再会。
犯人の兄と対峙した後、自分の意志で迎えの車に乗って帰ったというのはわかっているが、私はずっと上の空だった。
彼の言葉がずっと頭の中を駆け巡っていたから。
『もうなにをしても許されないんだ。俺は一生、弟が犯した罪のせいで幸せにもなれずに、身を縮めて生きていくしか出来ない』
『俺たちは死ぬまで一生、あいつの罪を背負っていかなければならないんだ』
私は被害者だ。
そしてエリカちゃん自身も被害者。だから此方の立場でしかモノを考えることは出来ない。だけど想像はしていた。加害者家族は犯人と同様に後ろ指を指される事があるというのは知っていたから。
私は加害者家族を責めるつもりはなかった。だけどさっきは冷静になれなかった。感情的になってしまい、犯人に直接言えない怒りを犯人の兄であるあの人にぶつけてしまった。
自分の意志で自分の心をコントロールできるような簡単なことではないのだ。心の奥底の激しい衝動は、そう簡単には抑えきれない。
…吐き出して、ぶつけることが出来て私は多少スッキリした。だけど相手が犯人本人じゃないのが私の中でモヤついていた。
私は苦しみを吐こうと思えば、吐ける立場だ。
だけど彼らは違う。彼らは世間からの憎悪を一身に受けて、一生抱えて生きていかなければならない。
身内の罪を抱えて、その重みに耐えきれずに自ら命を断つ人もいる。その一方で図太く生きている人間もいるのが実情。
…憎むのは苦しい。私はこんな風に人を憎む自分が恐ろしくてならない。とても苦しい。
…加害者家族にしても、自分が犯したわけでもない罪で憎悪を向けられ続けるのもきっと苦しいだろう。犯人がまだ未成年だから親に責任が向かうのは百歩譲って分かる。だけど兄弟や親戚にまでそれが向かうのは…責任が重すぎるような気がしないでもない。
なのに犯人は……世間の憎悪から隔離されている状態。これっておかしくないか? 本来その憎悪を受けるのは犯人ひとりで十分なはずなのに。
あの人は、親よりもよほど事の重大さをわかっていて、覚悟をしているように見えた。
だからといって私が犯人を許すことはありえない。
だが…犯人の兄の苦悩を垣間見てしまった自分は、ずっと考えていた。
彼の追い詰められた、全てを悟ったような…何処か危うい雰囲気が妙に引っかかって私はその日の晩、全く眠れなかった。
翌日、私はカウンセラーと面談するために学校を休んだ。ここ最近の自分の調子が悪いことや、公判に向けてメンタルを整えておきたいと思ったからである。
私はあの事を二階堂パパママには報告しなかった。
なぜなら、言えばきっと弁護士伝いで加害者家族へクレームが行くであろう。そしたらあの兄は更に追い詰められると判断したからだ。
私が追い詰めたいのは犯人唯一人。
私は犯人と同じことはしたくない。悪くもない人間を追い詰めて、死へ追いやりたいわけじゃないのだ。
…犯人の兄が責任を感じて世を儚むような行動に移されても全くスッキリしないからである。…それほどあの青年は追い詰められているように見えた。
だからパパママに言わなかった。
初公判の時にあの人も参加するのだろう。
…彼は弟を見てどう思うだろうか。弟の発言を聞いてどう感じるのであろうか。
私と同じ様に弟を憎むのか、それとも。
■□■
「ネイルの予約をしましたの」
「私も予約しなきゃ…」
「私が着るドレスの写真〜」
「えーそれかわいいー」
「当日髪型どうしよう?」
学校ではすっかりクリスマスパーティモードの女子生徒たちがあちこちではしゃいでいた。
私はその中で異色だったと思う。500ml牛乳を飲みながら、スマートフォンを睨みつけていたから。
今まで敢えて自分ではあの事件の事を調べることはなかったけど、捏造や事実含めて、世間の反応はどういったモノなのだろうかとこの機会に見てみようと思ったのだ。
そこには私の顔写真・個人情報から、学校での評判・部活での評価などがプライバシー無視で書かれていたが、犯人も同様だった。
