第04話 魔女と執事Ⅳ

 フードをはずした男を、ドーが見下ろす。そう、見下ろす形になった。一七〇センチを超えるドーに対し、男の身の丈は一回り小さい。

「相変わらずチビだな……貴様は」

「くっ! 気にしていることを……」

 ドーのののしりに、刈りあげた赤毛をきむしる。

「尾行が教皇庁の僧兵モンクと知れて、どうせ貴様だろうとは思っていたが……本当に居るとは迷惑な奴だ」

「相変わらずの減らず口だな。生きていると思っていたよ……」

「して、教皇庁僧兵団の団長バフガー・スターネス殿が、ワタシに何用かな?」

 バフガーと呼ばれた赤毛の男が、威厳いげんを示すかのように胸を張ってこたえる。

「知れたこと! 教皇猊下げいかの命により、貴様を捕縛ほばくする!」

 二人のやり取りを聞きながら、ゼンザックは男の実力をはかっていた。体躯こそ小さいが、僧衣の上からでも均整のとれた体型がうかがえる。隙だらけの言動は見せかけで、その実隙がない。おそらく小柄な体躯たいくを活かして、速度で取りに来る……やりにくい相手だ。

 加えてバフガーの隣に立つ、もう一人の男。フードをかぶり様子が知れないが、線の細さから僧兵モンクには見えない。雰囲気がドー様に似ている……魔導師メイジであろうか。

「ウェイに潜んでいるという情報に張りこんでみたが……こんなに早く網にかかるとは、俺もついている」

「ドー様、お知り合いなのですか?」

「あの赤毛には、十年戦争の頃に着きまとわれてな。十年以上経つというのに、しつこい奴だ」

「炎帝殿は、十年戦争の戦犯ですからな」

 バフガーの言葉に、思わずゼンザックが吹き出す。

「炎帝って誰ですか!? ドー様それ、かっこ良すぎますよ!」

「やめろ! 笑うな! ワタシだって恥ずかしいんだぞ」

 頬を赤らめながら、ドーが石畳をみならす。

「今後は、炎帝さまとお呼びしましょうか?」

 口元をゆがめて、ゼンザックが薄ら笑いをうかべる。

「やめろと言っている! 二つ名ばかりつけられて、迷惑してるんだ」

「他に、どんな二つ名が?」

「言いたくないわ! 言えばからかうだろ!」

「そりゃ勿論もちろん……いえいえ、そんな失礼なことはいたしません」

 うやうやしく、ゼンザックは頭を下げてみせる。

 ゼンザックがわずかな殺気を感じ、慌ててドーの肩を押す。次の瞬間、さきほどまでドーの顎が在った空間を、バフガーの拳が殴りぬいていた。

「無視するんじゃねぇ!」

 怒りをあらわに、バフガーが怒鳴る。

「相変わらず気が短いな……貴様は」

 何事もなかったかのようにドーが言い放つ。二人は即座に、バフガーとの間合いを取った。

 一気に詰められる距離ではなかったはずだ。挑発のために無駄口に興じたが、決して油断していた訳ではない。こうも安々と間合いに踏みこまれるとは……。ゼンザックは、バフガーに対する評価を改める。この男、私よりも速い……。

 声をひそめて、ドーがゼンザックを呼ぶ。

「熱血馬鹿は後まわしだ。フードの男の底が知れぬ。測れ」

心得こころえました」

 バフガーまで三メートルの間合い。フードの男はさらに三メートル先。当然、バフガーが素通りさせる訳はない。

 牽制けんせいのナイフをバフガーに放ちつつ、ゼンザックはフードの男を目掛けて駆けだす。眼前に飛来するナイフを叩き落とすと、バフガーは迫り来るゼンザックへと拳を繰りだした。しかしナイフを処理した分、初動がおくれた。拳はゼンザックを捕らえることなく空を切る。

 脇をすり抜けたゼンザックを追って駆けだそうとした刹那、バフガーの眼前で小さな火球がぜる。ドーの放った爆裂バースト呪文スペルだ。不用意に戦況をかき回さぬよう、小規模で放った。足どめができれば充分だ。

 フードの男まで後わずか。喉元に手刀を突き立てようとゼンザックが踏み込んだ瞬間、突如とつじょとして着地点の石畳が沸きたつ。踏み込みの足場が泥濘ぬかるみへと変わり、足を取られたゼンザックがバランスを崩してつんのめる。

 この好機を見逃すバフガーではなかった。爆裂バーストの爆風にさらされながらも追いすがり、ゼンザックの背面から無数の拳を打ち込んだ。

 僧兵モンクの拳は、それ自体が凶器である。例えるならば、連撃可能な戦棍メイスだ。一撃が致命傷となりかねないダメージを、連続して打ち込むことができる。僧兵モンクと対峙した際、一番の対処法は拳を喰らわぬことだ。それを知る僧兵モンクは、拳の重さ以上に速度をたっとぶ。獲物を逃さぬ疾風はやてごとき体さばき、そして喰らいついて離れぬ精神力……双方を持ち得る者が、最強の僧兵モンクと言えよう。バフガーには、そのどちらもがあった。

 ゼンザックは、立ち上がることができなかった。急ぎダメージを見積もる。あばらが何本か折れている。内臓はどうだ……体の芯までダメージが通っている。機能不全におちいっているが、大きな損傷はなさそうだ。まずは呼吸だ……呼吸を整えろ……。

