放てスパイク!


 いよいよ予選大会決勝戦を迎えた。

 誠心高校も同じく勝ち進んで、決勝の舞台を迎えた。お互い常連なので決勝で相まみえるのはいつものこととも言える。

 対戦相手のチームメンバーを眺めると、新しいメンバーが入ってきているようだった。3年生は卒業間近だ。誠心の生徒も英と同じく、大学でもバレーをする人や実業団に入る人以外は部活をすでに引退しているはずだが、誠心のベンチにはあの人がいた。

 私の元同級生で同じスパイカー希望だった江頭さんだ。…彼女は大学でもバレーを続けるのであろうか? 彼女は結局高校生活最後までレギュラー入りが出来なかったらしい。何事もなければ今のレギュラーメンバーで春高大会に出場するはずだ。…つまり、余程のことがなければ江頭さんは出場することはできない。

 彼女のその表情は焦りと妬みが入り混じり…誠心のレギュラーメンバーにそれが降り注がれているように見えたが、それがあの人の通常運転なので私はあまり気にすることはなかった。



 決勝試合の挨拶の時、ネット越しに依里と目が合った。好戦的な視線を向けられた私は彼女の瞳を見返した。同じコートで戦える最後のチャンスだ。悔いのないように戦おう…! 

 私の気持ちは依里にちゃんと届いているはずである。


 試合開始の合図が鳴ると相手コートからサーブボールが放たれた。うちのチームのリベロがそれを拾い、セッターの桐堂さんがトスを上げる。私はそのボールを相手コートに向けて力いっぱいスパイクをかました。

 攻撃ボールは軽々相手側に取られてしまうが、相手にその攻撃ボールを拾われるのは想定済みだった。強豪の誠心相手に油断している隙はない。初っ端から得点を取りに行くしかない。

 もちろん誠心もやられてばかりではない。ドンドン得点を奪われ、私達は焦りを感じていた。

 コーチ達に指示を聞きに言っていたリベロが戻ってくるなり、桐堂さんに耳打ちして、私は桐堂さんに合図を送られる。

 Aクィック攻撃を行うとの指示だ。

 クィック攻撃というのは速攻攻撃のこと。速く低いトスからの攻撃で、セッターとスパイカーの呼吸が大事になってくる攻撃方法だ。

 クィック攻撃には他にもB・C・D・セミと種類があるのだが、ここではセッターの直ぐ側をスパイカーがジャンプして、ボールをネット上30cm位を目標に、スパイカーの腕の振りに合わせてトスをする、というAクィック攻撃をすることになった。

 相手側のブロッカーに目をつけられてしまっているので、私は端の方に立っているが、ボールが後衛によってレシーブされた瞬間、センターに居る桐堂さんの傍まで助走して勢い付けてからスパイクを打たなければならない。しかも桐堂さんが上げるのはただのトスではない。スパイクトスである。

 誠心高校対策のために私達攻撃担当はコーチの鬼指導に耐えてきたのだ。もちろん後衛も防御の特訓をしてきた。

 いつまでも地区予選大会万年2位で収まっているのは悔しいだろう。英はいつも誠心を超えられずにいたのだ。何が何でも勝ってやりたいのだ。

 私は手をグーパーグーパーと握ったり開いたりしてほぐした。


 …大丈夫、私なら出来る。

 慎悟も言っていたではないか、私なら出来ると……


『楽しそうにボールを操る、生き生きとしたあんたが俺は好きだよ』


 試合中だと言うのに慎悟とのキスを思い出して頬が熱くなってきてしまった。

 あぁもう慎悟の馬鹿。なんであんなことしてきたんだよ。何が、欲求が抑えきれなくてだよ! 年下のくせに生意気だ!


「エリカ!?」

「!」


 思い出し赤面をしていたら助走のタイミングが出遅れた。まずい! ボールがもうあんな場所に…!

 私は必死になってボールを追いかけた。桐堂さんが放ったスパイクトスを目で追い、ジャンプすると相手コート目掛けて叩き込む。

 思っていたのとは違う形になってしまったけど、フェイントを掛けたみたいなスパイクを打つことになった。相手側のブロッカーも後衛も想定していなかった動きに戸惑って拾うことが出来ずに、私のスパイクボールは相手コートにビシッと音を立てて着地した。

 こちらにポイントが入ったので結果オーライである。


「何ぼさっとしてんのよ!」

「あっぶないな!」

「すいません!」


 得点になったとは言え、私がボケッとしていたのは事実だ。メンバーに謝罪した。


「お前らなにしてる! 今の動きは何だ!? そんな小さいスパイカーの攻撃を受け取れんで何が春高大会出場だ!」


 ポイントを奪われた誠心側の監督が選手たちに怒鳴っている声が聞こえてきた。「小さいスパイカー」ってまた言ってるし…小さいって言うなよ、泣くよ!

