第Ⅲ章 魔導師の都
第25話 宣戦布告Ⅰ
クシード・メルシーは、
沈みゆく陽の光を左に、クシードはかつてヴォースがあった方角を見つめる。あの街でドーと戦ってから、一年の歳月が過ぎようとしていた。
ヴォース消滅の知らせは、その日のうちに教皇庁にも届けられた。ドーが街もろとも
教皇庁は盛んに、ドーがヴォースを消滅させたと
そう、王国中の情報を取り仕切きりっていた
ヘレスチップとゼンザックは、生死不明だ。ドーとともに散ったか、それとも逃げ延びて
そして、僧兵団団長バフガー・スターネスもまた、あの戦いから
あの日、ドーは強大な
西の彼方にそびえる山脈に、夕日が姿を消す。朱に照らし出される山々の稜線に、少しづつ夜の
「いつから居たの?」
声をかけられ、柱の陰からインディゴが姿を現す。
「さぁ、いつからだったかな……」
そう言いながら、懐から煙草を取りだして火を点ける。そして白い煙を吐いて、クシードのとなりに腰をおろす。
「何か用? 独りになりたいんだけど……」
「一年もつるんでるのに、つれないねぇ。仲良くやろうぜ」
「
クシードの返事に乾いた笑いで応え、インディゴは再び白い煙を吐く。
「いや、目撃情報があったもんでね。意見が欲しいわけよ」
「目撃情報?」
立ち昇る紫煙のむこうに、クシードはいぶかしげにインディゴの横顔を見やる。
「ウェイの森で、ドーを見かけた……ってね」
「あり得ないね……」
ドーがあの状況を脱出して生き延びている可能性など、ヴォースでの戦いの後で何度も考えた。あの状況から脱出するには、どう考えてもマナやオドが足りていない。
教皇が
「
「体が残ってなきゃ無理だね」
肉体があり、魂さえ消滅していなければ、
「やっぱりガセネタだったかな……」
そう言ってインディゴが、ふたたび白い煙を吐いて北の空を見やる。
「そうだ、クシード。明日の式典、行くんだろう?」
「行かない」
明日は、ヴォース消滅からちょうど一年。教皇庁は彼の地にて、
「何だよ、サボるつもりかよ……」
「僕は茶番に付き合うほど、お人好しじゃないんでね」
茶番とは、よく言ったものだ……自分の発した言葉が思いのほか
明日の
ヴォースでの一件以降、魔導都市グルーモウン周辺の動きが慌ただしい。かつては魔導連合の中核を成し、ビットレイニア率いる騎士同盟を相手どり十年に渡る戦いを繰り広げた都市だ。今はビットレイニアに併合されてはいるが、もしも内乱が起こるとするならばあの地が起点となるであろう。
明日の式典には、国王をはじめとする王政の重鎮、そして教皇をはじめとする教皇庁の高僧の参列はもちろんのこと、王国騎士団、教皇庁遠征軍、教皇庁僧兵団、諸侯の供出する義勇軍など、王国中の武力の多くが集結する。
そして、かつて魔導連合を率いたドー・グローリーの大罪を告発するのだ。二千もの無垢の民の命を奪い取った、
この危険を排除するためには、武力の行使もやむなし……言外にその意を
よくできた筋書きだ……クシードはそう思った。インディゴの
「クシード、お前さ……」
不意に呼びかけられてインディゴを見やると、二本目の煙草に火を点けるところであった。風にマッチの火が消されるよう手で覆い、くわえた煙草に火を移している。
「本当は昔みたいに、ドーと一緒に戦いたかったんじゃねぇの?」
問われて思わず、インディゴから目をそらす。
「何を言い出すかと思えば。馬鹿馬鹿しい……」
「いいんだぜ。かつての仲間のところへ帰ったってさ」
それができるのならば、どんなに良いことだろうか……。宵闇を渡る生ぬるい風が、クシードの頬を乱暴になでた。風に乗って届く、煙草の匂いが鼻を突く。
こんな形で、ドーと別れるとは思っていなかった。こんなことになるのならば、ドーに救われた命を無駄にしてでも、彼女のもとに駆けつけるべきだった……。ヴォースでドーと別れた日から、そう思って後悔しない日など一日もない。
ふたたびインディゴを見やると、いつになく優しい表情でクシードを見つめていた。この男がこのような眼をしているところなど、ついぞ見たことがない。
「駄目なんだ……。僕は呪いに縛られてるから……」
絞るようにして発せられた言葉に、インディゴが眉根を寄せる。
「そっか……。余計なこと言っちまったな。忘れてくれ」
そう言うとクシードに背を向け、
「明日の式典、サボるんじゃねぇぞ……」
言い残して、インディゴは階下へ姿を消した。
独り残されたクシードは、ふたたびヴォースの方角を見やる。すっかり闇に覆われた北の空に、いくつかの星が
(つづく)
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