第27話 宣戦布告Ⅲ

 騎士たちの捕縛を完遂かんついしたゼンザックたちは、駐屯施設の中庭に居た。出立しゅったつまでの時間を、移動の準備と休息にてている。

 交代で休息をとる魔導師メイジ猟兵レンジャーたちは皆、魔導都市グルーモウンに住まう者たちだ。グルーモウン住民の大半は、エルフで占められている。元来が森の民であるエルフは、長年の狩猟生活のためボウ短剣ダガーの扱いに長けている。また生まれながらにして魔導への適性が高く、森に住まう精霊たちとの交流の歴史も長い。

 そのためグルーモウンには、古くから魔導師メイジギルドと猟兵レンジャーギルドが存在した。十年戦争の頃はドー・グローリーが務めていた魔導師メイジギルドのマスターは、戦後にロードライト・アルマンダインへと引き継がれた。猟兵レンジャーギルドのマスターは現在では名誉職となっており、魔導師メイジギルドがその意思決定をつかさどる。つまりロードライトが実質的に、二つのギルドのおさということになる。

 いよいよ高く昇り始めた陽光の中、ロードライトが石畳の上に直径五メートルほどの魔法陣をえがいていく。その脇で作業を眺めながら、ゼンザックとヘレスチップが軽い食事をっていた。

「全部で一千人だったかしら? 百人づつだと、十回も送ることになるわね。大変ね」

 陣を描きながら、おっとりとした口調でロードライトが二人に問う。

「捕縛したのは、三百人ですよ。ロードライト様」

「百人づつ、三回送る計算ニャ……」

 ロードライトのといに、ゼンザックとヘレスチップが呆れたように答える。

 いや、といと言うよりも、ボケと表現したほうが正確であろう。そしてといに答えると言うよりも、ボケにツッコミを入れる……である。

 しかもこのボケ、意図して発せられている訳ではない。いわゆる天然ボケ……何の善意も悪意も込められていないのだから、そのぶん逆にたちが悪いとヘレスチップは思っている。

「もう一度確認なんだけど、百人送れる転移ゲートの陣をけばいいのよね?」

「合ってるニャよ。行き先は、覚えてるかニャ?」

「もちろんよ。えーっと……あれ? 何処だったかしら?」

 薔薇色のストレートヘアをらしながら、ロードライトが小首をかしげる。

「かつてヴォースがあった場所……ですよ」

「そうそう。ヴォースだわ。ヴォース!」

 嬉しそうにその場で飛び跳ねたかと思うと、ロードライトはふたたびしゃがみ込んで魔法陣を描き始める。

「魔法陣なんて描かなくても、ヘレスちんが転移ゲートで一気に送るニャ」

「駄目よ、ヘレスチップ。百人も送るのですから、陣がなくては安定しないわ」

 手を止めて立ち上がり、ロードライトが両手を腰にヘレスチップを見やる。

「そして陣があっても乱暴に発動すれば、やはり安定しない……。時間はあるのだから、陣は敷いた方が良いに決まってるわ」

「それはそうなんだけど……描くのが面倒だニャ」

「そういえば貴女あなた呪文スペルで移動すると酔うって言ってたじゃない? きっとそういう事よ」

「どういう事だか、解らないニャ……」

「はいはい、おしゃべりはお仕舞い。作業に集中させてね」

 そう言ってロードライトは、ふたたびしゃがみ込んで黙々もくもくと陣を描き始める。いいように言われ、しかも突如とつじょとして会話を打ち切られて、ヘレスチップは不機嫌な表情を浮かべている。