テレビや新聞では写真も名前も出てこなかったと言うのに、ネット上では犯人の写真や名前が出ていた。それに加えて家族のことも。
犯人の父親は有名企業で勤めており、何不自由のない生活をしていた。専業主婦の母親と大学生の優秀な兄がいる。少年Xは兄の母校である有名名門校に進学したものの、高校に入ってから成績が停滞し始め、行き詰まっていた。親しい友人はおらず、夢中になるような趣味もなかった。学校内ではクラスメイトからいじめを受けていたという情報もあった。
事実はわからない。…犯人には心の闇があるなんて言われても、赤の他人には関係ないことだ。気に入らないからって見ず知らずの人間を殺すあいつのほうがおかしいのは分かりきっていること。
ネットのそれが真実かもわからない。まともに受け取るのもよくないな。サイトを見ていたらイライラしてきたので、私は閲覧をやめようと思ったのだが、やっぱり犯人の兄のことが頭をちらついてしまった。少し躊躇ったものの、加害者家族についてちょっと調べてみた。
出てきたのは加害者と加害者家族に向けた、世間の憎悪の感情。一部には冷静な意見もあった。
【家族にまで咎を背負わせるのは可哀想】
【家族の個人情報晒して正義漢ぶってるやつも加害者】
…第三者の様々な意見を見た私は複雑な心境ながらも考えさせられた。
想像してみた。もしも自分の家族が取り返しがつかない罪を犯したら?
そしたら連帯責任で自分も罪人のような目で見られるのだろうか。
…私なら、耐えられるだろうか?
「…カ、エリカ!」
「! …え、なに…?」
「なにじゃないよ! あんたなんかおかしいよ? 何かあったの?」
「…別になんともないよ」
考え事していた私にぴかりんが声を掛けてきた。この間の加害者家族と私のいざこざは噂になっているとは思ったが、ぴかりんは知らないようだ。箝口令でもしかれたのだろうか?
スマホの画面を消して、彼女を心配させないように笑って誤魔化したのだが、ぴかりんは眉間にシワを寄せて、こっちを疑わしい目つきで見返してきた。
「…嘘だ。なにかあったんでしょ? 文化祭の時も、あの事件の被害者の関係者と…」
「なんでもないって。あの人元々知り合いで」
「22日のパーティだって出ないって言うし、何があったのよ」
「家庭の事情だってば」
阿南さんは初公判があることをちゃんと秘密にしてくれているようだ。あの時は瑞沢姫乃をあしらうために話したけど、元々誰にも話す気はなかった。
…言った所で、ぴかりんはきっと私を同情の目で見てくるに決まっている。今の私はそんな目で見られるのが息苦しくて耐えられない。
自分の中で抑え込んでいても苦しいけど、吐き出した時に受け入れてもらえないのも苦しい。受け入れられたとしても、私は友人から同情の眼差しで見られたくはなかった。だからそういう話を口にすることを避けていた。
「…事情ってなに? もしかして」
「ねぇぴかりん、私にも話したくないことがあるの。…それ以上はやめて」
「…なに、それ……」
私はやんわり拒否をしたつもりだった。それ以上追及されたくはなかったから。…だけどぴかりんはひどくショックを受けた表情で固まっていた。
私はそんなにきつく言っただろうかとギクッとした。彼女を傷つけるつもりはなかった。ただ私も余裕がなくて…
「あたしはあんたのなんなの? …友達じゃないの?」
「…友達だよ」
「じゃあ何で教えてくれないのよ。何で秘密にするの? なにか辛いこと抱え込んでるなら聞くのにどうして」
ぴかりんは肩を掴んで私を問い詰めてくる。心配してくれてるんだよね、わかってる。自分でもここ最近暗いなぁとか思ってたから周りが心配していることは気づいていた。
でもね、違うんだよ。年頃の女の子が悩むような悩みじゃないんだよ。軽く話せるような内容じゃないんだよ。
だってぴかりんには絶対にわからない。ぴかりんには絶対に解決できない。…そんな相手に話しても私は全然楽にはなれないんだよ。
言ってどうするの? どうなるの?
