宝生氏との対面。失礼なあいつとの再会。
早くも夏休みは終わって2学期が始まった。
とはいっても私は部活があったので、新学期が始まったところで夏休みボケしてるわけでもない。
久々に会ったクラスメイトの中には海外で休暇を過ごしただの、パパにブランド物の鞄を買ってもらっただのと自慢するセレブ生がいた。一方であそこの塾は良かった、部活でこんな事があったと比較的学生らしい会話をしている一般生がいたりした。
私はというと、そんな会話に交じること無くとあるノートを睨みつけていた。
「…伸びないなぁ…」
「どうせリベロ目指してんでしょ。いいじゃないの」
「本音を言えばスパイカーになりたい」
「儚い夢と消えるね」
「ぴかりん! そういうの良くない! 相手の可能性を潰す真似しちゃ駄目よ!」
部活に入ってから肉体改造の為にノートに記録をつけてるんだけど、体重も筋肉量もボールサーブの飛距離や成功率などは成長を見せているのに、身長は横ばいである。
「握力も腕力も付いたのに…あぁスパイクがしたいなぁ…攻撃したいなぁ…」
「…そういえば今月末クラスマッチがあるらしいけど。そこでならスパイカー出来るんじゃない?」
「クラスマッチ!?」
ぴかりんの言葉に私は食いついた。
そんな物があるのか! 部活の次に楽しそうなイベントじゃないの! 根っからの体育系の私はやる気をみなぎらせた。
ちなみに体育祭はあの事件後、休んでいた期間中に終わってしまったので不参加だった。英は初夏に体育祭を行うみたい。
「いつ? いつやんの!?」
「9月としか聞いてないから…そのうち競技決めの話し合いするでしょ」
誠心にも球技大会はあったが、所属部と同じ競技の出場は禁止だった。なのでバレーは出来なかったのだ…。だが英学院ではその限りではないらしい。全然OKなんだって。
「私絶対バレーやる」
「ほんとにバレー馬鹿だねあんた」
「私の世界はバレーで出来てるんだから当然でしょ!」
ワクワクしているとぴかりんが呆れた目を向けてきたけど、彼女はため息を吐いて「まぁ、その方がいいか」と呟いていた。
「? なにが?」
「なんでもない。今のあんたにはもう過去のことだし」
「……?」
ぴかりんのその言葉は意味深だったが…エリカちゃんの事を話しているのかと察した私もそれ以上追及はしなかった。
お昼の時間になり、私は食堂へ行く前に売店まで牛乳を買いに向かっていた。その途中今日のお昼は何を食べようかと考えながら、特に意識もせずにある人物とすれ違った。
「……おい」
まさか呼び掛けられてるのが自分とは気づかず、私はスタスタと足早に歩いていたのだが、ガッシ! とやや乱暴に肩を捕まれ強引に振り向かされた。
「イッテ、…なに?」
「……お前、次は一体何を企んでいる?」
「………はぁ?」
初対面の男にいきなりそんな事を言われ、私は間抜けな顔をしていたと思う。
誰だこいつ。
意志が強そうといえば聞こえはいいが、無駄にプライドの高そうな、人を見下した雰囲気が隠せていないその男子生徒は濃い目の眉をひそめ、気味悪そうにこちらを見下ろしていた。
相手はそれなりに目鼻立ちの整ったイケメンだけど、私は別に面食いじゃないので別に惹かれなかった。……どっちかといえば温和系フツメン寄りのユキ兄ちゃんの方が魅力的に感じる私はまだ初恋を引きずっているらしい。
制服のネクタイの色を確認すると同じ学年ということがわかった。…いつまでも力強く肩を掴まれているのはただ痛いだけなので、相手の手を振り払うと、私はその男子生徒を睨み返した。
どこの誰かは知らないけど、敵対視されているのはわかる。エリカちゃんの知人か…?
