせて欲しいという斎藤君の顔を見て私は、ユキ兄ちゃんに告白した時の自分を思い出した。

 告白しないのと、告白したとじゃ全然気持ちが変わる。悔いなく自分の想いとサヨナラをしたいという彼の気持ちがものすごくよくわかったから。


「…わかりました」

「おい」

「慎悟は着いてこないで。2人で話してくる」


 こういう事ははっきりしておいたほうがいい。私は慎悟に着いてこないように厳命すると、斉藤君と2人で裏庭まで移動した。

 斎藤君は手に汗握った様子で告白してくれた。声が上ずっており、彼の緊張の度合いがよく分かる。

 

「いつの間にか二階堂さんのことが好きになっていたんだ」

「ありがとう。…応えられなくてごめんなさい」

「ううん、いいんだ。二階堂さんに言われた通り、大学に入っても頑張って見返してやるだけの意地を見せてみせるよ」


 告白はお断りしたのだが、斎藤君はスッキリ吹っ切れた顔をしていた。断る方は心苦しいが、告白した方はスッキリするんだよな。わかるわぁ。

 彼と握手を交わすとその場で別れた。斎藤君が遠ざかったのを確認した私は後ろを振り返った。


「…着いてくるなって言ったでしょうが」


 告白されている時からずっと気配がしていたんだよね。建物の影に隠れているけど、バレバレだってば。…着いてくるなと言ったのに…


「バレちゃった?」

「…あんたかよ!」


 てっきり慎悟が尾行してきたのだと思ったら違った。上杉であった。

 奴は建物の影からヌッと姿を現すと、こちらに近づいてきた。勿論胡散臭いニコニコ笑顔で。


「結構モテるよねぇ君って。なんとなく理由はわかるけど」

「…ガサツだっていいたいのかなー?」


 別にモテてはいないと思うけど。あんたのことはカウントしていないし。

 奴がいつサイコパス化するかわからないので、私は身構えた。


「…ねぇ、本物の二階堂さんはもう戻ってこないの?」

「……」


 その問いに対して、私は口ごもってしまった。…そんな事を聞いてコイツはどうしたいんだ。

 そうさ、戻らないさ。コイツの大好きなエリカちゃんがこの世に再び生まれてくるときには別人になってしまっているはずだ。もしかしたら人じゃない可能性だってある。


「…そんな事を聞いて、あんたはどうしたいの?」

「参考のためだよ。別に君を脅したいわけじゃない」

 

 じゃあなんだ。…参考ってなんの。…人形化計画のために? やめて、怖いよ。


「あんたさー…怖がられていたからね? 私がいない時に何をしてたか知らないけど、彼女めっちゃ怯えてたからね?」


 私の遺した日記帳に、エリカちゃんが上杉のことも書いていたが、すごく怖がっていたのが窺えた。

 …コイツ、一体何したんだよ。また気色悪い発言で迫ったんじゃなかろうか。


「好きなら…真正面からぶつかればいいのに、あんたって頭いいくせにバカだよね」

「……彼女はずっと宝生を見ていたからね。正面からぶつかっても多分無駄だったんじゃないかな。傷ついてズタボロの所を手に入れるほうが手っ取り早かった」

「……」


 さっきまでニコニコ笑顔だったくせにいきなりスッと真顔になった上杉。その変わりように私はギクッとした。

 あの手段は上杉が考えた最善の方法だったらしい。エリカちゃんにとっては最悪に変わりないけど。間違いなくこいつ頭のネジが2・3本飛んでるな。


「君と再び入れ替わる前の彼女は…やっぱり宝生しか見ていなかった」

「…そうかい」

「もう彼女が戻らないのなら…残念だけど、諦めるしか無いね」

「そしたら…!」


 やっとストーカーを止めてくれるのか! と私は歓喜した。 

 長かった…! コイツのストーカー行為に私が何度恐怖を感じてきたことか…! それから解放される時が来たのか…! うれしい! 今日はお祝いにカレーだな! お手伝いさんにリクエストメールしてみよう!


