第19話 暗殺者の街Ⅲ

 インディゴとゼンザック、そしてルベライトとシベライトの四人が、酒場に向かって大通りを歩く。「飯、喰わせてやるよ」そう言って酒場へ誘うインディゴに、怪我の治療が先だとルベライトが渋ったが、酒場に行けば治癒ヒーリング呪文スペルを使える奴くらいいるだろと押しきられた。

 インディゴが先を歩き、足首を負傷したシベライトに右肩をかしている。ゼンザックが続き、同じく足首を負傷したルベライトに左肩をかしている。

「ドーも来てるのか? あいつ元気にしてんの? ……って、殺しても死なないような奴だけどよ」

 振り返って、インディゴが笑う。

 ゼンザックは、インディゴの真意をはかりかねていた。ギルドを裏ぎった自分を許しているようであり、そして暗殺の対象としたドーをまるで知り合いのように語る。

「ドー様は一緒にきましたが、しかしなぜ……」

 ゼンザックの言葉をさえぎって、インディゴがその後を続ける。

「なぜ、ドーを知り合いのように語るのか……ってか? それとも、なぜギルドを裏切った自分を許すのか……かな?」

「そのどちらも……です」

「お前がドーの暗殺に失敗することも、そのまま帰ってこないことも、そして再び此処ここに現れることも、最初から俺の想定通り……なのさ」

 振り返らず遠くを見すえながら、インディゴがそう言った。

「それとな、お前はもう死んだことになってる。裏切り者だろうが何だろうが、死んじまった奴を裁くことはできねぇんだよ」

 この状況を見越して、死んだことにしておいた……という訳か。ゼンザックは眼前を歩く男の背中を見つめる。

「良かったなぁ、ルベちゃん。ゼンザックらんでエエんやて」

「ちょ! シベちゃん、なに言うてんの!」

 シベライトの言葉に、ゼンザックの肩につかまる少女があわてふためく。

「裏切者はらなアカン言うたら、ルベちゃん泣きそうな顔しとったんやで」

「きゃー! シベちゃん黙って! いや、もういっそ死んで!」

 そう叫んでルベライトが、赤らめた頬を片手で隠しながら、前を歩くシベライトへナイフを放つ。後頭部に突き刺さる直前で、シベライトが飛来するナイフを二本の指で挟んで止めた。

「アホぉ! 至近距離で危ないわ! ウチやなかったら、死んどるで……」

「いらんこと言うからや!」

 ルベライトが、頬をふくらませて怒る。

「なになに? 君ら、そういう関係だったの?」

 インディゴが振り返り、ゼンザックとルベライトへ下婢げひた笑いを向ける。

「違うで、インディゴはん。ルベちゃんの片思いや。あの頃のゼンザックゆうたら四六時中ムスーっとして愛想あいそもないのに、どこがエエんか知らんけど、ずっとゼンザック、ゼンザック言うてな……」

 訳知り顔で暴露ばくろするシベライトの背中を、怪我をした足でルベライトが蹴りたおす。

「何すんねん! やるんか!?」

「おー、やったるわ!」

「今日こそは勘弁かんべんせぇへんで! 覚悟しぃや!」

「そっちこそ、覚悟せぇや!」

 突如として繰り広げられた泥試合に、ゼンザックもインディゴも言葉を失って立ちつくす。

「相変わらず、仲のいい双子ですねー」

「そうだねー。なんか大丈夫そうだから、もう行こうか」

 抑揚よくようなく言葉を交わした二人は、路上で掴み合う双子を残して酒場へと向かった。


 酒場の看板が視界に入ると同時に、ゼンザックとインディゴは異変に気づいた。入口の両脇に、うずくまっている男がいる。しかも何人もだ。そしてまた入口から一人、覚束おぼつかない足取りで男が現れてその場に倒れこんだ。

「あー。ドーも来てるって言ってたっけ……」

「そうですねー。一緒に来ました……」

 二人は即座に状況を察し、再び抑揚なく言葉を交わした。

 酒場に入ると、足の踏み場もないほどにテーブルや椅子が、そして砕けたジョッキやナイフが散乱していた。そして折り重なるようにして、何十人もの暗殺者アサシンが倒れている。ゼンザックは右手をこめかみに添え、大きく溜息をついた。

