今年の抱負は…決まってるでしょう!


 春高大会を初戦負けしてしまった英女子バレー部一同で、二階堂パパが経営している飲食店に打ち上げにやってきた。ここはクラスマッチの時に利用した打ち上げ場所でもあったりする。

 移動中お葬式モードだった先輩方を中に誘導して席に着くと、早速コース料理を持ってきてもらうようにお店の人に頼んだ。既に予約済みだったので、店員さんの動きは早かった。


「二階堂、これ頼んでいいか?」

「お酒は実費です」


 顧問が指でさしていたのはアルコールメニュー表。…ソフトドリンクは割引で良いけど、アルコール代はしっかり出してもらいますからね。

 …ここでも泡立てたリアルゴー○ド(※ビール)を飲むつもりか顧問。確かに帰りはマイクロバスで全員家まで送るとは言ったけども、学校の引率で酒飲むなよオッサン。そしてコーチを道連れにしようとするな。アルハラか。

 

「男子は2回戦進出だって……はぁぁ…」

「ほらほらお肉が焼けましたよ! この写真送ってあげましょう!」


 部長のスマホに男子バレー部長から試合結果の連絡が来ていたらしい。3年の先輩達がとても凹んでいた。同じ高校のバレー部なのだから応援すべきなのは分かるけど、先に来るのは悔しさだよね。

 先輩に、男子部長へ応援のメッセージと共に焼肉の写真を送ってやったらどうかと提案しておく。決して嫌がらせではない。応援の焼肉写真である。


 美味しいものを飲み食いして、皆で騒いでいたらだいぶ発散できたようだ。部員たちの様子を見て私はホッとした。落ち込んだ時は美味しいものだよね。美味しいもの食べたら大抵のことなら復活できる。

 先程まで人一倍落ち込んでいた部長が「今年の抱負を一人ひとり発表しよう!」と急に言い出した。部員たちは恥ずかしくて嫌がっていたけど、部長命令らしく一人ずつ発表していた。

 …勿論、私の抱負は決まってある。

 

「私の抱負は、レギュラーになって…誠心高校と戦うことです!」


 それを発表すると、部員たちは何で誠心? と不思議そうな顔をしていたが、あの事件を思い出したのか、はっとして神妙な顔をしていた。

 

 私は思ったのだ。

 戦って満足できたら、私は成仏できるんじゃないかって。この世に未練があるから、私は憑依したままなのじゃないかって。

 だから決めた。

 勝ち負けはこの際どうでもいい。とにかく誠心と戦いたい。依里と戦うのだ。


「頑張ります!」

  

 拳を強く握り、私は誓った。

 絶対に、インターハイ県大会予選で誠心高校と決勝戦で戦うのだと。悔いが残らぬよう、戦いきってみせると。


 ちなみに朗報。

 翌朝身長を測ったら5ミリ伸びてたの!



■□■



 新学期になったけど1年生には特に大きなイベントはない。生徒達で忙しいのは進学を控えた3年生だけなんじゃないだろうか。英学院がエスカレーター式とはいえ、大学進学試験はあるみたいだし。それと来年度入学の一般生の普通入試があったから、先生や職員も忙しいかも。12月には特待生の選抜もあったそうだ。

 英学院は遠方の人でも通えるよう、希望者は学生寮を利用できる。だから県外からわざわざ入学する人もいるんだよ。もちろん奨学生に限っては、寮費や食費諸々免除だ。

 私立で、セレブ陣からの寄付金があるからこそ出来ることだよね。一般家庭の生徒の中から優秀な人材を育てるのをセレブが助力する。その姿勢は感心する。


 ちなみに中等部からの内部生も高等部進学するための試験はあるそうだけど、ここでもエスカレーター式で進級していくので、受験組ほどハードルは高くないらしい。



「やほー慎悟、今帰りー?」

「…あぁ、笑さんはこれから部活か?」

「そうだよ。ていうか聞いてよ! 身長が伸びたんだよ!」


 念の為に今日も測ったんだけど、5ミリ伸びてた! 私の牛乳&魚摂取がやっと実になったというわけだ!

 私の喜びを分けてあげようと思って教えてあげたのに、慎悟は私を馬鹿にしたような目を向けてきた。最近その目に慣れてきた自分がいる。そんな自分が怖い。一応言っておくけど私は馬鹿にされて快感を得るタイプじゃないよ。 


「あと19.5cm伸びたら私と同じ身長になれるんだ!」

「……人間諦めが肝心だと思う」

「そういうの良くない! 人間には無限の可能性があるんだよ!」


 慎悟までぴかりんと似たようなこと言ってくるし。冷たい男だな本当に。


「最近プロテインを飲む回数を増やしたし、食べる量も増えたんだからきっと結果は現れる!」

「…エリカは中学生の時から身長が伸びてないと思うよ」

「それは慎悟の身長が伸びたからそう感じているだけで、エリカちゃんも成長しているかもしれないじゃないのさ」


 夢も希望もないことばかり言って! 私のことを応援してくれてるんじゃないのかよ!