「…あんた誰?」
「………は?」
「企むとか意味がわからない。何も企んでないよ。…他に用がないなら、私もう行っていい?」
「お前……俺のことを忘れたとでも言うのか」
「忘れたっていうか知らないし。誰だよ」
エリカちゃんのキャラ崩壊してるとは思うが、こんな失礼な男に丁寧な態度を取るなんて私がお断りである。…今更だとは思うけどゴメンねエリカちゃん。
相手はガッと口を大きく開けて呆然としているが、そんな顔しても知らない。例えエリカちゃんの知り合いだとしてもろくな人間じゃないだろうよ。
早く売店に行かなければ牛乳が売り切れてしまうかもしれない。私は先を急ごうとしたのだが今度はギュッと二の腕を掴んで制止された。
痛いよ! レディに対して何すんのさ!
「…あれだけ人に纏わりついておいて、婚約破棄した途端にこれか!? お前とんでもない女だな!」
「……そんな言い方止めてくれる? こっちは被害者なんだけど」
相手の一方的な婚約破棄だったのにエリカちゃんの行いが悪いみたいな………あれ、もしかしてこいつ…
「……もしかして宝生氏?」
「そうだよ! お前頭でもおかしくなったのか!?」
「……それは否定できないけど、婚約破棄したらそれで終わりでしょ? あんたが望んだ事なんだからそれでいいじゃない」
なんで突っかかってくるんだか。私がエリカちゃんになってから、こいつに関わったことなんて一度もないんだから喜べばいいのに。
「俺に何も言ってこないから逆に不気味なんだよ! 次は姫乃になにをするつもりだ!?」
何に腹を立てているのかわからないが、宝生氏は顔を怒りに染め、大声で怒鳴りつけてきた。
ちょっと……怒鳴るのは本当に止めて欲しい。
事件のトラウマがある私にとって男の人の怒鳴り声は本当に怖い。それこそ命の危険を感じるくらいに。
身を守るために後退りして距離を置こうとした私だったが、相手は私の腕をしっかり掴んで離す気配もない。
「聞いてるのか! お前、姫乃を格下扱いにして馬鹿にしてたらしいじゃねぇか! 二階堂家に生まれたのがそんなに偉いのか!?」
「やめて、怒鳴らないで。…聞こえてるから」
「姫乃はな、慣れない生活に戸惑ってるんだ! だから行儀作法に拙い部分もあるけど、本人は努力してるんだ! それを馬鹿にして笑うってどういう事だ?」
「…そんな事してないし……」
庶民出身である
そんな私が他の人の粗探しをして馬鹿にするわけがない。そもそも姫乃って……話したことない人なんだけど…
「じゃあなんで姫乃が泣いてたんだよ!」
宝生氏の怒鳴り声に私は完全に萎縮していた。恐怖で喉が張り付いて声が出しにくい。
目の前の少年は犯人ではないと頭ではわかっている。彼に敵意はあるものの明確な殺意はないとわかっているのだ。
なのだが私の心に縫い付けられた恐怖はなかなか払拭されない。
「なんとか言え! 二階堂エリカ!」
身を縮めてその場をやり過ごそうとしたのだが、相手はヒートアップしていくだけ。周りの生徒が異変に気づいて注目してくるけど誰も助ける気配はない。
もしかしてエリカちゃんもこんな感じで一方的に責められて…誰にも助けられることもなく婚約破棄を言い渡されたのだろうか。
バックンバックンとエリカちゃんの心臓が大きく跳ね始めた。同時に呼吸も乱れ始める。いけない、パニックを起こしては。落ち着け、落ち着くんだ私。
そう自分に言い聞かせてはみたが、一度乱れた自分の心を落ち着かせるのはなかなか難しい。
落ち着かせようと焦るせいで余計に自分はパニックに陥っていた。
「……おい、止めてやれ宝生。エリカの様子がおかしい事に気づかないのかお前は」
「加納…お前には関係ないだろ」