 だが期待を裏切るのが、この上杉という男である。


「やだなぁ、そういう意味じゃないよ。そんな喜ばれたら、ひどい事したくなるじゃない」

「デスヨネー!」


 何だよ…ぬか喜びしてしまったじゃないか。なら思わせぶりな発言しないでよ。

 本物の“エリカちゃん”を手に入れることを諦めたということ…つまり偽物のエリカちゃんである私を人形化することは諦めてないってことなのね。

 さり気なくサイコパスな発言するの止めてくれないかな。私は蝶の標本のように大人しくしてやるつもりはないぞ。


「前にも言ったでしょう? 僕は君のことも気に入っているって」

「言ってくれるね。乱暴でガサツな女と好き勝手にこき下ろしてくれたってのに」


 上杉から好意を伝えられてもあんまり嬉しくないな。私は奴の発言を鼻で笑い飛ばしてやる。


「私も言ったはずだけど? あんたのことを好きになることはないって」

「…その跳ねっ返りなところも面白いと思っているんだ。知ってた?」

「知りたくなかったね……ていうか、あんた私が誰だかわかっているの?」


 仮にも私は、あんたの好きな人の体を乗っ取った人間だよ? 気に入ったなんて…あんたの想いはその程度なのか?

 私の問に対して、上杉は目を細め、全く目が笑っていない笑顔を浮かべていた。


「わかっているよ……君は、あの事件の被害者だよね」

「……そう」


 …ふと魔が差した。

 こう言ったら、コイツは怯むだろうかと。これを言えば、ストーカー行為をやめてくれるかもしれないという期待を込めて、私は大嘘をつくことにした。

 私は咳払いをすると神妙な表情を作って、しみじみと語り始めた。


「私は…妻子を持つ、56歳のサラリーマンだった」

「……冗談のつもりかもしれないけど、あまり面白くないよ?」

「本当だよ。私には妻子がいたんだ…」


 おじさんごめん。

 だけどあの状況でおじさんも憑依してる可能性はあったと思うんだ。

 私は神妙な表情を作っていたが、内心上杉の反応が楽しみで仕方がない。チラッと奴の表情を確認してみたのだが、奴はまさかの……


「ふふっ…あははははっ!」

「……」


 笑っていた。私は今までコイツの笑い声を聞いたことがあっただろうか…否、ない。笑顔はいつも見ているけど、笑い声はないな……

 これは冗談だとわかって笑っているのか、トチ狂って笑っているのか…果たしてどちらだ?


「…そんな事、些細なことだよ」

「…は」


 私が呆然と奴を見上げていると、上杉はゆっくりとこちらに近寄ってきた。

 ヤバイ、はよ逃げな! とは頭ではわかっていたけど、金縛りにあったかのように足が動かない。まさに蛇に睨まれた蛙状態。


「体は女の子でしょう? 全然問題ないよ」

「…とんでもない奴だなお前!!」


 中身が妻子持ちのオッサンでも構わないらしい。

 確かに体は女子だけど……平気なの!? どれだけお前はエリカちゃんマニアなんだよ!

 私が恐怖に慄いていると、上杉はにっこり笑いながら頭を撫でてきた。


「嘘はだめだよ? すぐにバレるからね?」

「……」


 私は上杉の手を無言で振り払うと、その場から逃走した。

 だめだ、この先もあいつはストーカーをするらしい。同じ事件現場で殺害されて亡くなったおじさんを利用する形で大法螺吹いたのに全くの無駄であった。おじさん…冒涜したみたいになってごめん!


 安全な場所を求めて、教室目指して階段を登っていると、そこで慎悟と遭遇した。焦った様子で階段を駆け上がる私を見た慎悟はびっくりした様子だ。

 私は彼の腕を掴んで矢継ぎ早に質問した。


「慎悟! 私がもしもオッサンだったら変わらず好きでいてくれるの!?」

「……はぁ?」

「だから! 私が56の妻子持ちのオッサンだったら好きかって聞いてるの!」


 上杉は多分、マジだ。

 有り得そうで怖い。いや、LGBTに寛容な世の中になればいいねーとは思うけど、自分がそうなれと言われたらちょっとね。

 差別するわけじゃないけど、うん、ちょっと色々ね。精神が男性同士なのは隅に置いておいて、56歳やん、妻子持ちやん、って。上杉にその辺りの倫理を求めても仕方がないのかな!?