…お願いだからそっとしておいてよ。
「……友達だからって何でもかんでも話せないよ。…お願いだからそれ以上聞かないで」
「…エリカの馬鹿!」
ぴかりんは目を潤ませて私をその目で睨みつけると、教室から飛び出してしまった。その後を幹さんが追いかけていったので、申し訳ないが彼女に任せることにする。
「…二階堂様、山本さんには話してもよろしいのでは?」
「…いいの。あの事をぴかりんが知った所で何も解決はしない。私が知られたくないだけだから…」
阿南さんが心配そうに私を見てきたが、私はぴかりんを追いかけることもなく、席に座ったまま、手に持ったスマホの黒い画面を眺めた、
…ぴかりんたら、意中の小池さんを誘ってクリパのパートナーになれたってはしゃいでいたのに…駄目だな、私。もっとうまく隠さなきゃいけなかった。
ぴかりん、泣いてないと良いけど……
私はぴかりんと喧嘩別れみたいな形で仲違いしたまま、心の整理がついてないまま、初公判の朝を迎えることになった。
■□■
犯人は17歳。まだ少年法に守られる年ではあるが、犯したのが凶悪犯罪のため、大人と同じ方法で裁かれる。今日この地方裁判所で再びあいつと相見えることになった。
私はすでに法廷で待機して、深呼吸を繰り返していた。
昨晩は中々眠れず、今日も朝からずっと心臓が変な感じなのだ。もやもやしていて気持ち悪い。
ここでは目隠しなどはない。未成年だとしても、大人と同じ様に裁かれる被告は顔を隠さずに裁かれる。傍聴人席からも被告の顔が見える形である。未成年だから名前は呼ばれないように配慮されるのかな。
会いたくなどなかった。会ったらきっと憎しみが増すに決まっているから。
だけど私はずっとこの日を待っていた。
起訴をする役目を果たす検察官が書類やらなんやらを確認したり整理して、時折時計を確認している。あちこちに警備員が配置され、法廷は厳粛な空気が漂っていた。
傍聴席は満席だった。抽選が行われるくらい、参加希望者が多かったようである。この事件は世間でもまだまだ関心があるようだ。
傍聴席には二階堂パパママ、
…それに隅の方にあの青年と、あの母親の姿も。…父親らしき人物はいないようである。加害者兄はあの日よりもさらに草臥れており、顔色も悪く、目の下のクマはより濃くなっていた。
開廷時間前になり、法廷に裁判官が3人現れた。あの真っ黒な裁判官の服は何物にも染まらないという意味を表す。憲法と法律に則り、中立・公平に裁くという象徴らしい。
裁判官3名と裁判員制度で参加した裁判員6名。彼らがこの事件を裁くのだ。
別室から刑務官らしき男性たちに囲まれて一人の少年が現れた。血色はよく、実に健康的な生活をしているのが分かるその少年は平然とした態度で入廷した。
変わらない、ことはない。あの時よりも幾分か成長したかもしれない。髪を短くして少し印象が変わった。
…兄とは大違いだ。何故あんなに元気そうにしていられるんだ。
私は、あいつが現れたら怖くて声が出ないかもと不安に思っていた。
だけどそんなことはなかった。むしろ、怒りが湧いてきて、今すぐに証言してやりたい気持ちでいっぱいである。
あいつには罪を償ってもらわなければ私の気が済まないから。エリカちゃんとして、しっかり証言してやろうじゃないか。
「被告人は前へ」
裁判官によって開廷の合図がなされる。
…とうとう初公判が始まった。
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