第03話 魔女と執事Ⅲ

 魔法屋での仕入れを済ませ、ドーとゼンザックは次の仕入先をめざす。

 二人が歩くウェイの街は、行きかう人の数も多い。十年戦争以降、かつての賑わいこそ失われてしまったが、それでも王国北部の要所であることに変わりはない。

「ドー様、値切りすぎではないですか?」

「値切らんでどうする! 魔導士は何かと物いりなんだ!」

 ゼンザックの持つ手さげは、先ほど仕入れた秘薬で満杯になっている。ドーの言う通り、術の触媒に、薬剤の原料に、魔道士にとって秘薬はいくらあっても困るものではない。

「限度があります。魔法屋のご主人、泣いてましたよ……」

 容赦ないドーの値切りに、魔法屋の主人は困り果てた表情でゼンザックに目ですがっていた。しかしゼンザックとて、家計を管理する身。支払う金額は少ないに越したことはないのだ。主人の懇願こんがんには、気づかぬふりでやり過ごした。

「久しぶりに走ったら疲れたぞ」

「しつこい沼龍スワンプドラゴンでしたね」

「やっぱり爆裂バーストで、殺っちまった方が良かったんじゃないか?」

「またそんな、ぶっそうな……」

 通りを行く二人を、すれちがう誰もが振りかえる。この街ではエルフの姿も珍しくはないが、ダークエルフとなると話は違う。しかし目をひく要因は、褐色の肌色や白金髪プラチナブロンドの髪色だけではない。美しく整ったドーの容姿は、どうしても周囲の目を、特に男性の目をひいてしまう。加えて一七〇センチを超える長身だ。目立つなという方が難しい。

 目を奪われているのは、男性ばかりではない。ドーに付き従うゼンザックもまた、多くの女性の目をひきつけていた。

 広い通りの両側には。魔法屋、武器屋、防具屋の他に、日用品を扱う店も数おおくのきをつらねる。また、料理を供する店もおおい。テーブルと椅子を並べた店先で、茶と甘味を楽しむ人の姿も見える。昼食時ということもあり、街は食欲をそそる香で満たされていた。

「ゼンザック、そろそろ昼にしないか?」

「駄目ですよ。まだ買い出しが残っているんですから」

「良いじゃないか。この先に、美味い肉を食わせる店があったはずだ」

「あんなに走った後に、よく肉を食べる気になれますね」

「走ったからこそ……だろ?」

 走りには自信があるゼンザックだが、ドーも負けてはいない。全力ではないにしろ、かなりの速度で沼龍スワンプドラゴンから逃げ続けたはずだ。ドーはゼンザックに遅れることなく、四キロの距離を走った。しかも、かかとの高いくつをはいたままで。

「ドー様……」

 視線を前方に向けたまま、ゼンザックが声をひそめる。

「あぁ、わかっている」

 ドーも同じく、何事もないかのように振るまう。

 街に入った頃から、後をつけられている事には気づいていた。尾行ごときで、買い出しを中断するのもしゃくだ。襲撃の意思がないのなら、頃合いを見てまいてしまおうと考えていた。

 しかしここへきて尾行の気配が増え、動きが慌ただしくなってきた。強襲の可能性が高まっている……となれば先手必勝。こちらから仕掛ける方が、何かと都合がよい。

「四人……かな?」

「お昼は、お預けですね」

「まったく、時は選んでほしいものだな」

 そう言うと改めて追跡者の位置を確認する。

「殺しちゃだめですよ」

「では殺してしまう前に、お前が何とかしろ」

善処ぜんしょいたしましょう」

 十字路にさしかかると同時に、二人は突如とつじょとして左右の通りに別れて走りだす。見失うまいと、追跡者も慌てて走りだす。

 左へ走ったドーを、三人の追跡者が追う。右へ走ったゼンザックには、一人の追跡者がついた。

「目標はやはり、ドー様か……」

 状況を把握すると、ゼンザックは自分をおってきた追跡者へ向かってきびすをかえす。追跡者は立ち止まり、驚くふうもなく拳をかまえる。

「いいね。やる気だ……」

 ふところに飛びこもうと踏みこむゼンザックを牽制けんせいするように、追跡者が左拳を突きだす。追跡者の左を手の甲で払った刹那せつな、右の正拳がゼンザックの顔面を捕らえた……かのように見えた。しかし、拳は残像を撃ちぬいてくうを切る。

