過去の想いとの決別。
1月に判決のあった裁判だけど…その後被告側は控訴してこなかった。
そもそも控訴するのはごく一部らしく、大体は地方裁で刑が確定するんだって。新たな証拠が出てこない限り、控訴は出来ないみたい。
てっきり高等裁判所でやり直し裁判をしたがるかと思っていた。裁判中も弁護士が心神喪失状態とかなんとかのたまっていたし。私としては精神状態がおかしいから減刑するというのはおかしいと思うんだ。人死んでるんだからさ……日本はいつそれを見直してくれるのかな?
と言うわけで、犯人・幾島要は15年の懲役を課せられた。あいつは私と同じ17歳。模範囚なら15年以下で出てくる可能性もある。…更正とは言うけど、罪を償って出所したアイツがその後まっとうに生きられるのだろうか。
命の危機に瀕して過剰防衛で殺してしまった、日常的に苛まれて恨みつらみが爆発・殺害したとかそういうものじゃなくて、あいつの場合は無差別殺人だ。
有名になりたかった。
人を殺してみたかったから。
誰でも良かった…
…更生する…のかな。そういう殺人犯は再犯の確率が高いんだけど。15年という刑なのは不満だが…私には裁く権利がないから、それを受け入れざるを得ないのだろう。
「エリカ!」
突然、目の前にぴかりんのご尊顔が現れたので私は目を丸くして固まった。
「…え、なに?」
「なに、じゃないよ。解答用紙! 回収するから貸して!」
「あー…」
やばい。テスト中に考え事をしていた。
控訴がなかったので、刑が確定したと二階堂パパに教えてもらってから、色々考え込んじゃって…
「…あんた……ほぼ白紙じゃない」
「……てへ?」
私のほぼ白い解答用紙を見て、ぴかりんは引き攣った顔をしていた。
うーん。やっちまったなぁ~。
私は1科目追試になってしまった。その他は大丈夫。幹様々だよ。
だけど今回も、順位表に名前は載ってない。まぁそうだよね。
幹さんには本当に申し訳ないと思っている。
春休み前の追試でクリアしたら、春休み補習を受けなくて済む。学期末試験から2週間後の追試で合格点を取れた私はホッとした。
あの時の試験では問題がわからないんじゃなくて、考え事していたから解けなかっただけだからね。
あー、でもエリカちゃんの成績には届かないなぁ。ていうか無理だよ。
まぁ、済んだことをいつまでも考えててもしょうがない! 後は春休みが来るのを待つだけ。私は部活をするだけだ。
刑確定の事もだけど、バレンタインの日から時折、私はユキ兄ちゃんのことも思い出していた。
この恋は叶わないから、諦めないといけないと思っていた。しかし私の恋心はそう簡単に諦められるようなものじゃなかったらしい。
付き合えないってのはわかってる。だって私は故人だ。それにユキ兄ちゃんにとって私はただの妹だもの。彼女にベタぼれっぽいし、私だって略奪には興味がない。
でもこの想いを抱えているのがどうにも苦しくてたまらなかった。考え込むと止まらない。
…もしもまたユキ兄ちゃんに告白せずにあの世に逝ったら…私は後悔せずにいられるか?
このまま、耐え忍ぶのか?
「……」
私はポケットからスマホを取り出すと、メッセージアプリを起動させた。文化祭の時にユキ兄ちゃんとID交換していたのだ。
…これは私の自分勝手な行動だ。ユキ兄ちゃんの重荷になること間違いないだろう。
でも…もう後悔はしたくはない。
私は画面を見ながらしばし逡巡したが、メッセージを入力し始めたのだった。
■□■
3月も半ばに近づいたある日の土曜日。私は部活帰りに合わせて、ユキ兄ちゃんを呼び出していた。場所はユキ兄ちゃんが住んでいる街にある森林公園だ。
時刻は夕方の16時ちょっと前。ここまで車で連れてきてくれた運転手さんには駐車場で待機しててもらうようにお願いして、ひとりで待ち合わせ場所の森林公園の湖の畔に向かった。
3月だがまだまだ風は冷たくて私は身震いした。もしかしたら緊張で震えているだけなのかもしれないけど。
「ユキ兄ちゃん!」
「笑ちゃん。今日はどうしたの?」
待ち合わせ時間前だったがユキ兄ちゃんは既にそこにいた。いつもの優しい笑顔を向けてくれるユキ兄ちゃん。それを見てしまった私は想いを伝えるのを止めようと思ったが、それでは駄目なのだ。
ユキ兄ちゃんには重荷にしかならない私の想いだけど、伝えてスッキリしないと私はまた後悔してしまう。
あまり時間を取らせたくはないから私は挨拶もそこそこに話を切り出すことにした。
「呼び出してゴメンね。でもどうしても聞いて欲しい話があって」
「話?」
ユキ兄ちゃんは不思議そうな顔をしていた。まさか私が告白しようとしているなんて気づきもしないだろう。
これはケジメだ。私がこの世に未練を残さぬよう、バレーにだけ集中できるようにすることだから。
ここに来る前よりも心臓がバクバク鳴っていて、声が震えていた。…私はユキ兄ちゃんを見上げて息を大きく吸うと、ハッキリ大きな声で告白した。
