失敗作の遺書
日暮ひねもす
失敗作の遺書
「失敗作の遺書
昔から私には、取り柄というものがまるでなかった。長所と短所。自己PR。得意なこと。いつだって、ありがちな、当たり障りのないことを言えば誰だって答えられるような質問が、私を苦しめてきた。運動は苦手だ。勉強も落ちこぼれた。手先も器用じゃない。音楽のセンスもない。性格だって良い訳じゃない。周りを見ては心の中で文句を呟き、合わせようと必死だった。明るさだけが取り柄です。なんて嘘でも言えない。可愛くない。スタイルも悪い。お世辞でも見た目を褒められたことがない。服の選び方もわからない。仲がいい、と呼べる友人はいない。グループから紛れないように誤魔化して、でも肝心な時に頼れるような人は一人だっていなかった。
こんな事を普段から考えていたら、いつのまにか自分の褒め方を忘れてしまった。
そうして私は、本当に置いていかれてしまった。
あの時の面接官の顔は今でも覚えている。なんだこいつ、とでも言いたげな表情だった。当たり前だ。自己PRなんかで躓く奴には、流石に出会ったことがなかったんだろう。
落ちた。落ちた。落ちた。誰にも必要とされていなかった。なんだかんだで必死になって、第一志望に落ちても、滑り止めくらいには引っかかっていた私に、現実が突きつけられた。そっか。私って必要のない人間なんだ。どうしよう。社会に認めてもらえなければ、生きていく意味がわからない。今まで、どうやって生きてきたんだっけ。
大学に入学すると同時に上京し、アルバイトを始めた。形式上の面接だけの、接客業。人手が足りていなかったのか、採用された次の日からシフトが入った。
バイト先の近くにあったライバル店が潰れ、その店で働いていた人達が流れてきた。近所に住んでいる主婦とか、高校生とか。私よりよっぽど手馴れていて、私の居場所は無くなった。
バイトを辞めた。大学三年の、夏だった。部活やサークルには入っていなかった。
おかしくなってしまったと言えば、この頃からかもしれない。それまでは取り柄がなかったとはいえ、それなりに生活できていたのに。バイトを辞め、代わりにやることもなく、ただ講義を受ける日々を続けた。部屋で一人で過ごす時間が増えていった。生活から人間味が消えていった。
同じ事を繰り返す日々に、人生に、飽きてきた。
そして、大学四年。端的に言えば、就職活動に失敗した。それだけだった。
高校の頃は、他にも落ちた子達は沢山いた。大学は離れちゃうけど、またよろしくねと言って別れてきた。今回は、違う。そもそも大学には友達がいない。高校を卒業して、本当にまたよろしくする友達なんかいるはずもなく、孤立してしまった。
家族と連絡を取ったのはいつぶりだろう。元々仲の良い家族ではなかった。思い出の中の両親は、よく喧嘩していた気がする。弟が一人いるが、私は嫌われていた。出来損ないの姉が恥ずかしいと、愚痴を言われたこともある。両親も私が駄目だった分、ある程度弟には期待をかけていたらしい。私の知らないところで弟が小遣いやおもちゃを貰っていたのはよくある話だった。
母にメール一本で、就職活動に失敗したこと、今後一切仕送りは必要ないこと、諸々の謝罪を伝えた。その後、弟と父ごと連絡先を削除し、受信拒否の設定をしておいた。もう要らない。そう思った。薄情な娘かもしれないけれど、迷惑はかけたくないと、ほんの少し残った良心が告げていた。
バイトの貯金を切り崩し、ギリギリの生活を送る。毎日、こんなに苦しんで何故生きているのだろうと思う。どこで間違えたんだろう。途中までは合っていたつもりなのか。多分、最初から失敗していたんだ。
失敗してなければ、弟のように、親から愛されていた。クラスメイトのように、先生から信頼されていた。友達のように、愛する恋人を作れていた。一人でも、信頼できる人間を作れていたはずだった。それなのに、私にはそれができなかった。詰まる所、私は失敗作なのだ。
失敗作に生きる価値はない。
そう思い始めたのはいつだったか。はっきりと言葉が頭に浮かんだのはつい最近の事だが、実際にはもっと前から薄々感じていたのだと思う。
信頼できる人間がいない。それは誰からも信頼されていないのと同じだ。私の葬式で誰が泣いてくれると言うのだろう。
高校の頃、友達に勧められて始めたSNSを何となく開いた。みんなそれぞれ、自分の趣味だとか、誰彼と遊びに行ったとかを載せている。いいな、人生楽しそうで。今の私には幸せ自慢としか思えない。そういえばこれを始めたのも、友達に彼氏ができた頃だったか。きっと私にも見せたかったんだろう。自分の幸せな姿を。
食料を買う為に外へ出た。気づけば知らない間に、近所にホームセンターができていたらしい。何故か、惹かれるように入ってしまった。何も買わずに出てくるのも変だと思い、ロープを買って家に帰った。
帰宅し、また同じ事を考えていた。
ロープを見やり、丁度いい、と思った。
そして、ふと目に止まったコピー用紙とボールペンを手に取ったのだった。
これは、遺書ではない。遺書というのは死後誰かに読んでもらう為の手紙だ。私はこれを誰かに宛てて書いているわけではない。宛てる人間がいないのだから。遺書としても失敗作だ。今はただ、心の整理をしている。日記のようなものだ。そしてこの日記は、今日が最終日だ。物語とは違う日記に、救いは必要ない。だから、これで終わりだ。
本当はこんな時、誰かに止めて欲しかったのかな」
姉の筆跡はここで終わっていた。間違いない、姉の字だった。ある日母が姉からの返事が無いと呟いた。気になった俺がメールや電話をした繋がらなかった。連絡がつかないまま一カ月が経ち、流石におかしいと俺が一人で家を訪ねたのが今日。
姉は部屋で首を吊って死んでいた。
頭が回らないまま警察を呼ぼうとした時、本棚にクリアファイルが挟まっているのを目にした。こんなところに姉が書類を入れるはずがないと、姉をろくに知らないのに何故か確信していた。
姉の日記は俺という弟に読まれたことにより、結果的に遺書となってしまった。遺書を読み終え、鞄にしまい、ようやく電話をかける決意をした。
警察によれば、姉が死んだのは俺が訪ねた二日前だったそうだ。あと少しでも早くここに来ていたら、もう少しでも姉に寄り添っていたら、姉が自殺することはなかっただろうに。
姉は自分のことを失敗作と称したが、そんな彼女の最期の遺書だけは、紛れもなく本物となった。姉を見殺しにし、この遺書を受け取った俺こそが、弟として失敗作なのではないか。どうだろうかと問いかける相手は、既にこの世にはいなかった。
失敗作の遺書 日暮ひねもす @h-hinemosu
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