 追跡者の目には、攻撃対象が消えたと映った。

 ゼンザックは懐へと踏みこむと同時に、追跡者の側方に身を滑らせていた。そしてすれ違いざまに、追跡者の足首の腱を手刀で断つ。そのまま後方へ抜け、振り返りざまに秘薬満載の手さげで追跡者の頭部を殴りぬいた。

 声をあげる間もなく地面へと叩きつけられた追跡者の体に、手さげからこぼれたマンドラゴラがぽとりと落ちる。

「おっと。秘薬の数が合わないと、ドー様にしかられる」

 ゼンザックはマンドラゴラを拾い手さげに直すと、集まり始めた野次馬の間をすり抜けて三人の追跡者を追った。

「早くしないと、命が危ない……」

 もちろん、追跡者の心配である。

 遠方にドーを追う三人の背中をとらえるや否や、ゼンザックは三本のナイフを放つ。足首を正確にナイフが射ぬき、追跡者たちが同時に転倒する。

 足首の痛みをこらえながらも、三人は目標を見失うまいと顔をあげる。すると眼前に、腕を組んで見下ろすドーの姿があった。

「ご苦労だったな。では、さよならだ」

 ドーが言い放った次の瞬間、追跡者たちの躰が突如とつじょとして炎に包まれる。

 炎に焼かれる苦しみは、身を焦がす高熱ばかりではない。炎の燃焼に酸素をうばわれ、窒息の苦しみを同時に味わうことになる。そして苦しさに息を吸えば、高熱の炎が肺腑を焼く。のた打ち回ることしかできない三人を見下ろし、ドーは恍惚こうこつの表情で口元をゆがませていた。

「殺しちゃだめって、言ったじゃないですか!」

 駆けつけたゼンザックが、手にした燕尾服テールコートで三人の炎をはらう。

「まだ、死んじゃいないさ。助けるのか?」

「身元、調べましょうよ」

「チッ。仕方ないな……」

 ドーがそう言うと、燃え盛っていた炎が消える。

 ゼンザックが追跡者の一人に声をかけるが、酸欠に気を失い返事がない。ローブは焼けこげくすぶっているが、火傷の程度は軽そうに見える。炎を吸い込んでいなければ、命に別状はないだろう。

「教皇庁の僧衣に似ているな……」

 焼け落ちたローブの隙間から覗く着衣を見て、ドーがつぶやく。

「どうして中央教会が……」

「ワタシを狙ったというのなら、心当たりがない訳ではないぞ」

「あるんですか、心当たりが!」

「そりゃあるさ。あり過ぎて、どれだかわからんがな」

「それ、ないのと一緒ですよ……」

 こめかみに右手をそえ、ゼンザックが大きく溜息をつく。同時に、野次馬に混ざり始めた気配に気づく。

「囲まれますよ、ドー様」

「意外と早いな……」

 野次馬は遠くへと追いやられ、二人のまわりを十人を超える男が取りかこもうとしていた。

「突破しますか?」

「せっかくだ。話くらいは、聞いてやろうじゃないか」

 ドーの言葉を受け、ゼンザックは燕尾服テールコートを羽織りなおして暗器の所持量を確認する。この者たちが先ほどの追跡者と同等の実力であるならば、十余人の囲みを破ることはたやすい。しかし、さらなる手練てだれが控えていると考えた方が順当じゅんとうであろう。まずは相手の出方をうかがう。

 ほどなくして、囲みの向こう側から声高らかに芝居がかった台詞が響く。

火炎フレイム呪文スペルを、詠唱破棄で発動とはいやはや……」

 囲みの一端がとかれ、指揮官らしき二人の男が姿をあらわす。

「さすがは、偉大なる魔導士ドー・グローリー様……といったところですかな」

 そう言って声の主が二人の前に立ち、フードを外す。

「やはり、おまえか……」

 フードの下を一瞥すると、ドーは溜息まじりに言いすてた。


(つづく)

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