第27話 宣戦布告Ⅲ
騎士たちの捕縛を
交代で休息をとる
そのためグルーモウンには、古くから
いよいよ高く昇り始めた陽光の中、ロードライトが石畳の上に直径五メートルほどの魔法陣を
「全部で一千人だったかしら? 百人づつだと、十回も送ることになるわね。大変ね」
陣を描きながら、おっとりとした口調でロードライトが二人に問う。
「捕縛したのは、三百人ですよ。ロードライト様」
「百人づつ、三回送る計算ニャ……」
ロードライトの
いや、
しかもこのボケ、意図して発せられている訳ではない。いわゆる天然ボケ……何の善意も悪意も込められていないのだから、そのぶん逆にたちが悪いとヘレスチップは思っている。
「もう一度確認なんだけど、百人送れる
「合ってるニャよ。行き先は、覚えてるかニャ?」
「もちろんよ。えーっと……あれ? 何処だったかしら?」
薔薇色のストレートヘアを
「かつてヴォースがあった場所……ですよ」
「そうそう。ヴォースだわ。ヴォース!」
嬉しそうにその場で飛び跳ねたかと思うと、ロードライトはふたたびしゃがみ込んで魔法陣を描き始める。
「魔法陣なんて描かなくても、ヘレスちんが
「駄目よ、ヘレスチップ。百人も送るのですから、陣がなくては安定しないわ」
手を止めて立ち上がり、ロードライトが両手を腰にヘレスチップを見やる。
「そして陣があっても乱暴に発動すれば、やはり安定しない……。時間はあるのだから、陣は敷いた方が良いに決まってるわ」
「それはそうなんだけど……描くのが面倒だニャ」
「そういえば
「どういう事だか、解らないニャ……」
「はいはい、おしゃべりはお仕舞い。作業に集中させてね」
そう言ってロードライトは、ふたたびしゃがみ込んで
「さすがのヘレスチップ様も、ロードライト様には
パンをちぎりながら、ゼンザックが笑う。
「まったく、天然さんはゼンちゃんだけで充分ニャ……」
「おやおや。私は天然ボケではございませんよ」
「天然さんはみんな、そう言うニャよ」
「でも、お強いんでしょ? ロードライト様は」
「そりゃドーちゃんから、ギルドマスターを
「人望も、お有りですしね」
「ローちゃんの場合は人望というよりも、危なっかしくて放っておけないだけだニャ……」
ゼンザックの言葉に、ヘレスチップが乾いた笑いとともに応える。
いつしかヘレスチップの背後に、ロードライトが忍び寄っていた。人差し指を立てて自らの口の前に添え、向かいに座るゼンザックへ黙っていろと合図を送る。気づかれないようにしゃがみ込み、ヘレスチップの耳元に唇を寄せた。
「ワタシって、そんなに危なっかしいかしら?」
突然耳元でささやいたかと思うと、ロードライトはヘレスチップを背後から抱きしめる。驚きに身を固くするヘレスチップをかかえ上げ、膝に抱いてその場に座る。長身のロードライトがヘレスチップを膝に抱くと、まるで母親が我が子を抱いているかのように見えてしまう。
「三つも職業を修めたヘレスチップの方が、ワタシなんかよりずっとすごいと思うけどな……」
ヘレスチップの頭をなでながら、ロードライトがつぶやく。
「いやぁ、それほどでも……あるかニャ」
「
「
ヘレスチップは振り返り、
「思ってるわよぉ。思ってるってばぁ……」
くしゃくしゃとヘレスチップの
「はわわ。ゼンちゃんの膝の上が至高かと思いきや、ローちゃんのお膝もなかなかどうして……」
そう言ってヘレスチップは、されるがままにふくよかなロードライトの胸へ後頭部をうずめる。
「男の子なんかより、女の子の方が柔らかくて気持ちいいのよ? 知らなかった?」
うっとりとした表情で目を閉じるヘレスチップの髪を、ロードライトの細い指がなでる。
「眠っちゃ駄目よ。まだお仕事が残っているんですからね」
「わかってるニャ……ねむらないニャよ……おやすみ……ニャ……」
言い終わらぬうちに、ヘレスチップは寝息をたて始めてしまった。
「あらあら。今朝は早かったものね。少し寝かせてあげましょうか……」
そう言いながらロードライトは、ヘレスチップの頬をふにふにと突いてもてあそぶ。
「ヘレスチップ様に、聞かれたくないお話でも?」
ゼンザックには、ロードライトが魔導を用いて眠らせたのであろうと見て取れた。
「そんなのじゃないのよ。たまには二人でお話をしたいな……って。それだけよ」
ロードライトは慈しみのこもった眼でヘレスチップの寝顔を見つめ、頬をもてあそび続けている。
「この子は、よくやってくれてるわ。十年戦争のときもそう。護りの要は、ヘレスチップだった……。戦後の情報戦で、王国に遅れを取らなかったのもこの子のおかげ。諸国を巡って情報を集め、流言を放って世論を作った……。血の粛清から、未来の種となる三人の子供を救ったのもこの子。ビットレイニアの運命を握る三人の子供……そのうちの一人がゼンザック、
ロードライトの呼びかけに、ゼンザックが黙って
「
「私はいまだに、ドー様が死んでしまったとは思えないのですよ。ある日突然、何事もなかったかのように帰っていらっしゃる……そんな風に思えてならないのです」
「ある日突然……か。いいわね、それ。あの子ならやりそうだわ」
そう言ってロードライトは、かすかな笑みをこぼす。そしてしばらく何事かに思いを巡らせた
「宣戦布告をひかえた今、ドー・グローリーの意志を継ぐ者として
真っ直ぐに投げかけられる視線を、ゼンザックが受け止める。
「この戦いから、身を引くつもりはありませんか?」
予想された
「
目を閉じて話を聞いていたゼンザックであったが、天を仰ぎ一呼吸おいた後、静かに口を開く。
「やはり
そう言って微笑むと、ゼンザックはふたたびロードライトを見据えて続ける。
「お気持ちは嬉しいですが、できかねます。世界には黒い
二人の間に、静かな緊張感が走る。
「後に出番があるにせよ、他人にお膳立てをしてもらったのでは、私は自らの存在意義を見失ってしまいます。自分で切り
幼少の頃より、運命に
「それにね、ロードライト様……私とて、ドー様の意志を継ぐ者なのです。途中で投げ出しては、ドー様に叱られてしまいます」
そう言って肩をすくめてみせると、ゼンザックはロードライトの前へ進んで膝を突き、そっと手を差し伸べた。
「さぁ、そろそろ出立の時間です。眠り姫を起こしてください」
「ゼンザック。最期に一つだけ良いですか?」
「もちろん」
ひざまずいたまま、ゼンザックが応える。
「あの子の
驚きの表情を浮かべて、ゼンザックがロードライトを見上げる。
「
「逆ですよ、ゼンザック。あの子がワタシに似たのです。あの子はワタシの、
そう言い残すとロードライトは、驚きのため
「どうされました?」
「いいお話、できたかニャ?」
眠気に目をこすりながら、ヘレスチップが
「なぜ皆がこぞって、私を甘やかせてくださるのか。まったくもって、不思議な心持ちです」
「そんなの、決まってるニャ……」
「みんなゼンちゃんのこと、大好きだからニャ☆」
そう言うとヘレスチップは、ロードライトのいる場所へと駆け出して行った。
(つづく)
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