第03話 魔女と執事Ⅲ
魔法屋での仕入れを済ませ、ドーとゼンザックは次の仕入先をめざす。
二人が歩くウェイの街は、行きかう人の数も多い。十年戦争以降、かつての賑わいこそ失われてしまったが、それでも王国北部の要所であることに変わりはない。
「ドー様、値切りすぎではないですか?」
「値切らんでどうする! 魔導士は何かと物いりなんだ!」
ゼンザックの持つ手さげは、先ほど仕入れた秘薬で満杯になっている。ドーの言う通り、術の触媒に、薬剤の原料に、魔道士にとって秘薬はいくらあっても困るものではない。
「限度があります。魔法屋のご主人、泣いてましたよ……」
容赦ないドーの値切りに、魔法屋の主人は困り果てた表情でゼンザックに目ですがっていた。しかしゼンザックとて、家計を管理する身。支払う金額は少ないに越したことはないのだ。主人の
「久しぶりに走ったら疲れたぞ」
「しつこい
「やっぱり
「またそんな、ぶっそうな……」
通りを行く二人を、すれちがう誰もが振りかえる。この街ではエルフの姿も珍しくはないが、ダークエルフとなると話は違う。しかし目をひく要因は、褐色の肌色や
目を奪われているのは、男性ばかりではない。ドーに付き従うゼンザックもまた、多くの女性の目をひきつけていた。
広い通りの両側には。魔法屋、武器屋、防具屋の他に、日用品を扱う店も数おおく
「ゼンザック、そろそろ昼にしないか?」
「駄目ですよ。まだ買い出しが残っているんですから」
「良いじゃないか。この先に、美味い肉を食わせる店があったはずだ」
「あんなに走った後に、よく肉を食べる気になれますね」
「走ったからこそ……だろ?」
走りには自信があるゼンザックだが、ドーも負けてはいない。全力ではないにしろ、かなりの速度で
「ドー様……」
視線を前方に向けたまま、ゼンザックが声をひそめる。
「あぁ、わかっている」
ドーも同じく、何事もないかのように振るまう。
街に入った頃から、後をつけられている事には気づいていた。尾行ごときで、買い出しを中断するのも
しかしここへきて尾行の気配が増え、動きが慌ただしくなってきた。強襲の可能性が高まっている……となれば先手必勝。こちらから仕掛ける方が、何かと都合がよい。
「四人……かな?」
「お昼は、お預けですね」
「まったく、時は選んでほしいものだな」
そう言うと改めて追跡者の位置を確認する。
「殺しちゃだめですよ」
「では殺してしまう前に、お前が何とかしろ」
「
十字路にさしかかると同時に、二人は
左へ走ったドーを、三人の追跡者が追う。右へ走ったゼンザックには、一人の追跡者がついた。
「目標はやはり、ドー様か……」
状況を把握すると、ゼンザックは自分をおってきた追跡者へ向かって
「いいね。やる気だ……」
追跡者の目には、攻撃対象が消えたと映った。
ゼンザックは懐へと踏みこむと同時に、追跡者の側方に身を滑らせていた。そしてすれ違いざまに、追跡者の足首の腱を手刀で断つ。そのまま後方へ抜け、振り返りざまに秘薬満載の手さげで追跡者の頭部を殴りぬいた。
声をあげる間もなく地面へと叩きつけられた追跡者の体に、手さげからこぼれたマンドラゴラがぽとりと落ちる。
「おっと。秘薬の数が合わないと、ドー様にしかられる」
ゼンザックはマンドラゴラを拾い手さげに直すと、集まり始めた野次馬の間をすり抜けて三人の追跡者を追った。
「早くしないと、命が危ない……」
もちろん、追跡者の心配である。
遠方にドーを追う三人の背中をとらえるや否や、ゼンザックは三本のナイフを放つ。足首を正確にナイフが射ぬき、追跡者たちが同時に転倒する。
足首の痛みをこらえながらも、三人は目標を見失うまいと顔をあげる。すると眼前に、腕を組んで見下ろすドーの姿があった。
「ご苦労だったな。では、さよならだ」
ドーが言い放った次の瞬間、追跡者たちの躰が
炎に焼かれる苦しみは、身を焦がす高熱ばかりではない。炎の燃焼に酸素をうばわれ、窒息の苦しみを同時に味わうことになる。そして苦しさに息を吸えば、高熱の炎が肺腑を焼く。のた打ち回ることしかできない三人を見下ろし、ドーは
「殺しちゃだめって、言ったじゃないですか!」
駆けつけたゼンザックが、手にした
「まだ、死んじゃいないさ。助けるのか?」
「身元、調べましょうよ」
「チッ。仕方ないな……」
ドーがそう言うと、燃え盛っていた炎が消える。
ゼンザックが追跡者の一人に声をかけるが、酸欠に気を失い返事がない。ローブは焼けこげ
「教皇庁の僧衣に似ているな……」
焼け落ちたローブの隙間から覗く着衣を見て、ドーがつぶやく。
「どうして中央教会が……」
「ワタシを狙ったというのなら、心当たりがない訳ではないぞ」
「あるんですか、心当たりが!」
「そりゃあるさ。あり過ぎて、どれだかわからんがな」
「それ、ないのと一緒ですよ……」
こめかみに右手をそえ、ゼンザックが大きく溜息をつく。同時に、野次馬に混ざり始めた気配に気づく。
「囲まれますよ、ドー様」
「意外と早いな……」
野次馬は遠くへと追いやられ、二人のまわりを十人を超える男が取りかこもうとしていた。
「突破しますか?」
「せっかくだ。話くらいは、聞いてやろうじゃないか」
ドーの言葉を受け、ゼンザックは
ほどなくして、囲みの向こう側から声高らかに芝居がかった台詞が響く。
「
囲みの一端がとかれ、指揮官らしき二人の男が姿をあらわす。
「さすがは、偉大なる魔導士ドー・グローリー様……といったところですかな」
そう言って声の主が二人の前に立ち、フードを外す。
「やはり、おまえか……」
フードの下を一瞥すると、ドーは溜息まじりに言いすてた。
(つづく)
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