「さすがのヘレスチップ様も、ロードライト様にはかないませんね」

 パンをちぎりながら、ゼンザックが笑う。

「まったく、天然さんはゼンちゃんだけで充分ニャ……」

「おやおや。私は天然ボケではございませんよ」

「天然さんはみんな、そう言うニャよ」

 苛立いらだたしげに干肉をかじり取るヘレスチップに、ゼンザックは変わらぬ笑顔を向ける。

「でも、お強いんでしょ? ロードライト様は」

「そりゃドーちゃんから、ギルドマスターをいだくらいだから……呪文スペルを扱う技術だけ見れば、ドーちゃんより上だニャ」

「人望も、お有りですしね」

「ローちゃんの場合は人望というよりも、危なっかしくて放っておけないだけだニャ……」

 ゼンザックの言葉に、ヘレスチップが乾いた笑いとともに応える。

 いつしかヘレスチップの背後に、ロードライトが忍び寄っていた。人差し指を立てて自らの口の前に添え、向かいに座るゼンザックへ黙っていろと合図を送る。気づかれないようにしゃがみ込み、ヘレスチップの耳元に唇を寄せた。

「ワタシって、そんなに危なっかしいかしら?」

 突然耳元でささやいたかと思うと、ロードライトはヘレスチップを背後から抱きしめる。驚きに身を固くするヘレスチップをかかえ上げ、膝に抱いてその場に座る。長身のロードライトがヘレスチップを膝に抱くと、まるで母親が我が子を抱いているかのように見えてしまう。

「三つも職業を修めたヘレスチップの方が、ワタシなんかよりずっとすごいと思うけどな……」

 ヘレスチップの頭をなでながら、ロードライトがつぶやく。

「いやぁ、それほどでも……あるかニャ」

 臆面おくめんもなく、ヘレスチップが胸を張る。

魔導師メイジと、吟遊詩人バードと……あとひとつは、えーっと、何だったかしら?」

獣魔使いテイマーだニャ。本当に、すごいと思っているのかニャ……」

 ヘレスチップは振り返り、いぶかしげな眼でロードライトを見やる。

「思ってるわよぉ。思ってるってばぁ……」

 くしゃくしゃとヘレスチップの金髪ブロンドをかき回したかと思うと、ロードライトが自らの胸へと抱きしめる。

「はわわ。ゼンちゃんの膝の上が至高かと思いきや、ローちゃんのお膝もなかなかどうして……」

 そう言ってヘレスチップは、されるがままにふくよかなロードライトの胸へ後頭部をうずめる。

「男の子なんかより、女の子の方が柔らかくて気持ちいいのよ? 知らなかった?」

 うっとりとした表情で目を閉じるヘレスチップの髪を、ロードライトの細い指がなでる。

「眠っちゃ駄目よ。まだお仕事が残っているんですからね」

「わかってるニャ……ねむらないニャよ……おやすみ……ニャ……」

 言い終わらぬうちに、ヘレスチップは寝息をたて始めてしまった。

「あらあら。今朝は早かったものね。少し寝かせてあげましょうか……」

 そう言いながらロードライトは、ヘレスチップの頬をふにふにと突いてもてあそぶ。

「ヘレスチップ様に、聞かれたくないお話でも?」

 ゼンザックには、ロードライトが魔導を用いて眠らせたのであろうと見て取れた。

「そんなのじゃないのよ。たまには二人でお話をしたいな……って。それだけよ」

 ロードライトは慈しみのこもった眼でヘレスチップの寝顔を見つめ、頬をもてあそび続けている。

「この子は、よくやってくれてるわ。十年戦争のときもそう。護りの要は、ヘレスチップだった……。戦後の情報戦で、王国に遅れを取らなかったのもこの子のおかげ。諸国を巡って情報を集め、流言を放って世論を作った……。血の粛清から、未来の種となる三人の子供を救ったのもこの子。ビットレイニアの運命を握る三人の子供……そのうちの一人がゼンザック、貴方あなたなのよ」

