周りが勝手に動くから口を挟む隙がない件。


 腕を組んで胡散臭そうに夢子ちゃんハーレムを眺めている加納慎悟。夢子ちゃんは目をうるうるさせて、計算しつくされた角度で奴を見上げていた。

 自分の魅せ方をよくわかっていらっしゃるようだ。

 

「し、慎悟君、ヒメはね、」

「それに…宝生、お前も学ばないな。公衆の面前で一度ならず二度も、確かな証拠もなく相手を非難して……二階堂に喧嘩を売りたいのか?」


 夢子ちゃんの上目遣いは加納慎悟には通用しなかったらしい。一瞥はしたものの大して興味は持たずにシカトしていた。


「加納、お前誰の味方なんだよ!」

「味方とか敵とかそういう話じゃなくて、お前達がやっているのはただの見せしめの私刑。これ以上悪化するのを止めてやっているんだよ。お前の馬鹿な行いのお陰で宝生家の信頼は下がっているというのに…いい加減冷静になれ」

 

 彼ははぁぁ、とわざとらしいため息を吐くと、宝生氏に呆れた目を向けていた。それ余計に神経逆なでするやつだからやめたほうが良いよ。

 加納慎悟は二階堂家の縁者らしいから、親からエリカちゃんを庇ってやれと言われているのかもしれないな。

 私が自分でなんとかできたら良いが、私は二階堂の人間じゃない。この件はわからない点が多すぎて自分では解決できない面があるので、間に入ってくれるのは助かるけど。


「……二階堂様が体育館から離れている時間はそう長くありませんでしたわ。その後すぐに戻っていらして、体育館のコートでコーチ達にバレーの指導をされている姿を多くの方に目撃されていましたもの。犯行するには時間が足りないかと存じます」


 そこにぼそり、と阿南さんが呟いた。

 一緒に食事をしていたバレーチームだった女の子たちも「そう言えば…」と口々に呟き始める。おぉ、庇ってくれるのかみんな。ありがとう。

 阿南さんは目を細めると、夢子ちゃんを蔑みの色を含んだ瞳で睥睨していた。阿南さんのそんな表情見たの初めてかもしれない。


「それに…その方を恨む方は沢山いらっしゃるのですから……お先にご自分の行動を省みてみては?」

「ど、どういう意味よ! ひどい!」


 ひどいのはどっちだ。

 女子に嫌われていると言うのは知っていた。婚約者のいる男を奪ってるのも知っていた。…だけどエリカちゃんに何の恨みがあるんだ。こんな大勢の前で謂れのない罪を押し付けようとして…目的は一体何なんだ…!

 …この落とし前どうつけてくれるんだろうか。



「…一体何の騒ぎかしら?」


 そこで掛けられた声に、食堂内は水を打ったように静まり返った。生徒達がある人物に注目していたので、私も視線を追う。

 その声の主を見た阿南さんは驚いた表情で呟いていた。


寛永かんえい様…」


 学校にこんな綺麗な人いたっけ? その辺の美少女が霞んでしまうくらい、美しい人。

 彼女は私が想像していた【お嬢様】を具現化させた女性だった。


 長く豊かな髪をゆるく巻き、前髪ごと後ろに流してバレッタでハーフアップにしてまとめている。

 パッチリした瞳に鼻筋の通った、印象としては少々高飛車そうなお顔立ちだが、形の良い赤い唇が柔和な笑みを浮かべているお陰でそれを和らげている。

 エリカちゃんを見た時も可愛い子だなとは思ったけど、その美人さんは同じ女でもドキッとするくらい美しくて私は固まってしまった。


「加納君の言うとおりね…あなた達、少々オイタが過ぎるのではなくて?」


 ふふふ、と何か意味深に微笑むその姿にはどこか品があり、ちらほら見惚れている人もいた。 

 私もそのうちの一人である。


「ここでは何だから、場所と時間を改めてお話し合いいたしましょ?」


 彼女は寛永かんえいさん。生徒会副会長で、穏健派のセレブ生らしい。


■□■


 あの食堂での出来事以来、私の周りには友人が必ず一人ついていてくれるようになった。バレーで親しくなったクラスメイトの子達は私の味方をしてくれていて、それだけでも大分心強い。

 バレーの力すごい。バレーのお陰で友達が出来たよエリカちゃん!