「そうだけど、見てみろよ。こいつの顔面真っ青になってるじゃないか」
そう言ってさり気なく宝生氏の腕を払って誰かが背中に隠してくれた。
俯いて固まっている私は相手の顔を確認できなかったのだが、助けてくれる人物が現れたらしい。
「宝生、瑞沢に夢中になるのは勝手だけど、お前の行動にも大いに問題あるからな」
「…お前は、この女のことを知らないからそんな事が言えるんだ」
宝生氏の声は嫌悪に満ちていた。
そんなにエリカちゃんと仲が悪かったのだろうか。エリカちゃんの性格を知らないからなんとも言えないが、そんなに嫌うって二人の間では何があったんだ。
呼吸を落ち着けて、自分の心に言い聞かせる。大丈夫だと。この怒鳴ってくる人は私を殺す人じゃないから大丈夫だと。エリカちゃんの元婚約者なだけ、殺意はないはずだ。
私を庇ってくれた少年のお陰で幾分か落ち着くことが出来た。
目の前にいる少年二人の会話に耳を傾ける余裕ができた私はとある話を耳にする。私を庇った加納という男子生徒がエリカちゃんという人物像を語りだしたのだ。
「…
「……」
「臆病で人見知りなやつだから、お前と瑞沢が言うような嫌がらせが出来るような度胸はないと思うんだけどな。……ま、俺はその現場を見てないから言えるのはそこまでなんだけど」
…けっこうボロクソにエリカちゃんは貶されていた。
しかし話を聞いている限りは彼は中立派のようだ。だけど…よくエリカちゃんのことを知っている感じの口ぶり。
…どういう関係だったのだろうか?
「お前、二階堂家の縁者だから庇うってのか?」
「そうじゃない。…でもさ、宝生。今回のことはお前も悪手だよ。段階も踏まずに勝手な婚約破棄。しかも大勢の人の目のある場所でやるなんてお前の親父さんの会社の信用問題に関わるぞ? この学校にも親兄弟が会社経営してる生徒は沢山いるんだから。自分の考えなしな行動一つで信用をなくして…会社の従業員を路頭に迷わせることがあるリスクがあることを意識しないと」
冷静に諭すその言葉に宝生氏は反論出来ないようだ。
…セレブの世界はよくわからないけど、彼の言っていることは私でも何となく分かる。世間でもアホなことしたらそれが原因で炎上して大変なことになったりするもんね。それが会社の経営者側に立つ人間がしたことなら…被害は莫大なものになるのは想像つく。
婚約者同士の間で何があったのか…エリカちゃんがもしかしたらなにかしたのかもしれないけど……宝生氏は婚約者を傷つけ、親に頭を下げさせて…後々のことを考えて行動を起こしたのだろうか?
この間二階堂家に謝罪に来た宝生氏の両親はすごい顔色をしていたよ。中身が部外者の私がちょっとかわいそうだなと思ったくらいだもの。…破棄したいならもっと他にもやりようがあっただろうに。
彼は自分がしでかした事の大きさを理解しているのかな?
私は静かに彼らのやり取りを眺めていた。それは周りにいた生徒達も同様である。
庇ってくれた少年が後ろ手に私に向かって手を払ってきた。まるで「行け」とジェスチャーするように。
なるほど。逃してくれるのか。
彼らの話はまだ終わっていないが、私は彼の気遣いに甘えて、音を立てないようにその場から立ち去った。
【加納君】か。
あとで改めてお礼を言いに行こうと思って私は売店、そしてぴかりんの待っている食堂へと向かった。
その日の放課後に加納君を訪ねて、隣のクラスを覗き込んでみた。そのクラスの人に彼を呼んでもらったのだが…私の目の前にあの時の失礼な男が現れた。
うん、こんな美少年一度見たら中々忘れられないよね…
だから私は思わず変な顔をしてしまったのだった。
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