 ロードライトの呼びかけに、ゼンザックが黙ってうなづく。

貴方あなたたちがグルーモウンに来てから、もう一年になるのね。そして、あの子が逝ってしまってから一年……」

「私はいまだに、ドー様が死んでしまったとは思えないのですよ。ある日突然、何事もなかったかのように帰っていらっしゃる……そんな風に思えてならないのです」

「ある日突然……か。いいわね、それ。あの子ならやりそうだわ」

 そう言ってロードライトは、かすかな笑みをこぼす。そしてしばらく何事かに思いを巡らせたのち、真剣な面持ちでゼンザックを見据える。

「宣戦布告をひかえた今、ドー・グローリーの意志を継ぐ者として貴方あなたに問います……」

 真っ直ぐに投げかけられる視線を、ゼンザックが受け止める。

「この戦いから、身を引くつもりはありませんか?」

 予想されたといではあった。ロードライトの言葉に、ゼンザックは静かに首を横へ振る。

貴方あなたを巻き込みたくないというのは、あの子の願いでもあるわ。戦いは、ワタシたちにお任せなさい。貴方あなたが……ゼンザック・トライアンフが役目を果たす時は、戦いの後に必ず訪れます。それまで身を引いて待ちなさい」

 目を閉じて話を聞いていたゼンザックであったが、天を仰ぎ一呼吸おいた後、静かに口を開く。

「やはり貴女あなたは、ドー様に似ておいでですね。何でも自分で背負い込もうとなさる……」

 そう言って微笑むと、ゼンザックはふたたびロードライトを見据えて続ける。

「お気持ちは嬉しいですが、できかねます。世界には黒いくわだてがある……私はすでに、そのことを知ってしまいました。そして少なからず関わってしまった……今さら後へ引くことなど、できるはずがありません」

 二人の間に、静かな緊張感が走る。

「後に出番があるにせよ、他人にお膳立てをしてもらったのでは、私は自らの存在意義を見失ってしまいます。自分で切りひらいてこその運命……そうではありませんか?」

 幼少の頃より、運命に翻弄ほんろうされ続けてきたゼンザック……少なからずその生い立ちを知るロードライトには、返す言葉がなかった。翻弄され続けてなお、運命にあらがおうと言うのだ……止められようはずもない。

「それにね、ロードライト様……私とて、ドー様の意志を継ぐ者なのです。途中で投げ出しては、ドー様に叱られてしまいます」

 そう言って肩をすくめてみせると、ゼンザックはロードライトの前へ進んで膝を突き、そっと手を差し伸べた。

「さぁ、そろそろ出立の時間です。眠り姫を起こしてください」

 覚醒めざめきらぬヘレスチップを脇に立たせると、ロードライトは差し出された手を取って立ち上がる。

「ゼンザック。最期に一つだけ良いですか?」

「もちろん」

 ひざまずいたまま、ゼンザックが応える。

「あの子のかたきを取ろうなどと、考えてはなりませんよ。私怨しえんに囚われた争いほど、たちの悪いものはありませんから……」

 驚きの表情を浮かべて、ゼンザックがロードライトを見上げる。

貴女あなたは本当に、ドー様に似ておいでだ。幼き頃、ドー様より同じ忠告をいただきました」

「逆ですよ、ゼンザック。あの子がワタシに似たのです。あの子はワタシの、不肖ふしょうの弟子なのですから……」

 そう言い残すとロードライトは、驚きのため呆気あっけにとられるゼンザックを残し、魔法陣のある石畳へと進んで行った。

 欠伸あくびをしながら、ヘレスチップがゼンザックのそでを引く。

「どうされました?」

「いいお話、できたかニャ?」

 眠気に目をこすりながら、ヘレスチップがいた。

「なぜ皆がこぞって、私を甘やかせてくださるのか。まったくもって、不思議な心持ちです」

「そんなの、決まってるニャ……」

 戯っ子いたずらっこのような笑みを浮かべ、ゼンザックの脇腹をひじで突く。

「みんなゼンちゃんのこと、大好きだからニャ☆」

 そう言うとヘレスチップは、ロードライトのいる場所へと駆け出して行った。


(つづく)

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