 その後も時間差攻撃やA以外のクィック攻撃を試した。後衛のバックトスからのスパイクだったり、コンビネーションであったり、背の高いスパイカー平井さんが放つ、山なりの高いトスからのオープン攻撃も行った。

 オープン攻撃…これ前の私なら出来たけど、今は身長がないからできないんだ。悔しいけど…仕方がない。

 手は尽くした。相手はそれでも強かった。だけどやられてばかりではない。こっちも得点を奪い、相手を追い詰めていく。



 私は2度死んだ。

 1度目はあのバス停で狂った通り魔に殺害されて死んだ。

 そして夢のインターハイの舞台で、私は再び死んだ。あの時の私はもう悔いはないつもりだったけど、そうでもないみたいだ。


 ジャンプして高く跳ぶと、体育館天井のライトの光を遮るようにしてボールが頭上を舞った。

 綺麗。まるで皆既日食のようだ。

 

 タイミング合わせて腕を振り上げる。


「いっけぇー!!」


 私は、相手チームのブロッカーの手に渡らぬようにタイミングをずらしてスパイクを打ち込んだ。


 死んだとしても、別人の体になったとしても、再び憑依して、別人として生きることになっても……私からバレーを引き剥がすことは出来ない。

 あぁ楽しい。どうして今さっきの私はバレーが怖いだなんて思ったんだろう。


 私は高く跳べているじゃないか。

 大丈夫。

 私なら、出来る。



 5セットの白熱した試合だったが、私にはそれがあっという間の時間だった気がする。何度か作戦を変更しては、私は攻撃をしまくった。途中依里がどこにいるのかわからなくなるくらい、私はバレーボールばかり見つめていた。

 ボールを受け止めた腕が赤く内出血しようと、ボールを叩いた手のひらが真っ赤になろうと、痛いとは全く感じなかった。あちこちから歓声や相手側の監督の怒声が飛び交ってくるけども、私の意識はボールに集中していた。

 全身をアドレナリンが駆け巡り、私はひどく興奮していた。


 …生きている。

 私はこのコートの中で精一杯生きているのだ。



 ピーッ!

「只今の決勝試合は3−2で誠心高校の勝ち!」

 

 決勝試合は終わった。

 …また誠心高校に負けてしまった。


 だけど、インターハイ予選の時よりも相手を追い詰めることが出来たと思う。

 だって向こうの監督超激怒してるもん。監督悪い人じゃないけど、ちょっと昔気質なんだよね。悪い人じゃないんだよほんと。

 私のことを小さい小さい連呼しているけど悪い人じゃ…


「お前らはあんなチビに点取られて恥ずかしくないんか!」


 私が誠心の監督を睨みつけながらぎりぎり歯噛みしていると、ぴかりんから頭を撫でられた。…憐れまれてしまった。

 

「二階堂様、加納様が此方を見ていらっしゃいますよ」

「え?」


 ベンチで応援していた阿南さんが私に声を掛けてきたので観覧席を見上げると、観客たちの中に慎悟の姿を見つけた。


 …どう思ったかな。今の試合。

 …アイツのことだ。私がちょっとボケッとしてた事を突っ込んでくるかもしれない。

 でもまぁ、わざわざ観に来てくれたんだから手くらい振っておくか。私は軽く手を上げてヒラヒラと振ってみた。

 この間から私はなんかおかしい。多分慎悟に告白をされてから。…今まで色恋に無縁だったから、まっすぐ好意を向けられて動揺しているだけなのだろうけど… 

 観覧席にいた慎悟が手を振り返してきたのが見えて、私はなんだか嬉しくなった。

 あとでお礼言わなきゃ。それと…心配してくれた慎悟に八つ当たりしちゃったから、あとでメールでもして謝っておこう。 



 予選大会準優勝校の英学院は春高バレー大会の出場が決まった。表彰式と閉会式を終え、2日に渡って開催された予選大会は幕を下ろした。

 閉会すると、それぞれの学校の関係者が各自解散していたのだが、私は帰る前に依里に声を掛けておきたかった。英学院の一同には先にバスに向かってくれと声を掛けて、誠心高校一同の元に駆け寄った。

 だけど依里の姿がどこにもなくて、私は近くにいた誠心高校の生徒に声を掛けた。


「あの、小平依里さんはもう帰ってしまいましたか?」

「英の…えっと、小平先輩はトイレに行ってますけど?」

「ありがとう!」


 その言葉を頼りに私は依里を捜しに化粧室に向かったのだけど、そこで私はとんでもない現場に直面したのである。

 

 

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