 ドーは、サポートが遅れたことを悔いていた。通常であれば、アタッカーに攻撃が及ぶような下手など打たない。攻撃が及ぶ前につぶす。だが、気を取られてしまった……不意に目を奪われてしまった。ゼンザックの足元をすくったあの呪文スペル……あれは、腐敗ロッティングではないか。しかも詠唱破棄での発動……そんな事ができる人物を、ドーは一人しか知らない。

「さて炎帝殿……」

 バフガーが、ドーへ呼びかける。

「お連れはもう動けないようですが、おとなしく捕まってはいただけませんかな?」

 ドーは応えず、じっとフードの男を見すえる。

「俺も神に仕える身。無駄な殺生はしたくない。くだればお連れの命は保証しましょう」

 そもそも死霊術士ネクロマンサーなど、そう何人もいるものではない。お前なのか、クシード。生きていたのか……。

「おい、聞いているのか!?」

 お前であるなら、なぜ教皇庁にくみする。なぜワタシを前に、他人のように振るまう。クシード、お前ではないのか!?

「無視するんじゃねぇ!」

 叫んで間合いに踏み込んできたバフガーの額を、ドーの右手がつかんで止める。

「ごちゃごちゃと、うるせぇ!」

 ドーの咆哮ほうこうにも似た怒声どせいに、バフガーが身じろぐ。そして額を締めあげる手を振りほどこうと、ドーの右腕を殴りつける。

「ワタシはか弱い魔導士メイジだからな。物理攻撃など通らぬよう、あらかじめ魔法の加護を受けている。腰の入っていない拳など、いくら打っても通らぬ……」

 バフガーの額を更に締めあげ、ドーの口元がニヤリとゆがむ。

「この馬鹿力! ど、どこが、か弱いんだ!」

 苦痛に身悶みもだえながらも、バフガーが虚勢をはる。

「貴様、ワタシを炎帝と呼んだな。何故その二つ名がついたか知っているか?」

「炎の魔法を得意とするからだろ……」

「べつに得意じゃないさ。派手だからな、炎は。ゆえに好んで使っていただけだ。炎帝という名は、不本意な二つ名なのさ……」

 そう言うと、フードの男の足元へバフガーを投げ捨てる。

「ゼンザック! いつまで休んでいる!」

 燕尾服テールコートの砂ぼこりを払いながら、ゼンザックが起きあがる。

「まったく人使いが荒い……怪我人ですよ、私」

 ゼンザックだけに届く声でドーが告げる、「詠唱に入る。護れ」と。ドーの目にも、まともに戦える状態ではないと見て取れる。これ以上長びかせて、ゼンザックを失う訳にはいかない。ここが潮時だ……。

「さて、再会の祝いだ。せっかくだから、炎以外の呪文スペルを見せてやろう……。なぜだか知らんが、今日はオドが満ちている。マナが次々と流れ込んでくる……。派手さには欠けるが、貴様のような暑苦しい奴は、少し頭を冷やすが良い……」

 両手を合わせて、ドーが腕を伸ばす。瞬時に集中トランスに入る。大気に満ちるマナが、ドーを中心に渦をまく。

「まずいぞ! 止めろ!」

 周囲を取り囲む僧兵モンクたちへ、バフガーが命令を下す。応じて攻撃を加えようとする僧兵モンクを、ゼンザックのナイフが次々に射ぬいていく。


   水の精霊王 海魔クラーケンに申し上げる

   我との盟約に従い その力示したま


   大気に満ちる水の気よ 

   凍て尽くせ 生きとし生ける者を

   切り刻め 幾千の刃となりて


   我らが前に立ちふさがる者共を

   金剛石の煌めきにて討ち伏せん


   『金剛細氷刃ダイヤモンド・ダスト!』


 詠唱が終わり、静けさだけが訪れた。

 気づけば、素肌に痛みを感じるほどに気温が下がっている。同時に辺りを、数え切れぬほどの微小な煌めきが漂っていた。

 何事が起こるのかと固唾かたずを飲んでいた一人の僧兵モンクが、気を緩めて周囲を伺う。

「馬鹿! 動くな!」

 バフガーの静止は間に合わなかった。動いた僧兵モンクの全身を、瞬時にして無数の氷刃ひょうじんが切りさく。そして傷口を冷気がむしばみ、全身が凍りついていく。

「さて、我々はこれで失礼させていただく。その者のようになりたくなければ、後は追わぬことだ。僧籍を持つ者が、それだけ雁首がんくびそろえているんだ。解呪デスペルでも何でもやって、勝手に助かれ。凍死する前に、精霊王まで願いが届くと良いな……」

 悔しさに、バフガーが顔を赤らめる。

「行くぞ、ゼンザック」

「はい。ドー様」

 ゼンザックは秘薬が詰まった手さげを拾いあげると、ドーの後を追った。

 何事か思い出したように立ち止まり、ドーは背を向けたまま告げる。

「バフガー。いつもの負け惜しみは、叫ばぬがよいぞ。叫べば肺腑はいふが凍りつく」

 歯噛みして悔しがるバフガーの姿を見て、ゼンザックはわずかに同情の念をいだいた。十年戦争の時、こうやって虚仮こけにされ続けたのであろう。執拗しつようにドー様を追う気持ちも、理解できるような気がする。

 街中に響くドーの高笑いを残して、二人はウェイの街をあとにした。


(つづく)

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