 たまに夢子ちゃんハーレムの一味とバッタリ遭遇するとめっちゃ睨まれるけど、シカトしてる。相手してたら余計炎上しそうだし。

 彼らはあの行動を起こして以降、無関係である他の生徒達に腫れ物扱いされているらしい。…それもそうか。面倒臭そうな相手には関わりたくないものね。


 よくよく情報を洗い直していると、夢子ちゃんはセレブ生3人(宝生、速水、賀上)を現在侍らしているそうな。その他の男性にも粉を掛けているけど、今のところその3人だけが引っかかってるんだって。

 ぴかりんの想い人・小池さんの件は正に粉を掛けられていた現場だったらしい。しかし小池さんは夢子ちゃんをきっぱりあしらったそうな。それを知ったぴかりんがのろけてきたので流し聞きしておいた。とりあえず誤解で良かったね。

 因みに二宮さんとか色んな一般生にも声を掛けているらしいよ。イケメンで将来有望なら幅広くね。

 夢子ちゃんは富田さんと同じ、男性にチヤホヤされたい人なのかも。

 

 あの時副会長さんがあの騒動を抑え込んで、後日話し合いをしようと提案して強制解散させられたのだけど…あれから3日。どうなってるんだろうか?


 私は改めて、食堂で庇ってくれた加納慎悟にお礼を言いに行った。加納慎悟を呼び出したのに、付属でついてきた加納ガールズに「慎悟様とクラスマッチの時一緒にいたってどういうことですの?」「何をしていましたの?」と尋問された。

 加納慎悟、あんた言い方考えてよ。庇ってくれたのはありがたいが被らなくて良いはずの二次被害に遭ったんですけど。加納慎悟はそんな彼女らが見えていないのか、素知らぬ顔をしている。

 おい、あんたの取り巻きをどうにかしてくれよ。


「……加納慎悟は夢子ちゃ…瑞沢さんに声かけられてないの?」

「ゆめこ? …何でフルネーム呼びなんだよ……瑞沢には何度か声はかけられたことがあるけど……あいつ…苦手なんだよ…」


 加納ガールズを作っているくらいなのだから女好きかと思ったけど、誰でも彼でも受け入れるわけではないらしい。

 …ていうか加納慎悟が女好きというのは私の誤解で、群がってくる女子を放置しているのが正しいのかな。


「まぁ! 二階堂さんあなた、慎悟様を見くびりすぎでしょう! 慎悟様があんな女狐に引っかかるわけがないでしょう!?」

「はいはい、ファビュラス慎悟様だもんねー」


 巻き毛がうるさいからそう言って宥めていると、加納慎悟は変な顔になっていた。むっすり口をへの字にしてる。


「そのファビュラスってのやめろ。俺がおかしな奴みたいじゃないか」

「褒めてんのに」

「馬鹿にされているようにしか聞こえない」

 

 お気に召さなかったらしい。おだてたつもりなのに。

 それはそうとエリカちゃんは彼をなんと呼んでいたのだろうか。加納君なのか慎悟君なのか。でもエリカちゃんのこと呼び捨てしてるし、意外と呼び捨てで名前を呼び合う仲なのかも。


「あぁ、ここに居たか二階堂」

「………?」


 後ろから声を掛けられて振り返るとそこには男子生徒が立っていた。

 誰だこの人。2年生というのはネクタイの色でわかるけど…エリカちゃんの知り合いか?

 

「生徒会長の嶋崎さんだよ。生徒会役員くらい把握しておけよお前」


 私の心の声でも読んだのか、加納慎悟がそう突っ込んできた。ご紹介ありがとよ。

 生徒会長さんか。副会長さんと違って、何処か庶民感……親近感の湧く爽やかな青年だ。…もしかしたら一般生なのかな?


「歓談中の所悪いが、この間の食堂での話の件で…来てもらっていいか?」

「あ、夢子…瑞沢さんの件ですね? 分かりました」

「…ゆめこ?」


 生徒会長さんが夢子という名前に首を傾げていた。さっき加納慎悟も訝しげな顔をしていたが、どうやら男子の間では夢子という通称は使われていないらしい。ついつい口が滑って夢子ちゃんと呼んでしまうわ。


「あの、それ俺も同席してもいいですか? エリカは俺の家の縁戚なので色々…」

「…まぁ家のことで事情があるだろうからな。構わない」


 加納慎悟同席の元、この間の昼ドラ食堂事件についての話し合いが行われることになった。加納慎悟が同席を求めたのは、二階堂に縁のある彼の家と加害者側の家の会社取引でなにか影響があるからだろうか…

 偉いな加納慎悟。まだ高校生なのに自分の家の会社の事をちゃんと考えている。

 ……だめだな、私ももうちょっとお勉強しないといけないな。私そんなに頭良くないからその辺よくわからないんだけど。


 最近色んな事がありすぎて混乱しっぱなしだ。…ようやくエリカちゃんの体に馴染み始めたけど……次から次になんなんだよ一体…


 生徒会室で話をしようと言われたので、生徒会長さんの後ろを黙ってついていったが、私はもう既に疲れた気分になっていた。

 

 

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