二階堂エリカを妬む女。【三人称視点】


【──1年前】


『悪いことは言わないわ。宝生様から手を引きなさい』


 少女たちが一対一で対峙し、睨み合っていた。片方の少女は腕を組んで威圧的に相手を見下ろすと、吐き捨てるように注文をつけた。

 もう片方の少女…瑞沢姫乃はというと、突然呼び出されたかと思えば、自分が親しくしている相手に近づくなと命令され、不快に感じていた。言われっぱなしという性格ではない彼女は顔をしかめながら、相手に問いかける。


『なんでヒメにそんなひどい事言うの?』

『…なんでって…あなたまさか自分がしていることを分かっていないの? …二階堂様に指示されたからに決まっているでしょう』

『また二階堂さん…』


 姫乃は悲しそうに顔を歪めた。

 姫乃にとってこの忠告ははじめてのことではない。つい先日にも1組の生徒に忠告されたばかりだから。二階堂エリカが姫乃に嫉妬して、嫌がらせをしているのだと上杉という男子生徒に教えられたのだ。

 この時点で既に、姫乃の中で完全に二階堂エリカが主犯ということになっていたのだ。


 少女が言ったことは口から出任せだったのだが、それをあっさり信じた姫乃。少女は意表を突かれたような顔をした。だが、それは一瞬のこと。すぐに表情を取り繕い、スラスラと嘘を並べた。


『あなたみたいなぽっと出の格下が、宝生様に近づくことを二階堂様はたいへんお怒りなのよ。…大体ね、二階堂家の娘に喧嘩を売るなんてあなたどうかしてるわ。あの人はとても気難しい人なの。悪いこと言わないから、宝生様から手を引きなさい』

『ひ、ヒメは倫也君とお友達なだけだもん……それに二階堂さんはひどいわ。家同士の婚約なんかで倫也君を束縛して…倫也君はそれが息苦しいって言っていたもの…』


 姫乃の言葉に少女の顔が一瞬険しく歪んだが、怒鳴る一歩手前で感情を抑え込んだ。そして、姫乃に対する数々の嫌がらせを仕組んでいるのは二階堂エリカであると姫乃に植え付けていた。

 少女には目的があった。叶わないと思っていた願いが叶えられるチャンスが巡ってきたのだ。それにはまず目障りな二階堂エリカを陥れて、その後にこの女も引きずり下ろしてやろうと考えていたのだ。彼を骨抜きにできたのはこの女が愛人の娘だからだろうか。母親と同じで男を誑かすのが得意って事なのだろうと、少女は姫乃を蔑視していた。


『……そうね、二階堂エリカは宝生様に相応しくないかもしれないわ…』


 そして目の前にいる女も相応しくないと心の中で呟く。だがそれを表に出すこと無く少女は悲しげな表情を作り、姫乃に同情的な反応をしてみせる。

 その演技は少々わざとらしいものだったが、冷静じゃない姫乃は目の前の少女の企みに気づくことが無かった。


『それに二階堂さんはズルいの。自分の立場に胡座をかいて…何も努力していないのに、何でも手に入れている。…ヒメは、それが妬ましい…ヒメは、倫也君が欲しいの…』


 姫乃は涙を拭いながら、悔しそうに表情を歪めていた。ずるいずるいと欲しいものを手に入れられない子供が駄々をこねているようなことを呟きながら。

 …少女は一瞬無表情になって姫乃を見下ろしていたが、とあることを思いついたらしく口元をニヤリと歪めていた。


『…宝生様に言ってみると良いわ。こんな事されて困っているって……私は二階堂様に弱みを握られているから、表立ってあなたを庇えないけれど』


 少女は、とある少年のことを中等部の頃から好きだった。

 だけど彼には幼少の頃に決まった婚約者が既に存在し、その婚約者の家は少女の家と同じ業種の会社を経営していたのだ。だから下手に手出しをすれば、家の仕事に影響があると思って表立って手を出すことはなかった。


 状況が変わったのが4月、高等部に進学した時だ。彼は外部生の少女に夢中になり、婚約者である二階堂エリカに冷たい態度を取るようになったのだ。

 それを見た時、少女はチャンスだと思った。瑞沢姫乃を利用して、彼らの関係を破綻させて……そしていずれは私が宝生様の…

 少女はその先にある自分が望んだ未来に胸踊らせていた。


 目の前の少女が何を考えているかなんて知る由もない姫乃は「忠告してくれるなんていい人、二階堂エリカに脅されて可哀相」と思い込んでいた。


 渦中の二階堂エリカは家柄も勿論だが、容姿端麗、成績優秀、そして多才であった。宝生倫也は出来すぎた婚約者であり、自分に執着する彼女を苦手に感じ始め、避けるようになっていた。優秀な婚約者に対して劣等感を抱えていたのであろう。

 そして瑞沢姫乃と出会い、はじめての恋を知り、婚約者のエリカをないがしろにするように。想い人に対してエリカが嫌がらせをしていると知るなり激怒して、あの行動に移したのだ。



 二階堂エリカは複数の人間のそれぞれの企みによって陥れられ、一時期急激に立場が悪くなった。

 だが、それに気づいているのは片手に足りるくらいの人間だけであろう。


 このやり取りの数日後に、二階堂エリカは公衆の面前で婚約者に頬を打たれ、身に覚えのない罪で婚約破棄をされることになる。




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