 私は遺憾に思っているのに、慎悟は「じゃあ、精々頑張れ」と捨て台詞を残して私の横を通り過ぎていった。

 

 今に見ておれ、お前を上から見下ろしてやるわ…! 

 いや慎悟が175cm以上になる可能性もあるんだけどさ。今現在の慎悟の身長は多分170前後くらいだもんね。私の弟やユキ兄ちゃんよりも小さかったから。 


 歯をギリギリさせながら帰宅部の慎悟を見送っていた私だが、いつまでもここで突っ立っているわけには行かない。

 踵を返して部室へと向かおうとしたのだが、後ろで「慎悟様!」と女の子の嬉しそうな声が聞こえてきたので、それにつられて振り返った。


「…丸山さん、何故ここに?」

「下見ですわ。来年度からここに通う予定ですの」

「……聖ニコラ女学院にも高等部があったはずだけど」

「ふふふ、慎悟様ったら…わかっていらっしゃるでしょう?」


 その先には何処かの制服を身に付けた少女が慎悟に微笑んでいた。彼女の緩くウェーブのかかった髪の毛は焦げ茶色のセミロング。上品に整った顔立ちには温和そうな性格が滲み出ている気がした。

 秀でた美少女って訳じゃないけど、育ちの良さそうな、内面から品の良さが現れている。正にお嬢様って感じ。私とは縁のなさそうな……いや。今すっごくセレブと関わりがあるからそうでもないか。


 何やら慎悟と親しげな様子だ。

 よくわからないが邪魔するのは良くないなと思った私は、何も見なかったように歩を進めていたのだが「あら、二階堂様?」と後ろから声を掛けられたので足を止めた。


「……はい?」

「お久しぶりです。…あんな事があって、とても心配だったのですけど…私、忙しくてなかなかお見舞いに行くことが出来ませんで…申し訳ございません」

「あ、いえ」


 エリカちゃんのお知り合いでしたか。他校の生徒とか知らないよ…誰あなた。いざとなったら秘技の【事件の影響で記憶が曖昧】を使うしかないな。

 

「亡くなった方は残念ですが、エリカさんはご無事で宜しゅうございました」

「…あー…はい…」


 気遣い…気遣いってのは分かるけどね。

 なんて返せば良いんだろう。私は亡くなった方なので…えーと…


「私、英学院に入学することになりましたの。わからないことばかりなので色々教えてくださいね」


 私も半年前くらいに通い始めたので、よくわからないことばかりなのだけど…それでもいい? 食堂のおばちゃんのプロフィールはすごく詳しいよ。あと部活関連のこととか…


「…私にわかることであれば」

「うふふ、入学するのがとっても楽しみです!」


 …えぇと、エリカちゃんに、害はない人物なのかな? 悪意はそう感じないし、違和感もない。


「慎悟様も、色々教えてくださいませね?」

「…あぁ」


 おや? おやおや?

 慎悟と少女のやり取りを見てピンときたぞ。私の頬は自然に緩んでいた。

 …この女の子は慎悟に惚れてんじゃないだろうか。目が乙女のそれである。あの加納ガールズとおんなじだ。

 だけど彼女は第一印象で好感を持てた。エリカちゃんに害意がなさそうな子。慎悟と親しげな育ちの良さそうな女の子。

 悪くはないぞ…笑さんは陰ながら応援する。

 私はススス…と後ずさりをした。


「それじゃ…あとはお若い人だけで」

「は?」

「二階堂様?」


 きょとんとする2人を残し、私はニヤニヤしながらその場を後にしたのであった。慎悟はこっちを疑わしそうな目で見ていたけどスルーだスルー。

 えーなになにどんな知り合い? 良さそうな子じゃないの。少なくとも美宇嬢より年が近いし、性格も良さそうだし。

 がんばれよ慎悟!




【ヴー…ヴー…】

 部室に向かうその途中で、制服のポケットに入れていたスマホが振動した。取り出して液晶を見てみると、二階堂ママからのメールが来ていた。


 去年末に行われた公判の判決が本日出されたのだ。本当は私も学校を休んで裁判所へ行こうと思ったけど、二階堂パパママは私のメンタル面を心配して、学校に行きなさいと言ってくれたのだ。

 その結果の連絡が来たのである。


 検察側の求刑は無期懲役。

 対して裁判官の出した判決は懲役15年だったそうだ。


 …正直、あいつが30過ぎた頃に表に出てくると考えると腹が立つが……被害者側から不服申立ては出来ないから、それを受け入れるしか出来ないのだろう。

 …あっちが不服として控訴しない限りは。2週間以内に双方から控訴がなければ刑は確定になる。


 ……判決を聞いたお母さんは大丈夫だろうか。…エリカちゃんの姿をした私が何かを言っても、慰めにはならないだろう。

 …何を言われても本人が納得できないなら、心に響かないはずだから。


 私は、ため息をひとつ吐いた。 



 スマホの液晶から目を離し、空を見上げる。

 冬の空は何処までも遠くて青い。

 まるで、私が死んだ時に見たトンネルの向こうのあの花畑で見た青空のようだった。


 青い空が滲んで見えた。

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