 店の奥、丸テーブルの上にドーが座っていた。テーブルに腰を乗せ、エールのジョッキをあおっている。入口で溜息をつくゼンザックに気づき、ドーは大きく手をふった。

「おー、ゼンザック、来たか! こっちへ来てお前も飲め!」

 ドーの隣ではヘレスチップが床に座り、淡々と怪我人に治癒ヒーリング呪文スペルを施している。

「また、派手にやったものですね……」

 床が比較的見えている箇所を選びながら、ゼンザックがドーのいる場所を目指す。

「ちょうど今、終わったところだ」

 そう言ってドーは、再びジョッキをあおる。喉を鳴らしてエールを流し込み、口元の泡を手の甲でぬぐう。そしてようやく、ゼンザックと共に居る男の存在に気づいた。

「なんだ、インディゴも一緒だったのか」

「久しぶりだな……」

 そう言って軽く手を挙げるインディゴに、ドーも手を挙げてこたえた。

此処ここ暗殺者アサシンどもは、たるんどるんじゃないか? しめ直した方が良いぞ」

「はは……。かえす言葉もないな」

 ドーの言葉に、インディゴが乾いた笑いでこたえる。

「俺、腹へってんだけどな。飯つくれるのかね……この状況」

 周囲を見回しながら、インディゴがつぶやく。

「……カウンターの内側と店員は、ヘレスちんが護ったニャ。料理も作れるニャ」

 機嫌が悪いことを隠そうともせず、ヘレスチップがこたえる。

「ヘレスも久しぶりだな。……て言うか、なんか怒ってる?」

「怒ってないニャ。到着早々の乱闘騒ぎくらいで、怒ったりしないニャ」

 触らぬ神に祟りなし……淡々とした口調に怒りの程を知り、インディゴはヘレスチップの機嫌がなおるまで話しかけないよう努めた。そして店員の一人に本部へ行くよう頼み、治癒ヒーリング呪文スペルを使える者を何人か寄越すよう言付けた。

「片付けちまって飯にするか。怪我が治った奴から手伝え」

 インディゴの呼びかけに、暗殺者アサシンたちの反応は薄い。

「なんだよ、仕方ねぇな。片付け終わったら、今日の飲み代はもってやるよ! 俺のおごりだ、手伝え!」

 インディゴの振る舞いに、酒場の暗殺者アサシンたちが沸きたった。


     ◇


 王都のほぼ中央、ビットレイン教会に寄り添うようにして教皇庁の本部がある。華やかな意匠こそ凝らされていないものの、石造りの荘厳なるたたずまいは決して隣接する教会に見おとりするものではない。

 教皇庁本部の、一際奥まった場所に位置する『謁見えっけんの間』。おごそかな空気が漂うこの広間に、枢機卿すうきけいを引き連れて教皇スリーク・クラウンが歩み入る。スリークが猊座げいざすと、二人の枢機卿すうきけいが両脇に立って控えた。

 使いに出された修道僧が、一人の男を謁見の間へと案内する。男が教皇の前へと進んだことを見届け、修道僧は最敬礼ののちにその場を立ち去った。

「教皇、なにか用?」

 男はスリークの前まで進むと、こうべを垂れることなくそう言った。

「無礼な! おそれを知れ!」

 敬意を欠いた言動に枢機卿が怒りをあらわにしたが、スリークが二人を手で制した。

不遜ふそんな態度は、相変わらずだな。クシード・メルシーよ」

 眼前の死霊術士ネクロマンサーの名を呼び、スリークは口のをゆがめた。

「だって僕、貴方あなたの部下になった訳じゃないし、ましてや神に仕えてる訳でもないしさ」

「良い良い。とがめている訳ではない」

「あっそ……」

 両脇に控える枢機卿が、再び怒りに顔色を変える。クシードはうんざりした表情で、二人から視線を外していた。

「呼び立ててすまぬな」

「それで、用件はなに?」

「明日、遠征軍の本隊がヴォースに着く。私も明日、転移ゲートおもむく。其方そなたも同行しろ」

「いいけど……急だね」

 ヴォースへ向けて六千の兵を動かしていることは、クシードも知っていた。しかし事をかまえるのは、まだ先のはずだ。大幅な行軍の繰りあげ、しかも教皇がみずから乗り込むことも解せない。

「期せずして、駒がそろってしまったのでな」

「駒?」

「ドー・グローリーと、ゼンザック・トライアンフだ。奴等がヴォースに入った。予定変更だ」

 ドーの名を聞き、クシードの表情がくもる。今回のヴォース進軍は、ドーとは関係のない作戦であったはずだ。

「変更って……ヴォース制圧は中止?」

「いいや、制圧はする。難攻不落とうたわれたヴォースを攻めるのだ……其方そなたも腕が鳴るであろう」

「そうでもないかな。何処を攻めるにしても、やることは同じだよ」

「心強い限りだな。明日はが、面白いものを見せてやるとしよう。楽しみにしておれ」

 そう言って再び、スリークは口のをゆがめた。

「明日は、バフガーたち僧兵団も合流する」

「アイツも来るんだ。……役に立つの?」

 クシードが、苛立いらだちをあらわに爪をむ。大した考えもなく物事に飛び込んでいくバフガーを、クシードは毛嫌いしていた。六千人規模の戦闘で、スタンドプレーを好むバフガーが役に立つとは思えない。

彼奴あやつも、居ないよりはましだ。もっとも今回は、奴にも居てもらわねば困るのだがな……」

「ふーん。なんだか、良からぬことを企んでる……って感じだね」

「なにを言うか。これでも私は、人類をいかにして慈愛に満ちた世界へ導くか……そのことばかりを考えているのだよ」

 そう言って三度みたび、スリークは口のをゆがめた。


(つづく)


 

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