「私、ユキ兄ちゃんが好き」
「…えっ…?」
「自分が死ぬ時、後悔したの。…ユキ兄ちゃんに好きな人がいたとしても、せめて自分の想いを伝えておけばよかったって」
「笑ちゃん……」
案の定、ユキ兄ちゃんは困った顔をしていた。きっとこんな顔すると思ってた。困らせるだけだってわかっていたよ。告白するのは私の勝手。私のためなんだもの。
ゴメンねユキ兄ちゃん。
「…何も求めないよ。大丈夫。…でもさ、最後に1つだけお願いしてもいい?」
「…なに?」
「抱きしめてほしい。そしたらちゃんとすっぱり諦めるから」
彼女さんには悪いとは思うけど、今回だけだから許してほしい。これで私の悔いが1つ減る。
ユキ兄ちゃんは戸惑っていた。今更なのに。この間文化祭で抱きしめてきたじゃない。
やっぱりだめかな。それなら仕方ないか…
ダメ元のお願いだったから、絶対にしてもらえるなんて思ってはいなかったし、想いを告げることが出来ただけで私は満足だ。
緊張を解くためにゆっくりため息を吐いて、一歩後ろへ下がったその時、ユキ兄ちゃんの腕が回ってきた。引き寄せられるように私はユキ兄ちゃんの腕に閉じ込められた。
…ユキ兄ちゃんの匂いがエリカちゃんの嗅覚を伝って脳に届く。…本当エリカちゃんと私ってどうなってんだろう。
…おかしいな。告白してスッキリしたはずなのに、どうして涙が出てくるんだろう。
私とユキ兄ちゃんは7cmしか身長差がなかったのに、エリカちゃんの身体じゃ身長差がありすぎる。
どうしてこの腕は、私の腕じゃないんだろう。こんなにも傍にいるのに、私は私じゃないんだろう。抱きしめられても苦しいだけ。
……どうして、こんな事になっちゃったんだろう。
「…好きになってくれてありがとう」
「うん」
「…ごめんね」
「……わかってる」
家族以外で私を女の子扱いしてくれた人はあなただけだった。私はそれがくすぐったくて、いつも笑い飛ばしていたけど本当はすごく嬉しかった。あなたの優しさに私は無意識に惹かれていたんだ。
でも、あなたは他の人のもので、私は死んでしまった存在。あなたを好きな気持ちも一緒にエリカちゃんに憑依してしまった。
叶わないとわかっているのに。
好きだよ、ユキ兄ちゃん。
もっとはやく、私が死ぬ前にあなたにこの想いを伝えていたら、私はこんなにも苦しい思いをしなくて済んだのだろうか?
私はユキ兄ちゃんの胸に縋り付いて、思う存分、涙を流した。
「…1人で大丈夫?」
「運転手さん待たせているから。…ありがとう」
心配そうにこっちを見てくるユキ兄ちゃんを振り切るようにして、私は二階堂家の車に乗り込む。
運転手さんがミラー越しに私を見てきたけど…何も聞かないでいてくれた。車がゆっくり動き出し、そこから遠ざかる。
ふと窓の外を見ると、ユキ兄ちゃんは私を目で追い続けていた。
…大丈夫。私はもう大丈夫だよ。初恋から卒業して、ユキ兄ちゃんの妹分に戻るから。
私はひとりでも大丈夫だよ。
…だからそんな顔しないでよ。ユキ兄ちゃん。
「ただいま…」
車の中でも泣いてしまった私は、エリカちゃんの顔をブサイクにしてしまった。さっき鏡で確認したらすごいことになっていた…
瞼が腫れぼったくて重い…すまん。悪気はなかったの。
いつもなら二階堂パパママはお仕事で、通いのお手伝いさんはもう帰宅している時間だから、家には誰もいないと思っていたけど、廊下で意外な人物と遭遇した。
よそ行きのキッチリしたスーツ姿で二階堂家の廊下を歩いていた慎悟は、こちらの顔を見るなりぎょっとした顔をしていた。
なんでここにいるんだろう。もしかしてパパママ帰ってきてるのかな。慎悟が来てるのは家の仕事の関係?
「…慎悟、どうしてここにいるの?」
「…その顔どうした?」
質問に質問で返すなよ。あー、でもやっぱり目につくか。今の顔は泣き腫らして酷いものだというのは承知の上である。
だけど、私の心はこの上なくスッキリしている。
「失恋してきた」
「…えっ…」
「想いを伝えられなくてずっと後悔していたんだ。…でも告白して振られて…スッキリしたよ」
私は笑い話のように明るく伝えた。
死ぬ前に私もエリカちゃんと同じく失恋して傷心のままで帰宅していたこと、そして死ぬその瞬間一番後悔していたことだったと。あまり重くならないように話した。
慎悟ならなんとなく理解してくれるかなって思っていたから。
だけど、私の話を聞いた慎悟は……硬く表情をこわばらせていた。
「……慎悟?」
「…帰る」
「えっ?」
一言そう言い残すと、私の横を通り過ぎて帰って行ってしまった。
…話が重すぎたかな? 悪い事したな…月曜にでも謝るか。
あ、月曜といえばホワイトデーだから、お返しのお菓子買いに行かなきゃ。
お返し何にしよう?
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