「…男で妻子持ちはちょっと…年の差もあるし…」

「だよね! あーよかった。慎悟がまともな神経してて!」

「??」


 慎悟は訳がわからないと言った顔をしていた。事情も話さずに変な質問をしてしまったので、さっき起きたことを簡単に説明した。


「…上杉がさ…私が56歳妻子持ちでも構わないって言ってきたんだ…」

「…どうしてそういう話になるんだよ」

「ちょっとねぇ、魔が差して嘘ついたんだけど、騙されてくれなかった…あいつにとって私は、叩けば音が鳴り響くオモチャみたいな存在みたい…」


 太鼓叩いてピッピと笛吹いているオモチャあるよね、あんな感じなのかな。

 あー疲れた…

 私が深々とため息を吐いていると「それより」と慎悟が不機嫌そうな声で話しかけてきた。


「あの3年との話はどうしたんだ」

「あぁ、お断りしたらポジティブな反応していたよ。心配しなくても大丈夫だって」


 私は慎悟の横をすり抜けて階段登りを再開した。彼もその後を着いてきていた。

 …人のことを気にするくせに、自分のことはどうなんだよ。丸山さんとの縁談が来てるんでしょうが。昨日丸山さんにその事を告げられてからもやもやしているんだ私は。


「…それより、縁談が来ているのに私の周りをうろついていたら色々と問題なんじゃないの?」

「…縁談…知っていたのか? …それなら断ったよ」

「あぁそ…えぇ!?」


 ぎょっとした私は後ろにいる慎悟を振り返った。慎悟は平然と落ち着き払った顔をしている。

 そういうのってお断りしていいものなの!? いや、私もお見合い断ったことあるけどさ!


「あんた…正気なの?」

「生憎、政略結婚をするほど家は落ちぶれちゃいないのでね。自分の結婚相手は自分で決める」


 私をじっと見てそのセリフを言うものだから、なんだか落ち着かない気分になってきた。しかも今私が階段1段斜め上にいるから、視線も同じ高さだし…

 恥ずかしくなって私が目をそらすと、慎悟が忍び笑いを漏らしていた。


「…顔、赤いけど?」

「……うるさい」


 悔しいので慎悟の目元を両手で隠してやる。年上をからかいおって…


「見えない」

「見なくていい。…ったく慎悟は前まで女には興味ありませんみたいな面してたくせに、いつからそんな女を誑し込むような発言をするようになったんだか…」


 心臓が何度止まりそうになったことか。私を不整脈で殺す気なのか。


「…想い人が壊滅的に鈍感だから、そうならざるを得なかったんだよ」

「失礼な。私は野生的勘が鋭いと自負してるけど?」


 慎悟の目元を隠していた両手を掴まれて解かれると、慎悟の目とぱっちり合う。私は彼の瞳から目を離せなくなった。エリカちゃんの中にいる私を見つめるその目、私はその目に見つめられる度に心が騒ぐのだ。

 ここは学校の階段だ。誰が通り過ぎるかわからない場所。いつまでもここでたむろっているわけにはいかないのに、慎悟から掴まれた手のせいで動けない。

 

「野生的勘ねぇ?」

「…今すごいバカにしたでしょ」

「してない」


 私は何かを言い返そうと口を開こうとしたがそれは叶わなかった。いつもよりも近い位置にある慎悟の顔が近づいてきて、唇を塞いだのだ。

 …私はおかしい。以前なら拒否できたのに、今は慎悟の唇を避けられない。慎悟の唇の柔らかさも熱さも、この体がしっかり覚えてしまったのだ。

 角度を変えて重ねられる唇をただ甘受していた。


 何度か唇を重ねてきた慎悟がそっと離れると、私の手を引いて無言で階段を登り始めた。 

 私の顔はきっと真っ赤になっている。誰にもその顔が見られないように、私は俯いて彼の後をついていった。

 

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